凶襲2
「駄目よ、流星君、頭を冷やしなさい、自分の体分かっているの?」
凛清はハンカチを取り出し、流星の血をふく。
「こんなのかすり傷だ。」
「私は、あなたがあなたの言うかすり傷以外の怪我をしたところは見た事はないし、そのかすり傷で、何度も死にかけてるでしょ。」
「それは、」
返す言葉もない。
「から揚げさん、戦うつもりはないんでしょ、だったらまずはその武器を下げてもらえませんか?でないと私、本気で怒りますよ。」
凛清の怒りは伝播し、緊張感張り詰め、静寂が広がる。
「君も闘うつもりなのか?」
「必要であれば致し方ありません。流星君は私を守ろうとしてこんなになった、だから、私は流星君に危害を加えるつもりなら、手加減をするつもりはない。」
凛清の周りを赤い魔力が集まり始め、髪も目もうっすらとその赤色の光を帯び始める。
イロハのそれと色こそ違うが、それが何か、過去の経験から恋夜は理解していた。
「凛清、やめろ。」
魔女だと知れるのは得策ではない、今度は流星が凛清を止める。
「止めても無駄よ。この人たち普通じゃない。私が本気にならなくて勝てるとでも」
「……」
どうする、何ができる。ヒナギクに助けを求めるが興味なさげに小太郎の頭を撫でている。
どうやらヒナギクは今回の相手に加勢をするつもりはないようだ。
思考を巡らせ、視線をめまぐるしく映しながら恋夜が解決策を考える中、唐突に、グーッと響き渡る空腹を告げる音が、それは全員の耳に届くほど大きな音。
全員の目線がイロハに注がれる。
「ごめんなさい。」
「……お嬢ちゃん。腹が減っているの?」
イカ天は品がないと見下すように笑いながら、尋ねると、顔を赤くし、早口で返答する。
「あの、大丈夫です、我慢します。」
「ふふふ、かわいらしい子ね、食べちゃいたいわね。その可愛い面が見えなくなる位に」
「ははは、死にゆく者の最後の晩餐よ。兄者」
「殺すつもりはないが、拳を向けられ引き下がるつもりはない、とは言え興が削がれた、よかろう、どうせ逃げられはせん、ついてこい。」
地面のマントを拾い、正しく着た上で不要にマントを翻し、『から揚げ』は振り返る。
恋夜は勝手に歩いていく、『から揚げ』『えび天』の距離を見ると、侑季を抱きかかえ、イロハの手を引き反対方向に走り出す。
他の皆も、恋夜の意図をくみ取り行動しようとする。が、
「無駄よ」
『イカ天』が地面に手をつくと、今までに見た事のない速度で黒く光る魔法陣が瞬く間に広がると、瞬き程の時間でまるで夜かのようにあたりが闇に包まれる。
「逃がさない。絶対に、ここは既に私の世界。恐怖が支配する世界。世界の中心光が降り注ぐのは私。迂闊に闇に近づかない方がいいわ。あの子たちのお友達になっちゃうわよ。」
彼女が指さした先、暗闇で何も見えないが、何かが動いている。
それが何かを察したヒナギクは、目を凝らしてそれを見ようと目を凝らしていたイロハと葵の目を塞ぎ、小太郎も尻尾で侑季の目をふさぐ。
「他の子も見るんじゃない、あれと目を合わせると、引っ張られるよ。お嬢ちゃん、あんた何者だい。あれは地縛霊、いや怨念そのもの。すでに自分が誰かも分からず、ただ感情だけが残り続け、怨と憎、負の感情だけが心の全てを支配する。」
「ヒナギク、ここは、」
「そうだよ、ここはこの世とあの世の境目の世界。生きた人間が足を踏み入れていい場所じゃない。恐怖が支配するなるほど、言い得て妙だね。」
「あら、あなたは?こっちの事情に詳しいのかしら?」
「ここは私たちのようなものが本来いるべき場所。思いが形となり、噂が姿となる、魂の世界。の、一つの世界。でも違和感があるがねぇ」
「そう、ここは、私が支配する鳥籠。恐怖こそが至上の世界。」
「どういう事なんだ、これは?」
「君らが普段いる世界は物理が支配する世界。リンゴを手から放せば地面に落ちる。それは私がやろうと君がやろうとも変わらない。でも君も私もその結果を変えることができる。」
「それは魔法があるから」
「そう、その自然法則を無視したともいえる魔法や私らの妖術なんかが存在する。
魔法の世界を認識し、魔法を使っているそれを極めた者が古代種、魔女だよ。
そして、同じように魂の世界を極めると私たちの妖の世界を認識する。
そういう風に世界は重なり合って、認識することでそれぞれの世界に干渉できる。
魔女は物理の世界よりもより魔法の世界を主軸に、私たちは魂の世界を主軸に存在している。だからこそ、私を殺しても、私は死なない。世界で誰かが私たちを敬い、恐れ奉り、語り続けられる限り世界に存在し続ける。
人を通じて世界が重なる、思いが世界を作る。だけどあの子のこの力は世界そのものを呼び出している。強制的に押し付けている。」
「そう、それも彼女に都合のいいように、彼らは囚われている彼女の檻に、だから鳥篭」
「どうしたもんかね。まさか、私らが引きずり込まれるとはね。」
「大人しくついてきなさい。それとも、ここで鬼ごっこでもしてみる。この世界から逃げるのが先か、恐怖に飲まれ、あの子たちのお友達になるのが先か。」
ヒナギクが頷くのを見て、恋夜は侑季をそっとおろし、イロハの手を離す。
「従います。」
「いい子ね。反抗的な目だけど」
「それともう一つ、手を出すなら俺からにしてください。その目、よく知っている目です。」
「あらあら、ヒーロー気取りかしら、そういうのを見てると、」
「踏みにじりたくなりますか、その歪んだ笑顔。それがあなたの本質ですか、サディスト」
「そういうあなたは自己犠牲、マゾヒストかしら、」
「違うよ。恋夜はサディストだよ。しかも君みたいにファッションサディスト、ファッションメンヘラとは違う。本当のサディストだよ。自分の命さえも何とも思っていない。
快楽を求めた加虐性じゃない。生きることそのものが闘争の中にしか存在しない。
人を傷つけている時、傷つけられている時に初めて命が充足する。そういう化け物だよ。」
「ヒナギクさん、恋夜君をそんな風に言わな、」
「恋夜君はそんな人じゃない!」
ヒナギクの言葉を否定するイロハの言葉を遮り、侑季が感情を高め、ヒナギクに噛み付く。
ヒナギクを睨みつける侑季の目それは本当の怒りを含んでいる。
イロハだけじゃなく、他にもこの子の事を思ってくれる、ヒナギクは思わず口元が緩む。
「……で、どうするの早くしなさい。今この場で殺されたくないならね。」
「ありがとう、ございます。二人とも、僕なんかのために、」
「僕なんかじゃない!」
「です!」
「そうですね。すみません。それじゃ行きましょう。
心配しないで、皆は僕が守ります。いいですね。誰かを守っていいって思えるのは、」
自分が死んでも二人は悲しんでくれる。覚えていてくれるそれで十分だ。
恋夜はここの中の箍を一つ静かに外した。




