葬儀屋3
「イロハさん!」
「触るな、人間!」
イロハを心配して近寄って来た恋夜は壁に叩きつけられ、青白い鎖で拘束される。
「全く、落として壊して解き放たれるとは、下手をすれば、私の魂が壊れていたぞ。」
暗闇に光る青色の瞳、恋夜はすぐに状況を理解した。
「貴様!イロハさんをどうした!」
「喚くな、人間、おとなしく私の中で眠っている。」
「彼女から出て行け!」
「出て行け?何を言っている、私の器だ。もともと私の物だ」
「関係ない!彼女から出て行け」
恋夜は力づくで鎖を引きちぎると感情むき出してイロハに近寄っていく。
「な、お前、私の魔法を、お前、魔法使いか」
「違う。だが、お前たち賢者の石、いや古代種の天敵だ。」
恋夜はもう片方の手袋も外し、両の拳をぶつけ、精神、と肉体、魂を統一し、拳を構える。
「……お前のその手、禍々しい、何だそれは」
「呪われた力だ、だが、お前たちに対抗するにはいい力だ。」
恋夜の突進に、イロハは青白い光で文字を描き、壁のようなものを展開する。
だが、恋夜の左手に触れると、その壁は何の効力もなく崩れ落ちていく。
「馬鹿な私の魔法障壁をいとも簡単に!人間如きに解読できるはずが。っち!」
「逃げるな!イロハさんを返せ!」
イロハは魔法障壁を展開させながら洞窟の外に逃げる、だが、恋夜はその事如くを元のもせず、恋夜は障壁を壊し進んでいく。追いかける速度の方が早い、すぐに追いつく。だが、気持ちの焦りから迂闊に右手で障壁に触れたことで、吹き飛ばされ、壁にたたきつけられ、余計なタイムロス。マズイ、このままでは逃げられてしまう。
「ははは残念だったな!私の勝ちだ。もう追いつけない。空も飛べない人間如き、一度外に出てしまえば私の敵じゃない。覚悟をしろ、ここを去る前に、空から忌々しい山ごと消し飛ばしてくれる。」
「まだ余裕を見せるには早いんじゃないかいお嬢さん。」
洞窟を飛び出し宙に浮かんだ瞬間、イロハは突然の頭部を襲う衝撃と共に地面にたたきつけられた。
「ヒナギク!イロハさんの体だ!」
「イロハさん?何だい、その怒り様、いつもの惚れ癖かい。大丈夫、手加減してるさね。」
着物を着た妙齢の女性は夜空を背景に木の上に佇み、洞窟から這い出てくる恋夜に語る
「そういう問題じゃない。」
「電話を途中で急に着るものだから様子を見に来たのさ、まぁ結局正解。見事に体を乗っ取られているじゃないか」
「意識は乗っ取られているがまだ、おそらく本調子じゃない!今なら十分に対処できる。」
「力の覚醒よりも前に、主人格の交代、色々とおかしな、っと、危ないな、いきなり」
ヒナギクはイロハの攻撃をひょいと別の木に飛び移り、回避すると、燃え盛る木に息を吹きかけ、その燃える火を炎で燃やし、火を消す。
「私の魔法を何者だ。お前!」
「私の妖術の一つ狐火。幻の炎、本来は人を惑わすために、でも、こうして魔力を帯びた炎なら、巻き込んでこうして化かすこともできる。」
「私の炎を燃やすことなど、私は王族ぞ!」
「王族ね、人の階級を偉そうに言われてもねぇ、私は妖。九尾の末裔。妖術はあんたらの時代の後の力。どちらが上という気はないけれど、今のところ、魔法を知っている分私に武がある。それに、」
ヒナギクは次の攻撃にあわせ煙に姿を変えて攻撃をかわす。その煙は狐の形となって、イロハの体にまとわりつく。
「恋夜!」
その声に応え、恋夜はスタンガンを煙に向かって投げつける。
「この世界には科学というものもある。物理法則を利用した一種の魔法だよ。」
ヒナギクは実態に戻り、彼女の首筋にスタンガンをあて、体の自由を奪う。
彼女を覆っていた魔力は消え、落下していく。
「恋夜!」
「分かっている!」
恋夜はイロハをキャッチする。彼女の体は軽いものの、流石にかなりの高さから落ちただけあって、その衝撃に耐え切れず、恋夜は彼女の下敷きになり、倒れ込んだ。
「ナイスキャッチ、って何だいその顔は不満しかない顔だね。」
「彼女のここ、お前、服の上からじゃくて、直接スタンガンを当てたな。」
「そんなことで、」
「後に残ったらどうするんだ!」
「よくもまぁ、見てごらんなさいな、彼女はまだ意識はある。直接じゃなかったら耐えられた可能性だってあるんだよ。」
「お、お前たち、何者だ?」
「しゃべるのか、それはこっちのセリフだ。お前こそなにものだ。
何かが他の古代種とは違う。そもそも、俺たちの知っている賢者の石とは違っている。」
「当たり前だ。私は他の劣等種とは違う。私は唯一の王族。石などに封じされる必要はない。あれは人造の賢者の石。世界をつなぐ扉そのもの、私は一二美に作らせた。」
「境界の世界を超えて向こう側、なるほど、噂に聞いていたが本当にいるんだね。王族というものが、でも、今更何を、そこは楽園なんだろう、どうしてこんな窮屈な世界に戻ってきたんだい。」
「それをお前たちに話す理由はない。さぁ、どうする私を殺すか?私を殺せばどうなるか?」
「元の主も殺すことになる。か、」
「そうだ、」
「残念だけどそうじゃないんだな。ここにいる恋夜の左手があれば、君だけを消す事ができる。メモリーバンデット、記憶を喰らう呪われた力。」
「記憶を喰らう?」
「そうだよ。触れた対象の記憶を喰らう。手袋を外しているということは洞窟の中で力を目の当たりにしたんだろ、魔素、エレメントを利用し、構築した魔法式。恋夜の力はその構築式を忘れさせた魔素そのものに戻したんだ。万物の記憶を奪う。それは人間も、そして肉体を持たない、あんたら古代種も例外じゃない。」
「お前がいきなり彼女の主人格となってくれて助かった。普通なら覚醒までまたなければ奪えないところだ。お前の記憶、お前の存在、奪わせてもらう。」
「そんなことできるわけない。何を世迷い事を」
「信じなくてもいいさ、直ぐに終わる。」
恋夜がイロハの頭に手をかざす、すると痺れた体で抵抗していたイロハはすぐに大人しくなり、まるで目を開けたまま眠っているかのようにおとなしくなった。
「気持ちがいいだろ、自分が消えていく様は、最後は全部を失って、みんな笑いながら消えていく、怒りも悲しみも、楽しいことも、辛いことも全部を失う。生きることも、自分という存在さえも。何もなくなって笑いながら消えていくんだ。」
「ふざけるな。何なんだこの力は、お前は何者だ、お前のようなものを作った覚えはない。」
「昔別の古代種も同じようなことを言っていたね、そうさねぇ、少し昔話をしてあげよ。」
「ヒナギク!」
「いいじゃないか、最後の花向けさ、そこにいる日内恋夜の力の目覚めは自我の目覚めに同調していた。一緒に遊んでいた友達が、遊んでいた事を覚えていない。
中には帰り道を忘れて迷子になる子まで出てくる始末、日に日にそのちからの強さはまして来ていた。
その子の力に最初に気づいたのは、母親だ。親の本能かね。なんとその子の力に気づき、その子のために研究していた、自分の体を使ってね。
そうしてその子のことを研究し、忘れ、研究し、忘れ、ノートに書き留められた自分とのやり取りで、彼の力がどういうものかを理解した。触れれば触れるほど、触れた相手の記憶を奪ってしまう力、力の制御のしようがない。
ある日彼が巣から落ちた雀の子供を助けようとして、母親のところに連れ帰った。
生まれて間もないその雀の記憶なんて大したことはない、わずか数分。その雀は心臓の動かし方も、細胞の生存本能さえも失っていた。
危険な力。彼女はその子に手袋を与えた。直接触れなければ、記憶も失わない。それがその子が人として生きていくために必要なこと。手袋を外さなければ、生きていける。
だが、現実は違った。記憶を奪わなくなったその子はだんだんと物忘れがひどくなっていった。それだけじゃない、体調も悪くなっていった。
理由は簡単、生きるために記憶を消費する、動物が生きるために食べないといけないように、生きるために記憶が必要だった。他人から奪うか、自分の記憶を失うか。
母親がそのことに気づいた時、既にその子は瀕死の状態だった。
そんなその子を助けるために、彼女が何をしたのか、想像には難しくないよね。
彼女は自分の記憶を根こそぎ彼に与えた、自分のすべての記憶を、自分の生きたすべてを、
次に目を覚ました時、彼は10歳にも満たない年齢で断片的だが、30年以上の記憶を手に入れていた。それは母親の記憶。自分の力がどういうものなのか理解をした。
力を自覚し、自分を理解した。でもだからと言って制御できるわけじゃない。
結局、力を理解したところで、そんなことはどうでもいい、自分のせいで母親を殺したその自責の念だけが彼の心を支配する。生きて、そう願った母親の願いもむなしく、
結局、恋夜は死ぬ事を選んだ。私の庭の神社でね。
これは運命か、それとも偶然か、いくら私でも人とはいえ、子供が死のうとするのを見過ごすわけには行かない。晴れて恋夜は私の家族に、それからは夜な夜な人の記憶を奪って生きている。最近では葬儀屋で働き出して、死人の記憶を根こそぎもらっている。おかげで記憶の供給は安定し、昔ほど発作もひどくはない。
それでも治ったわけじゃない。でも、あんたたち古代種であれば何千年、いや何万年の記憶を持っているそれを奪えば、あるいは、そういうわけさ。」
「ヒナギク!」
「これ以上、言われたくないならさっさと終わらせるんだね。何を手間取っているんだい」
「分かっている、何も感じないが、捉えている実感はあるこれで終わりだ。」
最後の記憶を奪うように大きな光がイロハの体から抜け、恋夜の左手に吸収される。
そして次の瞬間、イロハの瞳から涙が、流れ落ちる。
思わぬ反応恋夜は戸惑い、一瞬手を離す。
そして、イロハは急に連夜に抱きついてくる。
「な、なに?」
「恋夜さん。そんなに悲しい過去が。」
「イロハさん、どうして、まさか今の話、」
「聞いていました。ずっと、私の中で、恋夜さんの話。」
「どうして、だってそんな、」
でも、それは彼女の体が彼女に戻ったなによりの証拠
「辛かったですよね、そんなの、悲しかったですよね、」
「同情は結構です。これは自分の問題です。それにもう乗り越えています。」
「でも、」
「話は終わりです。」
恋夜は再びイロハの頭に手を置く。
「恋夜さん何を?」
「心配しないでください。奪うのは今夜の記憶だけ、夜が明ければ、あなたは何も知らないまま日常に戻れる。僕のことも、ヒナギクのことも、全ては思い出すこともない。」
「そんな私、」
「そうすることがあなたのためでもある。そんな、私、忘れたくないです。」
「……ありがとうございます。僕なんかのために泣いてくれて、僕なんかに優しくしてくれて、それに僕なんかを信じてくれて、」
「自分なんか、なんて言わないでください。」
「最後までありがとうございます。あなたに会えてよかった。」
「だったら忘れるなんて」
「駄目です。そういう訳にはいきません。結局、イロハさんが覚えていて得をするのは、僕だけ、あなたの幸せと、僕の幸せなんて天秤にかけるまでもありません。あなたの明日が良い日であらんことを、それじゃさようなら。」
恋夜は目をつぶり、精神を統一する、力加減を間違えないよう、細心の注意を払う。




