番外編~早歩きの関係ない日常~
いろいろと大変な事件が起こりつつも、無事春休みがやってきた。
授業がなく、友人と遊んだり家でダラダラしたり、塾や部活に専念したり。
人によって何をやるかはそれぞれだろうが、概して春休みを歓迎する人は多い。
そんな中、塾にも部活にも入っていない私――桐谷朱音は、この長期休みというのを存外退屈に感じ、早く学校始まれと思う変わり者である。
特にこの春休みを退屈に思う要因として、無駄に量の多い宿題が挙げられる。
私の通う高校は進学校ということもあり、休み期間も勉強をさせようという計らいから多くの宿題が課せられる。だが、個人的にはこの宿題制度に対して違和感が強い。
私としては別にこんなものを渡されずとも、皆勉強はすると考えている。自習をしておかなければ新学期からの学習に遅れるのは目に見えており、相当先の読めない阿呆、もしくは勉学以外での人生計画を考えている者でなければ自らある程度の対策は立てるはずだ。それどころか上位の大学を志望する学生なら、自身の弱点を補強したり、逆に強みを伸ばしたりと、自身に最適な勉強法を考えていることだろう。そんな中で、全員に同じ課題を提供し、学力の均一化を図ろうとする。その行為の意図がどうにもよく分からない。
ここら辺日本は画一的に勉強のできる子を作るのではなく、平均値を揃えようとしている節がある。一体、将来どんな大人たちの集団が形成されることを期待しているのだろうか。
まあそれはともかく、一人で宿題をしても楽しくないしやる気もわかない私は、死んだ目変人の不動瞬と金髪変態の神田眞を誘ってファミレスで勉強会を開いていた――二人は当然宿題など持ってきていないけど。
本日の天気は雨で、窓の外ではざあざあと音を立てて雨が大地に降り注いでいる。
瞬は片手で水の入ったグラスを持ちながら、ぼんやりと窓の外を見つめている。
眞はポテトフライをつまみながら、ときおり私にアドバイスをしてくれる。
そして私自身はオレンジジュースをお供に眞のアドバイスを受けながら、地道に宿題を進めていた。このペースであれば、今日中に全体の五分の一ぐらいは終わりそうだ。
息抜きがてら、私は空になったグラスを持ってドリンクバーに向かう。普段はジュースなどあまり飲まないので、何を飲めばいいのか若干困惑する。今は野菜ジュースやコーヒーなんかの選択肢もあるけれど、個人的にはどちらもパス。子供舌で恥ずかしいが、野菜ジュースのちょっと複雑な味わいや、コーヒーの苦味が苦手なのだ。
私はしばしドリンクバーの前で試行錯誤する。そしてちょっとしたゲームを思いつき、少し寄り道をしてから、数種の飲み物を混ぜたグラスを持ってテーブルに戻った。
「ねえ二人とも。ただ私の勉強に付き合ってもらうのは悪いから、ちょっとしたゲームとかしてみない?」
「遅かったね朱音ちゃん……って、ゲーム?」
眞が少し驚いた顔を浮かべ、瞬は気怠そうにこちらへ顔を向けてきた。
私は彼らの前に持ってきたミックスジュースを置くと、「そう、ゲームよ」と繰り返した。
「朱音ちゃんが自分から勉強さぼってゲームしようなんて提案するの珍しいね。何か変なものでも食べちゃった?」
「別にさぼるんじゃなくてちょっとした息抜きよ、息抜き。それで、やるの、やらないの」
私は腰に手を当て、挑戦的な視線を投げかける。
「別にやってもいいけど、ゲームってそれのこと? そのグラスの中に入ってる飲み物が何かを当てるとか?」
瞬がグラスを指さしながら、退屈そうな声音で聞いてくる。
私は大きく頷くと、自身の持ってきたノートに選択肢を書き出した。
「そうよ。瞬の言った通り、ゲーム内容はこのグラスの中に混ぜられた飲み物を全て当てること。ただここのドリンクは全部で五十種類近くあって多すぎるから、選択肢はここに書いてある七つだけ。
・オレンジジュース(オレンジ色)
・グレープジュース(紫色)
・コーラ(黒色)
・ジンジャーエール(黄金色)
・緑茶(緑色)
・コーヒー(黒色)
・野菜ジュース(オレンジ色)
の七つね。この中のどれが混ぜられているか当てるのが今回のゲームの内容。もしどちらか一方でも正解したらここの代金は全額私が持つわ!」
「別にお金に関しては気にしなくていいけど……でもそこまで自信があるっていうところから、既にゲームの一要素になってるのかな? 僕は参加するけど、瞬君はどうする?」
「……まあ暇だし、僕も付き合うよ」
「よし! ちなみに質問は何でもOK。絶対に嘘はつかないけど、答えられない質問には答えません。それからヒントとして、時間が経つほど私の勝率は上がっていくことを言っておきます。
じゃあ、ゲームスタート!」
勢いよく私はゲーム開始の宣言をする。
勢い込む私とは対照的に、瞬は相変わらず一切やる気のなさそうな顔をしている。だが、なんだかんだこいつは負けず嫌いなところがある。眞があっさり答えに辿り着かなければ真剣に考え始めるはずだ。まあ、その頃にはもう答えを導くのは不可能になってるだろうけど。
ちょっとずるいよなと内心で思いつつも、久方ぶりの勝利の予感に胸が躍るのを感じる。いつも訳の分からない推理談議に付き合わされているのだから、たまには二人に困ってもらって、私だけ楽しむのもありなはず。
と、若干ゲスい考えを抱いていると、眞が手を上げ質問を求めてきた。
「質問、というより確認なんだけど、そのジュースを実際に飲んでみるっていうのはやっぱり無しなのかな? それとどうやったらその色になるか作りに行ってみるとかも」
「うん、それらは禁止。でも匂いを嗅ぐことと、それぞれの飲み物単体の色を確認しに行くのは構わないわ」
「了解。じゃあついでにもう一つ質問なんだけど、混ぜたっていうのは具体的にどれぐらい加えられたものを言うのかな? 一滴だけ入ってる程度でも混ぜられたうちになる?」
「それだと流石にゲームにならないでしょ。あくまで私の目算だけど、このグラスに十パーセント以上加えられた飲み物が解答対象になるわ」
「成る程成る程。じゃあちょっと思考タイムに入るね」
眞は穏やかな表情を浮かべたまま軽く腕を組み、黙考を開始する。一方の瞬は数秒間グラスをじっと見つめた後、こちらも思考を開始したのか再び窓の外に目を向けた。
席はいったん静けさを取り戻し、心地よい雨音だけが鼓膜を震わせる。
その雨音に心を癒されつつ、私は思考をめぐらす二人の顔をぼんやり眺めた。
窓の外を死んだ魚のような目で眺める瞬の横顔。基本的に学校はさぼってるし、来ても突っ伏して寝ているばかりだから、こうしてじっくり顔を見れる機会は少ない。
不登校気味なせいか、死んだ魚のような目のせいか、あまり瞬の容姿に注目する人はいない。でもこうしてじっくり見ると、まつげは長いし、肌は潤いたっぷりで毛穴一つ見えないし、鼻筋もスッとしていてかなりイケメンの部類なんじゃないかと思う。そもそも家柄的には超優良物件なわけで、これで性格がまともというか、もうちょい普通な感じにしていればさぞかしモテるのではなかろうか。
――ああ、でもなあ。
私は少し視線をスライドさせ、穏やかに目を閉じている眞の顔を見つめた。
私基準だと瞬はかなりのイケメンだ。けれどそんな私の目から見ても、眞と比較してしまうと……まあ差は歴然だ。本当に、少女漫画の世界から飛び出してきたんじゃないかと思えるほど、完璧な風貌の持ち主。美しいサラサラの金髪ってだけでも日本じゃ貴重種で、凄い王子様感が強いのに。目鼻立ちも文句のつけどころがなく、立ち振る舞いも見惚れるほどの流麗さだ。
加えて性格も穏やかで優しいから、時々私なんかがこんな対等に接していていいのかと不安に感じてしまう。でもそう感じた直後に笑顔を向けてくるから、そんな悩みなんてすぐ飛んで行っちゃうのよねえ……。
と、顔が熱くなるのを感じ、私は慌てて頭を振って雑念を飛ばす。そしてふと、そういえば制限時間つけるの忘れてたなと思うと同時に、これしばらくドリンク飲めないじゃんということに気付いた。
しかしまあちょっとくらいは別にいいかと考え直し、ポテトフライをつまみながら、自分が持ってきたミックスジュースに目を向けた。
見た目は若干濁ってこそいるものの、基本真っ黒なドリンク。この時点でコーヒーかコーラのどちらかが混ぜられていることはほぼ確定。加えて少し匂いを嗅いでみればわかるが、このドリンクからはコーヒー独特の強い香りがしないことも分かる。つまり最低でもコーラが混ぜられていることが特定できるようになっている。
ただ、問題はそこから。今回は何種類混ぜられているかの指定はしていない。さすがに全七種を入れてしまえばもっと黒色が薄くなるため、多くても五種だと想像できるだろうけど……おそらくそこでどん詰まりだ。少なくとも私にはそこから答えを導き出す方法は思い浮かばない。
このゲームで正解を導くのには、他の視点がいる。
私は今回のゲームの核となる方に視線を送り――
「ねえ朱音ちゃん。このドリンクって飲み物以外の何かが入ってたりはしないよね。例えば氷とか」
「ふえ! あ、ああ。そういうものは何も入ってないわ。例外なしに、さっき見せた飲み物だけ」
「ふむふむ……」
眞は再び虚空に目を向け、思考を再開する。
――ふー、びっくりした。
私は額の汗をぬぐいながら、二重の意味でほっと息を吐く。どうやら眞はまだグラス内のドリンクに気を取られていて、本質には気付けていないようだ。
それに何より、ちらっと見えた感じ、私の勝ちはほぼ確定した気がする。
これで後は二人があがく様をただ堪能するだけ……のはずなんだけど、ちょっと気になることもある。
というのも、二人ともいまだドリンクに全く手を付けていないのだ。確かに飲むのは禁止と言ったが、匂いを嗅ぐとか、温度を確かめるとか、ちょっと揺らして混ざり具合を見るとかやれることはいろいろあるように思う。
瞬と眞の性格を考えてちょっとした罠は仕掛けたけど、それにしてもうまく嵌り過ぎな気が――
「朱音ちゃん、もう解答してもいいかな?」
「同じく」
唐突に、眞と瞬が口を開いた。
あまりにいきなり過ぎて、私は驚いたまま「どうぞ」と口走ってしまう。
すると二人は声を揃えて解答を口にした。
「「混ぜられた飲み物は、グレープジュース・コーラ・ジンジャーエール」」
「………………正解」
私はテーブルに突っ伏した。
* * *
「で、どうして二人は答えが分かったの。なんか私のイメージしてた解き方と全く違うっぽいんだけど」
悔しい。勝利を確信した直後だったのもありなお悔しい。というか本当にどうして分かったのか。まさか当てずっぽう……なわけないよな、この二人に限って。
上目遣いで恨みのこもった視線を向けていると、眞はにこにこ笑いながら、
「朱音ちゃんの性格から」
瞬は少しだけ生気を宿した目で、
「朱音の不自然な行動・発言から」
と、あっさり口にした。
それぞれ異なる点から解答を導いたのが意外だったのか、瞬と眞は顔を見合わせる。しかしすぐに笑顔になった眞が、「瞬君から先にどうぞ」と解答権を譲った。
瞬は「それじゃあ」と言って少し姿勢を正すと、まっすぐ私の目を見つめてきた。
「僕の推理した、『朱音=真面目説』を話させてもらおうか」
………なんじゃそりゃ?
* * *
「朱音は真面目だ。それは二人も納得してくれると思う」
「うん、そうだね」
「ま、まあ、そうかもしれないけど……」
何だこれは? 新手の嫌がらせか?
困惑する私を置いてけぼりに、瞬は推理を進めていく。
「そんな自他ともに真面目だと認定できる朱音からの、突然のゲームの提案。この時点で二つのことが推測できる。一つは、このゲームがフェアであること。真面目な朱音なら、絶対に勝てないゲームを僕らに挑戦させたりはしない。そしてもう一つは、朱音がゲームをしたくなると思う何かが、直前に起きたということ。理由としては、もし真面目な朱音がこのゲームを事前に考えていたのなら、混ぜられるジュースの種類について記したメモを最初から持ってきていたはずだからだ」
「確かに。朱音ちゃんの性格を考えるとその方が自然だよね」
「………………」
「そう。しかしそんな真面目な朱音が提案したゲームは一見攻略不可能だった。混ぜられた飲み物が何かを当てるゲーム。しかし飲むのはダメ。混ぜ合わせてみるのもダメ。匂いを嗅ぐのはありというけれど、均等に入れられているわけでない以上、そこから絞り込むのもほぼ不可能に近い。まさか色彩からの判断を求められているとも思えない。それこそどうして突然そんなゲームを思いついたのかが理解不能だ。となると、そもそもグラスに入っている飲み物に注目することが間違いだと考えられる。またそれを裏付けるように、朱音の行動や発言を振り返るといくつか気になる点があることに気付く」
瞬の推理に、眞が的確な合いの手を入れる。
「混ぜられてる飲み物を選択式にしたこと。各飲み物の色もしっかり記してくれたこと。質問を前提としているとしか思えない、あまりにも短いルール説明かな」
「その通り。これらが示すのは、僕たちがわざわざドリンクバーコーナーを見に行かなくて済むようにしている、ということだ」
……ほとんど見抜かれている。正直これ以上推理を聞かずとも、瞬と眞が今回の仕掛けに気付いた上で正解したことは分かってしまう。
しかしここで素直に負けを認めるのはなんだか癪だ。悪あがきだと分かっていながらも、私はちょっと反論を試みた。
「でも私は、ドリンクバーに行ってそれぞれのドリンクの色を確認することは認めたよね。確かに軽く色の説明はつけたけど、二人が実際にドリンクの色を見にドリンクバーに行く可能性は十分あったんじゃない?」
瞬は眠たげな眼で首を横に振る。
「僕らが朱音の性格を理解しているように、朱音も僕らの性格を理解している。色の情報があり質問もし放題のこの状況で、僕たちがわざわざドリンクの色を改めて確認しにいく可能性が低いことは計算済みだったはずだ」
「まあ瞬君は絶対に動かないよね。動いて情報を集めるのとか嫌いだもんね。それに僕も選択肢にあったドリンクは全て一度は見たことあるものだったから、しっかりイメージできてたし」
「つまり今回のゲームの条件を考えれば、僕らがドリンクバーに向かうことは起こりえない。となればそれは逆説的に、ドリンクバーにこそ今回のゲームの攻略法が隠されていることが導き出せる」
おおよそ言いたいことを言い終えたのか、瞬は少し体勢を崩し深くソファに腰掛ける。それから細くしなやかな指を私に向け、気怠そうに言った。
「とどめに、朱音が最初に話したヒントだ。純粋に飲み物を調べて答えが分かるのなら、このヒントはどう考えてもおかしい。どの飲み物も多少の時間経過で急激な変化を起こすとは思えない。加えて眞の質問から、飲み物以外の何かが加えられている可能性も消えた。ここまでくればドリンクバーがキーであることは確定的。後はドリンクバーの何を知ることでゲームのクリアに繋がるかだけど、それもヒントと、朱音がなぜこのゲームを思い浮かんだのか考えればすぐわかる。
真面目な朱音がドリンクバーにドリンクを取りに行く以外の行動をするとは思えない。つまりドリンクをグラスに注ぐ際にゲームを思い浮かんだということ。そしてドリンクをグラスに注ぐ際に起きる現象は大別して二つ。
グラス内にドリンクが注がれるか、注がれないかだ」
ああ、もう。これは完全にばれている。
普段自分で見つけてきた謎に対しては荒唐無稽な推理ばかりしているのに、こういうクイズやゲームにはぐうの音も出ない完璧な推理を携えてくる。
しかも腹立たしいのが、こういう推理をしているときの瞬の目はそこまで輝かないことだ。誰かによって答えが決められているような問題を解くのは、あまり心が躍らないらしい。
興が乗ってない時ほど頭が働くとかどんな捻くれた精神構造をしているのか。というかあんなふざけた説から推理を進めて解けるとか色々とおかしいだろ。しかも真面目真面目と連呼しおってからに、それ誉め言葉じゃないから! 少なくとも本人の前で何度も言う言葉じゃないから!
そんな風に心の中でグダグダと瞬への愚痴を漏らすも、それで瞬の推理が止まるわけもなく。推理は終幕へと向かっていく。
「もしドリンクが注がれれば、当然朱音はそのままテーブルに戻ってきただろう。勿論そこでゲームを思いつくことはなかったはずだ。つまりドリンクは注がれなかった。中身が空になっていたわけだ。だがそれだけでも朱音が今回のゲームを思いつくにはやや足りないように感じる。というかそれだけじゃあ、今回のゲームを攻略するのは無理だ。実際にはそれ以上の偶然が起きていたと考えられる。
要するに、複数のドリンクが空の状態になっていたのだとね」
全く覇気のない状態での真相の暴露。私は堪えきれずにテーブルを叩いた。
「ああもう正解よ正解! そう、超偶然にもほとんどのドリンクが空になってて、ここに混ぜられたドリンクしかグラスに注げない状況になってたの! だからドリンクバーコーナーを見に行けば必然的に何が混ぜられてるかすぐに判明したわけ! どうせ分かってるだろうから言うけど、ヒントの意味も単純明快! 時間が経てば店員さんがドリンクを補充するから、ドリンクバーに行っても解決はできなくなるって意味だったのよ!」
ヒステリック気味に怒鳴る私を、眞が少し慌てた様子でなだめてくる。
「落ち着いて朱音ちゃん。周りのお客さんの迷惑になちゃうし。それに僕としてはとても面白かったよ。ヒントも絶妙だったし、瞬君が言ってた通りしっかり論理だてて考えれば解けるようになってたし。短時間でこんな問題を作れるなんて本当に凄いと思うな」
「別に慰めいらないし! ていうか眞は瞬とは違う推理で分かったんでしょ! もうさっさと言っちゃってよ!」
悔しさから切れ気味に眞に詰め寄る。
眞は少し周りに視線を送った後、穏やかな笑みを向けてきた。
「瞬君と違って全然大した推理じゃないんだけどね。さっきまで朱音ちゃんはオレンジジュースを飲んでたでしょ。だからたぶんオレンジジュースはもう飲まないだろうなと思って。それから朱音ちゃんが野菜ジュースとかコーヒー嫌いなのは知ってたから、消去法的にあの三つかなって。たったそれだけの、推理とは呼べないような当てずっぽうだよ」
「あう……」
なんか、急に恥ずかしくなってきた。
いくらクイズとはいえ飲めない物作ったら勿体ないから、嫌いなドリンクを混ぜる予定はなかったけど……そういう私の心理を完全に見透かされてるみたいで凄く照れ臭い。
というかこれじゃ瞬が言った通り真面目過ぎる。多少は割り切って、味なんか気にせずに作ればよかった。いやまあ、そんなことしても解かれてたことに変わりはないのだけど……。
悔しいやら照れくさいやら悲しいやら、複雑な感情がグルグルして私はテーブルに突っ伏す。
するとそんな私の耳に、今までの話を一蹴する驚くべき一言が流れ込んできた。
「「まあ、今のは全部後付けなんだけどね」」
「……は!?」
がばりと勢いよく体を起こす。
そしてこちらを見つめる二人の顔を交互に見てから、「ど、どういう意味?」と聞き返した。
瞬と眞は互いに顔を見合わせ、それから再度声を揃えて言った。
「「ずっと見てたから」」
「ず、ずっと見てた!??」
パニックから頭がくらくらする私をよそに、眞はにこにこしながら頷く。
「朱音ちゃんがドリンクバーに行って、そこでドリンクが出なくて右往左往してる姿はとっても面白かったよ。それが突然何か思いついたみたいで笑顔になって……まさかこんなゲームを思いついてたなんて気づかなかったよ。やっぱり朱音ちゃんは見てて飽きがこないよね。まあそんなわけで、何が入ってるかは最初から知ってたんだ」
瞬は窓を指さしながら言う。
「僕は眞と違ってそんなもの好きじゃない。ただここの窓ガラスに朱音の姿が反射してて、勝手に視界に映り込んでただけ」
「な、な、な……」
何がちょっとずるいかも、だ……
何が勝利の予感、だ……
何が二人のあがく様を堪能する、だ……
完全に二人の掌の上で踊らされていただけじゃん……。
本日三回目。私は音がするほど強くテーブルに突っ伏した。
何もしてないのに色々と気力を奪われ、凄く疲れた気がする。正直勉強をする気も起きなくなってきた。
「もう今日はこれぐらいにして、後は遊ぶかー」
「うん、いいんじゃないかな。ここでずっと話してるのもあれだし、僕の家でも来る? 怪奇現象がらみのDVD観賞会とかどうかな!」
「いや、それはちょっと遠慮したいんだけど……」
眞のやばいスイッチが入りそうになり、私は少し引きながら首を横に振る。
とはいえ、たまには眞の家に遊びに行くのも楽しいかもしれない。眞の家は少し変わった物品が多く置かれ、いわくつきの博物館みたいな内装をしている。失礼かもしれないけど、お化け屋敷に行くみたいでワクワクするものがある。
それに雨が降っていて外で遊ぶのは厳しい。瞬も反対しないだろうし、眞の家で遊ぶってのは最良の選択肢かもしれない。
私は心の中で眞の家に行くことを決め、カバンから財布を取り出した。
「じゃあ約束通り、私が負けたからここのお代は払うから。そしたら眞の家に――」
「さっきから、窓の外に変なことをしてる人がいるんだよね」
唐突に、瞬が余計なことを言い出した。
直感的にこれはまずいと、私の額を冷汗が伝う。
――頼む、頼むから思い違いであってくれ!
しかし私のそんな期待をあっさりと打ち砕くかのように、瞳をこれでもかと輝かせた瞬は、さも楽し気に言葉を続けた。
「この雨の中、青い合羽を着て、何度も道を早歩きで往復している人がいるんだよ。でもその人は、どういうわけか手には閉じたままの傘を持っていて――」
――ああ、また始まってしまった。
今度の議題は『傘を持った雨合羽の男』。どうやら今日という日は、このファミレスの中で終わってしまいそうだ……。
→『早歩きする青服』に続く