受験目前。だが私の不調は継続中。
高校最後の期末試験前。
私はいつになく気合を入れて勉強をしていた。先輩との連絡を控えて、家でも学校でも電車の中でもずっと勉強した。睡眠時間をゴリゴリ削って、スランプ脱却のために新しく購入したテキストで勉強した。
眠気に負けて落ちてきそうになる瞼にメンソレータ○のリップクリームを塗って「目がぁ、目がぁ」と深夜に騒いだ事もある。
頑張ったのだ。努力すればその分結果がついてくると知っていたから。いつもそうだった。勉強した分だけ点数が取れたのだ。
もっと頑張らなきゃ、センター入試は目前だ。何よりも自分のためだ。自分の未来のために頑張るんだ。
自分にそう発破をかけて私はテスト勉強に勤しんだ。
「………」
「…田端、お前どうした? …このままじゃやばいぞ」
期末試験を終え、テスト返却がされた。
私は睡眠時間を削って連日勉強に没頭していたのだが、担任に渡されたテスト結果を見て呆然としていた。
あんなに頑張ったのに、点数が大幅に落ちていたからだ。
なんで?
先輩に会うのも我慢して、連絡もしないで必死に勉強したのにどうして下がるの?
…あんなに頑張ったのに…
心臓がバクバクしていて、担任の声が耳に入ってこない。
私は国立一本で絞っていた。私立を受ける気はないし、他の国公立だとひとり暮らしをしないといけなくなるので除外だ。
…どうしよう、私…大学に進学できないかもしれない。
当たり前の事ながら、期末テスト結果を両親に見せると結果がよろしくないことを指摘された。
そりゃそうだ。受験間近だと言うのにガクッと点数を落としているのだ。怒られて当然のことである。
「受験生のくせに彼氏なんて作るからこんなことになるんだ! 大事な時期なのに色恋に浮かれてるのが悪い!」
「お父さん! それは言い過ぎよ!」
父さんの説教を黙って聞いていた私だったが、その言葉にカッとなった。
「先輩は悪くない! 私が受験生だからって気を遣ってくれてるの! ずっと会ってないんだよ! 連絡だって必要最小限なの!」
私が大声でそう言い返すと両親は目を丸くして固まっていた。
だけど私の口は止まらず、同時に目から涙が溢れてきた。先輩は悪くない。先輩は私の受験勉強に協力してくれているのに…私はそれに応えられなかったのだ。
「私が馬鹿だから成績が落ちたの! …先輩に会うの我慢して勉強しているのに…ずっと勉強しているのに出来ないんだよ! 私が馬鹿だから悪いんだよ!」
頑張っているのに、いっぱい我慢して頑張っているのに駄目なんだよ。
私が悪いのにどうして父さんは彼氏のせいにするんだ!
「あ、あやめ…」
「先輩を悪く言わないでよ! …勉強してくる」
こぼれた涙をぐいっと拭うと、私はリビングから立ち去り、自室に籠もった。
泣いている暇はない。もっと勉強しないと。本番であんな点数をとったらもうおしまいなんだから。
涙で滲む目を擦りながら私は勉強した。
睡眠時間は3時間確保で、学校でも電車でも時間が空けば勉強した。大体の友人たちも同じ受験生だから他人に構う暇もなく、三年のクラスは自然とみんながピリピリし始めたので誰も何も言ってこない。
私は皆に追いていかれまいと必死に勉強した。
段々コーヒーが効かなくなってきた私は、貯金をおろしてエナジードリンクを大量にまとめ買いした。カフェインに頼らなければ勉強ができないから。
体に悪いとかそんなこと言っていられない。それに縋らないとどうしようもなくなっていた。
私は追い詰められていたのだ。
「…あやめ。この大量の空き缶…どうしたの?」
「エナジードリンクだけど? 勉強の時飲むと頭がシャキッとするんだ」
「…あやめ、昨日は何時間眠ったの? …和真が夜中トイレで起きた時も勉強してたって言ってたけど」
「だって成績が下がったんだから勉強しないといけないでしょ? じゃ行ってきます」
「あやめ! 待ちなさいっ」
母さんの止める言葉を無視して私はだるい体を引きずって出かけていった。頭がボウッとして働かない。
「…頑張らなきゃ」
受験のプレッシャーで私は不眠気味だった。
少しくらい休まないといけないとはわかっているのだが、布団に入ってもまんじりともせず。
目を瞑ると受験のことで頭が一杯になり、結局朝まで寝付けなかったりして。何もしていないと不安になって仕方がないのだ。
そのせいなのか食欲もなくなって最近痩せた。目標体重に到達できてラッキーとは思ったけども、健康的な痩せ方ではない。その所為か自分の顔色はよろしくない。それを隠すためのメイクが厚くなってしまったのが難点だ。
冬休みに入ると私はゼミで冬期講習を受け始めた。夏休みと同じゼミを利用しているのだが、受験生皆が本気モードとなっており、あのいじめっ子蛯原も私に喧嘩を売ってくる様子がない。
そうだ、もうセンターまで日がない。
皆頑張っているのだ。私も油断せずに頑張らないと。
それに今日は久々に先輩に会えるのだ。
ここが終わったら先輩の家で息抜きのクリスマスパーティをするんだ。今年は料理が作れなかったけど、来年になったら色々手作りしたい。来年も先輩と笑い合っていたいから。
そのために悔いのない結果を残さないと。
大丈夫。私はまだ頑張れる。
■□■
「…あやめ、お前…ちゃんと眠っているのか?」
「えへへ…ちょっと睡眠不足気味ですけど、大丈夫です!」
「…ひどい顔色をしている。それになんだか痩せたような…」
「受験生ってそんなものですよ! 去年の先輩もお疲れ気味だったじゃないですか。 ほらほら先輩今日は息抜きなんですから! 食べましょ?」
今年はお店で予約したふたり用のケーキとスーパーで販売されていたクリスマス用フライドチキン、ポテトなど出来合いものでクリスマスを祝う。
先輩のことだから正直に話したら私を家に帰そうとするに違いない。それは嫌だ。久々に会えたのだ。先輩と一緒にいたい。
ケーキにロウソクを挿している私をじっと見つめて先輩は眉間にシワを寄せていた。私はそれに気づかないふりをしてロウソクに火を灯そうとしたのだが、ライターがどこかに行ってしまっていた。
もしかしたら台所にあるのかもしれない。ちょっと見てこようと立ち上がった。
だけど立ち上がった瞬間、めまいでも起こしたのか、クラっと目が回って私の体は大きくグラつく。私は前のめりに倒れそうになった。
先輩が即座に気づいて私の体を受け止めてくれたので、幸い床に倒れ込むことはなかった。
だけど、私の体をキャッチした先輩が息を呑んだのが聞こえてしまった。
「…あやめ、お前何キロ痩せた?」
「やだ先輩、そんな質問しないで下さいよ」
「…根詰めすぎなんじゃないのか? …顔が真っ青だし、目がひどく充血してる…それに体が冷えてるぞ…体調が悪いんだろう?」
「大丈夫ですって!」
その問いにギクッとしたけど、ヘラヘラ笑って誤魔化すと私は先輩の腕から離れようとしたが先輩は解放してくれない。
「…送ってやるから今日のところは勉強は休んで、家でゆっくり寝ていろ」
「……やだ、どうしてそんな事言うの? 久々に会えたのに。私は先輩と一緒にいたいのに」
折角のクリスマスなのに先輩は私に帰れという。
それが私の体を思っての発言だっていうのは頭の隅ではわかっていた。
だけど本当に久々に会えたのだ。私は今日という日を待ち望んでいたのだ。それなのに帰れって…それはないだろう。
私は駄々をこねる子供のように首をぶんぶん横に振って拒否する。先輩の胸に抱きついて「まだ帰らない!」と叫んだ。
そんな私の背中を先輩の大きな手が宥めるように撫でてきた。
「あやめ。お前は受験生だろう。優先すべきはなにかわかっているだろう?」
「やだ! 折角のクリスマスなのに、そんな事言わないでよ…」
先輩が眉間にシワを寄せて私を見下ろしてきた。こんなに訴えているのに彼は私の気持ちを理解してくれない。
それが悲しくてじわじわと涙が滲んできた。先輩の顔が歪んで見える。
「受験が終わるまでの辛抱だ。分かるだろう? あと2ヶ月じゃないか」
「…やだ、やだもん。明日からまた頑張るから、お願い先輩…」
ここで帰されても私はきっと眠れない。むしろストレスになって余計に駄目になってしまうに違いない。まだ先輩と一緒にいたいの。
本格的にこぼれ始めた涙をグシグシ手で拭いながら私は懇願する。
だが先輩は眉を顰めるだけで、私の望みを聞き入れてくれなかった。
「駄目だ。ほら帰る準備を」
「……だって、だって仕方ないじゃないですか! 私は和真と違って頭が悪いんです! 努力しないと何も出来ないんですもん!」
「……あやめ?」
息抜きくらいさせてくれてもいいじゃないの。私は十分頑張っているんだ。
なのにどうしてわかってくれないんだよ。
今日会えるから頑張れたのに、ずっと我慢できたのに。どうしてそんな事を言うのさ。
グラリ、とまためまいがした。
先輩の顔がぶれて見える。身体がさっきからずっとズシリと重くて、座っているのもしんどい…
なんてクリスマスなんだ。先輩とイチャイチャしたかったのに。
「頑張ってるのに…点数下がるし、全然、勉強……もう、やだ……」
その言葉を最後に私の意識はブラックアウトした。




