女性に優しくするのはいい。だけど人によっては勘違いを引き起こすと思う。
「それでぇーあたし、借り物競争になっちゃったんですよ〜」
「へーそうなんだ。借りやすいお題だといいね」
「あれってベタに好きな人とかってあるんですかね〜?」
「去年はなかったかな…でも私、一昨年が借り物競争だったけどその時はそれに似たお題を引いたよ」
私は今、植草さんと帰宅していた。
体育祭は違うブロックなんだけど、たまたま同じ時間に練習が終わったらしい。帰ろうとしていたら昇降口で声を掛けられたので途中まで一緒に帰っているというわけだ。
「えーなんですかー?」
「“大切な人”だったから体育祭を観に来てた弟を連れてったけど。その時彼氏いなかったし、親友も出来てなかったしね」
思うんだけど好きな人ってお題はかなり困るよね。公開処刑じゃないの。
あの時、和真が観に来てくれて本当に良かったわ。
「そうだ先輩、今からウチ来ません?」
「え?」
「今日誰もいないんですよ〜。だから私がパスタごちそうします!」
「…料理できるんだね。植草さん」
「ちょっ! 先輩それはあたしに失礼ですよ!」
いやこないだ植草ママンが『クレアが全然手伝ってくれない』って愚痴っていたからてっきり。
テスト前に彼女の誘いを断ったこともあったので、彼女の家にお邪魔した。
今日は父さんは残業で遅いし、母さんも学生時代の同窓会で県外に泊りがけで行っている。和真もそのまま空手道場に行っているので家に帰っても私一人。
だから少々の門限破りはバレないはずである。
リビングに通されるとまたあの眠気を覚ますエスプレッソを出される。
うん、やっぱりコレ効くわ。目が覚める。
「先輩、生クリームがあるから今日はカルボナーラでもいいですか?」
「なんでも良いよ。私好き嫌いそんなにないから。なにか手伝おうか?」
「お客さんは座ってて下さい! 先輩は受験生なんだから勉強してていいですよ」
植草さんにそうは言われたが、人の家なので何だか落ち着かない。そわそわしながらカウンターキッチンの向こうで調理する植草さんを伺っていたが、彼女の厚意に甘えて勉強することにしたのである。
それからどの位時間が経ったのか。
勉強に集中していた私だったが、植草さんから出来ましたよ〜と声を掛けられたので、参考書を鞄にしまいこんで立ち上がった。
わざわざパスタ麺から手作りしてくれたらしく、ホカホカと湯気を立てている出来たてのカルボナーラが私の目に映る。
濃厚なソースには贅沢な厚切りベーコンが散らばり、視界だけで美味しい。漂ってくる芳しいその香りに私のお腹が鳴りそうだ。
パスタを麺から作れる女子ってなんかカッコいいな。
「わぁすごく美味しそう」
「美味しいんですよ〜ママ直伝ですからね!」
テーブルに並べられたカルボナーラに、こんがり焼けたガーリックバケット、白身魚のフリッター、サラダとワイングラスの中に入った炭酸水。
おっしゃれ~。私が作るとどうしても和食寄りな家庭料理になっちゃうから、こういうお洒落な料理を作れる人尊敬する。
「本当だ。美味しい」
「でしょー? 先輩も彼氏さんに作ってあげたら良いじゃないですか! レシピ教えますよ?」
「あー…作ってあげたいねぇ」
先輩の部屋に入れるようになったら料理作ってあげたいなぁ…そしたらもっと一緒にいられるのに…
私は先輩のことを思い出してにやけていたらしい。植草さんが私を見て「いいなぁ」と呟いた。
「え? なにが?」
「先輩、彼氏さんとラブラブでいいなと思って。あたしも先輩みたいにあたしを大切にしてくれる彼氏欲しいなぁ」
「植草さんならその気になればすぐに彼氏できるでしょ」
美人だし、モテるし。
そう思って言った言葉だが、彼女の反応はいまいちである。植草さんはムスッと不満そうに顔を歪めると首を横に振った。
「全然ダメです。あたしの体目的な男ばかりですよ」
「うーん…そういう男の人ばかりじゃないと思うけどなぁ……そういう人はシャイだから植草さんみたいな美人には腰が引けるのかもしれないね」
男の人ってプライドがあるから自分にはなびかなそうな高嶺な女性にはアタックしないっていうし。中にはチャレンジャーもいるだろうけどね。
それに色恋に下心のない人なんていないと思う。
誠実か、不誠実かの問題なのかな。
すっかりごちそうになってしまった私は植草さんにお礼を言ってお暇すると、歩いて駅まで向かった。
時刻はもう20時過ぎなのだが空は真っ暗とは言えない。ほんのり明るい気がする。
これからもっと日が長くなっていくのだろうなと考えながら、帰宅客で賑わう駅のホームで帰りの電車を待っていた。
「橘くんも一緒に来てくれないなら行かないー!」
「おい橘。先輩命令だ。お前も参加な」
「自分は未成年なのですが」
「酒さえ飲まなきゃ良いんだよ」
「やったぁー!」
何だかとっても聞き覚えのある声が聞こえてきたので私はバッと振り返った。
案の定反対側のホームに亮介先輩がいて、彼の腕には光安さんがくっついていた。
「光安さん、さっきから言ってますけどいい加減に離して頂けませんか」
「光安さん、橘もこう言ってるし」
「そうですよ。それにこいつ彼女いるんですから」
周りに他の人もいるらしく、彼女のことを止めようとしているが、彼女は離れない。
そう言えばここ先輩の大学の最寄り駅だったな。
先輩は私がここにいることに気づいていないらしい。
それもそうか。だって私がここの駅を利用することはないのだから。
だけど後ろにいるんだよ。どうして気づかないの?
またもやもやした気分になりながら、あっちの動向を注視していると、光安さんが先輩を覗き込むようなあざとい体制をとった。
「ねーぇ橘くぅん、どうしてあんな地味な子選んだの? あの子化粧でごまかしてるだけじゃない?」
「…そういう言い方やめてもらえますか?」
「だって! 橘君こんなにかっこいいのにぜーんぜん釣り合ってないじゃない!」
マンガならぐさりと私の心にナイフが刺さっていることであろう。
そんなの百も承知だわ! 地味で悪かったな!
大体、先輩はどうしてその人を振り払わないの! うちの和真みたいにバッと振り払ってよ!
私がそう念を送っていると反対側ホームに電車が来てしまった。大勢の乗客らの乗り降りで一時的に混雑して、先輩たちは人の山に埋もれてしまったので姿を見失ってしまった。
そして電車が去った後には先輩も光安さんもいなくなっており、私だけがそこに残された。
…あぁやだな。
私また嫉妬してる。
なんだよ。
私が山ぴょんと寝顔写真攻防してた時は男にベタベタくっつくなって説教してきたくせに。
波良さんにお付き合いを申し込まれた時だって、期待させるような真似するなって注意してきてさ。
先輩はどうなのさ。
終わった関係とか言いながら沙織さんと一緒にいる場面に幾度となく遭遇したし、今だって光安さんの腕を振り払ったりしない。
なんなの? 男だから許されるってわけ? 甲斐性とでもいいたいの?
結局美人だから悪い気がしなくて、鼻を伸ばしてるってわけ?
考えだしたらキリがない。
先輩に対する不満が湧き上がってきた私の視界はじわりと涙で滲んだ。
やってきた電車に乗り込んだはいいが、私は俯いて周りの人に泣いていることがバレないようにした。涙を止めようと思ったけどもそれは出来なかった。
ハンカチで目元を拭っていると、「…あやめさん?」と訝しげな声がかけられて、私はノロノロと顔を上げた。
そこには驚いた顔をした橘兄の姿があった。
「…君は一体どうしたんだ。なにかあったのか?」
「…橘さん」
「痴漢にでも遭ったのか?」
何時になく心配げな顔をする橘兄の問いに私は首を横に振った。
先輩によく似た橘兄を見ると余計に涙が溢れてきた。
それにはギョッとした橘兄だったが、最寄りの駅に到着するアナウンスが流れると私の背中を押して下車した。
駅のホームのベンチに座らされると、橘兄が自販機でスポーツドリンクを買ってくれた。
泣く女にはスポーツドリンクがセオリーなのだろうか。
貰ったそれで熱を持ったまぶたを冷やした。
私が座るベンチに人一人分くらい空けて橘兄が腰掛けると、ため息を吐かれた。
「…君が泣くってことはどうせ亮介絡みなんだろう。どうした喧嘩でもしたのか」
「…違います…」
「じゃあなんだ。言っておくが、だんまりはナシだぞ」
「……」
橘兄は弟さんよりも手厳しい。
ていうかこんなこと言っても理解されるのだろうかこのイケメンに。
私はペットボトルを目から離し、ぼんやりと駅のホームに掲げられた何処かの歯科医院の看板を眺めながらため息を吐いた。
「…くだらないと笑わないでくれますか?」
「…内容によるがな」
「亮介先輩が大学のミスコン優勝者と密着していたんです」
「…………は?」
前提がないのでそりゃ「は?」となるわな。
私は深呼吸をして順序立てて話し始めた。
「…はじめに見たのは先輩の通う大学に見学した時に剣道の練習試合の見学をさせてもらった時でした。沙織さんばりの美女に先輩が熱烈なハグをされていたんです。幾度となく食事に誘われていたようで」
「どうせ断っていただろうあの弟は」
「まぁそうなんですけど……その時ミスコンの人に宣戦布告みたいなことされました。ほら私、地味じゃないですか。…鼻で笑われました…」
思い出すだけで落ち込むわ…
はぁーあ…と深い溜め息を吐く私に橘兄はすでに呆れた目を向けている。
だけどまだだ。まだあるんだよ。
「その次は先週の金曜です。放課後デートで高校の最寄り駅で待ち合わせをしていたんですが、先輩はその人と抱き合っていました。先輩いわく彼女が転倒しそうになったのを庇ったらしいです」
「…その手を使う女はろくなやつじゃないな」
「その人に勝利の笑みを向けられました。私…嫉妬したんです。だけど事故だと言うなら責められないじゃないですか。だから我慢したんですけど…さっき」
さっきの風景を思い出すと胃の腑が重くなった気がした。
先輩の腕に絡むネイルの施された指。
あの事を話そうとすると涙が滲み出てきそうになるが、まばたきをしないようにして涙が溢れるのを抑えた。
「先輩の腕にあの人が抱きついて誘っている姿を見かけました。先輩も口では断っているけど振り払いませんでした」
「…あのバカは」
「……目の前のそれが信じられなくて……いつも私には男と無闇矢鱈に接触するなって注意してくるのに先輩はどうなんだって不満が溢れ出してきてどうにも止まらなくて」
どす黒い醜い嫉妬という感情は喉のすぐ近くまでせり上がってきている。目の前にいる人が先輩なら私はきっと支離滅裂な言葉でなじる自信があった。
橘兄は眼鏡を外して自分の眉間を揉んでいた。頭痛でもするのであろうか。
眼鏡をつけ直しながら橘兄は口を開いた。
「……あやめさん、おぼえているか。以前ショッピングモールで沙織さんと一緒にいた亮介のことを」
「…えぇまぁ」
「あの弟はな、人が良いんだ。頼られるとついつい助けの手を差し伸べようとする」
「…そうですね」
「…昔から祖父母から女性には優しくと言い聞かせられてきたものだから……基本的に女性に甘いんだ」
橘兄は遠い目をしてため息を吐いていた。
私の話を聞いて疲れたのだろうか。めっちゃ呆れた顔をしているし…
「だから勘違いする女が多いんだよ…」
「………」
「だがしかし、あいつの名誉のために言うが…あいつは浮気が出来るような男じゃない。それだけは言える」
「…そんなの、わかってます……」
「不満があるなら面と向かってあいつと話した方が良いぞ。じゃないといずれ限界が来て終わってしまう」
橘兄はそう言ったけど、私は怖かった。
私さえ我慢すれば丸く収まるんじゃないかって、思っていた。
険悪になるのは避けたかったし、言ったことで先輩の気に障ったどうしようとか考えてしまって……
橘兄の言葉に曖昧に頷くことしか出来なかった。




