葬儀屋4
「……終わったかい?」
「あぁ、もうこれで、」
ゆっくりと目を開けた恋夜は目の前の光景に言葉を失う。
そこにはきょとんとした顔で当たり前のように目を開けたままのイロハがいる。
おかしい、記憶を奪えば意識は失うはず。
「あの、恋夜さん?」
「失敗したのか?」
「いやそんなはずは、」
恋夜はもう一度イロハの記憶を奪おうとする、だが、うまくいかない、力が使えない。
「まさか力がなくなったとか?」
恋夜は近づいてきたヒナギクに手をかざすと、一瞬で意識を失った
「力は正常に働いている。」
「……っは!恋夜!お前、一瞬私の記憶を奪っただろ!」
「1秒程度だ、確認のために、だが、どういうことだ、こんなことは初めてだ。」
「記憶が奪えない。よかったです。」
「良くはないです!」
「だってこれで私恋夜さんのこと忘れなくて済むんですよ。」
他意のない言葉だが、その言葉は恋夜のウブな恋心をえぐるように突き刺さる。
思わず、恋夜は目を目を伏せる。
自分の事を覚えている。そんなことで彼女は本当に喜んでくれている。
これはどういう事だ理解できない、でも、この感情なんだ。
自分自身に湧き起こる感情をどう処理していいか分からない。
そんな恋夜の不意をつき、イロハは両手で恋夜の手を握り、よかったですね。私ならいくら触っても大丈夫ですよと、無邪気に言ってくれる。生きている人間の暖かい手の感触。記憶を奪う目的以外で、直接触れるのは母親以来だ。
彼女の手に触れた瞬間、恋夜の中に今までに起こるはずもなかった感情が沸き起こって来た。自分を卑下するのでも、自分と他人に線を引くのではなく、この人には知っておいてもらいたい。他人の記憶の中に自分をとどめていてほしい。
そんな諦めていた欲望が、思いもしない出来事が一気に恋夜を満たしていく。
記憶がなくならない、これは運命の人、恋夜の妄想は進むばかりだ。
この運命逃してはいけない、頑張れ、俺、一世一代男を見せるチャンス!
「イロハさん、自分!」
もう一度自分の思いを伝えようとした瞬間、恋夜はその異変に気づいた。
「い、イロハさん、髪の毛!」
なんのことだがわからないイロハは言われるがまま髪を触る。
「……」
手に取り、確認し、反対側の髪も確認する、そして自分のものであることを引っ張って確認する。間違いない、これは自分の髪だ。自分の髪が真っ青に染まっていく。
「どうしよう、校則違反だ!」
「そういう事じゃなくて!これはどういうことだ、ヒナギク」
「私に聞くなよ、とりあえず、病院、いや私の白髪染めで黒色に」
「無駄だ、これは器としての証明、薬剤で染めようとしても無駄なことだ。」
異常に高く、小さな声が聞こえてくる。
「誰だ!」
「けけけ、私を甘く見るなよ人間。知らない力だから対抗できないと思ったか、私は王だ。すでにこの器の体は作り替えた。お前に多少の力は奪われたが、私の存在を消すなどと偉そうに、私を他の奴らと一緒にするな。お前たちの力を知る事などいとも容易い。
むしろお前には感謝しないとは、お前が私を消そうとした時、私の生存本能がこの器との融合を促進した、今やこの器の記憶も私のもの、さっきのスタンガンもどういうものか理解した。二度目はないぞ、人間」
声を方に視線を移す。するとイロハの髪の中から同じ青髪の5cm程度の小さな女の子がひょこりと姿を現す。
「随分と視界がおかしい。やたらでかくなったな、人間、それに感触、」
彼女はあたりの様子を確認し、イロハの差し出した手の上に乗ると、イロハと目線をあわせ、状況を理解する。
「なんだこれは、どうなっている!私の体は!私はなぜこんな惨めな格好を!」
恋夜はこの髪の毛の原因が彼女にあることを察すると、この小人捕まえ脅迫する。
「今すぐ元に戻せ、」
「冗談じゃない!これは私のものだ!それに貴様、私がこのような格好をしているからと甘く見ているようだな、さっきとはわけが違うぞ、感じる。この充足した魔力を、お前らごとき、下級魔法で十分、ただ他のやつらと一緒にするな、けた違い威力を喰らうがいい、閃光の攻撃魔法レイ・スティンガー」
「……なぜだ!なぜ発動せん!」
何度も必死にちょこちょこと手を振り、攻撃しようとするが何も起こらない。
「どうやら、無駄なようだな。さて、それは大人しくおれのいうことをきいてもらお…」
「れいすてぃんがー、」
ぼそりとイロハがそうつぶやく、辺りを昼間と間違えるかのごとく照らし、光の槍が出現し、恋夜の横を貫いていく、恋夜はかすってもいない。だが、その魔力の力場に影響され、吹き飛ばされる、そしてその光の矢は向かいの山にいとも簡単に穴を開け、さらに向こうの山まで貫いていく。
その想像を絶する威力。に、ヒナギクもイロハもドン引きだ。
「これは、殺人になるのかな?いや過失致死?」
「え!恋夜さん!どうしよう、恋夜さん殺しちゃった。」
「ケケケ、よくやった器よ。さすがはアステリア様の器だ」
小さなアステリアはご満悦に悪魔のような羽を意味なくパタつかせ、イロハの方に乗る
「勝手に殺すな。」
「恋夜さん!無事だったんですか!」
「大丈夫だ問題ない!」
土煙の中から現れたのは血まみれの恋夜だ。
「なんで生きてるんだ。コイツやっぱり人間じゃないな。」
「まぁ、普段から鍛えてあげているからね、」
「ちょっとそういうことを言っている場合ですか!」
イロハは恋夜に駆け寄り、恋夜を支えようとする。
惚れた女の腕の中で死ぬなら悪くない。恋夜が安心し、よこしまな気持ちでその胸元に倒れようとするが、恋夜の流血に触れたイロハは、そのショックで先に意識を失ってしまう。
「あの、ちょっと、イロハさん!」
「ははは、目論見通りに行かないね、恋夜、」
「も、目論見など、それより、助けろ、正直、流石に俺も意識が、」
「意識がない、つまりは、チャンス!」
アステリアが気を失ったイロハに入ろうと全力で突撃するが、おでこ同士がぶつかり、はじかれてしまう。そしてアステリアはそのまま意識を失う。
「さて、どうするかね。色々と、ね」
山に大穴が空き、普通であれば大騒ぎ、だが、このことは全国紙どころか、この地域の地方紙にすらこの天変地異は載ることはなかった。
そして翌日、静かに恋夜の退職届が、そしてイロハの転校届けが第3者によって提出されることとなった。