男は狼なのよとでも言いたいのか。だけど狼って実は一途な生き物なんだよね。
橘先輩に連れてこられたのは風紀室だ。
中には風紀委員が数人いたが、先輩の顔を見てギョッとすると空気を読んで退室していった。
待ってくれ。今は二人きりにしないでください。
なんだか居た堪れないの。
シーンとする風紀室で私はガッチガチになって椅子に座った。
目の前の橘先輩の顔が見れない。
やばい。何をそんなに彼をお怒りにさせてしまったのだ。
私は先制謝罪することにした。
「…あの、中庭で騒いですみませんでした…」
「…俺が怒っているのがそれだとでも思っているのか?」
「え!? 違うんですか!? …山ぴょんに暴力振るってたことでしょうか?」
「……お前スカートなんだからああいう行動は控えろ」
「あっ大丈夫です。下に短パンはいてますから!」
「…そういう問題じゃないだろ…」
はぁ…と疲れたようなため息を吐かれてしまった。
「もう突っ込むところが多すぎて何処から注意すれば良いのか…」
「そんなに私やらかしました!? 写真の誤送信以外は特に問題なかったと思うんですが」
私の反応に橘先輩は苛ついたように睨みつけてきてきたので私は思わず口をつぐんだ。
怖い。
だって他に思い当たる節がないのに…
「…まず、あの写真だが…男に見せてないだろうな」
「はっ、はい! 大変お見苦しいものを送りつけて申し訳ございませんでした!」
「修学旅行ではしゃぐのはわかるが、ああいう過激な事をするべきじゃなかった。それはわかるな?」
「すいません! 私の意志が弱いのがそもそもの原因です。風紀を乱すような真似をしてすいませんでした!」
やっぱりあの事を真っ先に突っ込まれた。
私が風紀を守っていないのは元々なのだが、修学旅行でアレはやっぱりいただけないよね。
林道さんがうるさいし、お店の人も私も一緒にコスプレするものだと思って進めていたから断れずに流されたけどちゃんと断るべきだった。
ガックリ項垂れる私に橘先輩は次の指摘をする。
「次に…あの写真は何だ? 寝かせてくれなかったという話も聞こえてきたが、お前たちは一体何をしていたんだ」
「あれは違うんです! 男子が部屋に押し寄せてきて…私は帰れって言いましたし、眠りたかったから先に寝ようとしてたんです。そしたら山ぴょんが布団剥いで睡眠妨害をしたんです!」
「…部屋に」
「眠くて眠くて仕方なかったけど私、頑張って起きていたんですよ? 先生の見回りが来た時逃げ損ねた山ぴょんが布団に入ってきたんですけどアイツめっちゃ体温高いんですよ! 人間湯たんぽなんすよ! それで私とうとう寝落ちしたんです…その時寝顔撮られました…」
なんとか私には非がないことを訴えたのだが、話す度に目の前の橘先輩のお顔はどんどん怖くなっていく。
なんで? なにがいけなかったの!?
「…あの? 先輩?」
「……まず、男子が入ってきた時点で教師なり風紀委員なりを呼んで追い出せば良かっただろう」
「…その考えには至らなかったです」
「……男と一緒に布団に入ったって…お前は何を考えてるんだ。しかも無防備に寝入って…お前には危機感というものがないのか」
「…だって山ぴょんですし…幼馴染なんで」
「だが他人だろう!」
「!?」
「いいか田端、男ってのは…」
私は橘先輩から男の怖さについて延々と語られた。今の私には先輩が一番怖いんだけどそんなこと言ったら余計怒られるのを分かっているから口にはしない。
「聞いているのか田端! お前は男に対して無防備すぎる! 幼馴染と言えどあんなにくっつくのは感心しない!」
「はいぃ! 申し訳ありません!!」
写真データを巡ってスマホの取り合いをして格闘していた件も注意されてしまった。
私達は兄弟みたいな幼馴染と思ってるが、他人からしたらそうは見えないものなのか…
私はちょっと行動を改めようと反省した。
先輩の説教が落ち着いたのを見計らって私はずっと手に持っていた袋からお土産を取り出す。
「お詫びといっちゃなんですがお土産です…どうぞご笑納ください…」
「気を遣うなと言ったのに」
「学業のお守りと栞と唐辛子です」
「…唐辛子」
お土産を渡していたら橘先輩の視線が七味唐辛子の瓶に目が行く。
彼は「なんで?」と言った顔をしていた。
あれダメだったかな? お守りだけじゃ寂しいし、甘くない唐辛子が無難と思ったんだけど。
「先輩甘いもの得意じゃないって言ってたから。…大久保先輩にはおかきを買ってきたんですがそっちのほうが良かったですか?」
「…いやありがとう。…健一郎には俺から代わりに渡しておこうか?」
「あ、大丈夫です。帰り際に教室伺おうかなと思っていたんで」
そこで丁度予鈴がなったので私は立ち上がる。
「授業始まっちゃいますね。行きましょう先輩」
「……そうだな…」
何だかとっても疲れた顔をさせてしまった。
受験の追い込み時期なのに本当にすいません。
☆★☆
「…で、亮介に唐辛子ってか…」
帰りに三年の教室に寄ると大久保先輩がまだいたのでお土産のおかきを手渡す。お礼もそこそこに橘先輩に何をあげたのか質問されたので正直に答えると何故か笑われた。
私は大久保先輩を訝しげに見上げる。
何故だ。我が父は違う種類の七味をあげたら喜んでいたのに何故彼は笑うんだ。
「学業のお守りもあげましたよ」
「ふーん? …で? 俺も受験生なんだけどそれはないのか?」
「そう言えばそうでしたね。…美肌になれる入浴剤なら余ってますけどいります?」
「俺が美肌になってどうすんだよ」
「あー…なら私のですけど京都で買ったリップ塗ってあげましょうか? 口を付けないタイプですから」
「女みたいだからいらねぇよ」
「でも大久保先輩唇カッサカサじゃないですか。割れたら痛いですよ? ほらどうぞ」
リップバームの蓋を開けて差し出すと大久保先輩は顔を顰めて遠慮してきた。
間接キスでもないのに…透明だし、緑茶の香りがするやつだから男の人も使いやすいと思うんだけどな。
せっかく蓋を開けたので少量すくって自分の口に塗りつけてみた。
どこからか一斉に椅子を引く音がしたかと思えば私の背後にあるクラスの生徒がぞろぞろと教室から出てきていた。
3−Cは今HRを終えたようである。
「おう亮介、お前のクラス終わるの遅いな」
「あぁ。先生の話が長引いてな。田端、土産は渡せたか?」
「はい。今ちょっとクレームを頂いていました」
「クレーム?」
お土産にクレームとは…と思ったのか、橘先輩が大久保先輩を呆れた目で見つめる。
大久保先輩は肩をすくめて私を指さしてきた。
人に指を差さないで下さい。
なんか嫌なのでその指を握って下に曲げておいた。
「だってコイツよー、俺の分のお守り買ってきてないんだぜ? 亮介の分しか買ってきてねーの」
「だからほらぁリップちょっと使っていいですよって」
「いらねぇってば」
「匂いそんなないし色も透明だから男の人も使えますって。橘先輩見てくださいよ。大久保先輩の唇カッサカサなんですよ。割れたら痛いのにアホですよねぇ」
「男がんなもん使えるわけ無いだろ!」
「えーそれって偏見ですよー橘先輩は使いますよね?」
「…え?」
「ほらほらこれ口ついてませんからどうぞ!」
「…いや。大丈夫」
「ほーら見てみろ」
なんか大久保先輩がドヤ顔して橘先輩の肩を組んでいた。ドヤ顔するほどのことじゃないと思うんだけど、仲良さそうだから良いか。
二人を微笑ましげに見つめていた私だったが、どこからか鋭い視線が送られているのに気づいて振り返った。
その先に三年C組の教室から二人の女子生徒がこちらを見てヒソヒソと何かを話している。
(…あれ、あの人達)
ちょっと前に私をジロジロ見てきたことのある三年生だろうか。
彼女達は眉をひそめ、私を不快そうに睨みつけている。
話したこともない人たちだったが、もしかして橘先輩たちに好意を抱いていて私が親しくしているのが気に食わないのだろうか。
有り得る。
「田端? 帰らないのか?」
「あっ帰ります!」
「大体よー色気がないよなーなんだよ唐辛子って」
「…お土産に色気とかいりますか?」
「健一郎、貰ったものにケチつけるのはよせ。人間性疑うぞ」
「ケチとかじゃなくてさー」
楽しいやり取りなのに、なぜかすっきりしない。
先程の彼女たちのことが気がかりではあったが、私は大久保先輩と橘先輩と並んで帰宅したのである。




