何故私に言うんだ。逆恨みはやめなさい。
「和真君がシスコンになったのはあやめちゃんのせいなんだからね!」
「朝っぱらから何言ってるの林道さん」
「ゲームでは和真君、シスコンキャラじゃなかったのに!!」
「だから何の話だって聞いてんでしょ」
乙女ゲームの舞台はとっくの昔に終わってんのに、あんたは今でもそれに囚われているのか。
卒業式前最後の登校日の朝、いつものように下駄箱で靴を履き替えていた私は何処からか現れた林道さんに引っ張られ、中庭まで連れてこられた。
そこでいきなり和真がシスコンだという話をされたのだ。
何を言ってるんだ。シスコンというのは植草兄のような妹ダイスキーの事を言うんだよ。和真のどの辺りが姉ダイスキーに見えるんだ。
「だってだって! 和真君に好きな女の子のタイプを聞いたら『料理上手で笑顔の可愛い子』だって!」
「…そんな子腐るほどいるよね」
「絶対あやめちゃんのことだし! 和真君の理想絶対にあやめちゃんなんだ!」
「知らんがな」
林道さんのしつこい追及に困った和真が、一番身近にいる異性が姉である私だから適当に返事をしたんじゃないの?
「返事に困って適当に言ったんじゃない?」
「いーや! 絶対に絶対に和真君はシスコンなんだよっ」
「そんな事私に言われても……」
そんな事ないと思うんだけど、林道さんは私がいくら否定しても聞き入れてくれない。
ていうかそんな押し問答してもどうしようもなくない? 私に何してほしいのよ。
いい加減教室に行きたいな。もうすぐ卒業なんだから友達と一緒に過ごしたいんだけど。
林道さんは友達じゃないのかって?
…未だに苦手意識が抜けないんだ…彼女はクラスメイトなポジションかな…
「えーなら和真先輩のこと諦めたらいいじゃないですか〜」
「なっ…! なによ突然現れて!」
「林道先輩は月曜日に卒業だし? 和真先輩のことは在校生であるあたしに任せてくれて構わないんですよ〜?」
そこに紅愛ちゃんが話に割って入ってきた。
助け舟を出してくれたつもりなのだろうが、紅愛ちゃんの挑発に林道さんは余計に興奮している様子だ。
どうすんだよこれ。私には抑えきれないぞ。
二年のクラスから和真連れて…いや、余計に炎上するか。主に林道さんが。
「家族を大事にしない男より、少しばかりシスコンのほうが安心じゃないですか?」
「何言ってるの!? 何かに付けて比べられるに決まってるじゃないの!」
「ていうか林道先輩、まだ彼女の身分じゃないくせにそんな苦情言ってどうしたいんですか? あやめ先輩は和真先輩の大切なお姉さんだってこと忘れてません? そんな態度で和真先輩の彼女になりたいとか…無謀だと思うんですけど?」
「それとこれとは別なの!」
キーッと地団駄踏んでいる林道さんは年齢よりも幼く見える。大人っぽい紅愛ちゃんと並ぶとどっちが歳上だかわからなくなるよ。
「ていうか私…友達と最後の高校生活過ごしたいから、もう行っていいかな」
「あやめちゃんの薄情者!」
「…薄情で結構だよ」
「ここはあたしが止めます! 先輩は行ってください!」と紅愛ちゃんが死亡フラグが立ちそうな事を言いながら庇ってくれたので、私は彼女に「ありがとう!」とお礼を言うと足早に教室に駆け込んだ。
その後林道さんはHR後に戻ってきて遅刻扱いを受けていた。今まで何していたんだあの人。
その日は全校生徒で卒業式のリハーサルを通しで行い、その後各教室で卒業式後の謝恩会や卒業後の流れを担任から説明された。土日置いてからの月曜日で卒業と考えると感慨深いものがある。
「あやめちゃん、すぐ終わらせるから待っててね!」
「うん。わかった」
前もって花恋ちゃんに街に遊びに行こうと誘われていたので、一緒に帰ることになっていた。だがHRを終えて二人で帰ろうとしたところで花恋ちゃんは男子からの呼び出しを受けた。
仕方がない。告白する人はそれだけ覚悟を決めているのだから。花恋ちゃんはそれをわかっているから真摯な態度で応じているのだろう。
「…遅いなぁ」
教室でしばらく待っていたが、15分経過しても花恋ちゃんは戻ってこない。
お断りの返事をするにしては時間がかかり過ぎだなと思った私は呼び出されたであろう中庭まで足を運んだ。
「陽子とは婚約の話が白紙になりそうなんだ。俺はしっかりケジメを付けてお前を迎えに行く」
「…間先輩……」
あらまぁ、デジャブ。
去年の今頃同じ状況に陥った気がするのは私だけか?
私は慌ててササッとベンチの裏側に隠れた。
…やだ…この隠れ場所も去年と同じじゃない?
「でも私…」
「初恋の男が忘れられないなら俺が忘れさせてやる。だから俺以外の男を見るな」
「…大切な思い出を忘れることなんてできません…」
私が目撃したのは告白の途中からだから、今どういう状況なのか…
えぇと陽子様との婚約が白紙…白紙にできるものなの? 会社のための婚約なんじゃ……お前を迎えに行くって、俺以外の男を見るなって…
…え、もしかして進展しているの? とうとう間先輩にも春なの?
場合によっては今日の寄り道はナシになるのかな。それは寂しいけど友達の門出だし……
私は気配をなるべく出さないようにして二人の様子をこっそり伺っていた。
「あいつは女なんだよ。いつまでも想っていても無駄だろ?」
女?
…まさかあっくん時代の私の事を言っているのか。いやいやあれから一年経ったんだから花恋ちゃんだってもうあっくんの思い出から卒業できているでしょう。
間先輩の言葉に対して、花恋ちゃんは浮かない表情をしていた。
「……あやめちゃんは…私が困ったときいつでも助けてくれるんです…」
ん?
「体育祭の時、私が転けたせいであやめちゃんも怪我しちゃったのに、私をおんぶして救護テントまで連れて行ってくれたんです。文化祭も二人で一緒に見て回れて楽しかったし、受験に押しつぶされそうな私を元気づけるためにカラオケに連れてってくれた! ……やっぱりだめです! 私の心にはまだ初恋の心が残ってるんです!」
「………花恋?」
先程まで真剣な表情をしていた間先輩は、花恋ちゃんの話を聞いて拍子抜けしたような顔をしていた。
ポカンとしているのは間先輩だけじゃない。私もベンチの陰で同じ表情をしている自覚はある。
なぜ、なぜここで私の話が出てくるんだ。
「あやめちゃんが女の子なのは重々承知です。だけど、私にとっての理想の王子様はあやめちゃんなんです! こんな気持ちのまま他の男性とお付き合いするなんて失礼すぎてできません!」
……花恋ちゃん?
私はムンクの叫びみたいな顔をして二人を見ていた。
待って。これ去年の二の舞じゃないの!
本当に待って、去年リスク覚悟で自首した私の行動無駄だったってこと? むしろ言わない方が良かったってことなの!?
花恋ちゃんは深々と頭を下げて間先輩に謝罪していた。
えぇぇぇ!? 流れ的にとうとうくっつくのかと思ったのに違うの!?
じゃあ最初の流れはなんだったんですか、間先輩。花恋ちゃんと両思いになってないのに陽子様との婚約を白紙にしたって言ったの?
その行動は誠実にも見えるけど、見方によっては逆に重い告白じゃない? 『お前のために婚約白紙にしてきたから、将来責任持って俺と結婚しろよお前』って言ってきてるようなものじゃない?
何そのオレオレ求婚。いくらイケメンでも怖いし、重すぎる。せめて両思いになってからプロポーズしよう?
「私には忘れるなんて出来ない。……間先輩は私にはもったいない人だと思います。もっと相応しい人がいるはずです。本当にごめんなさい!」
花恋ちゃんははっきりお断りの返事をすると、申し訳なさそうにもう一度深々と頭を下げた。…そしてパッと頭を上げると振り切るようにしてその場から小走りで立ち去っていった。
ヒュー…と木枯らしが間先輩の周りを吹き荒ぶ。
彼の寂しい背中を見て、私は心の中で十字を切った。私クリスチャンじゃないけど。
私にできることはなにもない。……頑張ってくれ間先輩。
花恋ちゃんが私を迎えに教室に戻っていることだろうから、私も教室に戻らないと心配させてしまうだろう。
私はその場からそっと退却しようとした。
【ポコポコ♪】
そのタイミングでマナーモードを切っていた私のスマホがメッセージ通知をお知らせした。
間先輩が音に反応してこっちを振り返るのは当然のことで……
「……おい、お前、いつからそこにいた…」
「…サーセン…花恋ちゃん探してました……あの…今回は邪魔はしてませんよ……」
間先輩はそこにいたのが私だとわかると、手負いの肉食獣が敵を威嚇するかのような鋭い睨みを送ってきた。
邪魔するつもり無かったの。
だってまさか間先輩が告白リベンジしてるなんて思わなかったから……
ていうか間先輩は何で学校にいるの?
卒業したのに入り浸り過ぎじゃない?
そもそも花恋ちゃんのスランプ時期にちょっと距離が生まれたみたいだったから、今告白するのはタイミングが悪かったんじゃないのかなと思うのは私だけでしょうか……
「同じ大学だからワンチャンありますよ!」
「うるせぇよ!」
なんて声を掛けたら良いかわからなかったから元気づけたら怒鳴られてしまった。
ほら、私と花恋ちゃん大学違うし、私が傍にいなければ自然とあっくんの思い出も薄れると思うし。
それを説明したが、間先輩のお怒りが解けることはなく。
私をキツく睨みつけると、指を差された。
…人を指ささないでくださいって言ったら逆上しそうだから我慢する。
「いつかお前から花恋を奪い取ってやる! 首洗って待ってろよ!!」
「えっ」
略奪宣言された。
あの、花恋ちゃんは私の彼女じゃないんでその言い方はおかしいと思います…
だけどそれを言う前に間先輩は肩を怒らせてその場から立ち去ってしまったので、それを見送るしか出来なかった。
【ポコポコ♪】
また、スマホがメッセージ通知をお知らせする音が中庭に響いた。




