ワンちゃんが千差万別なように、飼い主も同様。
移動中の車にて、タロくんはごきげんであった。尻尾が楽しげにパタパタ動いているのが、ケージの外からも窺えた。
「タロはあやめちゃんのことが大好きなのよ。子犬の頃からでね、この子人見知りする割にはあやめちゃんにはすぐに懐いたのよ〜」
うん、大体のワンちゃんは私に懐いてくれるよ。嫌われた記憶が一度もない。何故そんなに好いてくれるのかが不思議でならないが、悪い気はしない。
やっぱり、私はわんわんハーレム物語のヒロインなのだろうか…? ハーレムを極めたらなにか得られるのであろうか…。某モンスターアニメゲームのように、わんわんマスターに、私はなれるのであろうか…。
「他のドッグランでもすごい人気ぶりでしたよ。あやめを巡って犬同士が喧嘩し始めるんですが、彼女の一声ですぐに収まるんです」
「犬好きとしては羨ましい体質よぉ。うちのお父さんがあやめちゃんの体質が欲しいって言っていたわ」
私がアホなことを考えている間も加藤のおばちゃんと先輩が歓談している。
おばちゃんの旦那さんである加藤のおじちゃんは大の動物好きだが、その愛の重たさで動物たちに鬱陶しがられて嫌わ…疎まれるタイプだ。本当に愛しているのに、ペットには格下に見られて悲しんでいるそうである。
おかしいな、普通ワンちゃんたちは犬に好意的な人間には懐くはずなのに…加藤のおじちゃんはどんな構い方をしているのであろうか。
「橘君の家は犬飼ってるの?」
「いえ、今は。俺が生まれる前に野良を拾って、実家で飼っていた時期があったそうですが……俺が物心ついた辺りに亡くなったので、あまり憶えていないんです。どっちかと言えば父が可愛がっていたらしいですけど」
「犬は縦社会の動物だから、家で一番偉い人に媚び売るのよね……うちのお父さんは本当に何なのかしら…」
つまり、加藤家のボスはおばちゃんということなのかな? 加藤家ヒエラルキーの底辺におじちゃんは位置しているのね…。てことは、犬に好かれる私はわんわんヒエラルキーの頂点ってこと? …流石にそれはないか。
ここで新情報である。橘家は昔犬を飼っていたのか。先輩は犬を飼っていない割に撫で方が慣れてるなと思ったけど…幼い頃の記憶が体に染み付いているのであろうか。先輩のナデナデは依存性があるからな……私も先輩のナデナデが好きだ。
「あ、ここよここ。今日は本当にいい天気で良かったわぁ」
おしゃべりをしていたらあっという間に、隣町のドッグランに到着した。最近新しく出来たドッグランらしい。カントリー風のログハウスの隣にドッグランが併設されている。
専用駐車場を降りると、ケージの扉を開けて、リードをつなげるとタロくんを降ろした。しっぽをバタバタ振りながら私の誘導に従っている。
こんなにいい子なのに、何故さっきはあんなにも聞き分けが悪かったのだろうか…そんなに私と遊びたかったのか。
ドッグラン入場料などは、加藤のおばちゃんが迷惑を掛けたからと先輩の分まで出してくれた。ここはおばちゃんの顔を立てる意味で、ありがたくおごってもらった。
待ち合わせ場所だという、第一グラウンドは人工芝が生い茂り、広いグラウンドの隅にワンちゃん用の遊具が設置されている。
「こんにちはー! おまたせしちゃったかしら?」
「あら! 加藤さんお久しぶり!」
「どうもー! 今日は近所の子とその彼氏くんもお邪魔させてもらいたいのだけどいいかしら?」
待ち合わせ場所だという、休憩所にはいろんなペット連れの人達がいたが、たくさん人が集まっているところに加藤のおばちゃんがニコニコ笑って声を掛けていた。
この人たちがおばちゃんの犬友か。年齢の幅が広いんだな。20代後半から60代の人がいるみたい。
私達が飛び入り参加することに対して、犬友さんたちは「あーそうなのー」とあっさり了承していた。
良かった。犬飼ってないのに…って迷惑そうな顔されたらどうしようかと思った。
「キャッフ!」
「おっと!」
おばちゃんの犬友さんたちに軽く挨拶をしていると、初対面のわんこから飛びつかれた。
私が下を見ると、そこには洋犬がいた。多分…スパニエルって種類だけど、詳しい犬種名はわからない。キレイなドレスを着せられ、可愛らしい髪飾りを付けられたその子はキラキラした瞳をして私の膝にタッチしていた。
私は先輩にタロくんのリードを預けると、しゃがみこんでその子を撫でた。
「ちょっと! 誰なのあなた! うちのココアちゃんに触らないで!」
私はいつものように撫でたつもりだったが、その子の飼い主らしきおばさんに怒鳴られてしまった。
もしかしたら自分のペットに触られたくない人なのかもしれない。私は「すみません」と謝罪して大人しく引き下がった。
スパニエル(仮)のココアちゃんは撫でられるのを中断された上に、飼い主が怒鳴ったことで混乱していた。パッと離れた私の傍に近づこうとしていたが、飼い主に抱き上げられて引き剥がされていた。
そのことで犬友さんの間で微妙な空気が流れてしまった。
「あやめちゃんごめんね。あの人ちょっと気難しい人なの」
「あ、いえいえ。見ず知らずの他人に触らせたくないって飼い主さんっていますから」
加藤のおばちゃんが耳打ちして謝罪していたが、人それぞれだ。仕方がない。
もしかしたら過去に他人から愛犬を傷つけられた経験があるのかもしれないし、初対面の私が信用されてなくて当然だ。
ここで大事にしたくはないのだ。
ちょっと凹むけどね。仕方ない。
手慰めに他のワンちゃんを撫でる。
このパグちゃんは飼い主に愛されてる表情をしてるな。こっちのコーギーちゃんは…花恋ちゃんの実家にいる田中さんは元気にしているだろうか…
「キャンキャン!」
「ワワワワン!」
「ぐぇっ、だめだよ、フードに噛み付いて引っ張ると苦しいからね…」
ここにはマロンちゃんがいないのに、マロンちゃんとおそろいのペアルック衣装に嫉妬する鋭いワンちゃんがいた。器用にも私の背中に登って、柴犬フードに噛み付いてブンブン首を振られた。
それされると私の首がしまって苦しいのでやめよう。そのワンちゃん…マルチーズを抱っこしてワシャワシャしてあげた。
「ヴゥン…」
私が他のワンちゃんと触れ合っていると、タロくんが嫉妬して唸り声をあげていた。側にいた先輩にワシワシ撫でられてちょっと機嫌を直していたが、やっぱりこっちをジトッとした目で見ていた。
まるで私が浮気をしているのを責めるような目で見るのはやめてくれタロくん。私は無実だ。
ノーリードOKのドッグランに入場すると、ワンちゃんたちは一斉に駆け出した。繋がれた鎖から解放されたように軽々と駆け回っている。楽しそうで何よりである。
タロくんは私が着ているデニムズボン越しに膝を前足でたしたし叩いてきた。一緒に遊ぼうと誘っているみたいだ。
仕方がない。出動するか。
「おたくのタロくん、いつもよりも元気ねぇ」
「あの子あやめちゃんが来ないと嫌だって駄々こねてねぇ、今朝大変だったのよ。あやめちゃんのデートの予定を取りやめて一緒に来てもらったの。悪いことしちゃったわぁ」
加藤のおばちゃんが犬友さんとおしゃべりしているのを背にして、私はタロくんと追いかけっこを始めた。
こうして走っていると小学生の頃に友達と鬼ごっこしていた頃を思い出す。…あっくん時代を思い出して急に恥ずかしくなった。
私がタロくんを追いかけ、タロくんは私から逃げる。と思いきや、今度は私が逃げてタロくんに追いかけられる。私は過去の黒歴史を忘れようと、童心に帰って走り回った。
そうしていると、各々自由に駆け回っていたワンちゃんたちがこちらにやってきて、私の後ろを追いかけ始めた。
皆が私を追い詰めようとする……私以外全員鬼となっての鬼ごっこになってしまった。
どうやら、今日もズタボロな姿で帰宅する予定になりそうである。




