アロハ、エコモマイ。ハワイアンロコモコはいかが?【前編】
あやめ大学1年秋の大学祭のお話。前後編です。
私が大学に入って初めての大学祭が10月に開催された。
私のサークルはハワイアンカフェを出店する。目玉商品はロコモコとココナッツパンケーキ、そしてハワイアンコーヒーである。
「だから! 困るんですってば!」
「いいじゃん、案内してよ〜」
何度も言うが大学祭だ。高校でいう文化祭である。
他の大学や高校から参加してくる人間もいるのだが……なにかを誤解した人間が紛れ込んでいたりするのだ。
君かわいいね~と言いながら、私の所属サークル先輩であるミカ先輩の手を掴んだのは雰囲気イケメンな男である。多分大学生。男数人で来店してきたはいいが、注文を聞いた途端これである。
ミカ先輩は小柄だ。ボブカットで天然そうな女の子に見えるが、その実中身サバサバな女性だったりする。
その見た目に騙された(?)男が寄ってきて毒牙にかけようとする場面を何度か目撃してきた。ミカ先輩はその都度冷たくお断りしていた。
だが……いくらミカ先輩がきっぱりお断りできるような人でも、ああいう人はしつこいんだ。
「恐れ入ります、大学内でのつきまとい行為は警備員を呼ぶ決まりとなっているのですが…」
私がフライ返しを持ったまま声をかけると、男たちは胡乱に見上げてきた。ちょっと怖い。…だが私だって負けてはいられない。そのためのギャルメイクなのだ。高校時代よりは軽いギャルメイクになったが、いまでも戦闘力を兼ね揃えているはずである。
ここは私がビシッと言って男たちのナンパ行為を止めさせてやらんとな!
「君が料理作ってんの!? いいね、俺ギャルがタイプなんだよ〜!」
思っていた反応と違った。
いつもなら「んだコラァ」と逆ギレするパターンなのにこう来るとは思わなかった。
「あやめ、いいからあんたは調理に戻ってなさい」
ミカ先輩はそうは言うが、こっちは男4人だ。うちのサークルは女性比率が高く、男性部員は……言っては悪いが頼りない。
ならば私がいつもお世話になっているミカ先輩の助け舟をせねばならんと思うのだ。ここで逃げるのは負けを意味すると思うのだ。
「えーあやめちゃんっていうのー? 彼氏いる? 俺とかどう?」
そう言って、フライ返しを持った手とは逆の手を掴まれた。安っぽいナンパの言葉と一緒に。…言われた言葉に私は白けた。
「彼氏いるので」
「しつこい男はモテませんよ〜」
私は毅然とした態度でお断りしようとした。だけど、その前に第三者が割って入ってきて、私とナンパ男を物理的に引き剥がしたではないか。
背中は広く、私よりも背が高い。だが彼氏様ではない。弟でもない。サークルの男子部員でもない。
しかしその声には聞き覚えがあった。
「…波良さん?」
弟の兄弟子であり、だいぶ前にお付き合いを申し込んできたことのある、空手黒帯フツメン波良さんであった。
何故彼がここにいるのだろうかという疑問はおいておいてだ。波良さんはヘラヘラと笑いながらも、目の前にいるナンパ男たちを威圧していた。
「ていうか注文しないならどっかに行けば? 待ちのお客さんいるんだからさ」
波良さんは爽やかに笑っていたが、にじみ出てくる威圧感にナンパ男たちは怯んでいた。
あれかな、武道をやっているせいで正当防衛できないので、気迫で追い払う作戦なのかな。私もそれをぜひとも身につけたい。そしたらきっとトラブルは離れていくと思うんだ。
そんな私の背後に何者かが忍び寄っていた。気配もなく忍び寄るその人物は、ジリジリと近づいてきた。
波良さんに尊敬の視線を送っていたせいで、私は自分の背後から伸ばされた腕の存在に気づかなかったのだ。
──グイッ
「わっ! …先輩!?」
後ろに身体を引っ張られ、背中にたくましい胸筋の感触を感じた。それは馴染み深い、彼氏様の胸筋。
時間が出来たらお店に遊びに来てくれるとは言っていたが、思ったよりも早かった。
先輩は波良さんを警戒した様子で睨んでいるが、警戒すべきは奥にいるナンパ男たちである。波良さんも心外とばかりに苦笑いすると肩を竦めていた。
「ヒーローは遅れて登場するってやつ? それにしても遅すぎない?」
波良さんの嫌味に似た言葉に、亮介先輩は顔をしかめていた。
「先輩、波良さんは助けてくれたんです。睨んじゃダメです」
「…またお前は、自ら首を突っ込んだのか」
「私はミカ先輩を助けるために注意しただけです!」
人聞きの悪い! 悪いのはナンパ男! 私を怒るのは筋違いだぞ!
憤慨したいところだが、まずは波良さんにお礼を言わねば。助けられずとも私は自分であしらえたはずだけどね!
どっちにせよ、助けられたらお礼を言う。人として当然のことである。
「ありがとうございました波良さん」
「あやめちゃんがフリーになったら、その次は俺が予約入れているからねー」
「何を言っているんですか…」
波良さんは相変わらずだ。私のどこを気に入ってそんな事を言うのか…いや、彼の場合は亮介先輩の反応を面白がっているんだな。
「なになに、橘君そんなおっかない顔しなくてもいいじゃん。ほらほら、皆怖がっちゃうよ」
「……冗談でも言って良いことと悪いことがあるだろう」
先輩も反応しちゃうから波良さん面白がってるし……先輩こういう挑発に普段乗らないけど、波良さんの挑発にはムキになっちゃうよね。
「先輩、大丈夫ですよ。私は先輩とずっと一緒ですからね!」
先輩がますます怖い顔をしていたので、彼の手を握って安心させる言葉をかけると、先輩は私を見て微笑んでいた。
不安になることはなにもないよ。波良さんはこんな人なんだって、理解して流したほうがいい。
「あれ、俺さり気なく振られちゃった?」
振るも何も、波良さんは先輩をからかっていただけでしょうが。
あまり私の彼氏様をいじめないでください。
取り敢えずここで立ち話は何だから、奥の席に座ってもらうことにした。先輩も波良さんも一人で来店したようなので強制的に相席だ。
先輩は不満げだが、波良さんはニコニコ笑って先輩に絡んでいっている。仲良くしたいのかそうじゃないのかよくわからない人である。
「そういえば和真が来るって聞いたんだけど、もう来た?」
「いえ……受験生なのに余裕ぶっこいて大丈夫なのかなぁ…」
空手の道場で顔を合わせる波良さんと弟の和真。和真から大学祭のことを聞いたから、波良さんはわざわざ他校の大学祭にやってきたのであろうか。
「おまたせしました。特製ロコモコです。波良さんのは先程のお礼でパンケーキサービスしますね」
「やったぁー!」
先輩のもパンケーキを付けても良かったけど、彼は甘いものが苦手なので、別のものにした。
「先輩のはハンバーグに色々仕込んでおいたので!」
ハンバーグのタネの中にうずらの卵とチーズを入れておいた。通常よりも大きめのハンバーグなんだ!
「目玉焼きはハートにしたんですよ。かわいいでしょ?」
えこひいきではない。決して差別ではないんだ。波良さんが「ずりーの。そっちのほうがハンバーグでかい」と文句言っているが、彼氏特権なのである。
先輩はプレートを眺めて口元をほころばせていた。喜んでる。…こんな身体大きいのに可愛い彼氏様である。
私は先輩に特製ロコモコの乗ったプレートを持たせると、先輩にピッタリくっつく。
パシャリパシャリと音を立ててツーショット自撮りしておく。後で先輩にも送るね。
「ラブラブ〜相変わらず仲良しですね! 先輩方」
その声に振り返ると、そこには待ち人プラスαがいた。
母校の高校の制服を着た2人と、私服姿がひとり……
「…どういうメンツなの?」
「勝手についてきた」
弟の顔は疲れていた。
両腕にタイプの違う美女を提げていても、あまり嬉しそうではない。
「お久しぶりでーす、あやめせんぱーい♪」
「ちょっと、植草さん! いい加減に和真くんから離れてよ!」
「林道先輩こそ。和真先輩、嫌がってますよ?」
「そんなことないもん! そうだよね和真くん!」
この場は一気に喧しくなった。間に挟まれた和真は煩わしそうに顔をしかめていた。
この3人は高校時代から関係性が変わらない。和真は硬派一直線で、誰とも付き合う気がないらしい。
…だが周りは放置してくれない。モテても全く幸せそうじゃない弟が哀れである。和真のモテ方って、私の目から見てもちょっと激しいから、大変そうだもんなぁ。
「お前たち、店の中で騒ぐな。…田端、こっちこい」
和真を巡って女のバトルを開始しようとした紅愛ちゃんと林道さんが騒ぎ出したので、先輩はすかさず注意していた。こういうところは風紀副委員長だった頃の癖が抜けないんだろうな、全員後輩だし。
そして弟の和真だけを呼ぶと、空いていた隣の席に座らせていた。
和真いいな、私も仕事抜け出して先輩の隣に座りたい。
「林道、植草。お前たちは向こうの席だ」
「えぇ!?」
「そんなぁ!」
「お前たちが一緒にいるとやかましくて静かに食事ができないだろう。周りの迷惑を考えろ」
先輩には反論できないのか、林道さんも紅愛ちゃんもすごすごと大人しく席についていた。
流石先輩である。
「怖い先輩だねぇ〜、気にしなくても大丈夫だよ〜?」
波良さんが宥めるように女の子2人に優しく声を掛けていた。
それに眉を顰めたのは先輩である。
「…相手や周りの迷惑を考えずに騒ぎ立てる後輩を注意してなにか問題でも?」
「そういう意味で言ったんじゃないけどな」
うーん、仲が悪いなぁ…
だが私もいつまでも水を売っている暇はない。
仲は悪いけど、理性を失くすほどの喧嘩はしないはずだ。取り敢えず私は仕事に戻ろう。




