わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【ふぉー】
「和真、それ5袋乗せて」
「こんなに買って食いつき悪かったらどうすんだよ」
「大丈夫。同じもの寄付で頂いたとき、わんちゃん達めちゃくちゃ食いつき良かったから」
今日は隣町の大型スーパ隣接のペットショップに来ていた。わんちゃんのご飯とかトイレシートとかおもちゃを買いに来たのだ。その際、家でぐーたらしていた和真に荷物持ちを任命すると、奴は渋々ながら従った。そんなわけで、お母さんが運転する車に乗ってやってきた。
今週末までペットショップのペット用品が30%オフとの情報を受けた私は何が何でも購入したかった。ショッピングカートにドンドン餌の袋を乗せさせ、私はペットシーツを両手に抱える。オヤツやガムもカートにはいってる。おもちゃも適当に入れた。今日のところはこの程度でいいだろう。
「じゃあレジに…」
「あやめちゃん?」
会計のためにレジに行こうと和真を促していると、横から声を掛けられた。私が呼ばれたほうへと視線を向けると、キラキラした目でこちらを見つめ、舌を出しているコーギーの田中さんを抱えた本橋さんがいた。
「本橋さん。田中さんも偶然だね」
「今日は田中さんのシャンプーカットの日なの…すごい荷物だね」
「ペット用品3割引の日だから、母さんと弟に協力してもらって買いに来たんだ」
そう言うと、本橋さんは「そっかぁ、わんちゃん達きっと喜ぶね」と笑顔をみせていた。
うーん、可愛いなぁ……和真って好きな子とかいないのかな。年上だけど、本橋さんみたいな子タイプじゃないのかな…ちろりと和真に視線を向けると、和真は明後日の方向を向いていた。たまたま通路脇にオウムのケージがあったらしい。顔を近づけてオウムを観察していた。
…だめだこりゃ。こんな美少女を前にしてオウムに夢中って……お姉ちゃんはあんたの将来が心配です。
「和真君!? やだこんな所でなにしてるの?」
キンキンした声。それに驚いたのは私だけでなく、近くにいた動物たちもビクリと反応していた。オウムに至ってはバサバサ羽を動かして威嚇し返している。
和真は眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔をすると、ジトッとした目でその人物を睨んでいた。
「……またあんたかよ」
どうやら和真の知り合いらしい。黒髪ロングの小柄で華奢な可愛い女の子だが……どっかで見たことのあるような。…あぁ、そうだ。男子が可愛いとか言ってるの聞いたことあるような。隣のクラスの子だったのは確かだけど名前がわからない……
その人物は和真の肩を親しげに叩いたかと思えば、何故か嫌そうな顔をして本橋さんを睨みつけていた。
……?
「…なんでこの人といるの?」
私はその様子を見て首を傾げてしまう。
和真がどこで誰といようと和真の勝手じゃないか。……まさか和真の彼女とか…? でも和真めちゃくちゃうざそうな顔しているし、それは彼女にする顔じゃないからそれはないか。
そんでもって一応私もいるのだが、私のことは眼中にないらしい。どうでもいいけど。
しかしそれにしても嫌な視線である。
なぜ本橋さんを邪険にするような態度を取るのか。本橋さんは悪意に戸惑って困惑しているじゃないか。私は嫌な予感がしたので、和真とその子の間に割り込んだ。
「あのさ、親の車待たせてるからもういいかな」
黒髪ロングの子は私よりも小柄だった。彼女を見下ろして、ジロッと見つめると、彼女は驚いた様子で目を丸くして固まっていた。
よしよし、本橋さんから視線が外れたな。
「弟に用があるなら学校のあるときにしてもらっていい?」
なんか嫌な感じがする。とにかくこの場から引き剥がしたほうがいいな。
「田端あやめ…」
彼女は硬い表情で私の名前を呼んできた。
何故フルネーム呼びなのか。しかも呼び捨て。
「そうです、和真の姉の田端あやめですよ」
ところであんたは誰ですかね。
一回も口を聞いたことのない相手だったので、私は愛想を振りまくことなく彼女から視線を反らした。
「本橋さん、田中さん、またね」
本橋さんたちには笑顔で別れを告げると、弟の腰を持っていたペットシーツの角っこでツンツンして先を促した。
──黒髪ロングはぐっと唇をかみしめてこっちをじぃっと見ていた。
得体のしれない雰囲気が何故か不気味だった
■□■
「わぁ! あやめちゃんリアルに作り上げたねぇ!」
「でしょ」
文化祭の季節がやって来た。
今年のクラスではお化け屋敷が出し物だ。なので私は自分の仮装にものすごく力を入れた。
「犬友さんの中に芸術系出身の人がいて、制作手伝ってくれたんだ」
「すごいねぇ」
自分の仮装の準備は完璧だ。後はクラスの出しものであるお化け屋敷の内装や看板を作るだけ……なのだが、ちょっとした騒動が起きてしまい、準備に遅れが出始めていた。
買い出しに行こうとした本橋さんが階段から落ちたというのだ。しかも背後から人に押されて。彼女を突き落としたのは、山ぴょんの彼女さんだという。
──幸い、本橋さんは下にいた山ぴょんにキャッチされて無事だったらしいが、彼女さんが行った犯罪行為は無罪放免というわけにはいくまい。しかも現行犯だし。
怒った山ぴょんが本橋さんを連れて教室に戻ってきたのだが、その後を追いかけてきた彼女さんと言い合いをはじめた。彼らはあろうことか、文化祭準備中の教室内で喧嘩をし始めてしまったのだ。
「お前、やばいよ。やってること嫉妬以前の問題じゃん」
山ぴょんは軽蔑の眼差しを彼女さんに向けている。その後ろで本橋さんがオロオロしていた。
「大志…!」
「嫉妬だと思って我慢してきたけど、もうお前とはやっていけねぇよ」
彼女さんは「別れたくない!」と騒いでいてまさに修羅場。
私はペンキの刷毛を握りしめてため息をついた。状況がよくわかんないが、痴話喧嘩は文化祭と何も関係ない。
本橋さんは足りないペンキを近くのショッピングセンターに買いに行くと言っていた。しかし手ぶら。材料がなければ仕事はできない。
そして痴話喧嘩を見せつけられる私達はそれを無視して仕事するわけには行かずに、息を呑んで固まっていた。
「あ、あの山浦君…」
「大体夏祭りのときだって! 俺はずっこけた本橋を庇っただけだって言ってんのにいつまでもネチネチ根に持ってよ、お前のそれには我慢の限界なんだ!」
本橋さんが止めようとするが、日頃の不満が爆発した山ぴょんは聞いちゃいない。
山ぴょんはさぁ結構彼女の入れ替わりが激しいけど、愛情表現が足りないんじゃない? 実際のことは知らんけど。そんでもって彼女さんもやることが過激すぎて同情できないよ。
刷毛を空のペンキ入れ容器に戻すと、私はゆっくり立ち上がる。膠着した教室内をてくてくと歩いていくと痴話喧嘩しているバカップルの真横に立った。
「私は早く帰りたい。お腹すかせたワンコたちがうちで待ってるんだ」
言い合いをしていた彼らは私が口を挟んだことで毒気をなくした様子でぽかんとしていた。
「あのね、他にも用事があるのに無理して残ってる人もいるんだよ。痴話喧嘩は他所でしようか」
すっ、とサムズアップした親指を45度傾けて廊下の外に向けた。
「それと朝生さんのやったことは犯罪だからね?」
謝って済むなら警察はいらないんだよ? 私は笑顔で教えてあげた。
すると朝生さんは今になって事の大きさを認識したのか、その顔をさぁっと青ざめさせていた。
本橋さんが大事にしたくないからと言うから、教室内でのここだけの話にしたけど……
結局山ぴょんは彼女と別れたらしい。
どうせ忘れた頃に新しい彼女出来てんだろうなぁ。なんたって山ぴょんモテるし。
私にはお布団に世界地図を作ったイメージしかなくて、幼馴染を異性として見れないんだけどさ。




