学校給食って地域性があるよね。あの味が再現できないんだけどどんな魔法を使ったというの。
時枝美希。
乙女ゲームのサポートキャラの名前だ。
ヒロインちゃんの恋の後押しやサポートをする役柄で、ヒロインちゃんの仲のいい友達である。
そして地味だった私と仲が良かった子でもある。
ザァァァァ……
「…マジか…」
今日の天気予報では晴れって言ってたのにまさかの雨である。しかも本降り。
生徒たちが雨に濡れながら走って帰っていったり、置き傘で帰ったりする中、私は覚悟を決めて駅まで走り出そうと地面を蹴った。
「あやめちゃん!」
「え?」
「駅まで一緒に入れてあげる。雨に濡れたらまた風邪引いちゃうよ?」
「…美希ちゃん」
三月下旬に入ったとは言えまだまだ雨は冷たい。
確かに一月に高熱出して倒れたこともあるのでそれは避けたい。もうすぐ春休みに入るし。
彼女の申し出に甘えて駅まで傘に入れてもらうことになった。
疎遠にはなっていたものの、私と美希ちゃんは仲違いしたわけではない。
私がギャル系になってユカやリンと仲良くなっていくと彼女はヒロインである花恋ちゃんと親しくなり、自然と疎遠になっただけである。
私と同じ平凡な容姿をした彼女だが、だからこそ気が合って、一年生の頃はよく買い食いしに行ったものである。
「もうすぐ三年になるって信じられないよね。あやめちゃんは進路決まったの?」
「う、それは…」
「まぁ悩んじゃう気持ちもわかるけどね。私もね、就職を考えてたんだけど、お母さんに言われたの。絶対に大学に入るのが自分の役に立つからって。よっぽど勉強したくないとかなら行っとくべきだって」
「うーん…そうなんだろうけどねぇ」
「したい職種があれば専門学校って手もあるけど。悩むよねぇ」
現実的な話をされて私は遠い目をした。
そうなんだよ…三年になるんだよ私も。いい加減に腹をくくらないといけないんだけどね。
私の悩みは贅沢だと分かってる。だがまだ進学に踏み切れない。したいことが見つからないから。
私の表情がどよんと沈んだと気づいた美希ちゃんは苦笑いしていた。
「…そういえばあやめちゃんの通ってた小学校には面白い給食とかあった?」
「え?」
いきなりの話題の転換に私はぽかんとした。
美希ちゃんの話を聞いてみると彼女の妹はまだ小学生で、学校の話といえば学校給食の話題が多いのだと言う。
「妹ね、結構偏食だったんだけど学校給食でちゃんと食べるようになったんだよね」
「学校給食も侮れないね」
「そうそう。いまね、パエリアとかおしゃれなメニューがあるんだってよ」
「え、そうなの? …そういや地域によって出てくるメニューって違うらしいね。ソフト麺とか食べたこと無いけど他の地域ではメジャーらしいし」
「あーそれね、一度食べてみたかったなぁ。美味しいらしいね」
前もそうだったけど美希ちゃんと話すと食べ物の話題が多くなる。
一年生の時はお弁当を自分たちで作ってきてお互い交換とかしていた覚えがある。楽しかったなぁ。
食べるのが楽しいのは大切だと思う。だけどそれで私は太ったんだけどね。
「学校給食かぁ…メニュー考えるのも大変だよね。決まった予算でバランスよくだもん。今はアレルギーの子も増えたから大変だろうね」
「だからそういう施設は管理栄養士さんが付いてるみたいだもんね。給食センターとか病院とか」
「へぇ…管理栄養士かぁ…」
美希ちゃんと駅で別れ、私は帰りの電車の中で考えていた。
私も学校給食が大好きだった。
母の作る料理も好きだったけど、給食の時間は友達とワイワイ食べれる楽しい時間だったから好きだった。
給食のおばさんたちが作る料理は全体的に美味しくて、母に同じもの作ってくれとせがんだけどあの味にはならなくて……おばさんたちは一体どんな魔法を使ったというのか。
…給食のおばさんがメニューを考えてるかと思ったら管理栄養士が決めてるのか…
私はその場でスマホで管理栄養士について調べてみた。
大学あるいは専門学校で専門教科を学んだ後に国家試験を受験して修得する…
だけど、近所だと学科が私立大学にしかない。
近隣、全国見てみたけど大体私立。
興味湧いたと思ったけど私は私立の壁にぶつかった。
例えば進学するとして、親に全て負担させるのは申し訳ないので、奨学金という名のローンを借りるにしても、返済シュミレーションをしておかなければ未来の私が破滅する。
最近そういう返済苦の社会人が増えてるらしいし。
管理栄養士の平均収入と、想定する学費と学用品代を計算して、それでいくら借金することになるかを計算して…
学生である私には額が大きすぎて頭痛がしてきた。しかも管理栄養士は労働環境がハードみたいだし。実際の体験談を見て私は天を仰いだ。
いや仕事が大変なのは何処も同じだけど…
だめだ。興味湧いたけどそれだけじゃハードルが高い。
でも私食べ物好きだし、作るの好きだし。なにか生かせる仕事ないかなぁ…
うーん、と唸りながらスマホで検索していると、【食品メーカー開発部に配属になるには】と見出しがあったのでそれを見てみると食品メーカー開発の大まかな仕事の説明がなされており、就職するには理工学部系学科が対象とあった。
農業、生物、化学系の学科…
私、理系じゃないんだよなぁ。文系でもないけど。
どっちつかずの真ん中なんだよ。
……でも国公立大学にもその学科はある。
私はちょっと悩んだけども、近隣やちょっと離れた場所にある国公立大学の理工学部パンフレットを請求した。
見るだけならタダ。見に行くだけもタダだからね!
亮介先輩の通う大学にも理工学部はあるみたいだ。もしもそこに受かったら…同じ大学じゃないか!
…だけどそういう浮ついた理由だと先輩にがっかりされそうなのでこればっかりは真面目に決めよう。
☆★☆
修了式を迎え、高校二年は終わった。
引き続き補習の沢渡くんは学校に通うが、私は四月の始業式まで休みである。
ちなみに花恋ちゃんは追試クリアしたと喜んでいたよ。
今回もいつものファーストフード店で週5くらいバイト予定だけど、これが高校生活最後になりそうだ。
そのバイトの休みの日、私はとあるアパートに来ていた。
ようやく亮介先輩の新居に足を踏み入れることができたのだ!
…だけど大久保先輩もいるので全然甘い雰囲気はない。
「割引商品を買って冷凍しておくのも手ですよ。何もかもはじめはわからないでしょうけど、慣れですから。たまには出来合い物でもいいと思いますけど、体に良くないですから自炊頑張りましょうね」
エプロンを着用の上、図体のでかい男二人に対して料理教室を開いていた。
「あぶ、あぶない! ちょっとその切り方やめて」
「あー? 切れたらいいんだろが」
「……」
「ぎゃっ!? ちょ、包丁降ろして、手当、手当しますから」
早速亮介先輩が包丁で指を切った。
雰囲気武士っぽいのに刃物に不慣れとか! いや実際には武士じゃないんだけどさ。
大久保先輩は危なっかしい手付きでにんじんの皮を剥いてるし……ピーラーでも与えるべきか。
むしろ男の料理で野菜の皮を剥かずに調理してもいいかもしれない。皮が一番栄養あるし。
亮介先輩の左手親指に傷を早く直す絆創膏を貼ってあげると、彼から包丁を取り上げた。
とりあえず今日は見学でいい。
百均でピーラー二つ買ってこよ今度。
私はいつも通り調理しているつもりなんだけど、彼らは私の包丁さばきにホォーと感心していらっしゃる。
何の変哲もない野菜炒めなんですけどね。そこまで感心されると私すごいと自惚れそうなんだが。
これならカレーとかシチューとか応用できるから教えたんだけど……本当にこの二人家事力ないんだな。うちの弟はもっと出来るぞ。
その後も洗濯の豆知識を教えてあげたりしたけど……まぁ、なんとかなるでしょ。
掃除は学校でもしてたから大丈夫そうだしね。
「じゃあそろそろ俺は帰るかな」
「あ、じゃあ私も帰りますよ」
三人で作ったもので昼食をとって洗い物を指導した後、少しお茶しておしゃべりしていたら突然大久保先輩がそう言って腰を上げた。それを聞いた私もエプロンを脱いで帰る支度をはじめる。
付き合い始めだから密室に二人きりになるのは避けようと亮介先輩と話したばかりだから、私も一緒にお暇しようと思ったのだけど、便乗した私に大久保先輩が「は?」と訝しげにする。
「ばぁか。空気読んで二人にしてやろうと思ってやってんのにお前が帰ったら意味ねぇだろ」
「へっ!? いやいやそんな気を遣わなくていいんですよ! 私達二人きりにならないように気をつけてるんで」
「はぁ?」
「意味わかんねぇよ」とぼやく大久保先輩。
仕方ないだろう。しばらくは清い交際をしようと話をしてるんだから。
エプロンを簡単に畳んで自分のカバンに押し込んで立ち上がろうとした私だったが、腕を引っ張られてフローリングに敷かれたラグの上に逆戻りした。
引っ張ったのは言わずもがな亮介先輩である。
「…先輩?」
「おーおーお熱いことで」
「うるさい。早く帰れ」
「んだよー。じゃ入学式になー」
学部は違うけど同じ大学に進学する大久保先輩を雑に追い払う亮介先輩。
大久保先輩は私達を冷やかしながらあっさり帰っていった。
私はぽかんとそれを見送っていた。
そんな私の体を引き寄せる腕によって彼の胸に収まったのだが、それに驚く暇はそうなかった。
「んっ」
何の前触れもなく亮介先輩にキスされた私はそれに応えるのに夢中になっていたから。
だけどさっきの料理教室から何故かイチャイチャモードに入ったのかが謎なんだけど。
血を見て興奮でもしたというのか。
……あのお腹周りはなるべく触らない方向でお願いします。最近太ってしまったので。
キスをしながら私の背中や腰を撫でていたその手で横腹の肉をつままれた時には先輩の手をつい叩いてしまった。
なんで肉つまむかな。




