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葬儀屋2

イロハは恋夜が見えなくなると、玄関の明かりを消して、鍵をかけ、家の中を散策する。

怖いと思ってもいいはずなのに、少しもそうは感じない。

その自分でも理解しがたい感覚に襲われる、居心地がいい?いや、そうではないでも、

イロハは手早くのお風呂と夕食を済ませ、明日のために荷物をまとめ、早めに床に就く。

明るい月がガラス越しによく見える、月明かりだけで十分な明るさだ。

明日、この家の全部の部屋にお世話になりましたと、お礼を言って帰ろう。

家にいるときよりも落ち着いた雰囲気でイロハは眠りに落ちた。


「家の明かりも消えた。少し早いが疲れていたんだろう。……あぁ、何も聞いていないようだな。……別にそういう訳でもない、ただ純粋に顔も覚えていない祖父を弔いに来たんだろう。……余計な勘繰りを入れて彼女に手出しをするなよ。……違うそんなんじゃ、……とにかく、ここは任せてもらう。幸い、彼女からの信頼も得た。彼女が帰ってから探してみるさ。まぁ、杞憂だと思うがな。……その鼻、あてにならないだろう、野生の勘?女の勘?ドックフードに飼いならされた年増が何を、兎に角だ。一応監視は続ける。」

恋夜は、路肩の石に腰かけ、携帯を置いてイロハの家を遠めに見つめる。


『助けて、お姉ちゃん』

頭に響いた突然の声に、イロハは唐突に目が覚めた。カーテンの開け放たれた窓の外の月は明るく輝いている。まだ夜中という事は分かるが、イロハは月明かりを頼りに携帯を開く、時間は2時30分。眠りについて4時間ほど、中途半端な時間に起きてしまった。

イロハは携帯の電源を切り、再び眠りにつこうとした瞬間。

『助けて、お姉ちゃん』

また、声が明確に聞こえた。夢じゃない

「誰?」

『お姉ちゃん助けて、こっち、こっちに来て。』

これは夢の続き?何なの?

イロハは怖がりながらも、毛布にくるまったまま格好で、立ち上がり女の子の声の誘導に従って、家の中を進んでいく。

そして導かれた玄関、そこで思わず、イロハは毛布を床に落とした。

そこには青白く光る光が、玄関から先に続いている。

『お姉ちゃん、私はこっち、早く急いで。』

「何なの、妖精さんか何か?それともこれもやっぱり夢」

その光を見ると、不思議と怖い感じがしない、むしろいかなければならないという義務感にも似た感情でイロハは裸足のまま靴を履くと光に誘われ、森の奥へと進んでいく。

どんどん、どんどん、足取りは早くなり自分で自分が何をしているのか分からないほど一寸先も見えないほどの夜の森を必死に前に進み、そうして小さな洞窟の前で足を止めた。

『どうしたの?おねぇちゃん、』

「いや、なんていうか、その、」

ここまではまるで操られるようにここに来た、怖い感じもしない、むしろ早くこの声の主を助けなければという義務感に狩られる。でも、心のどこかで不安がある。

『助けてくれないの?お姉ちゃん』

その必死な声を無碍にもできずイロハは言われるがままに、洞窟を進んでいく、そして目にしたのは小さな祠だ。その祠に置かれた箱が強く青白く光っている。

「これは、」

『その箱を空けてお姉ちゃん。』

「あなたはこの中にいるの?」

『そう、閉じ込められてるのずっと一人で、寂しかった。お姉ちゃんをずっと待ってった。』

「私を?」

『そう、』

「どうして私?」

『私を助けてくれるのはお姉ちゃんだけだから、ずっと、ずっと待ってた。』

「そこまでだ、動くな!イロハさん。」

イロハは伸ばしかけた手をその攻撃的な命令口調で止めた、

その声の主は恋夜、よく知る温厚な顔ではなく、怒りを含んだ怖い表情だ。

「日内さん、どうしてここに、」

「それはこっちのセリフです。どうしてここを、やはりあなたはそれが目的ですか?だまされましたよ、何も知らないふりをして」

「何の話ですか?」

「全く、いくら家の中を探しても見つからないわけだ。こんな洞窟、あなたに案内をしてもらわなければ分からなかった、ご丁寧に結界を張って認識の外に、」

「日内さん?」

「そんな力手にしたところでロクな運命が待ってはいない。死んだ一二美博士の遺言ですか、それともあなたのお父さんの命令ですか?目的は復讐?くだらない、欲にまみれ、妄執に取りつかれた大人に利用されて、あなたは人生をダメにするだけだ。」

「日内さん、何の話ですか私、何の事だ、私はただ。」

「この期に及んでとぼけるな、何も知らないのに偶然ここに来たとでも?」

「私は、ただ助けてって声が聞こえたから?」

「?何のことですか?」

「この箱の中に閉じ込められてるって、女の子の声が聞こえて、助けてって。」

「?声」

『お姉ちゃん!早く助けてあの人怖い。』

「ほら、」

恋夜は耳を澄ますが何も聞こえない。

「なるほど、回収が目的ではなく、あなたは既に、だが、まだ、」

恋夜は、イロハを押しのけるように祠に近寄ると、手袋を取り、その手をその箱に近づける。

『助けて、お姉ちゃん、この人を私を殺すつもり、お願い助けて!』

その声にこたえる様にイロハは恋夜の腕を掴む。

「どういうつもりですか?何も知らないていじゃなかったんですか?」

「日内さんに殺される、助けてって、言ってます」

「壊すだけです、最初から生きてはいない、生きていちゃいけないんです。」

「何のことですか!分かるように説明してください。」

その必死の表情に恋夜は一瞬こわばらせた表情が緩む、だが、

「……もし、あなたが知らないフリをしているなら、説明は無意味。そしてもし本当に何も知らないなら、知らないほうがいい、世の中にはそういう事がある。」

日内は揺らぎかけた気持ちを正し、イロハの力など意に介さぬよう、拳を振り上げる

『お姉ちゃん!お願い助けて!私このままに死ぬの嫌!あなたのおじいちゃんに閉じ込められて、ずっと一人だった!このまま死ぬなんて!絶対いや!』

おじいちゃんが?おじいちゃんのせいでこんなところに、

イロハは何とか彼女を助けようとするが、本気モードの恋夜の前では力で敵わない。

だったら、と恋夜にべったりとくっつく、その華奢な体の感触に一瞬意識を奪われるが、そこは恋夜ぐっとこらえる。だが、それが目的ではない、近づいた顔、イロハはいきなり、恋夜の耳を舐めるそれも耳の内側を、思わぬその行為に思わず反射的に、箱を落としてしまう。恋夜は女の子が苦手だそれはこの2日間で十分に分かっている、きっと仕事以外では女の人に触ることもなければ、目を見て話すことができないタイプそう確信していた。

「な、何を」

何が起こった。想像の範囲外、恋夜は年相応の困惑した表情を見せる。

イロハはその隙を突き、箱を奪い、恋夜から距離を取る

「その動揺、日内さん、彼女さんいたことないでしょ。」

箱を見せつけながら、イロハが決める。

「なっ、ふ、普通、彼女さんがいても耳舐めなんてマニアっくな、って違うだろ、言うべきセリフはそうじゃないだろ!あぁ、俺は、あー」

完全にパニックになっている。狙い通りというか、それ以上の、

「どんな事情があるか知りませんけど、女の子を殺そうとするなんて見過ごせません!」

「これは君の為でもある!渡せ」

何とか持ち直しているがイロハの目は見れないのか、箱に話しかけている。

「何も説明しないのに渡せません。」

「だったら力づくでになる。」

「こんな誰もいない洞窟で、力づくでか弱い乙女を押さえつけるつもりですか。私一生心に傷が残りますよ!」

「っ、それは、卑怯だぞ!」

思った通りだ、恋夜は昼間の恋夜と違うが、根本的には一緒、両方とも恋夜の一面だ。

スキンシップが苦手な典型。その上自分のキャラを大事してプライドも高い。

こう言ってしまえば手出しはできない、ここでさらにダメ押しだ。

「だから事情を話してください。私の為だって言った恋夜さんの言葉を信じます。

でも、だからと言ってこの箱の中にいる女の子を殺すなんてことを黙ってみているなんてできません。お願いです。」

信じると言われ、名前で呼ばれ、うるんだ目でお願いされる。

恋夜がどんどん昼間の恋夜に近づいていく。

「……一つだけ、正直に答えてください。イロハさんは本当に何も知らないんですか?」

「知りません、だから教えてください。あんなにやさしい恋夜さんを何がそんなに怖い顔をさせるのかを」

イロハは恋夜の心をがっちりつかんだのをその表情で読み取った。

恋夜はいうなれば北風と太陽作戦。自分の世界観を持っている恋夜は一種の自己暗示のようなもの、一度スイッチが入ってしまっては向うのペースに合わせていては恋夜を止められない。かき乱し、まずはこっちのペースにする。その上で人付き合いが苦手そうな恋夜の心をうまくつかむために優しくする、そうする事で恋夜をうまくコントロールできる。

打算的なイロハの作戦に恋夜はまんまとはまってしまった。

「分かりました。お話しします。ですがその前にまずはその箱を渡してください。」

「でも、」

「それはとても危険なものです。今は封じられているかもしれませんが、その箱の主の声が聞こえたという事はイロハさんには適性があるという事、それこそ、この地にあなたを導いた可能性だってある。あなたが持つことは非常に危険です。大丈夫。あなたの了解を得ないまま、壊したりはしない。僕はイロハさんを信じると決めました。だからすべてをお話しします。だから、イロハさんも僕を信じてください。」

「……わかりました。」

『ちょっと待って!イロハ、私を裏切るの!』

「裏切ったりしない。大丈夫、恋夜さんはあなたの事を殺したりしない。」

『やめて!今早く箱を開けて!私なら、あいつを殺せる。心配しないで』

「殺すなんてそんな物騒な。」

『それだけじゃない、イロハ、あなたの邪魔になる全部を消してあげる。朝美も、由真も、それに耕平も、弓道ゆどう先生だって。あなたをいじめる全部、』

「!なんでみんなの名前を」

『全部知ってるの。これは運命なのイロハ、あなたは特別な人間。選ばれた人間なの。

イロハ選択を誤らないで、私はあなたを変えるために、

この男に何ができるの。適当な事を言って私を殺そうとしているだけ。

あなたを救えるのは私だけ、今までつらかったでしょう。私、全部知っているから、あなたの心の痛みを知っているのは私だけ、あなたの声、私はずっと聞いていた。』

「イロハさん?」

『殺したいって思ったでしょ。私はこんなクズどもとは違うって、イロハ、あなたは優しい子。でもいつまでもあなたが傷ついてばかりで何になるの。優しい人だけの世界を作るために、勇気を出してイロハ!あなたは変われる。あなたなら世界を変えられる。

この箱を開けるだけ、私を解き放つだけで、さぁ、』

「……確かにそうかもしれないけど、私はそれでも誰かを傷つけたくはない。

私の全部が偽善だって言われても、私だけが傷つくだけで、皆が幸せならそれでもいい。

私ね、人から嫌われる才能があるみたい。昔からそう、何をしても裏目に出て、何を言ってもいい人って馬鹿にされる。恨まれて、嫌われて、確かに、どうしてって思うことだって沢山ある。

好きでもない男子に好意を寄せられて、傷つけないように断ることができなかった。

でもそのせいで友達をなくした。

正しいことをしてるつもりなのに、いつも裏目。

そうしているうちにいじめられるようになった。でも、きっとみんないつか分かってくれるって、頑張ろうって、でも、私のお父さんがクラスのリーダーのお父さんをリストラした。それは仕方がないこと、私には関係のないことそう割り切って気にしないようしていた、だけど私が何をしても今まで以上に悪いように取られるようになった。いじめも本格的になってきた。教科書を水浸しにされても、新しいのを買えばいいでしょ。カバンを切られても、制服も、だからって、私は、」

イロハは箱の声を聞きながら、恋夜に近寄っていく。

「誰かを傷つけたいわけじゃない。そんな力はいらない。大丈夫。あなたは私が守ってあげる。どんなことがあっても、だから、まずは恋夜さんの話もあなたの話も聞かせて。」

『何が守ってあげるだ!お前は私の為の器!大人しく私の言うとおりに、』

罵声にも似た声を上げるそれに動揺しながらも、恋夜に向かって歩いていく、だが、

「きゃ」

薄暗い洞窟の中、今まで青白く光っていた箱が、ふっと光が消え、急に何も見えなくなったイロハは洞窟の滑りやすい悪い足場に転んでしまった。そして何かが壊れる音、いや、何かではない、手にしたその箱が岩場に当たり壊れる音。

そして、箱の中から現れた暗闇の中でもわかる青い光にイロハは飲み込まれた。


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