乙女ゲームヒロイン乗っ取り未遂のJKはいろんな影響を与えているようだ。だけど学生の本分は勉強だからね?
頭は三人称視点、その後あやめ視点に切り替わります。
「先輩のお兄さんが夏バテ気味って言っていましたけど、ちゃんとご飯食べてますかね?」
「電話で話したときは元気そうだったけど…まぁ実家にいるから大丈夫なんじゃないか?」
土曜日の昼下がりに2人の仲睦まじいカップルが街なかを歩いていた。彼らはデート中のようだ。
両手が塞がっている彼女が通行人とぶつかりそうになるのを察知した彼氏が、彼女の腰を掴んで引き寄せている様子が窺えた。彼女は安心して彼氏に身を任せているようで、呑気にアイスクリームを食べている。
「先輩、ちょっと食べます? これ抹茶味で後味スッキリしているからそこまで甘くないですよ」
彼女は手元の抹茶色のアイスクリームを一匙すくうと、彼氏の口元にスプーンを持っていく。彼氏は慣れた様子でそれを食べていた。…ここは外だ。慣れた様子で自然にいちゃつく彼らは何処からどう見てもラブラブのカップルだ。
このくそ暑い時期に公然イチャイチャしているバカップルは大学の前期テストから解放され、夏休みに入ったことで少々浮かれ気味であった。今の彼らは夏休みを満喫することで頭がいっぱいだった。デートしたり、イチャイチャしたり、バイトしたり、イチャイチャしたりと忙しい彼らはお互いのことしか見えていなかった。
また友人カップル皆で海やバーベキューに行こうというお誘いを受けていることもあり、ワクワクの夏休みの予感しかなかったのだ。
だから、平和ボケする彼らをすごい形相でガン見している1人の少女の存在に気づくことはなかった。
「なにあれ…なにあの女…。ゲームが終わったから彼女作ったってわけ? ヒロインがいないから行けると思ったのに…!」
夏休みだと言うのに制服姿の少女は、そのバカップルを見て、悔しそうに唸っていたのだった。
■□■
夏休みに入って3日目の夕方頃、バイト帰りの私に声を掛けてきた人がいた。
「おう、コロ久しぶりだな。元気か」
「あ、眞田先生。お久しぶりです……」
高校の時の保健室の先生は出会い頭に私の頭をワシャワシャしてきた。私は眉間にシワを寄せながらそれを我慢した。
なぜなら眞田先生の元気がなさそうに見えたから。もしかして…と思った私は先生の反応を注視しながら問いかけてみた。
「…先生、変な新入生につきまとわれてるって後輩から聞いたんですけど…大丈夫ですか?」
「あぁ、関のことか? …ちょっと困ったことになってなぁ。教頭先生にもチクリと言われてて…もしかしたら急遽二学期から別の高校に赴任するかもしれないんだ」
「え゛っ」
「急に言われると引っ越しとか引き継ぎの問題があるから、言うなら早めに言ってほしいんだけどな…」
乙女ゲーム乗っ取り(仮)を企てるJKの行動は教頭先生の耳に入り、眞田先生の立場が微妙になっているらしい。それはあまりに先生が可哀想過ぎる。
公立の先生だから転勤は定期的に行われるものだが、生徒に言い寄られている…いわば被害者側の先生が飛ばされるって理不尽なことだよね…
「でも先生は被害者側ですよね」
「こういう場合は教員の方が不利なんだよ。今までにも同じような事があったけど、大体断れば引いてくれたんだけどな…」
思ったよりも例のJKはしつこいようだ。
少女漫画やドラマで学校の先生と…というシチュエーションはよくあるし、乙女ゲームでもありだったけど、実際にはまずい。
眞田先生は生徒に手を出すとどうなるかという事をちゃんと理解しているのであろう。そもそもが女性不信なので、そう簡単にフラッとは行かないよね。
だけど転生者らしきJKの行動によって、先生のこの後に大きく影響を与えそうな状況になっているとは思わなかった。
「キャワ!」
眞田先生になんて言葉をかけたらいいのかわからなくて、必死に言葉を探していると、後ろから犬に飛びつかれた。
「うわっ…あれ、マロンちゃん…?」
久々に会ったマロンちゃんはリード紐を引きずりながらここまで駆けてきたらしい。私との再会を全身で喜んでいるのがわかる。この暑い中元気なことである。
あまり興奮したら熱中症になるかもしれないので、マロンちゃんの身体を撫でて宥める。ここにマロンちゃんがいるということは、側に飼い主がいるということなのだが…
「マロン! 駄目じゃないの急に走り出しちゃ!」
日傘をさした女性が小走りでこちらまで慌ててやって来た。陽子様は私の姿を見るなり、とても嬉しそうな顔をしていた。はいはい、柴犬ですよね。
「お久しぶりねあやめさん。それに眞田さんもおまたせしてごめんなさいね」
「大丈夫だよ。あーよしゃよしゃマロン元気だったか〜」
先程まで元気がなかったのにマロンちゃんの登場に表情を緩めている眞田先生。その顔は夏の暑さのせいか、柴犬効果なのかはわからないけどだらしなく緩んでいる。
凹んでいる心に柴犬セラピー。まぁ、それで元気になれるならいいんじゃなかろうか。
「あやめさん、今からお暇かしら? これからドッグランに行くのだけどご一緒にいかが? お茶をごちそうするわよ」
「あー…」
ちなみにマロンちゃんは眞田先生に背後からワシャワシャされながら、私の膝にすがりついている。一方的な片思いの図がそこには出来上がっていた。眞田先生を無視したまま、マロンちゃんは私に遊ぼう遊ぼうとアピールしている。
…まぁこれから用事もないし、たまにはいいかなと思って、陽子様のお誘いにうなずこうとしたその瞬間。
「先生!? 誰よその女達!」
何処からともなく現れた少女によって、私達は足止めを食らった。私の母校である高校の夏服を着た少女はこちらを睨みつけて、何やら怒っている様子だ。
腰までありそうなストレートの黒髪、切れ長の瞳にすっと通った鼻筋、その唇には流行りのカラーのリップが塗られており真っ赤な唇がテカっている。
高校の制服姿のせいなのかもしれないが、リップの色が年相応じゃないと言うか、ケバく見せている印象だ。もったいない気がする。メイク覚えたてだと自分に似合う色がわからなくて迷走してしまうものだよね。私もそうだったなぁ…。
彼女は鼻息荒く私、陽子様の順に睨みつけてきたが、ばっと私に視線を戻した。その目には嫉妬が含まれているように見えた。いきなり突きつけられた敵対心に私は怯んだ。
「あんた! 風紀副委員長と一緒に歩いていた女じゃない!」
「…はぁ?」
風紀副委員長…? ……もしかして、亮介先輩のことを言っているのか?
じゃあ、彼女が例の…
「おい、関。お前本当にいい加減にしろよ」
見かねた眞田先生がそこに割って入ってきた。関さんに注意する先生の声は冷たく、厳しい表情をしているのを初めて目にした私は驚いて固まっていた。
マロンちゃんを愛でてデロデロに顔を緩めているか、穏やかな表情をしているかのどちらかの先生しか知らなかったので驚きである。
でも無理もない。彼女のせいで先生は追い詰められている。大人でも、我慢の限界があるというものだ。
「お前が卒業生である特定の生徒のことを調べて、付きまとっているのは話に聞いている。この間被害に遭った生徒とその家族から苦情の連絡が入ってきたからな。出会い頭にとんでもない発言したらしいじゃないか」
先生の追及に対して、関さんはムッとした顔をしていた。私の彼氏は直接的な被害にはまだ遭っていないけど、実際に被害に遭った大久保先輩や和真は平気そうにみえて実は怖いと感じていたのじゃないかと推察する。
「全員じゃないもん! 俺様会長は好みじゃないし、副会長はクズだからパスしたもんね!」
そういう問題じゃないと思う。
てことは下半身節操なしの久松には接触したのであろうか?
「それに会計は…お子ちゃまには興味ないから3年後に来いって…馬鹿にしてる!」
彼女はカッカと1人怒っているが、本当にそういう問題じゃないと思う。
「男の尻ばかり追いかけているから、成績が振るわなくて夏休みも補習だってわからないのか? お前がするのは勉強だ。これ以上男を追いかけ回すのはやめろ」
「私は元々勉強が嫌いなの! だけどあの乙女ゲームの世界だってわかったから受験勉強頑張ったのに…ゲームが終わった後の世界だなんてあんまりじゃない!」
「……はぁ?」
言った〜…
これで確定だ。彼女は私と同じ転生者で、あの乙女ゲームのことを知っている。
そして、攻略対象を複数攻略しようとしている危険人物であると。
困惑しているのは眞田先生だけでなく、あのゲームのライバル役である陽子様もだ。関さんを若干引いた目で見ているのが窺えた。
…私は別の意味で困惑しており、次にどういった行動を取ればいいのか、決めかねてたのであった。




