進学も就職も人によりけり。大事なのは自分がやっていけるかどうか。
基本的に大学のオープンキャンパスは高校生の夏休み期間中に行われる。だが大学によっては通年開放している所もあるそうだ。
お試しで講義を受けたり、大学内を散策したり、学校説明会、サークル体験など大学によって見せ方が違うそうだから大学進学する人は色々比較してみたらいいんだって。
まぁ私はうるさい先生を黙らせるために来たんだけどね。
私は今大学の体験入学をしていた。
あれから私は母と和解して、改めて話し合った。
だけどやっぱり話が進まなくなりそうになったので、私が提案したのはオープンキャンパスに行ってみること。それで気が変われば進学を選ぶと。
でもそうでなければ私の意志を見守ってほしいと。
両親ともそれに頷いてくれたのだ。
先生に薦められた大学は私立なだけあって施設は綺麗で、色々な施設が完備されていた。
構内を行き交う大学生はみな大人に見えたし、学部見学していたら商学部や文系学部以外にも様々な学部があってどれも目を引いた。
だけどそれをどう将来仕事に活かすのかと言われたらあまり想像つかなかった。
ものは試しで大学の講義を受けてみたのだが、黒板の字が汚くて読めないし、いきなり大学の専門科目を学んでも理解ができない。
学食とか、サークルとかまぁ、すごかったよ?
すごいと思うけど…うーん。
大学内をぐるぐる見てきた私は、急にドッと疲れた気がした。それで大学の敷地内にあるベンチに休憩がてら腰掛けて、ここに来た時に貰ったパンフレットを眺めていた。読むんじゃなくて眺めていたのだ。
色々見た気もするしもう帰ろうかな…とパンフレットを畳んでいると、目の前が暗くなった。日が暮れるにはまだ早すぎるぞ。
なんだろうと思って顔を上げたのだが、私は一瞬で渋い顔になった。
「…ここで何してるんだ」
「体験入学ですけどなにか」
「体験入学? …ここを受けるのか」
「受けません。担任に言われたから来ただけです」
「担任、がねぇ。ここのどこの学部を見に来たんだ」
私の目の前に立つのは橘兄だった。
いきなり現れたかと思えば…それを聞いてどうするつもりなんだ。
そして橘兄はここの学生だったのか。二重の驚きなんだけど。
「…商学部とか文系を薦められましたけど」
「文系はやめておけ。就職活動時の強みにならない。商学部はまだ活かせるかもしれないが…他にも学部はあるのに君自身で学部を決めないのか」
「…いやそもそも就職希望なんで進学はしないつもりですけど」
なんだなんだダメ出しか? と私が橘兄を見上げていると彼は眉をギュッとひそめていた。
あ。その顔、橘先輩もたまにするなと場違いなことを考えていたのだが、橘兄に大きなため息を吐かれた。
「…君は、馬鹿か」
「………はい?」
「高卒の就職がどれだけ条件が悪いかわかってないのだろう? 生涯収入も、条件も全く異なるんだぞ。家の事情で進学を希望しないのか?」
「親は薦めてます。ですけど私は将来したいことがないので大学進学は希望してません。目的もなく行くのが嫌なんで」
いきなりの馬鹿呼ばわりにイラッとしつつ、私は橘兄をまっすぐ見上げてそう答えるとまたあの人を小馬鹿にしくさった目で見下ろしてきた。
「社会は君が思うほど生易しいものじゃない」
「学生である橘先輩のお兄さんがどうしてそんな事ご存じなんですか? 説得力ありませんけど」
「はぁ~…全くあの落ちこぼれはどうしてこんな女を…」
「なにを勘違いしてるか知りませんけど、私と橘先輩はただの先輩後輩なんで!」
まだ勘違いしているようだったので私はしっかり否定しておく。橘先輩が私みたいなモブと付き合うわけないじゃないか。
しかもこの人、弟のことまた落ちこぼれ呼ばわりした!
この際だ。言いたいことを言わせてもらおう。
「あの、前から言いたかったんですけど、橘先輩は落ちこぼれなんかじゃありませんから! 先輩は学校でも風紀副委員長として、剣道部部長として責任ある地位で真面目にやってきたから生徒達に慕われているし、成績だって優秀です。しっかり文武両道を貫いていたんですよ。お兄さんはちゃんと橘先輩を見てください。言葉って簡単に人を傷つけるんです。お兄さんはもう大人でしょう? 自分の言葉に責任を持ってください」
「…君は」
「橘先輩はすごく面倒見がいいんです! 私が金髪だから仕方なく風紀委員として指導していたのであって、その延長で家まで送ってくれたりする優しい人なんですよ!」
「待った。わかった。わかったから」
橘兄が止めてくるが私はまだ言い足りない。
「私の弟が暴力振るわれたときもすぐに助けに来てくれたし、風紀委員引退したっていうのに後輩に後夜祭を楽しんでもらいたいからって代わりに見回りするくらいバカ真面目なんですよ! ホントに頼りになる先輩なんです!」
「わかった。君が亮介を好きなのは充分わかったから」
「そうです! 尊敬してますとも!」
「………」
私が拳を握りながら頷くと何故か橘兄は変な顔をして私を見てきた。なんでそんな呆れた目を向けてくるんだ。
私が首を傾げていると橘兄は脱力するようにため息を吐いた。
「…まぁそれはそうとして…君は今一度進路について考え直すことだな」
「そんなのお兄さんには関係ありません。よって指図される謂われはありません」
「俺は高卒で就職して苦労している奴を知っている。だから教えてやってるんだ」
「それはご教授ありがとうございます」
「君ってやつは…」
「したいことがないのに大学行くなんて金の無駄じゃないですか。お兄さんの言う安っぽい女のことなんてほっといて下さいよ」
話は終わった。私は鞄の中にパンフレットを押し込み立ち上がる。
大体なんで話しかけてきたのやら。文化祭の時私の反抗したことについて文句言うつもりだったのか?
私が一歩踏み出したその時、「あれ、恵介さん?」と女性の声が聞こえた。
「君は…亮介の…」
「沙織です」
隣の街にある名門私立高校の制服を身にまとうスラリとした女子生徒がそこにいた。清楚な感じの美人さんで、垂れ目が温和そうな性格を現している。腰まである黒髪が艷やかである。
彼女は笑顔で橘兄に近づいてきた。親しいのだろうか。橘兄も笑みを浮かべていた。
あの橘兄が笑ったのに私は心の奥で衝撃を受けていた。
(わぁ…この人笑うんだ…)
私も大概失礼なことを考えている気がするが、印象が悪いのだから仕方がないと思うのだ。
「お久しぶりです。お元気にしていましたか?」
「あぁ。君こそ」
「私は元気ですよ。…その子は?」
美人さんは私を見てにこりと微笑む。
彼女の疑問に橘兄が弟の後輩と私を紹介すると彼女は目を輝かせていた。
「亮介の? 亮介、元気にしてる?」
「あっはい」
「そっかぁ…」
いきなり話を振られたため、気の利いた言葉を返せなかったのだが彼女は何処か懐かしそうな顔で微笑んでいた。
橘先輩の知り合いかな?
私は二人がやり取りするのを眺めて、彼女が去っていくのを見送った。
彼女が居なくなった後、私は橘兄にあの人は誰なのかと質問してみたら帰ってきた言葉は…。
「亮介が前付き合っていた彼女だ」
「…前の彼女さん」
「去年の夏に別れたらしいがな」
…うん、橘先輩に彼女いてもおかしくないよ。そもそも今いないほうがおかしいんだよ。女がほっとかないはずなのに。
先輩ったらあんな美人な彼女居たのか。なかなかやるなぁ。
…みんな恋人いるのに私は彼氏の一人もいない…あぁロンリー…
遠い目をしている私に橘兄がなにか言ってるが、左耳から入って右へと流れていった。
どうせ大したことじゃないだろう。
私はそこからどうやって帰ったのか覚えてないのだが、いつの間にか自分の部屋で体育座りしていた。
なんで体育座りなのかはわからない。
…なんでだろ。橘先輩に彼女いて当然なのに、なんだかもやもやする。




