文系と理系の進路選択〜パンク系リケジョとクソ坊主の遭遇〜【前編】
あやめ大学2年の秋頃のお話。
番外編『突撃! 肉食獣の巣窟…』の後のお話になります。
「谷垣さんも参加するのか? …なら大丈夫だな」
「…先輩、蛍ちゃんを信じてくれるのはとても嬉しいのですが、まずは私を信用してください…」
「お前は今まで自分がどんなことに巻き込まれてきたかを、よく思い出したほうがいいぞ」
以前なら、男の集まりは危ないとうるさかった先輩だが、私がしっかり者の蛍ちゃんと親しくなってからは、彼女がいるなら大丈夫だろうと単独で送り出すようになった。
…友人を信用してくれるのは嬉しいが、彼女である私の立場はどうなのだろうと切なくなる。
今回、理工学部の交流会が開催されることになったのだが、私の保護者な彼氏様はサークルの飲み会があるため、今回は不参加となっていた。
相変わらず人のことは過保護に心配しながらも自分はサークルの飲み会に参加している先輩だが、今回は例の相模さんを送り出す(追い出し?)飲み会でもあるらしい。大学4年だと言うのに飲み歩いて…来年社会人になる自覚はあるのかなクソ坊主先輩は…。
そもそもあの人ちゃんと就活したのかな。就活シーズンも後輩を巻き込んで飲み会開催していた気がするんだけど…
亮介先輩は来年度から大学4年になる。公務員試験に向けてこれから色々と忙しくなるので、サークルの飲み会の参加を控えるそうだ。
なので、私も文句を言わずに大人しくお見送りをしてあげた。だが、念には念を、である。
今回も例のクソ坊主相模さんの好みで、どこぞの女子大生を交えた合コン飲み会らしい。私は剣道サークルのお姉様方に袖の下を渡して先輩の監視をお願いしている。
お人好し先輩に食いつく肉食女子がいたら真っ向から迎え撃つ所存である。
■□■
「…先輩?」
「あやめ?…同じ居酒屋だったのか」
場所は大学から数駅先の繁華街の一角にある居酒屋だ。
幹事の先輩に今回の飲み会の会費を支払っていた時に、個室前を通り過ぎる亮介先輩の姿を見た気がして、呼びかけたら本人だった。
同じお店だったのか。何という偶然だ。先輩は足を止めると目を丸くして私の名前を呼んでいた。
「あ、橘君! 今日はサークル飲み会でうちは不参加って聞いていたけど同じ居酒屋だったんだね」
亮介先輩と仲のいい理工学部交流会幹事の3年生男子学生が親しげに声を掛けていた。先輩は彼に軽く笑いかけると「残念ながらな。参加しないとうるさい先輩がいるんだ」と苦笑いしていた。
「また今度空いたときにでも参加してよ。お互い来年は受験やら研究で忙しくて飲む機会もなくなるしさ」
「あぁ、そうだな」
先輩は当初、私が参加する理工学部生の飲み会にお目付け役で参加していたのだが、今では私よりも馴染んでおり、理工学部の集まりを楽しんでいるフシすらある。本当なら今日だってこっちに参加したかったらしい。
それじゃと軽く挨拶して、自分のサークルの飲み会場所に移動していく先輩の姿を私は見送った。
それから5分くらい経過した頃であろうか。
どこからかキャッキャッと女性たちの楽しそうなはしゃいだ声が聞こえてきた。どんどん私達がいる個室に近づいてきているなと思ったら、女子大生らしき集団が座敷をヒョッコリ覗き込んできた。
うちの学部生交流会に参加するにしては、少々気合の入ったメイクに、お互いの個性を殺さないフアッション、ギラギラと輝く眼……彼女たちはもしかして…
「あのぉーここ、K大学剣道サークルさんの席ですかー?」
「え? …いや違いますけど…」
「剣道サークルならさっき橘君が奥の方に行ってたよね。もっと奥の方だと思うよ」
「ありがとうございまーす! え、もしかして同じ大学の人ですかぁ? 他のサークルの集まり?」
今回の女子大生も肉食系女子が取り揃えられているようだ。男子比率の多い、理工学部交流会メンバーに対して、庇護欲そそる甘えた声で質問しながらも、その視線は獲物を狙う肉食獣のそれ。
今回も粒ぞろいの女子大生を集めたんだねー…軽蔑通り越して感心しますわ。あのクソ坊主先輩はどこから女子大生との合コン話を手に入れるんだろうなぁ…その人脈をもっと別の場所で活かせばいいのに。
彼女たちは聞かれてもいないのに、交流会参加の男子学生たちに「どこどこの大学の何年です」と自己紹介している。おいおい、合コン会場はあっちだよ。
…理工学部の男子は純情な人が多いからすぐに引っかかってしまいそうな気がするぞ。心配だ。
「あの、入り口塞がないでくれませんか。通れないんですけど」
「え…あ、すいません…」
いつまでこの人達ここにとどまり続けるのだろうと不安になり始めた頃、個室の入り口を塞いで、将来有望男子を捜していた女子大生たちの背後から淡々と注意する声が聞こえた。
彼女たちの頭の隙間に見えるのは鮮やかなラベンダーカラーの頭。
「あっ蛍ちゃん! ここ、ここ!」
彼女は肉食女子を物ともしない。簡単にどかすと、靴を脱いで個室に足を踏み入れてきた。肉食系女子たちもパンク系女子には勝てないのであろうか。彼女の雰囲気に怯んでいた。
蛍ちゃんは理工学部交流会の顔見知りメンバーに挨拶すると、その中に自然と溶け込んでいく。パンク系リケジョな蛍ちゃんはここの交流会メンバーの一員としてすっかり馴染んでいた。
クールだが、ギャップのある蛍ちゃんのことをいいなと思っている男子が存在するのを私は知っている。…しかし蛍ちゃんは色恋にあまり関心が無いようで、不器用なアプローチにも淡々とクールに返している。
「たっ谷垣さん、飲み物、何にするかな!?」
「最初はみんなビールですよね? それで大丈夫です」
理工学部メンバーの意識がほぼ蛍ちゃんに向いた。幹事である先輩が参加メンバーの出欠をとると、店員さんを呼んでスタートをお願いしていた。
飲み物を持ってきた店員さんからビールを受け取っている時に先程までいた肉食系女子たちがいなくなっているのにようやく気づいた。いつの間に剣道サークルの席に向かったのかな。
理工学部生主催の飲み会はいつものように和やかに行われていた。研究畑の理系の集まりなので、ウェーイとはっちゃける人間がいないというのもある。
どこからかウェーイと叫ぶ声が聞こえてくるが、剣道部サークルの合コンもどき会場からの声であろうか…これ、先輩が叫んでいたらなんかやだなぁ。ウェーイと叫ぶ先輩なんて見たくないなぁ。
「すみませんカシスオレンジください。蛍ちゃんは?」
「私はファジーネーブルを」
この間私は飲む限度を超えてしまい、泥酔した挙げ句蛍ちゃんに迷惑を掛けてしまったので、飲む量を抑えなくては。
グイッとグラスを呷ると、もうお酒が無くなっていた。空になったそれをテーブルに置きながら私は思った。
時が流れるのは早いな。季節はもう秋だ。
先程幹事の先輩も言っていたが、彼らは来年大学4年なのだ。就職や受験に向けて動かなくてはいけない時期だ。
警察官を目指す亮介先輩は来年5月に公務員試験を控えている。二次試験まで合格すれば、次は警察学校への入校が許可されるのを待つ。
入校は大学卒業後になるであろうが、入校した後は半年寮生活となり、その間めったに会えなくなるし、連絡もままならなくなるだろうと先輩にも言われている。
来年再来年とはいわず、警察官になった後もしばらく多忙を極め、寂しい思いをさせるかもしれないと先輩に申し訳無さそうに言われたが……私は彼を応援したい。
そりゃあ本音を言えば、寂しいよ? だけど先輩の夢を私は知っているから。ずっと前から知っていたから。
だから先輩に会えない時間は私も、就活や学業に専念すると決めている。私だって就職した後しばらくは余裕がなくなると思うのだ。お互い様である。
私達は既に成人しているが、まだ学生の身分だ。だけど社会人になったら責任が伴う。いつまでも頼りない学生のままじゃいられないのはわかっているんだ。
進む道は違うけど、一緒に人生を歩んでいきたいから私も頑張るんだ。
「あやめ、はいカシスオレンジ」
「ありがと」
友人のナナから届いた飲み物を渡された。同じ学部の友人たちの進路は半々である。蛍ちゃんは大学院志望だし、ナナは私と同じく就職希望だ。他の友人達も進路はバラバラだ。
私達がこうして理工学部の交流会に参加するのはその進路のためでもある。OB/OGからの情報提供があるので、それを共有することもある。就活も進学も情報を有している方が勝ちなのだ。そのためにも地道に交友関係を結ばなくてはね。遊びじゃないんだよ!
「飲みすぎていないか?」
「先輩!」
「この間飲みすぎて谷垣さんに迷惑を掛けたばかりだろう。酒は程々にしておけよ」
サークルの飲み会から席を外して、私達の席に顔を出した先輩が私に念押ししてきた。
ある日の深夜、飲み会でベロベロに酔った私を蛍ちゃんが介抱して家まで送ってくれたことを、母さんがポロッと先輩にバラしちゃうから今日の飲み会前にチクッと注意されていたのに。また注意されてしまった。
「大丈夫ですよ! まだ酔ってませんもん!」
「…もう既に顔が赤いぞ」
「酔ってませんってば!」
本当だよ、全然酔ってない! 私ちゃんと喋れてるでしょ!
両手でほっぺたをムギュッと潰されたので私も先輩の両頬を手のひらで包み込んでいると、幹事の先輩が心配そうに声を掛けてきた。
「橘君いいの? 4年の追い出し会じゃ…」
「あー…あの様子じゃ俺がいなくても大丈夫だと思う。あの人基本女性にしか目が行っていないから」
例のクソ坊主相模さんは4年だ。
就活が終わっているにしても、ハメ外し過ぎだと思うのだ。理工学部の4年はみんな研究や卒論制作に大忙しだぞ。経済学部の相模さんだって卒論制作があるはずだろう。それともああみえて頭脳明晰で既に卒論が完成しているとでも?
いやいや、あのエリート橘兄でさえ最後まで推敲に推敲を重ねていたんだ。いくら頭が良くてもじっくり練り直す必要があるのではないか?
相模さんが留年しようと就職浪人しようと、私はどうでもいいけどさ。先輩はこれで飲み会は最後と言っていたので、あの人に振り回されることもなくなるだろう。
私はちびちびとお酒を飲みながら、先輩方がお喋りしているのを眺めていた。先輩はさり気なく自分の飲み物を持って席を離れたらしく、元からここにお邪魔することを考えていたようだ。
先輩がいなくなったサークルの飲み会は大丈夫なのだろうか。先程の肉食系女子たちに気づかれると思うのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「あっ橘! お前なにヨソの席にお邪魔してんだよ〜…ってあやめちゃん? え、なに、あやめちゃんも飲み会だったの?」
先輩がうちの飲み会に加わってから多分30分くらい経過した頃だ。先輩が戻らないことに業を煮やしたらしい相模さんがやってきた。先輩…やっぱり無断でこの席に来たのか。
「すみません、彼女が飲みすぎてないか心配になりまして」
絶対にそれだけじゃないでしょ、先輩。それにしては長居しすぎじゃないの。私は構わないけど。
先輩ってば口では「上級生に逆らえない」とは言っているが、ここ最近相模さんに対する態度が適当になってきたね。いい加減真面目に相手するのが面倒になったのかな。
「はぁー? お前過保護すぎっしょ。それより女の子たちがお前がいないって言ってんだよ。早く戻ってこい」
「……あやめに誤解されるような発言しないでもらえますか?」
先輩今更ですよ。もう私は開き直ったのでキーキー言いませんよ。これでサークルの飲み会は最後と言っていたから、今回は温かく見送ったでしょ。
「なに、またあやめちゃんになんか言われたのかよ。…女はもうちょっと寛容にならないとなぁ」
カシスオレンジがなくなってしまって、物足りなさを感じていた私にじろりと視線を向けてきたクソ坊主…相模さん。その視線は呆れたような、小馬鹿にしたような空気を感じ取った。
なんだその目は、やるのかクソ坊主。
「あやめちゃんさあ、前から思っていたけど、重い女は嫌われるよー?」
その言葉に私の頭は真っ白になった。重い女? …重いって……それって…
先輩、影で私のことをそんな風に言っていたんですか? 腹が立った私はキッと先輩を睨みつけたのである。




