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攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの?  作者: スズキアカネ
本編

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これが私の精一杯。私の気持ちを受け取って下さい。

 今日の授業が全て終わった私は慌てて化粧直しをした。そしてロッカーから大事なチョコレートを取り出して準備を終えると制服や髪型がおかしくないかを何度も確認する。

 リンとユカが苦笑いして「大丈夫大丈夫かわいいかわいい」と言ってくるが落ち着けないんだよ。


 そうこうしていると橘先輩が教室を覗き込んできたので私は慌てて駆け寄ろうとして机の脚に思いっきり足をぶつけた。先輩だけでなくクラスメイトに目撃された。

 やばい恥ずかしい。


 アヤ落ち着け〜という友人らの声を背に浴びながら小走りで橘先輩に駆け寄ると、橘先輩は苦笑いしていたが「行くか」と言うだけだった。


 歩き慣れた道を二人で歩きながら、私はどのタイミングで渡そうかとぐるぐる考え込んでいた。

 ていうか先輩の手には案の定プレゼントで山盛りの紙袋があるし、これを渡したら負担になるんじゃないだろうか。


 チラッチラッとそれを見ているのに気づいたのか橘先輩は気まずそうに「…断りにくいんだよこういうのは」と呟いた。

 いや別に責めてるわけではない。先輩のモテっぷりにちょっと勇気がしぼんでしまっただけだ。

 だけどここはチャンスかも知れない。

 私は勢いに任せて自分のチョコを先輩に差し出した。


「受け取って下さい! 先輩、いつもありがとうございます!」

「…潰れて駄目になったんじゃなかったのか。久松が言っていたが」

「えっと、先輩のは安全な場所に隔離してたんで…あ、でも…やっぱりそんなにたくさん貰ってるし…迷惑でしょうか…」

「いやそんなことはないぞ」

「…ほんの気持ちなんでお返しとかはいりません! 甘さ控えめで作ったので!」


 私の顔はきっと真っ赤だ。

 チョコレートを好きな人に渡すってこんなに緊張するものなのか。心臓がバクバクして苦しいし、なんだか相手の顔を見れない。


 すると私の手の上にあった袋が持ち上げられた気配がして、私はホッとした。

 良かった受け取ってもらえた。


「…実はもう田端が作ったチョコレートは食べてしまったんだ」

「えっ」

「風紀室に置いてあっただろう? 差し入れでくれたと柿山に聞いたぞ。風紀の奴らも喜んでいた」

「さ、左様ですか…」


 なんだ、もう食べてしまったのか…

 ばらまき用は少し形が崩れてるんだけど…まぁ味には問題ないから良いか。


「あっちのチョコレートも美味かったからこれも期待しておく」

「先輩のは特別製なんですよ! そっちは頑張って作ったんで!!」

「本当か?」


 先輩が笑ってくれたので私もつられて笑った。

 やっぱり好きだな。先輩の笑顔。

 先輩が笑うと少し幼く見えるの。それが可愛くて好き。本人に言ったら拗ねるだろうから言わないけど。


「聞いてくださいよ。これ作ってたらまた和真の奴が…」


 久松のことは聞きたくなかったし、先輩も話すことはなかった。多分奴はきつく絞られたと思うけど水を指すような真似をしたくなかったから。

 今はただ先輩との時間を大切にしたい。



「いっそ唐揚げにチョコレートでも掛けてやろうかと思うんですよね」

「やめてやれ。食材への冒涜だ」

「だって! アイツ私のこと絶対唐揚げ専用飯炊きババアとか思ってますから」

「まぁそう言うな。田端が料理上手だからだろう」


 一緒に帰宅できるのはこれが最後かもしれない。だから私は一分一秒でも先輩と長く側に居たかった。


 先輩と笑い合いながら帰宅していた私だったが、最寄り駅に到着してしばらく歩いたその先で待ち伏せをしていた人を見て足が止まった。



「…? どうした田端………沙織」


 私が足を止めたのを不審に思った橘先輩も彼女の存在に気がついて立ち止まった。

 そこには沙織さんが能面のような顔で立っていた。私と橘先輩を無表情に見つめており、彼女の手に学校の鞄とは別に綺麗な紙袋が提げられていた。

 もしかして橘先輩にバレンタインチョコを渡しに来たのだろうか。

 私は無意識に自分の下唇を噛みしめていた。


「…沙織、もう会いに来ないでくれと言ったはずだ」

「…チョコレートくらい受け取ってよ。……その子のだって貰ったんでしょ?」

「あぁ貰った。だけどお前のは受け取れない」

「…どうして?」


 橘先輩は沙織さんからのチョコレートの受け取りを拒否した。

 先程断りにくいと言っていたから受け取るんだろうなとちょっと複雑な気持ちになっていたけども、先輩ははっきり断っていた。

 

 沙織さんは目を大きく見開くと、唇をわななかせて掠れた声を出した。


「…頑張って作ったのよ? その子は良くてどうして私は駄目なの?」

「…もう終わった仲だ。誤解を生まないためにももうやめてくれ」

「なんで! 私はまだ亮介のことが好きなのに! そんな子、逃げてばかりの卑怯者なのに」

「…卑怯者? よくわからんが田端を貶すのはやめろ」


 橘先輩が私を庇う発言をすると沙織さんが私を鋭く睨みつけてくる。

 私はそれに思わず身を縮こませた。


 卑怯者。そうかもしれない。

 私は後輩という立場を使って面倒見の良い先輩のそばにいるだけ。

 好きと伝える勇気がないのはあの三年女子と同じ。

 そして理由をつけて諦めようとしているくせにまだ好きでいるのも同じだ。

 彼女に嫉妬する資格なんてないのかもしれない。


 沙織さんは縋るような目で橘先輩を見上げた。その瞳には涙が滲んでいて、美人なだけあってこれに絆される人が居てもおかしくはないだろう。


「あの時の私と違うわ。もう他の人に目移りしない。あれは寂しかっただけなの。…ねぇ、私は亮介のことをよく分かっているのよ」

「沙織もうやめろ」

「ねぇ好きなのよ! お願いよ…亮介…」


 橘先輩にぶつかる勇気のない卑怯者な私だけど、先日から沙織さんの悲劇のヒロインぶった発言には少々イラッとしている。


 橘先輩は困った顔をしていた。

 今は二人共大事な時期なのに、どうしてこんな事をしてるんだろうか。

 いつも迷惑かけてる私が言えることじゃないけどさ、だけど沙織さんは自分勝手すぎると思うんだ。


 他の人に目移りしない?

 寂しかっただけ?

 よく分かってる?


 何が? それって浮気した人の常套句だけどさ、そんな事言える立場だと思っているの? 泣けば許してもらえると思ってるの?

 好きとぶつかるのはいいとして、情に訴える沙織さんこそ卑怯者じゃないか。

 


「…沙織さん。前から思ってたんですけど、沙織さん自分のことばっかりですよね」

「…え?」

「今がどんな時期か分かってます? なんでこの時期になって橘先輩に復縁を申し込んだんですか? 受験後とかじゃ駄目だったんですか?」

「あ、あなたに関係ないでしょ」

「そうですけど、二人共今が一番大事な時期ですよね? そういうのって今じゃなくても別に入試が終わった後でも良かったわけじゃないですか」


 私が話に割って入ってきたことに沙織さんは表情を険しくさせた。…もしかして嘘泣きだったの?

 まぁそんなことは今更どうでもいいんだけども。


「さっきから聞いてると橘先輩の気持ちは無視してるじゃないですか。ねぇ先輩の夢を知ってますか? 夢を叶えるために国立一本に絞って今頑張っている時期なんですよ」

「分かってるわそんな事」

「分かってるならどうして? 自分の行動が橘先輩の負担になってると思いませんか? 好きだからって何しても良いわけじゃないでしょ? …好きなら、相手の為を思って行動してあげましょうよ」


 私は頭を掻きながら目を逸らした。


「いや…散々迷惑かけてきた私が言えることじゃないのはわかってるんですけど。偉そうなこと言ってすいません」


 私は心持ち橘先輩側に向かって頭を下げる。

 そして訝しげに私を見ている沙織さんをまっすぐ見つめて言った。


「好きな気持ちをそうやって押し付けるのは違うと思います。恋は一人でするものだけど、交際は二人でするものでしょう? …独り善がりになっちゃいけませんよ」


 お付き合いなんてしたことない私が言うなって話だけど。

 これ以上私がここに居ても仕方ないのかもしれない。


「ええと…私、先に帰ったほうが良いですよね?」


 私は一人で帰ろうと思って後ずさりしていたのだけど、橘先輩に手を掴まれた。

 え? と思って彼の顔を見上げたが橘先輩は沙織さんを見ていた。


「…沙織。悪いがお前とはやり直せない。何度来られても同じことだ」


 はっきりきっぱり橘先輩はそういった。

 沙織さんは目を見開き、泣きそうに顔を歪めたが、皮肉げに笑んだ。


「…趣味が悪くなったわね亮介。…もういいわ」


 それは精一杯の強がりなのか、本音なのかはわからない。

 だけど、橘先輩の沙織さんに対する決別の言葉になぜか私まで胸がギュッと潰れそうなくらい苦しくなった。


 


「田端さん」

「! …なんですか?」

「…私をがっかりさせないでね」

「え?」



 沙織さんは意味深な言葉を残して踵を返していった。

 私はその言葉にポカーンとしながら彼女の後ろ姿を見送っていた。

 がっかり? どういう事?


 沙織さんの姿が見えなくなった頃、橘先輩が口を開いた。



「…帰るか」

「あ、はい」



 気がつけば日が落ち始めている。こりゃ早く帰らねば!

 歩きだして気がついたが、先程からずっと手を繋ぎっぱなしである。


 この手をどうすれば良いのかわからずにいたが、離したくなかった私は家に着くまで先輩の大きな手をギュウと握りしめていた。


 私の家に着くまで私達は無言だった。

 だけどそれは気まずい無言ではなくて、どこか心地よかった。


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