お子様からおこちゃまにグレードアップした。そんな無茶を言った覚えはないんですけど。
「前々から思ってたけど、田端さんてお人好しよね」
「…え?」
ちょっとトイレに行って用を済ませた私が化粧直しをしていると、同じく用を済ませて手を洗っていた彼女にそんな事を言われた。
「…うーん、そうかな?」
「あの一年、女子に評判悪いよ? 付き合ってやることないのに」
多分植草さんの話をしているのだろう。私は思わず苦笑いした。
彼女はキレイに切り揃えられたボブカットの髪を手ぐしで直すと、器用に眉を動かして私を鏡越しに見つめてくる。
「悪い子じゃないんだよ」
「そんなこと言って、また悪いことに巻き込まれるんじゃないの?」
「まさかぁ」
「……ホント大志も女見る目なくなったわね」
私は彼女と会話をしながら色付きリップを唇に塗っていたが、今の言葉に「ん?」となってその手を止めた。
それに気づいた彼女は器用に眉を持ち上げた。
「ほら去年、田端さん文化祭の時怪我してたでしょ。あれ大志の元カノがやったって聞いたけど? 嫉妬にしては酷いことするわね。……振られて当然よ」
「あぁ……でももう示談したことだし。その話やめよ?」
「ほらお人好し」
「箕島さんだってお人好しじゃん。わざわざ忠告してくるなんてさ」
化粧ポーチに道具をしまいながら私は笑い飛ばす。
終わったことを蒸し返してもどうしようもないしあちらから謝罪は頂いた。私にとっては過去のことだ。
箕島さんと一緒に女子トイレを出ると彼女はポツリと呟いた。
「大志も…もう少し私を見てくれたら振ることなかったんだけどね」
「バスケバカだから仕方ないよ」
「伊達に幼馴染やってないわね。言葉が重いわ」
「兄弟みたいなもんだからね」
箕島杏は山ぴょんの前の前の彼女である。バスケバカを見限って振った側である。
はっきりきっぱりきつい物言いをするけども、実は優しいところがある。だけどそれを知らない初対面の人は怯えて怖がるか、嫌うかの二択なので、この人も少々損している気がする。
そう言えば真優ちゃんと破局して以来、山ぴょんは彼女を作っていない。
女の子からアプローチは受けているようだけど、残りの高校生活はバスケと受験勉強に打ち込みたいと言って振っているのを見かけたことがある。
山ぴょんとは進路について話したことないけど、プロを目指しているのだろうか?
「ねぇねぇ山ぴょんはプロバスケ選手になるの?」
「はぁ? いきなりなんだよ」
「山ぴょんからバスケが無くなったら何が残るのかなと思って」
「失礼だなお前。……プロを夢見たことはあるけど、実績がないし、スポーツ選手は厳しい世界だから…趣味で続けるつもりだよ」
教室に戻った私は、男子と馬鹿騒ぎしている山ぴょんを見かけたので進路について質問してみた。
そうなのか。でもこんなに身長高くてバスケ好きなのに勿体無い気がするけど、現実的には好きだけじゃプロになれないもんね。
「大志は経済学部狙ってるのよね? 私と同じね」
ニョッと横から口出してきた箕島さんに山ぴょんは目を丸くしていた。彼女から声を掛けてきたのに驚いたのかもしれない。
二人が破局したのは高一の終わり頃。そこから会話してる所を見かけていなかったから、もしかすると久々に会話するのかもしれない。
「志望大学は決まってるの?」
「あ、あぁ一応な」
「…ねぇ、今度一緒に勉強しない? そうだ田端さんも一緒に」
「あ、ごめん私理工学部狙ってるから…」
志望学部が畑違いすぎるし、その組み合わせが意味わからない。なんで私が入らないといけないの。
箕島さんのお誘いをお断りしてると、山ぴょんがあんぐりしていた。
何だその顔。そんなに口開けてたら虫が入ってくるよ。
「理工学部!? お前何すんだよ」
「食品を開発する仕事したいなと思って」
「お前別に理系でもないのにか」
「文系でもないけどね」
なんかすごい反応された。
先生にも似た反応されたけど、やっと決心ついたんだからな。今頑張ってるところなんだ。
進路が決まってから亮介先輩と一緒に勉強することが増えたんだけど、合間にわからない所を教えてくれるから中間テストもいい結果が出せそうなんだよ。
勿論、自分で努力していかないといけないのも理解してるぞ。
…そうか、二人共同じ学部希望か。なんだかんだで経済学部に進む人は多そうである。
もしかしたら箕島さん、山ぴょんとの復縁を狙ってるのかな。
「アヤちゃんアヤちゃん、じゃあ俺と勉強…」
「沢渡君、本当にごめんけど私本気なんだ。他人の事どころじゃないんだ。国公立一本で絞っていくんだ」
「そんなぁ」
なんと沢渡君は奇跡を起こした。
四月に同じ三年生としてまた同じクラスになっていた。
それはめでたいのだが、彼は三歩歩いたら忘れるニワトリなのか、全く危機感を覚えておらず二年の時と同様遊び呆けている。
もう知らん。私はもう一切手助けなんてしないからな。
ぶっちゃけ沢渡君より亮介先輩と勉強したい!
先輩の家に入れたら勉強しやすいけど、清い交際を続けると決めた身である。ファーストフード店や図書館で勉強するしかない。
人前だとあんまりイチャイチャできないし…二人きりの空間でもっとイチャイチャしたいのが本音だけど…
☆★☆
「亮介先輩、今度先輩が剣道してる所を観に行ってもいいですか」
「別に構わないが、前にも言った通り退屈だと思うぞ」
「大丈夫です! 中間テストの最終日、先輩の大学に見学しに行く予定なのでその後に行ってもいいですか?」
「分かった。見学が終わったら連絡しろ。迎えに行く」
中間テスト前である土曜の今日は先輩と図書館デートである。今は丁度お昼休憩中でカフェテリアにいた。
先輩の練習姿の見学を糧にテスト勉強頑張ろうとやる気になったのだが、やっぱりちょっと物足りない気分になった。
チラリ、と先輩を伺うように見上げると、それに気づいた彼は首を傾げる。
今なら話せるかもと思った私は、両手を胸元でギュウと握りしめながら自分の願望を打ち明けてみた。
「亮介先輩……テストでいい点数がとれたら私、ご褒美が欲しいです」
「高い物は買ってやれないぞ」
金目のものと思われた。違うよ!
「買えるものじゃないです! その…清い交際をしようと先輩が気遣ってくれてるのは分かってるんですけど、私もっとイチャイチャしたいんです……私、先輩のお家行きたいな…?」
ワガママかもしれないと思うけど、正直言って私は欲求不満である。人の目のない所でキスしたりはしてるけど、それだけじゃ物足りないのだ。
私のお願いを聞いた亮介先輩が目を丸くして固まっているが、ちゃんと私の声は聞こえているのだろうか。
念の為もう一度言った。
「ご褒美にイチャイチャして欲しいです」
「……それはどういう」
「ギュッとハグとか沢山キスしてくれるだけでいいんです! ……だ、ダメですかね…?」
私は思わず上目遣いで彼の反応を伺っていた。
多分きっと今の私はペットの犬がご主人を恐る恐る伺うかのような顔になっているだろう。私は人間だけどね。
すると先輩は眉をギュッと顰めて、固く口を閉ざしてしまった。
え、駄目なの? 難しいことを言ったつもり無いんだけど…
なんか口元を片手で隠してガックリ項垂れてるし。
どうしてため息なんて吐くの?
「…お前は…本当に…」
「だって今は学校違うし、会う回数も減ったから私、先輩不足なんですよ! 物足りないんですよ! イチャイチャしたいんですよ!!」
「わかった、わかったから。…考えておくからそれ以上はやめろ」
「えぇ? 考えるってなんですか!」
「うるさいこのおこちゃま」
「おこちゃま!?」
なんかお子様呼びより子供扱いになった気がするのは私だけなのだろうか。
先輩は深々とため息を吐いて、手のひらで顔を覆ってしまった。
その後勉強の教え方がスパルタになったのは一体何故なの?
解せぬ。




