私のお友達【小石川雅視点】
「雅ちゃーん! ごめんね待った〜?」
「いいえ全然。今日はいきなりお誘いして申し訳ございません」
「全然いいよー! ていうか洋服って珍しいね! かわいい」
「お着物はお稽古事の時に着ているだけで、普段はお洋服なのですよ」
彼女の名前は田端あやめさん。
派手な格好をしていらっしゃるから以前の私なら関わることのない方だったかもしれないですけど、そんなのただの偏見だと気づきました。
だってあやめさんは優しくて、一緒にいると楽しい方。私にないものをたくさん持っていて、私の知らないことを色々教えてくれる大切なお友達。
もしかしたら冬休みの最終日もアルバイトをされているのかなとは思ったのですが、丁度休みだとお返事を頂いたので、今日は映画にお誘いしたのです。
「あやめさんのお洋服も素敵ですね」
「そう? これ福袋で買った服なんだ〜。福袋って当たりハズレがあるけど当たりでよかった」
あやめさんがお召しになっていらっしゃる丈の短いニットワンピーススカートにロングブーツは彼女にとってもよくお似合いです。
派手な格好をする理由が知りたくて、どうして髪を染めるのかをお尋ねした時、あやめさんは苦笑いしてお答えしてくださいました。
容姿に恵まれた弟さんが同じ学校にいるから、比べられないようにと仰っていて。弟さんの写真を拝見させていただきましたが、確かに美形な弟さんでいらして納得いたしました。
高校二年になる前まではあやめさんも黒髪でお化粧もしていなかったそうですが、弟さんの入学を機に今の形に収まったと。
一年前のあやめさんのお写真を頼み込んで見させて頂きましたが、清楚で愛嬌のあるお姿でした。
私は元のお姿も好きだとは申しましたが、あやめさんは苦笑いするのみ。
…もしかしたら、周りから心無いことを言われ続けたのでしょうか?
映画館の売店で飲み物を私の分まで頼んでくれているあやめさんの後ろ姿を眺めながら、私は考え込んでいたのですが、何処からか聞き覚えのある声がしてそちらに目を向けました。
「花恋、俺は飲み物を買ってきますからここで待っていて下さい」
「わかりました」
そこには婚約者候補の志信様が他の女性に私には向けた事のない笑顔で優しく話しかけているお姿でした。
彼は私がここにいることに気づくこともなく、売店の列に並んでいきました。
心にナイフが刺さったような苦しみが私を襲いました。
私はここにいるのに。
何故その人がいいのですか志信様。
どうして私には心を開いて下さらなかったのですか!?
思わず志信様の元へ駆け寄って詰りたくなる衝動が沸き上がってきました。
私は彼の妻になるために幼少の頃から努力してきたというのに、どうしてぽっと出の女に奪われなければならないのでしょうか。嫉妬の感情が抑えきれずに足が自然と一歩前へと進みました。
「雅ちゃーん。おまたせ〜」
ですが、そこにあやめさんが戻ってこられたのでその衝動を胸の奥に押しとどめて、あやめさんと劇場に入って行ったのです。
…醜い姿を晒さずに済んでホッとしました。
私達が観た映画は児童書が世界的にヒットして映画化したもので、老若男女が楽しめるような作品でした。もやもやしていた気持ちは映画のおかげで幾分かマシになりました。
映画館を出た後、その辺のお店を二人で見て回っていたのですが、化粧品を眺めていらしたあやめさんが神妙なお顔で私に尋ねてこられました。
「ねぇ雅ちゃん…」
「なんですか?」
「…私の顔って柴犬っぽいかな?」
「……え?」
いきなりそんな質問をされて私はぽかんとしてしまいました。
柴犬? どういうことですの?
柴犬の姿を想像して、目の前のあやめさんを見つめてみます。
…あぁ…そう言われたら目の辺りが…
「やっぱり! 犬顔なんだ!」
「えっ!? いえいえ、悪い意味ではなくて可愛らしい意味で似ていると」
「化粧かな!? すっぴんの時そんな事言われたこと無いのに、化粧しだして柴犬に似てるって言われることが増えてさ! でももうすっぴんには戻れない!!」
頭を抱えて嘆かれるあやめさん。私はどうしたらいいのかとオロオロするしか出来ません。
薄化粧しか嗜まない私は彼女にどうアドバイスするべきか。決して悪い意味で柴犬に似ていると言われたとは思わないのですが、彼女にはマイナスに感じているようです。
「メイクのことでお悩み?」
「「!」」
「びっくりさせちゃったかな? ごめんね聞こえてきちゃったからさ。お姉さんで良かったらお話聞くよ? 一応その道のプロだから」
化粧品売り場にいたカウンセラーの方がそう声を掛けて来られ、プロの意見ならあやめさんも前向きになるかもと思い、私は二つ返事でお願いしました。
一旦、化粧を全て落とされたあやめさんにカウンセラーの方はスキンケアのことから説明してくれ、私も大変お勉強になりました。
「若い肌を維持するのは若い内からのケアだからね。化粧も出来ればしないほうがいいけど、気にしてる子に化粧するなって言うのは酷だから…肌に負担のかからない化粧方法を教えてあげるね」
そう言って慣れた手付きで化粧を施していきます。プロというのはどの道の人でもすごいものですね。
あやめさんは雰囲気がガラリと変わりました。
「目が小さいわけじゃないからアイラインはそんなに太くしなくても十分可愛いよ。それに眉もはっきりくっきりするんじゃなくて自然にして、チークはピンク。リップは健康的なピンク色があなたには合うんじゃないかな? さっき付けてたベージュはまだ大人っぽすぎるから」
「うわぁー…すごーい…」
「あやめさんとっても可愛いです! …お写真撮ってもよろしくて?」
清楚にかわいらしくなったあやめさん。
カウンセラーの方に付けてもらっていた化粧品をいくつか購入して、このお化粧の方法を再確認する気の入り様でしたが、 私もこのあやめさんのほうがいいなと思います。
お店を後にしたあやめさんはホクホクしていらっしゃいました。お化粧のことで悩んでいらしたようです。
「明日から学校どうしようかと思ってたから良かった〜」
「それなら良かったです」
「ちょっと買いすぎたけどバイト頑張ったからいいよね。雅ちゃん付き合わせちゃってゴメンね」
「いいえ。私もいい経験になりましたから。私は和装の時に薄くお化粧する程度しか嗜みませんから、プロの方の技を見て勉強になりました」
あやめさんは自分自身を守るために派手になったと仰っていた。これが私の鎧で私の主義なのだと。
彼女には彼女のジレンマがあってその行動に至ったのでしょう。だって自分に悪意を持つ相手…それも複数に立ち向かうのは並大抵のことではありませんから。
彼女のその選択はある意味賢い選択なのかもしれない。
…主義。私には何があるかしら?
親の言う通り親の決めた習い事を習い、親の決めた学校に進学し、親同士が決めた婚約者候補に媚びを売ってきた私は自分というものがなにもない。
…相手のために、と思ってやってきたけども彼は別の女性に夢中。
…私は、一体何なのでしょうか。
「雅ちゃんはすごいね」
「えっ…」
「習い事たくさんしてるし、今までいっぱい頑張ってきたんだろうね」
「いえ、そんな…」
「部活一つだけでも大変なのに習い事を複数掛け持ちするのって大変だと思うよ? しかもそれ全部一生懸命身につけてさ」
いきなりあやめさんに褒められて私は目を丸くしました。
すごいと言うよりは、親に従うのが当然と思っていたからやってきたことで、それをきちんとこなさなければみんなに見捨てられると思ったから頑張ってきたと言ってもいい。
胸を張れることではないと私は思っていました。
「私も習い事の一つくらいしてみたら良かったかも。何も熱中することがなかったから、未だに進路が決まんないんだろうなぁ」
今更始めても身につかないかと呟くあやめさん。
あやめさんが進路に悩んでいるお話は聞いていましたが…習い事をしているからと言ってそういう訳ではないのですよ。
…私だってしたい事なんて何もありません。だって決める余地はなかったから。周りが決めたことを淡々とこなすだけ。
…だけど、志信様があの女性を選んだ今は、私は不要の存在。彼のために努力することは無駄になってしまった。
だから私もなにか、自分で決めてみてもいいのではないでしょうか?
きっと志信様との縁談が破談になっても他の殿方との縁談が持ち込まれるでしょう。進学先も親の希望通り、今通う高校の上にある姉妹大学になるでしょう。習い事も継続して続けることになるでしょうし、それなりの振る舞いをしていかないといけないでしょう。
私はそう育ってきたのでそれを受け入れる気ではありますし、それに反抗した生き方をするほど私には度胸がありませんから。
…だけどそれとは別の部分で、私がしたいことを私が決める事があってもいいのではないでしょうか?
彼女と接してきた私はそう思えたのです。
今度はどこに誘おうかしら? あやめさんは今月修学旅行を控えてるからその後がいいですね。
来月はバレンタインがあるから友チョコの交換を誘ってみようかしら。
なんだか楽しみが増えました。
その後あやめさんと一緒に食べたクレープは食べにくかったですけど、とっても美味しかったです。




