パンク系リケジョと私【9完】
蛍ちゃんに仲違いの仲裁に入ってもらって事なきを得たその翌日。
私と先輩の2人で蛍ちゃんにお礼をさせてもらった。お礼と言っても大学の食堂で食事を奢っただけなのだけどね。それ以上のお礼は蛍ちゃんの方から遠慮されちゃったの。
むしろ「大したことしてない」と辞退されかけたのを引き止めた形である。
「改めて、本当にありがとう蛍ちゃん」
「迷惑かけて悪かった」
「いえ、解決できたなら良かったです」
蛍ちゃんは食後のデザートの抹茶パフェを食べながらクールに返事をしていた。甘いものを食べたら、甘い物魔神の英恵さんのように表情が綻ぶかなと思ったけど、蛍ちゃんはやっぱり蛍ちゃんだ。クールに食べている。
「…結局例の友達カップルはどうなったの?」
「さぁ…先輩には相談しないようにお願いしたから、当人同士で話し合ってると思う」
先輩に泣きついている場面を見て、頭に血が上った私が暴言を吐いてしまった柏原さんに謝罪をした時に改めて、先輩に相談するのは止めて欲しいとお願いしておいた。彼女も自分の行動が誤解を招くのだとようやく理解してくれたようだ。今後先輩に相談することはしないという返事を頂いた。
人の彼氏を狙う悪女かと思っていたが、単純に彼氏と一番仲がいい先輩を頼っていただけだったみたい。まだ話し合いの段階のようだか、彼らは復縁できるのであろうか…?
でもそれは当人同士が決めることであり、ひとまずこちらの問題は解決だ。今度は私も冷静に物事を見極めるようにならねば。…そうは思ってるんだけど、先輩に女性が近づくと結局は嫉妬しちゃうんだよねぇ…
「あっ田端せんぱーい!」
一つのトラブルが解決したかと思っていたら、また新たな火種が近づいてきた。相手は私が微妙な顔になったことに気づいていないらしい。馴れ馴れしくテーブルに近づいてくると、私と先輩の顔を覗き込んできた。
「なーんだ、彼氏さんと別れてないんですか−? 別れたら良かったのに」
「…お前は本当になんなんだ…この間から…!」
長篠君の登場に先輩は怖い顔をしてイラついていた。最初の印象が最悪すぎて警戒しているのだろうか? まぁ私もそんな事言われたら腹立つけどさ。
最近、この長篠君相手にイライラするのがアホらしく感じるようになってきた。ムキになっても相手はまともに受け取ってくれないからだ。私はため息混じりに否定した。
「別れるわけないよ。私と彼氏は仲良しなんだから」
「絶対その彼氏浮気しますってー。3年目って一番やばいんすよー? あの美女以外にも絶対にオンナ作ってますって」
すごい自信満々で言って来てるけど…なんで証拠もないことを言うかな君は。
先輩がガタリと椅子の音を立てて立ち上がったので、私は慌てて彼の腕を掴んで止めた。ほら彼氏様が怒ってしまったではないか!
「先輩、抑えてください」
「……」
私は先輩の前に阻むように立った。彼らを近づけてはならないと判断したからである。長篠君はなにが目的で先輩に喧嘩を売ってくるんだ…
「あのさぁ、長篠君は私の彼氏のこと何一つ知らないでしょ? 相手のことを何も知らない状態で、証拠もないのに決めつけるのはとても失礼なことだからね?」
私は長篠君をたしなめるように睨みつけた。長篠君は不貞腐れたような顔をしているけど、私は君の為を思って注意したんだからね?
スルッと私の腰に先輩の腕が回ってきたが、今は後輩への指導が先だ。心配しなくても飛び出さないから心配しないで欲しい。
「私の彼氏は頭はいいし、強いし、優しいし、可愛い上にカッコいいの。お人好しが過ぎる部分もあるけど、私のことをすごく大切にしてくれるの。先輩のこと何も知らないのに悪く言わないで」
彼はちょっと亮介先輩をナメ過ぎである。私はともかく、先輩にまで喧嘩を売るのは止めて欲しい。私の彼を馬鹿にしないでくれよ。
「それに3年も付き合っていたら、確かに新鮮さはなくなって慣れが生まれてくるけど…倦怠期なんて私と先輩の絆でふっ飛ばしてみせる!」
私は自信満々に言い切ってみせた。
私達なら大丈夫。倦怠期なんて来週やってくる大型台風がふっ飛ばしてくれるに決まっている。どのカップルにだってマンネリはあるだろうけど、それを乗り越えたらきっと最強だと思うのだ。
先輩は私のことを大切に思っていてくれているし、私も先輩のことが大切だ。愛している。それだけじゃ駄目なのか?
ムニョッ
「はっ!? ちょっと! 先輩何をしているんですか! 人前ですよ!」
私はまだ長篠君への説教を終えていないのに、突然先輩が私の横腹を揉んできた。
それには流石に私も声を上げた。先輩の手を剥がそうとするが、私のお腹の肉にジャストフィットした先輩の大きな手は剥がれない。抵抗している間もモミモミモミと横腹を揉みしだかれる。
おい、ここが何処だかわかっているのか! 何故後輩や友人の前で彼氏から腹を揉まれなきゃならないんだ! マンネリ回避の羞恥プレイなの!?
長篠君が呆然とこちらを見ているじゃないの! 私の先輩としての威厳が消えてなくなるでしょうが、なんてことするのこの彼氏様!
修羅場一歩手前の中で、パフェに飾られたウエハースをサクサク食べていた蛍ちゃんはずっと私達を観察していたが、一つため息を吐いて静かな声で言った。
「…長篠君、挑発するのはやめなよ」
「げっ、谷垣先輩いたんすか?」
「ずっといたけど。なにか問題でも?」
ジロ、と蛍ちゃんが長篠君を冷たく一瞥すると、相手は怯んだ様子を見せていた。…蛍ちゃんのようにドライに冷たい対応をすれば、長篠君は私につきまとわなくなるであろうか…?
「…望みは薄いから、あやめちゃんのことは諦めなよ」
蛍ちゃんは抹茶のアイスをスプーンで掬いながら、ボソリと呟いた。その言葉に長篠君は「えっ」と小さく声を漏らして目を丸くしている。
「君はいいところ、手のかかる後輩ポジションでしかないよ。あやめちゃんと彼氏さんの仲睦まじさを見て、それでも略奪できると思っているなら、頑張ればいいけど…多分本気になればなるだけ泣きを見るだけだよ?」
「…そんなのわかんねぇじゃないですか! 俺諦めませんから!」
蛍ちゃんの忠告に対して、長篠君はカッと頬を赤くして彼女を睨みつけていた。蛍ちゃんはそれを冷静に見つめ返している。彼は私をちらりと見て、悔しそうに顔を歪めると鼻息荒くどこかへと立ち去っていった。
…んー? なんだこれは…どういうことだ?
私は立ち去っていく長篠君の背中を見送りながら首を傾げた。蛍ちゃんのお陰であしらうことが出来たが…何だったの…
「…あいつはなんだ…あやめ」
「えっ!?」
私がぽかんとしていると、隣から決してご機嫌とはいい難い彼氏様の声が聞こえてきた。私が彼を見上げると、先輩は不機嫌そうな顔をしていた。
…なに? なんで怒っているの? 私何もしてないよね?
「うちのサークルの今年の新入部員です。あやめちゃん目的で入ったみたいですよ」
「はぁっ!?」
先輩のお怒りに私が固まっていると、注釈を入れてきたのは蛍ちゃんだ。パクパクとパフェを食べる手は休まずに、先輩の疑問に答えるかのように淡々と説明を始めた。
「最初は遊び目的なのかと思ってたんですが、あの様子じゃ違いますね。多分彼はあやめちゃんのことを」
「いやいやいや! 私を!? ありえないよ!」
私はバイト先でもストーカーに遭ったことがあるし、弟の兄弟子に交際のお誘いを受けたこともある。だが、私は決してモテるタイプではない。ギャルメイクで盛っているけど、そんな子あちこちに存在している。私だけではない。長篠君は多分かまってちゃんの部類だと思う。それか私の粘着人間ホイホイに引っかかったか…
隣にいる先輩の雰囲気がピリピリし始めた。先輩の顔を見るのが怖い。私なにも悪くないのに。
「学部も学年も違いますし、サークル活動中でも彼女は毅然とした対応をしているから大丈夫ですよ」
「…君は、あやめがどれだけ危なっかしい奴か知らないから、そんな呑気なことを言えるんだ」
先輩の沈んだ声に、蛍ちゃんは眉をひょこっと上に動かした。ちらりと私を見て、不思議そうに首を傾げている。
先輩、私を信用してください。私はトラブルに突っ込んでいく自爆犯じゃないんですよ…蛍ちゃんに誤解されちゃうじゃないですか…
「今さっきのは仲良しアピールですよね? 長篠君には結構なダメージを与えたと思いますよ?」
「アピール!? 今さっきのが!?」
「…違うの? てっきり…」
違うよ! 違うよね先輩!
私は先輩に問いかけたが、先輩は沈黙していた。それは…肯定か…?
事あるごとに人前で先輩から横腹を揉まれたけども……嘘でしょ、私の腹肉を揉むことが仲良しアピールだと…? しかもそれが長篠君のダメージになっただと…?
色々と衝撃なんですけど。
パフェの底に入っているコーンフレークをスプーンで掬いながら蛍ちゃんはあまり興味なさそうに「私はそうだと思ったけど」と呟いた。そして食べ終わると「ごちそうさまでした」と手を合わせていた。
「あまり過保護にすると、彼女の成長を阻害する恐れがありますよ? あやめちゃんのことを信じてあげるのも、大切なことだと思います」
先輩は蛍ちゃんの発言に難しい顔をしていた。別に深く考えるような内容じゃないよね? 先輩の中で私は歩く時限爆弾なの?
蛍ちゃんは自分が食べた食器を持ち上げると「ごちそうさまでした。…それじゃ、私は次の講義があるので、失礼します」とクールに告げた。
その言葉に私はぽかんとした。
次? あれ、今日の講義は午前で全部終わったんじゃ…
「…次の?」
「…また掲示板見忘れたの? 教授の都合で、明日の熱量学の講義が前倒しになったんだよ。私は先に講堂に行ってるね」
「えぇっ!? 待って蛍ちゃん、私も、私も行くから!!」
ガッチャン! バシャッ
スタスタとマイペースに歩いていく蛍ちゃんの後を追いかけようとして、慌てた私は食堂のセルフサービスで貰った水をこぼした。テーブルに水が飛び散ってしまい、慌ててふきんを探すが近くに見当たらない。その間にも遠ざかっていく蛍ちゃん。
「落ち着け、これは片付けておくから」
「すいません! 行ってきます!!」
片付けを先輩に任せると、私は凛と背筋を伸ばして歩くパンク系リケジョな彼女の後を追いかけていったのであった。
彼女はいつだって堂々としていて、カッコいい。クールであって時折可愛らしい一面のある蛍ちゃん。
私はこれからも彼女の新しい一面を発見していくことになるのである。




