ペット大歓迎・温泉旅館へGO! withマロンちゃん【後編】
もふもふモフモフ。
私は今、超大型犬の背中に顔をうずめていた。
同じ宿泊先で出会ったアラスカンマラミュートの小太郎君を撫でているうちにだんだんもふもふに魅了され……。これはいいモフモフだ。
彼を見ていると、昔私がまだ幼い頃、隣の家で飼われていたハスキー犬・アスターを思い出す。私が生まれたあと、はじめて対面した頃から母性を前に押し出して赤子だった私の面倒を見てくれていたオス犬……。オスなのに母犬のように甲斐甲斐しく面倒を見てくれ、危険や外敵から守ってくれていたらしい。そんな彼も寿命には勝てずに、私が小学4年生のときに亡くなってしまったのだけど…
よく見たらアスターとは違う犬種だってわかるけど、小太郎君を見ているとどうしてもアスターを思い出して……お空の向こうで元気にしてるかな……
「ウ゛ゥゥゥゥゥ!」
「ごめん、ちょっとマロンちゃん…少しばかり感傷に浸らせておくれ…」
私が長いこと小太郎くんをモフっているからか、マロンちゃんが横から不満を訴えてくる。「他の犬よりも私の相手してよ!」とマロンちゃんはムッスリしているように見えた。
──パシャパシャ
前から横から後ろからシャッター音が鳴り響いているのに私は気づいていた。何を隠そう陽子様が私とマロンちゃんをファインダー越しに見つめているのだ。以前はスマホで撮影していたのに、ここ最近はお高そうな一眼レフカメラで撮影している陽子様……わざわざカメラを購入したらしい。こだわりが強すぎるんじゃ。
「陽子さん、いつも私達を撮影してばかりじゃないですか。今日くらい一緒に撮りましょうよ」
ネズミの国で間先輩と私が写真撮っていたのが羨ましかったんじゃないのか? なのにいつも撮影する側だよね、陽子様って。
私が一緒に撮影しようとお誘いすると、彼女は「え」とらしくなく呆けた顔をしていた。いつも自信満々な彼女にしては珍しく気の抜けた顔である。
私は荷物をまとめて置いているベンチに近づくと、カバンの中におさめていたスマホと自撮り棒を取り出した。
「ほらほら、こっち見てください。マロンちゃんも真ん中見てね」
──パシャッ
陽子様とマロンちゃんを一箇所に集めてくっつくと、スマホカメラの中に映り込む。うーん。陽子様表情硬いな。写真慣れしてない人みたいじゃないか。
連写モードで何度か撮影して、その中から映りがいいものを陽子様のスマホに転送してあげた。送ってあげたそれを陽子様が確認すると、なんだか嬉しそうに表情を緩めていた。
大人っぽい彼女が一瞬、少女に見えた。迫力系美女のハニカミ笑顔の威力よ。これはギャップ萌えと言う奴であろうか……
その後マロンちゃんとタロくんが追いかけっこをはじめてしまい、そのスピードについていけなくなった私は、小型犬ブースにお邪魔してココアちゃんの相手をしていた。私がひらひら動かす手でココアちゃんは夢中になって遊んでいた。
「……そのシャツ、あそこにいる柴犬の写真よね」
「あ、はい。同行者が飼い主で…よくこういうグッズを作って贈ってくるんです」
ココアちゃんの飼い主さんが、私が着用しているシャツをじっと眺めて目を細めていた。中型・大型犬エリアで未だにタロくんと追いかけっこしているマロンちゃんにちらりと視線を向けて彼女は言った。
「いいわね、それ。だけどあなたにはココアの写真プリントTシャツも似合うと思うの」
「そうですか」
うちの子のほうが可愛いと訴えたいのだろうか。
どっちのほうが可愛いと私が決めると角が立つので、苦笑いするだけで済ませておく。
背後でギャワギャワと吠え立てられ、シャツの裾に噛み付いてくる小型犬達によってもう既におろしたてのシャツはぼろぼろである。
「はいはい、みんな仲良く、仲良くね」
ワシャワシャとワンコたちを撫でて回る。
このドッグランではおもちゃの利用が禁止なので、追いかけっこくらいしか遊ぶ手段がない。私の体力には限りがあるので、できれば犬は犬同士で遊んでほしいのだが…
一旦中型・大型犬エリアに戻ろうと立ち上がると、遊ぶのだと勘違いした小型犬たちが浮き足立った様子を見せた。それを見てしまったらもう後には引けない。一度追いかけっこして、隙を狙ってから戻るとするか。
私は犬まみれになりながら、ドッグラン閉園時間までそこで時間を過ごした。
ちなみにマロンちゃんとタロくんは最後まで喧嘩腰であった。帰り際にタロくんが一緒に帰ろうと私のシャツを引っ張ってきたのだが、私は今日マロンちゃんたちとこの旅館に泊まらなきゃならないんだと説明すると、「キュフン」と隣にいたマロンちゃんがドヤ顔をしたのだ。
それでムッとしたタロくんが不満を訴えるように唸り声を上げていたが、彼は飼い主の加藤のおばちゃんによって強制的に車に押し込められて悲痛な声を上げて去っていったのである。
やっぱりこの二匹似てるかも。陽子様と間先輩の間柄に。
■□■
「こちらワン膳・弥生でございます」
「まぁ、美味しそう。よかったわね、マロンちゃん」
夕飯時になると、お部屋に料理が運ばれてきた。人間用の食事とは別に、ワン膳と呼ばれるワンちゃん用の料理もだ。
犬も食べられる食材で作られたそれは懐石料理の盛り付けのように美しく……人間用の懐石料理ですと出されても何ら遜色のない出来栄えであった。
マロンちゃんはそれを当然のように食べている。私が普段食べているものよりも良さそうな食べ物ばかりだ。お犬様ってすごい。
人間用の料理ももちろん美味しかった。ワンちゃんと同じものを食べようというコンセプトのコースなので、ほぼ同じものを食べた。マロンちゃんはあっという間に食事を平らげると、満足して畳の上にぺったり腹ばいになって座り込んでいた。
「マロンちゃんは食が細い子なのだけど、ここのお料理はぺろりと食べてしまうのよ」
陽子様が空いた手でマロンちゃんを撫でると、マロンちゃんは目を細め、その手に甘えるように頭を擦り付けていた。
そうか、食が細いのか。だからそんなにスラリとしているんだな……私とは正反対である。私は食欲がありすぎて困っているからそれを分けてあげたいです。
「そうだ、ここにはワンちゃん用の温泉もあるのよ。私は先にマロンちゃんを入れてくるから、あやめさんは気兼ねなく人間用の温泉に浸かってきてね」
それは助かる。今日は走りまくったので疲労感半端ないのだ。多分お風呂に入ったらすぐに寝てしまうだろう……
お言葉に甘えて、お先に温泉でリラックスしてから部屋に戻ると、マロンちゃんだけがそこにいた。マロンちゃんをお部屋に戻して陽子様もお風呂に向かったのだろう。どこかで陽子様と入れ違いになってしまったらしい。
私がベッドに座ると、マロンちゃんも登ってきた。疲労MAXの私はゴロンと横になると、寝転がったままマロンちゃんをワシャワシャ撫でた。
あれ、毛並みに艶が生まれたような…温泉効果かな。
「マロンちゃん、今日は楽しかった?」
「キャワン」
「そうか、良かったねぇ……」
腕の中でワシャワシャしていると、マロンちゃんも一緒に寝そべってウトウトし始めた。柴の後頭部は丸くて可愛い。その頭に顔をうずめると、マロンちゃんは好きなようにさせてくれた。
──懐かしい。
……なんだろう、この感覚、どこかで感じた気がするんだけど……私は犬を飼ったことないのにおかしいな。
目を閉じると、柴犬の記憶が蘇った。だけどその子はマロンちゃんじゃない。たぬき顔のポワワンとした赤毛のメスの柴犬。どこで出会ったんだろう……
私はその子が大好きで、とても大事にしていた。
──なのに思い出せない。
思い出そうとしていたけど、私のまぶたはどんどん下がっていく。
陽子様よりも先に寝ては失礼だと言うのに、睡魔に勝てなかった私の意識は深いところまで落ちていったのである。




