恋する乙女は可愛いよね。だけど私を巻き込まないでほしい。
「湿布出しておくね。装具はどうする? 動作が制限されるけど」
「んーサポーターじゃだめなんですか?」
「もちろんそれでもいいよ」
ヒロインちゃん階段転落からの教室での痴話喧嘩&看板真っ白事件でキレた翌日、私は怪我を心配した母さんに付き添われ病院に来ていた。
お医者さんに診てもらうとちょっと筋を痛めているとの診断だった。普段伸ばさないところが上から落下した人間をキャッチして負荷がかかった為、無理な筋肉運動をして痛めたってわけ。骨には異常はなかったよ。
固定をしてなるべく動かさないようにと指示され、処方された湿布とサポーターを装着させられた。
白いそれは目立つ。だけどまだ少し暑いので長袖は着たくない。仕方がないので白いサポーターを露出したまま学校へ行った。
学校側には前もって遅刻の連絡はしていたので授業中だったけど気にしないで「遅れました。おはようございます」と声をかけて席につく。昨日の事もあったから少し周りが気になったけど私は普通に教科書やノートを取り出すと授業を受けたのである。
授業が終わり、私はトイレにでも行こうかなと席を立つ。急がないと女子トイレには行列ができてしまう。いつも思うが女子は用足しになんであんなに時間がかかるのだろう。外に緊急の人がいるかも知れないとは思わないのだろうか。
さっさとスッキリしたかったので早歩きで教室を出ようとしたのだが…
「あやめ」
「ん?」
後ろから声をかけられた。
振り返ってみるとそこには幼馴染の姿。彼は沈んだ顔をしており、しきりに私の左腕を見てくる。
「あやめ、昨日のことなんだけど…ゴメンなそれ真優がやったんだよな?」
「…正確には朝生さんがわざと本橋さんにぶつかって、本橋さんが階段から転落したのを受け止めたら怪我したんだけどね?」
「……本当ごめん」
山浦くんは青ざめているが、彼に謝られても仕方がない。私はわざと大きくため息を吐いた。
しかも私が怒ってる理由は怪我させられたことだけじゃないんだけどな…
「山ぴょんに謝られても仕方がないし。ていうかそもそもの事の発端はさ、彼女を不安にさせた自分の行動にも問題があるってわかってる? もちろん一番悪いのは朝生さんだけど。謝るならさ、そのへんよーく考え直した上で謝りに来てくれない?」
「や、山ぴょん?」
「あ。それと昨日おじゃんにされた看板、責任持って山ぴょんが直してね?」
「え、」
「いいね?」
「あ、ゎ…わかった…」
山浦くん呼びはやめた。こいつはもう山ぴょんでいい。
山ぴょんはでかい図体でオドオドしていた。私は言いたいことが言えたので満足し、彼を放置して教室から出て行ったのである。
やっぱり女子トイレは混んでいた。
その日一日私はクラスメイトから腫れ物を触るような扱いを受けた。うん、私も大人気なかった態度とったし致し方ないのかもしれないけどさ。
なんか…なんかね。
とっても気まずいので一人で昼食でも摂ろうかと外で食べれる場所を探していた。
中庭にちょうどいい日陰を見つけたのでそこで食べようと座って食べ始めたのだが、そこにまさかの林道寿々奈が現れた。
「たーばたさんっひとり? 私も一緒に食べていい??」
「……林道さん」
「ここ涼しいね! いいところ見つけちゃった!!」
伺いを立てておきながら彼女は私の返事なんて必要としていなかった。隣で勝手に自分のお弁当を広げ始めたのだ。
母さんが作ってくれた美味しいお弁当の味が一気に無味になった気がした。
「田端さんのお弁当美味しそう! お母さんが作ってるの?」
「うん…まぁ…」
「じゃぁ和真くんも同じもの食べているのかな?」
「多分ね…」
林道寿々奈が私に話しかけてくるが私は緊張して気の利いた言葉が言えなかった。
−−−私の周りが思春期になった頃、弟を紹介してほしいって女の子が増えた。中には弟とのことを協力してほしいって言ってくる子もいて私はやんわり断るのに苦労した覚えがある。断るとどうしても角が立って仲間はずれとか軽いいじめみたいな事があって苦労したものだ。
中には「和真の姉だからって調子のるな」と言ってくる子もいて戸惑った覚えもある。血の繋がりはどうしようもないよ。
…もしかして、協力してほしいとかなのだろうか。
私は気づかれぬよう林道寿々奈の動向を注視した。彼女はお弁当の中身を見てしばし考え事をしていたかに思える。だが顔を上げて私をまっすぐ見つめてきた。
「ねぇ、田端さん」
「!」
私は来た! と肩をこわばらせる。
「和真くんの好きな食べ物って唐揚げじゃないの?」
「え。……唐揚げ好きだと思うけど…」
「でもね、この間作っていったらあまり喜んでくれなかったの」
「あ…そうなの」
「和真くんってカッコいいよね。私ね…」
私は拍子抜けした。今のタイミングで「協力して」と言ってくると思ったのに唐揚げだと? 確かに弟の好物だが…
林道寿々奈は夢見るように目をうるうるさせて頬を紅潮させていた。目の前の恋する乙女はとても可愛らしいと思うよ。でもその姉に言ってどうしたいのか。
私はソワソワしていた。警戒していたのもあるけど相手の動きがわからない恐怖もあったんだろう。
「林道さん」
「なぁに?」
「…私は協力とかそういうのできないから。和真を好きなら勝手にアピールしてていいけど私と仲良くしても何も得しないから」
私は言った。言ってやった。
これで大体の女の子は悪態をつくか、興味をなくしたように去っていくのだが、この林道寿々奈はどうするか…
「やだぁ! 田端さんてば。私はそんな意味で田端さんと仲良くしたいんじゃないよ〜」
「え?」
「私は田端さん…あやめちゃんとも仲良くしたいの!」
私は言葉を失う。彼女はにっこり笑顔で否定し、私の肩を軽く叩いてきた。
ますます、この林道寿々奈がわからなくなった。
「あやめちゃんも私のこと寿々奈って呼んでいいよ!」
「あはは…」
名前呼びするほど親しくしてるわけではないので私は苦笑いをして返事を濁す。
私はもういいやと諦めて食事をしていたのだが、いきなり右腕をガシっと掴まれビクッとする。箸で掴んでいた卵焼きが危うく地面に落ちるところだった。何するんだいきなり。
「な、なに?」
私は腕を掴んできた犯人である林道寿々奈に顔を向けると彼女は私の左腕のサポーターをみていた。
「どうしたのこの腕! 怪我したの!?」
「あぁ…昨日ちょっと」
「大丈夫? 病院は行ったの?」
「…うん今朝。骨には異常ないよ。スジ痛めてるだけだけどなるべく動かさないようにって言われてるんだ」
「うわぁ…痛いよね…どうして怪我したの?」
林道寿々奈は顔をしかめてまるで自分が痛い顔をしている。
彼女のオーバーな反応に私は若干引きつつ、別に隠すことでもないのでオブラートに包みつつ話す。
「ちょっと学校の階段で事故があって。助けようとしたらこうなっただけだよ」
「階段!? …助けたのって」
「…? 本橋さんだけど」
「…え?」
階段と言った瞬間、林道寿々奈の顔はこわばる。
更に私がヒロインちゃんを助けたと告げれば、「…なんで?」と呟いた。
私はそれにまた違和感を覚える。
ヒロインちゃんが階段から転落したのを私が受け止めたら何か不都合でもあるのだろうか?
彼女が転生者としても和真狙いなんだから何も問題はないはずなのに。
「どうしたの?」
「う、ううん! なんでもないよ! あっ私次体育だからもう行くね!!」
そう言って林道寿々奈は慌ただしく立ち去っていった。
あの子全然お昼食べてないけど体育の授業は乗り切れるのだろうか。
「…やっぱりよくわからない人だな」
私は木陰から覗く空を見上げて深いため息を吐いたのであった。
今日は体育もなかったし、大して疲れるようなことはしていないというのに、なんだかどっと疲れてしまって午後の授業がだるかった。
暑さも前より大分和らぎ、この午後のちょうどいい気候に加えて古典という眠りを誘う授業に集中しきれずボーッとしていた。
ボーッとしながらもふと私が思い出したのは真優ちゃんのこと。
…そういえば真優ちゃんはあれから謝罪に来ないな。
私を怖がっているのかもしれないけど…ちょっとどうなんだろうね。
あの二人、これからも付き合い続けるだろうか?と私は他人事のようにぼんやりと考えていたら先生に当てられてしまった。
今どこの部分をやってるかわからず、教科書持ってワタワタしていたら斜め右前に座るヒロインちゃんが振り返ってこっそり教科書を指さして教えてくれた。優しい。
(…何、この子天使か!!)
ますますヒロインちゃんに攻略されていく私であった。




