お洒落は好きだ。だけどこれは別問題でしょ。
翌朝、私は一番に目覚めた。
現在の時刻朝六時だ。起床は六時半なのでまだ余裕はある。
「あーよく寝た…」
同室者達はまだ夢の世界にいる。あちこちからすやすやと寝息が聞こえていた。
伸びをして布団から起き上がると部屋の中はひんやりしており、私はそぉっと布団を出ると暖房を付けに行った。
上にコートを羽織って寝室と仕切られた窓際スペースにあるソファに座って充電していたスマホの電源を入れるとメッセージが入っていた。
両親からだった。
そうだそうだ連絡すると言っていたのに私は寝てしまったんだよ。
私は撮影した写真を添付してそれぞれにメッセージを送る。
ちょっとまだ早い時間だからどうかな? とは思ったけどまぁ良いかと軽い気持ちで送ってみる。
ついでに和真にも送ったがアイツは空手の早朝錬でもう起きているはずだから多分大丈夫。
真っ先に返信が来た母とメッセージのやり取りをしながら私はふと、修学旅行の乙女ゲームイベントを思い出した。
今京都にいる攻略対象は山ぴょんと久松だけである。
ゲームでもヒロインちゃんは山ぴょんとは違う班なのだが、班の人とはぐれた時に山ぴょんが一緒に回るというストーリーがある。だけどそれは攻略する相手が山ぴょんで固定されていたらの話だ。
同様に見て回っている時に他校生から強引なナンパを受けていると久松が助けるというストーリー…
なんだろう久松のストーリーは全然惹かれないのは私だけだろうか。
そんなこんなしていると起床時間になり、私は支度しようとソファから立ち上がるのであった。
☆★☆
「ねぇねぇきみ可愛いね一人?」
「いや、あの困りますっ」
「かーわいー」
うーん。あの他校生に囲まれてる人。見覚えあるなぁー…
「あっあやめちゃん助けて!!」
「…えぇ? …あー…山ぴょーん行って来てー」
「なんで俺が…」
班メンバー6人で清水寺へ向かうために駅で電車を待っていると林道さんがナンパされていた。
私が召喚した(違う)長身イケメンが出てきてナンパ男たちは怯んだ。ふん、口ほどにもない奴らだ。
その隙に抜け出して私の腕に抱きついてくる林道さん。前から思ってたけどこの人スキンシップ激しいよね。
「怖かったぁ!」
「…同じ班の人は?」
「…みんな恋人と回るって…そんなことなら他の人と組めばよかったぁ」
「あらー…」
それはちょっと同情してしまうな。
恋人と回ると決めてるなら班決めの時に言ってくれないとあぶれた人が可哀相ではないか。
「ならあたしらと回る? 今日は清水寺近辺を見て回るんだけど」
「本当!? 私清水寺の方に行きたかったの! 一緒に行ってもいいかなぁ?」
ユカの提案に林道さんは瞳を輝かせた。
林道さんは私の班のメンバーに同行をしていいか確認すると皆哀れに思っていたのか快諾していた。
私もメンバーが良いなら別に構わない。
電車も駅のホームに入ってきたので、全員で乗車した。時間的にも空いてる時間帯だったので空いている席に適当に座る。
隣で林道さんがワクワクした様子で話し出した。
「私ねっ花魁体験してみたかったんだ!」
「え? 私達は行かないよ? そこ行ったら今日行く予定の場所全部見て回れないもん」
「えぇ!?」
「現地解散でソレ終わった後に合流する?」
「そんなぁ一人で花魁の格好しても寂しいだけだよぅ! あやめちゃんもいこうよ! 楽しいよ! 花魁だよ!?」
「やだ。お金もったいないし時間ももったいない」
電車内では静かに。
小声ではあるが林道さんが隣でうるさい。
私は知らんぷりしていたのだが、山ぴょんが余計なことを言い出した。
「なんならあやめ達別行動するか? それこそ終わった後に合流すればいいだけだし」
「は?」
「女ってそういうの好きじゃん。俺らのこと気にしないで行ってこいよ」
「いや気にした覚えないんですけどね」
コイツはまた要らんことを…
女全員がコスプレ好きとは限らないんだからな。
横を見ると林道さんがキラキラした目でこっちを見ていた。
あ、なにこれ決定した感じ?
私は空中を見つめ、遠い目をしたのである。
花魁の衣装は花嫁衣装を意味しているという。
豪華絢爛でとても美しいが、実際の彼女たちの仕事はその身を売ること。
しかも殆どが自分で望んで売られたんじゃなくて、親から売られた女の子が多数であったと言う。
華やかな世界の裏で歯を食いしばって生きてきた彼女たち遊女の頂点とも言える太夫…花魁の格好を現代の女の子たちは憧れて喜んで着ているが…私はちょっと複雑な気分になる。
きれいだけどさぁ…同じ女として思う所ない?
「あやめちゃんかわいいー!」
「………五千円…五千円も飛んだ…」
「ねぇねぇ写真撮って? 時間制限があるからちゃんと撮っておかないと! えへへ和真君見惚れてくれるかなぁ…」
私は江戸風キャバ嬢みたいになっていた。
私の知っている花魁となんか違うんだけど…
言われるがまま林道さんを撮影してあげたのだが、スマホの写真フォルダを見た彼女は満足げに笑んで、私に手のひらを差し出す。
「…?」
その行動が理解できず私は首を傾げていたのだが「スマホ出して」と言われ、何も考えずに彼女に私のスマホを渡す。
「じゃあ、そこに寝転んで?」
「は?」
「はやく! あと十五分しかないでしょ!!!」
「!?」
林道さんは写真を撮り始めるとプロのカメラマン宜しく指示をしてきた。
「煙管を口に近づけて!」だの「そうそうそのままカメラ見上げて! 挑発的に!!」だの「俯きがちに振り返って!」だの…
私はその勢いに負けた。
私のスマホが今までにないくらいシャッター音鳴らしてたけど壊れてないよね?
グッタリした状態でスタジオから出るとあれからもう二時間も経過していた。
「お腹空いたねぇ。なんか食べようか」
さっきの鬼カメラマンはどこに。林道さんはいつものテンションでマイペースだった。
近場のお蕎麦屋さんで軽く遅めの昼食を済ませると次は私の目的の清水寺に向かった。
まずお守りをしっかり購入して、その後縁結びのパワースポットに行ってみた。
「音羽の滝? あ、これしおりに載ってた!」
「右から学業、恋愛、健康長寿のご利益があるんだって」
「そうなの!? じゃあ飲まなきゃ!!」
林道さんは真っ先に恋愛のご利益のある場所に並んでいた。
私は学業の方でも飲んでおこうと思ったのだが、意外と人が多くて時間がかかった。
ようやく学業の水を飲み終えた時、林道さんが「あやめちゃん! 健康長寿の水飲まないの? 空いてるよー!」と声をかけてきた。
…あれ? さっき恋愛の水飲んだよね?
「林道さん、一つしか飲んだらダメなんだよ」
「えぇ!?」
「しおり読んでないの? 欲が深いと叶わないんだって」
「早く言ってよぉ!」
膨れた林道さんを次なるパワースポット地主神社に連れて行くと機嫌を直していたのでちょろいものだと思った。
だけど恋占いの石で反対側の石に二人して辿り着けなくて二人揃ってガックリ凹んた。
恋愛成就のお守りを買ったのはここだけの話である。
お守りに恋って刺繍されてるから誰かに見られたら恥ずかしいけど、鞄にでもこっそり見えないように付けておこう。
「きゃあ!」
「うおぉ!?」
次は二年坂を通過して金剛寺に向かおうとしたのだが、林道さんがそこで躓いた。私まで巻き込まれてずっこけそうになったのを踏ん張って持ちこたえる。
ちなみに後者が私の悲鳴だ。
私の女子力よどこに行った。戻ってこい。
「殺す気か!」
「違うのゴメン〜!」
転んだら二年以内に死ぬなんて迷信とはわかってるが、気分的にもコケる訳にはいかない。
周りで私達の様子を見ていた観光客にくすくす笑われ、恥をかいてしまった。
金剛寺の本堂に行くとあの見ざる言わざる聞かざるが鎮座しており、私は無言でスマホを構えた。
あちこちに猿がいるけどあれは撮影しておくべきだと思う。
くくり猿というお守りが売られていたので私はそれに願いを書き込もうとして迷った。
【何か欲を一つ我慢すれば、願い事が叶う】
私はうん、と一人で納得して頷くとさっさと願い事を書いてそれを吊るした。
林道さんは長々書いていたのでちょっと覗いてみると、みっちり煩悩まみれの願い事を書いていた。しおりとか神社の注意書き見てないのかねこの人。
猿のグッズが何だか可愛かったので、家の玄関にでも飾ってもらおうかと小さな木彫りの猿を購入して金剛寺を出た。
いろいろ見て回ったが、もう時間は門限に近づいていた。本当は錦市場にも行きたかったのだが、諦めるしかない。
せめて近場の八坂神社に行ってからホテルに帰ろうと思って、林道さんを急かしてまたまた縁結びの神社でお参りと、きれいになれると言われている神水を化粧が落ちない程度にほっぺたに付けておいた。
そうして私達がホテルに戻ったのは門限の五分前。ホテルの出入り口では柿山君ら風紀委員の面々がガードマンのごとく突っ立っていた。
「田端、林道。ギリギリだぞ」
「いいじゃん間に合ったんだからさぁ」
「早く入れ。夕飯も始まるぞ」
「はーい」
まーこの口のうるささ、橘先輩に似てるなぁ。
さすが後輩だこと。
私達は肩をすくめてホテル内に入ると、林道さんが鞄を持ち上げて首を傾げた。
「あやめちゃん、先に荷物置きに行っちゃお」
「そうだね」
荷物をおいて大宴会場に行くとやっぱり生徒たちで密集していた。
自分のクラスの人達が集まっている群れを見つけて近づくと、ユカが気づいて手を振った。
「アヤ!」
「遅かったねぇ。見て回れた?」
「うん…錦市場行けなかった…」
「あらまぁ」
「花魁の格好したんでしょ? 写真は? 写真見せてよ!」
ユカとリンは一足先に戻っていたらしい。私は二人が場所取りしてくれてた席につくとようやく一息つけた。
ホッとしたらお腹も空いた。
今日の夕飯も美味しそうだ。撮影しておこう。
「全員揃ったか?」
「いえ…」
夕飯を食べ始めてしばらくした頃、大宴会場の外で先生と柿山君が何やらやり取りしているのが聞こえた。
(……?)
「連絡してるんですけど電源が入ってないのか電波が悪いのか…」
「…仕方ない。待つしかないな。お前は皆と夕飯を取りなさい」
「ですが」
「良いから先生たちに任せなさい」
どうやら帰ってきていない生徒がいるようだ。
電車の関係で遅れることもあるだろうし、そのうち帰ってくるんじゃないかなとは思ったけど、先生や風紀としては立場的にも放置できないもんね。
柿山君は煮え切らない表情をしていたが、渋々大宴会場に入って自分のクラスの席に座っていた。
風紀委員って大変だな。私も迷惑かけてる側だけど…めっちゃ苦労してそう…ホントいつもすまん風紀の面々…
私は心の中で懺悔しながら湯葉を味わっていた。
うんま! やっぱり本場は違うな!




