あなたの為にできる事
「会長」
魔女の力のせいかまだ意識のはっきりしている凛清が葵に語り掛ける
「ごめんなさい、今までだますような真似をして、」
「ブルーゲイルさんが、葵さんの宝剣。」
「そう、魔女は私じゃない侑季よ。今まで黙っててごめんなさい。」
「どうしてそんな嘘を?」
「そんなの侑季を守るために決まっているじゃない。侑季はね、私のせいで魔女にされた。私が嫌がる侑季を無理矢理私の家の地下の鍾乳洞に連れて行った。そこで魔女にされた。」
「でも、会長の魔法は、」
「努力の賜物、誤魔化せるくらいには強くなったつもりよ。
侑季はね。魔女になんてなりたくないの、だから必死になって魔女を抑え込んでいる。
それでもすべてを抑えられない。だから常に私がそばにいて私が魔女としてふるまう。
あの子の精神が不安定なのも魔女のせい、あの子は毎晩魔女に悪夢を見せられている。
体が小学生の頃から成長しないのも魔力を押さえつける代償。
侑季は必死に自分が消えないように努力している。私のせいで侑季は、こんな事に、」
「そんな魔女になる人はなるべくしてなっている。会長のせいじゃありません。」
「だからって納得なんてできるわけないでしょ!」
葵は無理やり自分の体を動かし、はいながら、怨霊を引きずり侑季を追いかけようとする。
「大丈夫です。無理はしないでください。」
イロハは葵を座らせる。
「イロハちゃん何ともないの?それにその眼、」
『この体は私のものだ、人間風情の憎悪なんぞで横取りしようなんぞおこがましい』
「信じてください。あの人を、絶対に侑季ちゃんを助けてくれますから」
一方、侑季を追う黒薔薇姫は、その視界にイロハを捉えていた。
いかに敏捷に動けようと、この世界には数多の亡者が侑季の行く手を遮り、世界そのものが黒薔薇姫に味方をする。上下左右に回避しながら逃げ回ろうと、直線距離で移動してくる黒薔薇姫の魔の手から逃げるすべなどなかった。
そうして逃走の甲斐なく、限られたこの世界の端に追い詰められ、逃げ場をなくしていた。
眼前に広がるのはこの夜闇すら黒く覆い尽くす無数の亡者、すでに人の形はなく、蛇や蝙蝠、猛獣あらゆる恐怖が形になる。
そうして巨大な鬼のガシャ髑髏の頭蓋にまたがり黒薔薇姫が、最後の時を告げに現れる。
「諦めなさい。すぐにその鎧も剥がしてあげる、そうだ、ついでに服もひん剥いて、動かなくなった傷だらけのあなたをあいつに見せつけてあげるわ。どういう表情をするかしら、」
「やめて、お願い。」
「なにそれ、それでやめると思っているの?馬鹿なの、」
「私を刺激しないで、力を抑えられなくなる。お願い。」
「何を言っているの、」
「魔女がいるの、すごく凶暴で、残忍な魔女。今暴れ出したら、私抑えられない。そうなったらあなたも私もみんな死ぬの」
「へー、あんた魔女なんだ。そうは見えないわね。まるであんた以外を感じない。で、なに、魔女っていえば私が怯えるとでも、でも、残念、私の力は、元々魔女に対抗するための力。そういう風に作られたの、見せてみなさいよ。魔女ごとボロボロにしてあげるわ!」
ガシャ髑髏の数メートルはある拳が、まるで岩石のように侑季に迫る。
左右には亡者が、逃げ道はない状況だ。
「恋夜君!助けて!」
拳が侑季に迫るその刹那、ガシャ髑髏の拳の目の前に降り立った背中は、拳を受け止め、衝撃もなく、触れたものが煙であるかのようにその髑髏を闇へと散らしていく。
その大きく力強い背中が誰のものか考えるまでもなかった。
「恋夜君!」
「大丈夫ですか、侑季さん。怪我はしていませんか、」
「うん、大丈夫、私信じていたよ、恋夜君が助けに来てくれるって」
「お前、どうして動ける。まさか、隊長と同じ、恐怖がないのか」
「怖いですよ。その中の全てが、何もかもが怖い、でも、それが当たり前の中で生きてきた。憎悪じゃ僕は倒せません。恐怖は僕には届かない。」
「私と同じ、いや違う、私よりもずっと冷たい。絶望の目、死んだ目で私の邪魔をするな!」
黒薔薇姫の声と共に無数の亡者が恋夜に襲い掛かる。だが、亡者の闇は群がることもできずにまるで液体のように恋夜から流れ落ち、消えていく。
「無駄ですよ。いくら集まろうと、恨みや恐怖は僕には効きません。」
「なっ」
「恐怖と同化し、侵食されない。僕には数多の怨嗟が舞い踊る。でもそれだけじゃない」
恋夜が、ガシャ髑髏に触れると一瞬でガシャ髑髏は消え去り、黒薔薇姫が落ちてくる。
恋夜は彼女が怪我をしないように、優しく受け止めると、地面に下し、頭に手をかざす。同時に黒薔薇姫は全身の力が抜け、身にまとったドレスが崩れ落ちていく。
「百、いや千に近い、よくもまぁこれだけの人間を、僕としてはありがたいですけど、既にほとんどが記憶を失っている、思ったほどの記憶は奪えませんね。まぁ、とは言え、おかげでこれだけ簡単にあなたの力を無効化できるわけですけど。由真さん。いい名前じゃないですか。でも、あなたにとっては痛みの記憶。だからこその黒薔薇姫。」
「何者だお前、何だその力は、」
「形の分からなくなった憎悪でも、感情だけではない、その原因となった記憶が存在する。その記憶を失えば、根源を失う。根源を失った憎悪や恐怖は憎悪や恐怖として存在できない。意志無き感情は消え去る。あぁ、僕の事でしたね。葬儀屋そう呼ばれています。」
「魔女狩り、魔女を殺す、正体不明の葬儀屋、なんであの葬儀屋がここに、」
「あなたには関係のない事、どうせ全部忘れるんですから、力も全部失って、あなたは一人の女の子に戻る。つらい記憶でしょう、ついでにもらってあげますよ。悲しいの記憶も、辛い記憶も全部。そうして幸せに生きていけるんです。」
「いや、いや、いや、私が消えていく、私がいなくなる、私の力が。」
「どうして泣くんですか、辛い記憶です。いらないでしょそんなもの、あなたは生まれ変わるんです。それであなたは新しい人生を。」
「いやー!!!」
黒薔薇姫は持てる力の全てを使い恋夜の手を振りほどく、
「あなたなんかに奪わせない、私の記憶、私の力。それをいらないものだって、この悪魔!」
「何をしても無駄ですよ、今の俺にあなたでは勝てない。覚悟を決めた俺にはね。」
完全に葬儀屋モードの恋夜に隙はない、それは黒薔薇姫が一番感じていた、あの目、まるで感情のない機械のようだ。
「でも、勝てないわけじゃない!」
「あなたに奪われるくらいなら!」
黒薔薇姫は自らの剣をためらいなく自分の胸元に突き立てる。
貫いたその刀から溢れるのは呪詛ではない、温かい赤い人の命そのもの
「!!何をしているんだ!!」
「私は、あなたのせいで死ぬの、あなたが私の記憶を奪うから!あなたが私の大切なものを奪おうとするから!いった、ホントマジで最低。」
「僕はそんなつもりはない!ただあなたも皆も助けたくて」
その行動に動揺した恋夜は葬儀屋モードを解除し、本能的に彼女を助けようとする。そんな恋夜の頬を血にまみれた手で引っ掻き、痛みをぶつける、血の温かさを帯びた手で。
「今、恐怖を感じたわね。自分のせいで人が死ぬ。自分のせいで、死を恐れないあなたも、人の死には恐怖を感じるのね。」
「それが分かっていて、」
「痛い、わ、ホント最低で最悪、全部あなたのせいだから、私はあなたを絶対に許さない。あなたのせいで、私は楽しいことも、うれしいことも、恨み一つ晴らせずに死んでいく。恨んでやる、呪ってやる。あなたが私を殺した!」
その叫び声に恋夜の心は揺らぎ、黒薔薇姫の爪の傷から瞬く間に、呪詛となり恋夜を蝕む。
恋夜自身、精神の耐性は強いものだと思っていた。だが、直接的に他人から命を捨ててでも、というほど恨まれたことなどない、ましてや、今の恋夜は垣間見る程度だが、彼女の憎悪を知っている、彼女の過去を知っている。彼女に対する同情心もある中で、その眼がその手が、声が、自分に向けられた憎悪は恋夜自身如何ともしがたいものがあった。
そうして、恋夜は体の自由が奪われ、視界が黒く塗りつぶされた。
このまま死んでいく、恨まれたまま、何もできないまま、イロハさんとの約束、守れなかったな。それに何より、最後まで彼女を救えなかった、結局最後まで、彼女は
消え行く恋夜の意識。全部が黒くなり、見えなくなり、感じなくなり、そして何も聞こえなく……だが、
「恋夜君!大丈夫!お願い目を覚まして、」
自分の名前を呼ぶ強く、確かに聞こえるその声、諦めてしまいそうな恋夜の心を力強く、求めてくれる。恋夜は闇と境界の分からない自分の手を声のする光へと手を伸ばす。
「……侑季さん」
死んでいない、生きている。自分を抱きしめてくれる暖かさ、久しく経験のない人の温かさ、生きている。でも、暗闇が剥がれ落ち、急に差し込む光に目が対応できない。
「よかった、どこも怪我してない?痛いところない?」
「……」
知らない声、知らない女性、だが
「大丈夫だよ。恋夜君を傷つけるものは何もないから。怖くないよ、もう安心して」
「……侑季さん?」
徐々に目が慣れ、その見慣れぬシルエットの輪郭から内側が明確になっていく。
自分の目の前にいるのは、知らない大人びた女性。
だが、このわずかに残るこの雰囲気を知っている、それにこの匂い。
「侑季さん、その姿。」
緑色に淡く光る髪と目、彼女に何が起こったのか理解した。
恋夜は手で目を抑え、使い物になる程度には復帰した目で周りを見る。
その光景に恋夜は言葉を失う。
暗い闇の世界、黒薔薇姫は淡く光る緑色の茨の植物に覆われ、まるで磔刑になっているかのようだ。だが、その表情は穏やかで、眉間のしわもない今までの黒薔薇姫とは違う。
黒薔薇姫だけではない、この世界を茨が覆っている。
「大丈夫、殺していないよ。だって殺しちゃうと恋夜君が気にするでしょ。あんな屑でも。」
目の前にいるのは侑季だ、だが、容姿、いやそれ以上に心が、侑季であるとは思えない。
「侑季さん、その髪」
「今までずっと拒否して、否定して、避けてきた。眠れない日もあった。でも、それも今日まで、これが本当の私、でも恋夜君のおかげ、これで恋夜君を守れるから、」
俺のせいだ。でも、そうだ今なら間に合う!
恋夜はその手を伸ばし、侑季の頭に触れようとした時、
「恋夜君、何をしようとしているの?」
恋夜の腕に茨が絡みつき、動きととめる、この速度完全に力を使いこなしている。それにこの力、彼女は、このわずかな時間に魔女との融合が深刻なほど進んでいる。
「今ならまだ間に合う、今なら君を救える。」
「救うって何?彼女みたいに、私の記憶も奪うの?恋人の私の記憶を?」
黒薔薇姫の言葉が、記憶が、拒絶が、恋夜の揺るがなかった正義を揺るがす、しかし、
「恋人?大丈夫、全部を失う訳じゃない。とにかく今は早くしないと、その速度じゃ、君は数日中に君じゃなくなる。だからせめて、今日の記憶だけでも。」
「嫌よ。何を言っているの、恋夜。そんな事できるわけじゃないじゃない。」
「侑季さん、落ち着て、君は今魔女に影響されている、いいかい、」
「分かっていないのは恋夜君よ。魔女が何?私は私、やっと本当の私になれた。大丈夫恋夜君が心配するようなことはない。絶対に、絶対に誰にも譲らないこの気持ち。
何も心配することはないわ。私は私のままだよ。」
「違う!侑季さん!魔女はそんなに甘くない!いいか、魔女は!!!!」
恋夜が必死に抗議しようとした瞬間、侑季は問答無用で恋夜の唇を奪う。
柔らかく、優しい、感触。その初めての感覚に恋夜は、戸惑ってしまう。
「侑季さん、何を」
「私を本当に助けたいって思うなら、私を裏切らないで、約束。ね。」
彼女が笑いかけるその笑顔を最後に恋夜は意識を失った。
「今はまだ小さな種だけど、いつか花を咲かせて見せる。恋夜君愛してるわ。」




