人によって恐怖のツボって違う。それは幸福度もそうなんだけど。
《チャ○キー…アタシあいつがいいわ》
《妬けるなハニー。俺よりあんな男がいいっていうのか?》
そう言った赤毛の男の手には刃物があり、逃げ腰の男子生徒に向かってジリジリと近寄っていくと男子生徒は顔を恐怖にこわばらせている。
私達はそれを愉快げに眺めていた。
《殺して!》
私は沢渡君とペアになってお化け屋敷で客を脅かしていた。
気味の悪いメイクをした私達に彼らは面白いくらい怯えてくれた。それもそうだ。後ろには小道具の血のりのついた人形達がいるから割増で不気味だろう。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ちょっと! タカシ!?」
タカシは彼女を置いて一人で逃げてった。
カップル破局の危機である。
彼女に悪い事したなと思うが、私達は任務を全うしたのだ。
お化け屋敷は中々盛況だった。
特にトラウマ率の高いジャパンホラー扮するチーム○怨のエリアは阿鼻叫喚である。時々こっちまで聞こえてくる『ア゛ア゛ア゛…』って声は耳に残るし確かに怖い。
私達チャイルド・プ○イのところは怖がる人とそうじゃない人の落差が激しい。確かにあの映画ホラーっていうかスプラッタ系だもんね。
そういえば和真は大丈夫だろうか。ここに入る前に母に連絡したら「迎えに行く!」と言っていたので多分病院には行くとは思うのだけど…
とにかく今は人を怖がらせなければ…。と私は次の犠牲者を待つ。ナイフ(偽物)とボロボロの人形を両手に持って待機していたのだが…
「なにあれ〜こわ~い。ねぇ翔〜」
「あ、あれチ○ッキーじゃね?」
私の目の前にあいつが現れたので私の気分は急降下した。
こいつ懲りずにまた違う女の子連れてるよ…
「あっアヤメちゃんだよね? あれかチャッ○ーの花嫁! すごいねカッケー! 凝ってるな〜写真とってもいい?」
「えっ」
「ほらほらピースピース!」
私の苦手な生徒会会計久松翔がやってくるなり私の肩を抱き寄せて写真撮影を始めた。
私はそれにしかめっ面にならざるを得なかった。
こいつは文化祭終了までは生徒会会計だが、三年生が引退すると生徒会副会長に就任する予定だ。
こいつが生徒会長にという話があったらしいが、生徒会顧問が他の人を会長に推薦したので副会長で収まる予定らしい。英断だと思うが、もうちょっと品行方正な人を生徒会に入れたらいいのに…
気の済むまで撮影していた久松だが、スマホの画像を見て「アヤメちゃんもっと笑わなきゃ〜」と不満そうにクレームを付けてきた。
誰が笑うか。
「ちょっと翔、誰この女」
「アヤメちゃんだよ。体育祭の時MVPとってたじゃん」
「そうだっけ? …もう行こうよ」
現彼女(仮)が私を睨みつけ、久松の腕をぐいっと引っ張る。なんて嫌な濡れ衣なんだ。
はよ立ち去れ。と私が念を送っていると、久松が「そうだ」と何かを思い出した。
「俺のクラス、ボディ・ペインティングしてるからアヤメちゃんも来てよ! サービスしちゃうよ」
「いらない」
「待ってるから〜」
彼女に引きずられるようにして久松はようやく立ち去った。
私はシッシッと虫を払うような仕草をしていたのだが、後ろに居た沢渡君が意外そうな顔で「…アヤちゃん久松と仲いいんだね」と勘違いしてきたので私は「違う!」と力いっぱい否定させていただいた。
やめてくれ。マジで。
その後も私は人を脅かし、時々写真撮影に応じたのである。
その時はちゃんと笑ったよ。
★
夕方になると大分人が捌けた。
お化け屋敷のバックヤードでは明日の準備と片付けが始まっていた。
「山ぴょんこれ運んで」
「お前人遣い荒いよ」
「いいじゃんその筋肉を活用できるんだから。無駄に背が高いんだし役に立てよ」
「アヤちゃん俺持つよ?」
「あー、いーのいーの山ぴょんにさせるから」
「あやめお前なぁ!」
私も片付けに参加していた。
お化け屋敷なので明日も同じことをするのだが、ちょっと見せ場が変わる。なので今日の文化祭終了後すぐに模様替えできるように下準備だけ済ませておく。
まだ左腕が完治していない私は山ぴょんに力仕事を押し付けていた。
今日ちょっと不良と戦った(?)際に左腕を動かしてしまったので極力使いたくないのだ。
「私も持つよ田端さん、あまり無理しないで?」
「本橋さん…!」
なんて優しいんだヒロインちゃん。
でもねあなたドジなところがあるからあなたこそ無理しないで?
私は彼女が持ってる小道具の入った箱を見て沢渡君にヘルプを求めようと振り返ったのだが、ヒロインちゃんはしっかりフラグ回収してくれた。
今現在、お化け屋敷の作りの関係で複数の電気コードが無造作に放置されているのだが、それに足を引っ掛けたヒロインちゃんは見事ずっこけた。
言わんこっちゃない!
私は彼女に向け手を伸ばして助けようとしたのだが、それよりも先に山ぴょんが動いた。
「本橋!」
二人が倒れ込む音とともに、ブチブチベリリッとなにかが剥がれる音がした。
「いってぇ…」
「ちょっと大丈夫!?」
「…! あっごめんね山浦君!」
「あー平気平気」
山ぴょんが下敷きになる形でヒロインちゃんを庇った。
私は慌てて二人に駆け寄ったのだが、二人が倒れ込んだのはお化け屋敷の経路。バックヤードと経路を仕切る暗幕を引きちぎってなだれ込んだのだ。
タイミング悪く、客がいたようであちら側はびっくりした様子でこっちを見ていた。ある意味お化け屋敷らしくおどかせたのかもしれない。
「花恋!?」
「大丈夫ですか?」
「あ…」
そこには攻略対象の生徒会長(明日まで)と生徒副会長(明日まで)の姿があり、二人は揃ってヒロインちゃんを助け起こした。
ヒロインちゃんさり気なくこのふたりとも仲良くなっていたのか。さすがだ。
誰を攻略しているか未だにわからないけどあの乙女ゲーム逆ハーなんて無いからね。
男である山ぴょんは放置で二人はヒロインちゃんに怪我はないかとかドジなんだから気をつけろと説教をしていた。
山ぴょんが放置されて可哀想だったので私はしゃがんで「大丈夫?」と声をかけてあげた。
背中が痛いとぼやいていたが怪我はなさそうである。
「痛いところはないですか?」
「大丈夫です! ありがとうございます伊達先輩」
「お前がいるから来てみたら…すごい格好だな。これなんの格好だ?」
「ブラッディナースですよ間先輩」
生徒会長の間克也は俺様気質の攻略対象で、大企業の跡取り息子。プライドが高く自信過剰なところがある。
生徒会副会長の伊達志信は怜悧な美人系攻略対象で、政界のドンである祖父を持つ。穏やかに見えて腹黒い面がある。
なんでそんな人達が公立高校に通うのかといえば、社会勉強と経験のためだという。
私立のほうがいいと思うんだけどね。十分設備整っているし、そっちでも経験積めるでしょ。
生い立ちでは勝ち組な二人も、周りの大人達から過大な期待を寄せられて来たためコンプレックスやプレッシャーなどを抱えているキャラである。
ヒロインちゃんは彼らを攻略した際、勉学はもちろんのこと、品性・教養やマナーを学んで彼らの立場に相応しい女性になる必要がある。
しかも綺麗事じゃ済まない狐と狸の化かし合いの世界へと足を踏み入れなければならないのだ…
乙女ゲームなのに夢も希望もない。
確かに結婚してもそれはゴールじゃないっていうもんね。だけど乙女ゲームでリアリティを追求しなくてもいいと思う。
この二人を攻略するにもライバルキャラがいるが他校のお嬢様なので出てくるのは終盤あたりだったと記憶している。
伊達志信ルートのライバルキャラの去り際のセリフが気高くてカッコ良かったんだよなぁ。ハッピーエンドで潔く諦めるセリフを言って立ち去るのだが、彼には見えないように涙を流すという。
その子は茶道の家元の大和撫子なお嬢様なんだけど、見た目は儚げなのに芯がしっかりしててライバルキャラの中で一番好きだった。
ひと目でいいから本物に会ってみたいなぁ…
『あと五分で文化祭初日の催し物は終了です。後片付けをしたら速やかに下校してください。明日は外からお客様も来場されます。皆さん気合を入れてお迎えいたしましょう』
そうこうしている間に文化祭初日終了五分前のアナウンスが流れてきた。
「おやもう終わりですか」
「花恋、明日午後は空いてるんだろ?一緒に回ろうぜ」
「あ、はい」
「…俺は残念ながら遅番なので…二人で楽しんできてください。あ、良かったら俺のクラスに来てくださいね花恋」
「はいもちろん!」
ヒロインちゃんが攻略対象の生徒会長・間克也にデートの約束を取り付けられていたのを見て私は『生徒会長ルートなの? 大変だよ?』と心の中でヒロインちゃんに問いかけていた。
ヒロインちゃんと相手の問題だから口出しはしないが…なんかちょっと心配だよね。
文化祭初日が終わり、片付けを済ますと私は足早に帰宅した。
和真はあの後迎えに来た母に連れられて病院に行った。異常はないと診断を受けたそうで大丈夫そうだった。
あの不良達の沙汰はまだどうなるかは決まってないそうだが校内暴力による停学、もしくは厳重注意ということになるだろうと橘先輩からメールで返事をもらった。
そもそも彼らの授業態度もよろしくなく、出席せずにサボっているので退学することになるのも時間の問題かもしれないとも言っていた。
公立校だけど一応進学校だからねウチ。
まぁこれで和真も夜遊びとかでイキがることはなくなるでしょう。
今日あんなことがあり、クラスの出し物に出られなかったので明日は丸一日ぶっ通しでクレープを焼くつもりだと和真が夕飯の時ぼやいていた。
うん、あんたが焼いたらきっと女性客が買いに来て売上に貢献できると思うよ。
私も行くからねと言うと「来なくていい」とあしらわれたのである。
弟よ、もう少し姉を敬いたまえよ。
私が不満そうな顔をして弟をジト目で見ていると、和真はワシワシと後頭部を掻き毟り「あー…」と唸りはじめた。
そして私から目を逸らして照れくさそうに言った。
「その……ありがとな姉ちゃん。助けてくれて」
「…どうしたのデレ期が来た?」
「…ちげぇし。……つーかもうああいう事しなくていいから。姉ちゃん一応女なんだからさ」
「一応って何よ。れっきとした女だわ」
「とにかくそういうことだから!」
そう言い捨てると和真はドカドカ大きな足音を立てて二階に繋がる階段を登って部屋へと戻っていった。
「階段が抜ける! 静かに登れ!」
私の注意に和真が返事することはなく、私は呆れたため息を吐く。
私と和真のやり取りを見守っていた母さんがふふふ、と笑っていたのでどうかしたのかと尋ねてみれば「気づいてないの?」と返された。
なんのことだかわからない私が首を傾げた。
「和真があやめのこと“姉ちゃん”って呼んでるの久しぶりに聞いたわ」
「…あーそういえばあいつカッコつけて姉貴とか呼んでたよね。一時期シカトされてたし確かに久々かも」
いきなり素直になるからびっくりしたじゃないか。
あいつもまだまだ可愛いところがあるなと私はニヤニヤしていたのだが、それに反して先程まで笑っていた母さんの表情は能面のようになっていた。
「でもあやめ、和真の言うとおりよ。あなたは女の子なんだから、男の子よりも弱いの。無謀なことに首を突っ込まないで」
「あー…はい…すいません」
「本当にわかってる? こないだも言ったわよね?」
先程の菩薩は何処。
母の顔が般若になり、説教コースの予感しかせず絶望する私であった。




