黒薔薇姫
「いつまで見てるの男の尻を追いかけるのがあなたの趣味なの?」
「うわっ!」
「……ずっといたわよ。なんでこのタイミングで驚くわけ?」
「す、すみません。お二人の印象が強くて、というより、一緒に帰らなくてよかったんですが?」
「なんで私が、別にあいつらとは都合がいいから一緒にいるだけよ。それに私まだ食べてるし、あなたもせかっくおごってもらったんだから食べたら?伸びるわよ。」
なぜ自分だけこのカウンター席に座ってしまったのか、いや、6人掛けの畳席。男二人の自分たちがあふれたのは必然だが、流星と、恋夜はカウンター。しかもその横には、
「あのイカ天さん。」
「黒薔薇姫」
「は?」
「私の名前、イカ天はノリに付き合ってあげただけ。あまり気に入ってないの」
「黒薔薇姫さん。綺麗な名前ですね。」
黒薔薇姫も本名じゃないだろ、と流星は突っ込みたくなるが、恋夜はそこには疑問を持っていない。気づいていて流しているのか、本気で本名だと思っているのか
「で、何?」
「あ、えっと、忘れてしまいました。ははは。」
「……一つ言っていい?」
「はい、何でしょうか?」
「君らに言おうと思ってたんだけどさ。君らさ、キャラ被ってるよね。」
「どこがだ?」
「まじめ系突っ込みキャラだけどどこかずれてる設定。」
「ボケが多すぎるんだよ。このボケ。」
「流星さん!」
「いいわよ気にしてないわ。弱い犬ほどよく吠えるから。」
「てめぇ!」
「あのバカにその怪我負わされる程度の力しかない。この私に敵う訳ないでしょ。ばーか」
安い挑発に流星は箸を折り、指を鳴らし、黒薔薇姫は頭悪っと聞こえる様に口にする。
「ちょっと落ち着いて、あ!そうだ思い出しました黒薔薇姫さんへの用事!外が暗いままなんですけど解除してもらえませんか、流星さんを連れてすぐに消えますから。」
「そうやって気に入らなければすぐに暴力。どいつもこいつも男はそういう低能ばかり。」
「黒薔薇姫さんも挑発しないで!早く解除してください。すぐに連れ出しますから」
「嫌よ。」
「黒薔薇姫さん!」
「だって約束したでしょ。食事が終わったら続きって。」
コトンと、黒薔薇姫が器を机に置くと、ゆっくりと刀を地面にコツンと突き立てる。
すると電気が消え、闇に包まれ黒薔薇姫の瞳だけが黒く光る。
「最初からあなたたちを逃がすつもりも許すつもりもない。あなた達の不幸はあいつらが私を一人にした事。一人も逃がしはしないわ。リア充ども!!」
暗闇に光る黒薔薇姫の瞳に反応し、流星が構える、が、思わぬ方向からの邪魔に流星は反応する事が出来ず、嫌な音が店内に響く。
「流星さん!」
「無駄よ、おとなしくしていなさい」
目が慣れてくると少しだけ状況を把握できたと全員の周りに黒い何かが現れ、全員の体にまとわりついている。動けない理由はこれだ。
「痛くないわよ。体はね。」
黒薔薇姫は顕現させた呪詛で巻かれた刀を躊躇いなく何度も抵抗する流星に突き立てる。
「流星!!!」
凛清の悲鳴が響くと、うるさいと何の躊躇いもなく、その刀を今度は凛清にも突き立てる。
「嘘でしょ、こんなの、」
「り、ん清」
流星は動かない体で何とか動かそうとする、が、言葉もうまく発せない。
「動こうとして無駄よ。あなたの体は既に呪詛に蝕まれている。なんて脆い、弱い」
「て、めぇよくも、凛清を、殺して、やる!絶対殺してやる。」
「できないって言ってるでしょ、ばーか、それより、そろそろ、あなたの目に何が見える?」
いつのまにか、刺された場所から呪詛が流星の全身に広がっている。
そしてそれが顔にかかったところで、流星の瞳は光を失い。その場に崩れ落ちた。
「ほんと、もろい男ね。こうも簡単に恐怖に支配されるなんて、泣いちゃって情けない。ふーん、そんなにこいつが大事?馬鹿じゃないの、己の無力さで絶望しなさい。」
「流星に何をしたの!」
「あら、あなたまだ意識があるの、どういう体質。まぁ、女の方が恐怖に対しての耐性は高いからかしら。」
「何をしたの!」
「私の刀は人を切るんじゃない。その魂に傷をつける。だからほら、あなたもこの馬鹿も傷口なんてない。魂の傷、普通であればたいしたことはない、時間と共に魂は元に戻る。でもここは私の世界恐怖が支配する。その傷口から恐怖が流れ込んでくる。
人はね。恐怖に対して無力なの。暴力に対しての恐怖、未知に対しての恐怖、そしてこいつみたいに大切な人を失う恐怖。頭の中で何度もあなたを失っている。何もできず、ただ見続けるだけ、あと何回、あなたを殺し続ければ、こいつの心は壊れるかしら。」
流星の頭を黒薔薇姫は踏みつける。
「そして死への恐怖。恐怖に打ち勝つなんてでき話しない。恐怖に対してできる事、それは、恐怖そのものと同化するしかない、私みたいにね。
でもあなたたちにはそんな事はできない。幸せな人生ばかり歩んできた。楽しいことばかり、辛い過去もいい思い出だって言えるあなたたちに!」」
黒薔薇姫は、手にした刀をまるで液体のように二つに分けるとそれをまた二つに、どんどんわけ空中に放ると、まるで意志を持つかのように、全員の体を貫いていく。
死角からの突然の事に誰もが反応できない、はずだった。
だが、ただ一つ、金属音が店内に広がる。
音の主は侑季。いや、ブルーゲイル。あの学園長室に現れたブルーゲイルが一瞬の間に侑季のいる位置に座っている。
「葵ちゃん!」
ブルーゲイルから聞こえてくるのは侑季の声、誰もが納得はできないが状況は理解できた。
「何とか間に合ったわね。よかった。早く逃げなさい。さっきの二人を追って、あの人達の力ならこの世界から出られる。あなたの足には誰もいつけない。」
「なんで、私の攻撃は完璧な死角、対応できるわけない」
「残念。簡単なことよ。自分は、見なくても、侑季のなら見える。私の宝剣はそれで十分」
「宝剣。」
「そう、これが私の宝剣、命に代えても侑季を守る。どこの誰だか知らないけど、侑季には指一本触れさせないわ。」
「どこの誰だか、ですって。そうよね。あなたにとっては、私は知らない誰でもない誰かでしかない。自分の罪も理解せずに、楽しそうにのうのうと生きて、今は正義の味方面」
「?」
「あなたにとってはその程度なんでしょ。顔も知らない。何も知らない。
私がね、一番殺したいのはこの暴力男でも、そこにいるリア充女でもない!あんたなのよ!
薬袋葵!なにあんた、あんだけ恵まれてて、その上魔女の力も与えられて、与えられて!
全く、本当にむかつく!あなたに分かる?中学生でホームレスになった私の気持ちが!
学校にも行けず、人から後ろ指をさされて、気持ち悪がられて。
いいわよね。金持ちは何も知らずに人から優しくされて、何もしなくても人から愛されて。
家もない、学もない、容姿も、性格も何もない、
食べるものもなくて、人目を避けて、誰も関わろうとしない。
関わってくるのは気持ち悪い、人の事を人とも思わないクズばかり、」
「あなた、何を」
「薬袋葵、あんたの父親のせいで私のパパは仕事を失って、私を置いて自殺した。あの日から、私の人生は狂った!みんな私の周りから離れていった、人間なんてそういうものよね。金の切れ目が縁の切れ目、どいつもこつも!この傷を見なさい!こっちも、これも!これも!全部あなたたちのせい!あなたたちのせいで私は心も体も!」
黒いドレスの下にはあざや傷跡がいくつも、それに、彼女が自分の顔に触れ、化粧が落ちた肌も、青黒くあざになっている
「運命ってことを本気で信じたくなったわ。こんなところであなたに巡り合うなんて。
今まで自分を抑え込むのが大変だったわ、本当はあんたを見かけた瞬間に切り刻んでやりたかった。地獄を見せてあげたかった。
人間扱いもされず、実験体として、何度も死にたいと思っても死なせてくれない環境で、絶望の中でこの力を手に入れた。いつか絶対殺してやる復讐してやる。そいう希望の中で私は地獄を生き抜いた、そうしてこの力を手に入れた。世界を壊して、どいつもこいつも不幸にするために!でも、もう今はそんなことどうでもいい。
まさか、あんたに会える日が来るなんて、私と同じ目に合わせてやる。
私みたいに恐怖で髪の毛がなくなるみたいにね。」
黒薔薇姫がかつらを取る。葵に向けられた憎悪の目、知っている目、おおよその事情を察することができた。黒薔薇姫は知らないが、葵も子供じゃない、2代で財を築いた自分の家が仕事で恨みを買っていることを知っている。善悪ではなく、それは仕事上の事であり、それが仕方がないことだと知っていても、だからと言って割り切れるものじゃない。
そう理解していたが、この目の前にいる被害者に対して、葵は同情と罪悪感を感じていた。
その瞬間、葵の体の呪詛が一気に侵食を進めた。
黒薔薇姫は思いっきり、葵の胸を蹴りあげ呪詛の侵食を強制的に止める。
「すぐには壊させないわよ。絶望を与えるにはまだ早い。
あなたには苦痛を与えないと、あんな力で守るなんて、彼女あなたの大切な人ね。」
黒薔薇姫の歪んだ笑顔、侑季を目の前で殺す事を想像し、悦に浸っている。
「侑季!逃げて!!」
葵の言葉に反応し、店の窓ガラスを破り、ブルーゲイルの速度でその場からいなくなった。
「どこに逃げても無駄よ。薬袋葵、待っていなさい。あの子の首を持ってきてあげる。」
黒薔薇姫は黒色の刃を葵の手に突き立てる。その刃は怨霊の拘束具となり、縛り付ける。
「あぁ、それともあなたの目の前で死霊に嬲らせて殺してあげようかしら
その時あなたはどんな顔をするかしら、怒り、それとも絶望。
他の奴らもせいぜい死に怯えなさい。私の力は毒のようなもの、時間と共に魂を食らう。あなたたちもそいつの友達でしょ。だったら同罪よ。地獄を見せてやる」
黒薔薇姫のドレスが亡者の群れへと姿を変え、彼女を担ぎ上げ、侑季を追っていく。




