黒歴史の再来。でも嫉妬深い先輩を見れたから悪くはない。
「そういやさ」
「なに?」
「これ何?」
そう言って和真が見せてきたのは江戸風キャバ嬢な私の写真。
それを見た私は持っていたスマホを危うく床に落としそうになった。
「なっ、なっなっなっ…」
「あの人が見せてきたんだよね。修学旅行で撮ってきたとか言って。仕方なく写真見てたら姉ちゃんもいるし」
「…仕方なく、仕方なく撮ったんだよぉぉ」
私はリビングで四つ這いになってガックリ項垂れる。こんなものを弟に見られるなんて…! こんな、こんな黒歴史を…!
お、弟になんてものを見せるんだ…! ていうかなんで私の写真持ってんの林道さん!?
「こ、これ一枚よね? 見たのって」
「まあね。だけど道場で見せられたから他の人も見てる」
「 」
「みんな褒めてたから心配しなくていんじゃね?」
…道場? 他の人?
私の黒歴史がみんなに見られてしまっただと…?
ねぇ唐揚げ作ってと言ってくるジャンキーに促されるまま私は無表情で唐揚げを揚げていたけども、頭の中は黒歴史でいっぱいだった。
「あやめちゃーん!」
「…林道さん」
「どうしたの? 珍しいね。私を呼び出すなんて」
私は今、林道さんのクラスB組前にいた。
彼女にどうしても言いたいことがあったのだ。
「…林道さん、何も言わずにスマホの中の私の写真消して?」
「えー? やだよ」
「…肖像権侵害って知ってる?」
「やだもーん」
このアマ、いっぺん泣かせたろか。
勝手に人の写真を所有して勝手に見せるなんて今の御時世、問題になるんだぞ!
少々ガラの悪いことを考えていると林道さんはムスッとした顔をしていた。
「…和真君ぜーんぜん褒めてくれなかった…」
「そりゃそうでしょうよ」
「あやめちゃんの写真は欲しがったのに私の写真はいらないって…」
「そうそうその写真で私は唐揚げを作らされたんだよ」
あの弟、私が唐揚げを作るのを渋るようになってから汚い手を使うようになった。あの写真を見せられた私はそれをネタに強請られて唐揚げを作らされる羽目になったのだ。
作ったらなんとか和真のスマホから私の黒歴史を消去してもらうことに成功したが、元を断たねば再び同じ悲劇が繰り返されてしまう。
なんとかして元のデータを消さないといけないんだけど…
…はっ!!
…亮介先輩に誤送信した写真はちゃんと消してくれてるのだろうか?
☆★☆
「亮介先輩、スマホの写真データを見せてもらえませんか?」
「…なぜ」
デートの待ち合わせ場所で挨拶もそこそこに私は先輩にそう言った。出会い頭のそれに先輩は「はぁ?」と言いたげな顔をしていたが背に腹は代えられない。
私にとっては切実なのだ。あんなものが先輩のスマホにまだ残っていると想像するだけで顔から火が吹き出しそうになる。
先輩いわくあんな如何わしい写真が残ってたら消去してもらわねば!
「如何わしい物がないかを確認するためです」
「……そんなものはない」
「じゃあ見せて下さい!」
「お前の写真データも見せるというなら構わん」
「なんですって!?」
待てよ。
私のスマホの中にはあのエセ花魁の他の写真が残っている。だが決してエセ花魁の写真を気に入っているとかではないよ。
だってあれ五千円(税別)もしたんだもん。消せないよ!!
「くっ……ならいいです」
「ということはお前のスマホには如何わしい写真があるということだな」
私は苦渋の決断を迫られたが、下唇を噛み締めて先輩から目を逸らした。更に恥の上塗りをしてたまるか…! あんなもの見られたら先輩に軽蔑されてしまうかもしれないではないか!
先輩から探るような目を向けられウッとなったが、もうすでに知られていることだから私は白状する。
「黒歴史という名のね! 先輩に不評だったエセ花魁の写真が残ってるんですよ。……先輩があの誤送信した写真を消してくれたか確認したかったんです」
「…ああ、あれな」
「消してくれてますよね?」
「………」
「ちょっと、なんで黙るんですか!」
先輩はスッ…と私から目を逸らした。
ちょっと? 何その反応。…まさか、まさか消してないの!? あんなに写真のことで怒っていたじゃないのよ!
いきなり沈黙した先輩を尋問するべく、彼の腕を掴んで横に振っていると「あれ? あやめちゃーん?」と声をかけられた。
「……波良さん?」
「なになに? 二人はくっついちゃったの? ざんね~ん」
「……」
以前私に交際を申し込んできた空手黒帯フツメン、波良さんの登場で先輩の顔は一瞬で不機嫌になった。
波良さんはそれに気づいているのか気づいていないのかあの爽やかな笑顔を浮かべながらとんでもない爆弾投下してくれた。
「そういやあやめちゃん、いいもの見せてくれてありがとうね? ……もっとはやく唾つけとけばよかったなぁ」
「……は?」
「花魁の格好。…あやめちゃんって着痩せするよね?」
意味深な言葉を言ったかと思えば、波良さんはちらりと亮介先輩に視線を移し、ニッコリと笑った。
「!? 見たんですか!? あれを!?」
「じゃーねー!」
「ちょっと波良さん!?」
ちょっと待った!
着痩せ!? なにそれどういうこと!? どの写真を見たの!? 和真のスマホにそんな写真はなかったはずだぞ!
彼を問い詰めようと呼び止めたが、ガシッと私の肩を掴む彼氏様の振り向かずともわかる重々しい雰囲気に私は固まった。
「……俺は自分がここまで嫉妬深い男だとは思わなかったんだが…」
「先輩先輩、私が見せたんじゃなくて同じく花魁体験した女の子が和真に自分の写真を見せびらかすついでに私の写真を見せちゃったんです。事故ですよ事故!」
「あやめ、スマホを出せ」
「…はい」
先輩によって私のスマホ写真データを確認され、エセ花魁写真は全て先輩のスマホに転送された。
先輩のその行動に迷いはなく、私はただ呆然とした。
何故だ。
先輩これがお気に召さなかったんじゃないの!?
やめてそんな如何わしい写真をスマホに保存しないで。
顔を真っ赤にして羞恥に耐えている私に、先輩は仕方ないなと自分の写真データを見せてくれたが、本当に日常のものばかりだった。人物より建物とか風景が多い。
先輩の目を盗んで指が滑ったふりをして私のエセ花魁写真を消そうとしたら見つかってしまい、スマホを没収されてしまった。
あの一枚でも恥ずかしかったのに!!
なんでこんな仕打ちを受けなきゃならないのよ!
「亮介先輩勘弁して下さいよ〜」
「もうそろそろ移動するか」
「先輩〜消して下さい~お願いしますよ〜」
先輩の腕に抱きついて慈悲を乞うてみたが、そのまま今日行く予定だった映画館へと連れて行かれた。
映画館のチケット売り場でも売店でもずっと写真を消してコールをしていたがサラリと流されてしまった。
暗転した映画館の客席にてしょんぼりしながら映画前のCMを眺めていたら隣に座る先輩が身を乗り出して私にキスしてきた。ほんの軽いキスだったけども、さっきまで凹んでいた気分が浮上した。
我ながら単純である。
もっとキスしてと先輩に強請ったら先輩は「我慢できなくなるから」と言ってしてくれなかった。




