早歩きする白服
「朱音は今回のテストどうだった?」
全てのテスト返却が終了し、私が大きく伸びをしていると、友人の鈴原沙耶が話しかけてきた。
今日は学期末試験のテスト返却日。
私――桐谷朱音の通う高校は試験最終日が必ず土曜日になるよう設定されており、その次の次の日、つまり二日後の月曜日にテスト返却日なるものが存在する。
その日はテスト返却と、テストの解説だけで一日が終了する。さらにテストが全て返却され終わると同時に、校舎入ってすぐの掲示板に成績上位者(上位三十名まで)の名前と点数、順位が書かれた順位表が張り出されるのだ。
テストに自信のある者はテスト返却後自分が何位だったのかを確認するため、すぐさま順位表を確認しに走りだす。
私も点数がよかったときは心躍らせながら順位表を見に行くのだが、今回は正直良くも悪くもない微妙な結果だった。そのため見たくない、しかしやっぱり見ておきたいという複雑な心境であり、第一群が走っていくのを横目に見つつ席に座っていた。
「ううん、今回はまあまあかなあ。格別難しいとは感じなかったけど、ちょうど力入れてたとこが出なくて。トップテン入りは絶対に無理だろうって感じかな」
沙耶は小動物じみた小さな顔を膨らませ、「むー」と唸った。
「トップテン入りは無理でもどうせ成績上位者には入ってるんでしょ。私なんてかなりボロボロで……ぎり補修にはならないだろうけど、来年からの授業についていけるか不安になっちゃったよ」
「沙耶は地頭がいいんだから大丈夫だよ。ちょっと娯楽を断って、ちょっと勉強に専念すればすぐ上位に入れるって」
私の軽いアドバイスに、沙耶は膨らませた頬をしぼませ机に突っ伏した。
「それができないから困ってるのにー。来年からは多少受験のことも気にかけなきゃだし、今から憂鬱だよー」
「まあいざとなったら私が鬼指導でビシビシ勉強見てあげるから、あんまり不安がらなくても大丈夫よ。と、それじゃあそろそろ私も順位表見に行ってこようかな」
「うー、じゃあ私も鬼教官の結果を見に行かせていただきます」
返却された答案をファイルにまとめてから、バッグの中に収めていく。沙耶はとっくに帰宅準備ができていたため、私が支度を整え終わると、連れ添って廊下に出た。
順位表を見に行くまでの道中、何人か泣きながら廊下を歩いている生徒とすれ違う。
余程結果が悪かったのだろうかと同情の視線を投げかけていると、沙耶がふと口を開いた。
「そういえば今回のテストって物凄くカンニングとか不正行為が多かったらしいよ。うちは成績のよしあしでかなり待遇変わるからねえ。ついつい不正行為しちゃう人が毎回一人か二人はいるけど、聞いた話じゃ今回は十人近くいたとか」
私は驚いて、つい大声で復唱してしまう。
「十人も! 不正行為がばれたらそれこそ待遇最悪になるっていうか、場合によっては退学とかもあり得るのによくやるわね。私なんてリスク考えちゃうから、むしろやりたくてもできないんだけど」
「そりゃ朱音は不正なんてしなくても点取れる実力あるからさ。そうじゃない凡人は時に誘惑に負けちゃうんだよ。皆朱音の彼氏みたいに天才じゃないんだからさ」
「ちょっ! 彼氏って誰のこと! 瞬は別に彼氏なんかじゃ――」
「べっつにー。朱音ご執心の瞬君のこととは一言も言ってませんけどー」
「う、いつも言っているけどそういう話は――」
唐突に厄介な話題にシフトしてしまい、私は顔を真っ赤にして反論しようとする。
けれど、私たちの会話をかき消すような大声が、前方から聞こえてきた。
* * *
「あり得ない! 今回も全問正解なんて……絶対イカサマしているに決まってる! 僕は認めない! 絶対に認めないからな!」
「別に君に認めてもらわなくても構わないんだけどさ。そんなに疑うんだったら君が解けないような難しい問題を何か出してよ。この場ですぐに解いてあげるから」
「ぐ……、今すぐにはそんな問題は用意できないし……」
「なら別に今日じゃなくてもいいよ。いつでも君が好きな時に挑んでくればいいから」
「う、うるさい! 仮に今度僕が用意した問題を不動君が解けたとしても、それは今までのテストで不正を行っていない証明にはならないだろ! 大体ほとんど毎日学校にも来ないでフラフラしている君が、毎日十時間以上勉強している僕よりテストの点が高いなんてどっからどう考えたっておかしい! 理不尽だ!」
「まあまあ。瞬君はちょっと人より頭が良い人だから仕方ないんじゃないかな。それに照馬君だって今回も全科目九十点以上で学年三位じゃないか。十分誇れる素晴らしいことなんだし、気にしなくたっていいと思うよ」
「う、うるさいうるさい! 君だってそうだ神田君! 君も真面目に勉強なんてしていなさそうなのに、毎回僕よりも高い点数を取るなんて! ただでさえそんなイケメンフェイスなのに頭まで良いなんて反則だ! 二人とも何か卑怯な手を使っているに違いないだろ!」
耳に飛び込んできた喧騒から、何やら聞きなれた声が聞こえてくる。どうやら喧騒の原因は勝手知ったるあの二人らしい。
私は沙耶に軽く頭を下げ荷物を任せると、喧騒の中心に飛び込んでいった。
* * *
「ちょっとちょっと何の騒ぎ! ていうか瞬、学校来てたんだったら挨拶ぐらいしに来なさいよ」
「おはよう朱音。いやさ、一応テストが満点だったことを確認しておこうと思って今来た所だったんだよ。あ、そういえば朱音順位下がってたよ。今回は手を抜いたの?」
「うぐ、前回より二つも順位下がってる。……別に今回はちょっと調子悪かっただけだし。次はまた挽回するし」
「あはは。ダメだよ瞬君。朱音ちゃん意外と順位のこと悔やむタイプなんだから。ただでさえ勉強し過ぎてるのに、より頑張っちゃって体壊しちゃうよ」
「そうなの? 朱音。勉強ばかりしてるとせっかくの高校時代勿体ないし、勉強は量じゃなく効率を重視した方がいいよ。実際僕も眞もあんまり勉強してないけど学年トップだし」
「そうそう。せっかくの青春時代なんだから、勉強ばかりしないでもっと遊び倒さないと」
「く、この天才共が……!」
相も変わらずの天才二人の戯言に、私はわなわなと拳を震わせる。
しかし私の鉄拳が二人を制裁するよりも早く、(若干忘れかけていた)この喧騒の原因を作ったもう一人が、頬を上気させ私たちの間に割って入ってきた。
「ふ、ふざけるな! 学生の本分は勉強だ! 君たちみたいに勉学を軽んじていいはずがない! それにやっぱり、そんな風に勉学を軽んじる君たちの成績が良いなんてありえるはずがない! カンニングとか捏造とか、絶対に不正行為を行っているはずだ!」
のっけからかなり失礼なことをかましてきたこの男。クラスが同じであり、ある意味瞬や眞と同じくらい有名なため、私も当然知っている。
今時古いのではないかという七三分けに、厚底の丸メガネが特徴的ないかにも優等生っぽい男子。実際彼は優等生で、一年ながら生徒会の副会長を務め、先生方からの信頼も厚い。何より、瞬と眞に続く、定期試験で常に三位をキープする秀才。学校中の誰もが一目置く、清水照馬その人である。
* * *
「ちょっと清水君。流石にそれは言いがかりじゃない。瞬や眞が不正行為をしたなんてどこに証拠があるのよ。ただ単にいちゃもんつけてるのなら、二人に失礼だから謝ってくれない」
二人の友人として、その暴言を看過できず私は目を怒らせて清水を睨み付ける。すると彼は、なぜか頬を染め焦った様子で一歩たじろいだ。
「しょ、証拠は……そうだ! あれだ、あれが証拠だ! 僕は学期末試験の前日、夜遅くに忘れ物をしていたことを思い出して学校に来たのだけれど、その時に白い服装の幽霊みたいなのを見かけたんだ!」
幽霊という言葉に、ぴくりと金髪変態の肩が震える。
これはまずいと思い清水の口を塞ごうとするも、彼は興奮した様子でさらに余計なことを口走る。
「その幽霊みたいなやつは僕の姿を見ると、早歩きで逃げていったんだ。あれが先生や普通の学生だったらわざわざ逃げていくはずがない。何かやましい目的――例えば解答用紙を盗みに来るみたいな犯罪行為をしていたに違いない! きっとそこで解答を見ていたから君たちはこんな高得点が取れたんだ。そうじゃなかったらあのテストで満点なんて――」
「すと――――――――っぷ! ちょっと一旦口閉じて!」
私の勢いに気おされて、清水は口を閉じる。
私は嫌な予感を抱きつつも恐る恐る隣を見て――死んだ魚の目をこれでもかと輝かせた変人と、ピー(放送禁止用語)を握りしめ頬を上気させた変態の姿を視界にとらえた。
やはり間に合わなかったかと悔いる私の目の前で、変人変態コンビは興味深げにつぶやき合う。
「深夜の学校に現れる白衣の不審者……」
「人が来たのを見て逃げだした……」
そして二人で声を合わせて、
「「実に興味深い!」」
と叫んだ。
お決まりの展開に、私はこれでもかと大きなため息をつき肩を落とす。
今回の議題は『深夜に学校を徘徊する不審者』。またどんな馬鹿な話が展開されることやら。
* * *
生気に満ち溢れた変人変態コンビを押し留めるように、まず私が機先を制した。
「取り敢えず清水君。それって見間違いだったりしないの? というか仮に見間違いじゃなかったとしても、白い服の不審者を見ただけでそれが瞬や眞だってこと確認できたわけじゃないんだよね? だったらかなり失礼な言いがかりだと思うんだけど」
(清水への)怒りと(変人変態への)焦りを漲らせ、私は彼に詰め寄る。清水はなぜか一層顔を赤らめながらも、必死に言葉を紡いだ。
「そ、それは確かに二人の顔を見たわけじゃないが……。でも桐谷さんだっておかしいと思わないかい! 君も僕と同じでしっかり授業を受け、人一倍勉強しているじゃないか! なのにそんな君よりもこの二人は遥かにテストの点が良い! 何かイカサマをしているとは思わ――」
「思わない」
清水が言い終えるより早く、私はきっぱりと彼の言葉を否定する。
勿論心情的には清水の言葉に頷きたくはある。実際瞬と眞と三人でいるときなんかはその鬱憤を文句としてぶつけていたりするわけで、実のところ清水とそんなに変わらない。
でも私は知っている。彼らが純粋に頭が良いだけで、不正の類など一切行わない人間であることを。瞬も眞も他人の妬み嫉みに負けることなく、(ちょっと歪みはしたものの)誰よりもまっすぐに生きていることを。
だからこそ腹立たしくもあるけれど、友人として非常に誇らしくも思っている。
そんな二人を憶測だけで一方的に貶めようとする行為。黙って許してやることなどできようはずもない。
私はさらに語気を強め、清水に迫った。
「ねえ清水君。あなたこそ二人の苦しみとか考えたことあるの? 純粋に自分の実力で成果を挙げても、それを卑怯だ反則だと言われ好かれるどころか嫌悪される。だからと言って手を抜けば、今度は俺たちを馬鹿にしているんだろとか文句をつけられ嫌われる。
人より優れた才能を持っていようとも、それは彼ら自身が望んだ結果じゃない。努力せずともできてしまうために、周囲の誰からも共感を得られず一人孤独に苛まされる人の気持ちを、ちょっとでも考えたことがある? もしそんなことを一度も考えずに、一方的に自身の嫉妬をぶつけようとしているなら――」
「朱音。もうその辺でいいよ。別に筋の通らないいちゃもんつけられるなんて日常茶飯事だし――何より、彼の話について是非もっと聞いてみたいから」
ぐは。
肩に手を置かれ、耳元で制止の言葉を囁かれ、二重の意味で私は体を震わせる。
元々瞬がこうした他人からの評価に興味がないことは知っているけれど、私の方が我慢できずついつい言い返してしまう。その度こうやって止められるのだけど、今回はその止められる原因がまずい。
ここは学校で、しかも順位表の目の前。周りには多くの生徒が集まっており、場合によっては教師だって来るだろう。
そんな中で、瞬はともかく眞がいつもの調子で推理を始めてしまったらどうなるか。気絶者多数のカンニングなんて目じゃない大事件に発展してしまう――というか既に何人か、推理モーションの眞を見て目を見開いている人がいるし。
しかし私のそんな心配には当然気付かず、瞬は目を輝かせて清水に質問を始めてしまう。
「それで清水君。君が見たっていう不審者は白い服装以外にどんな特徴があったのかな? 夜遅くと言っていたけど具体的にそれは何時ごろの話? 目撃した現場は一体どのあたり? 君に気づいた後早歩きで逃げ出したというけど、逃げた後に関する情報は? 追いかけてみたりはしなかったの?」
瞬の質問攻めに清水は目を白黒させながら口ごもる。
まあそれもそうだろう。わざわざ自分をかばっていた相手を黙らせて、自身の悪事に関する話に興味津々で食いついてきたのだ。戸惑わない方がおかしい。
結局清水は、瞬が引く気配を見せないため渋々話し出した。
「……特徴と言えるほどの特徴は特になかった、というか分からないよ。電気が消えてて暗かったし、それなりに距離が離れてたから顔とかも全然わからない。正確な時間は覚えてないけどだいたい八時から九時頃だったはずだ。目撃したのは僕らの教室近くで、逃げ出した後は階段を上って二階に向かって行ったよ。その時は多少不審に思った程度だったし、明日のための勉強もしたかったから特に追わなかったけど……」
「もし追ってたら僕か眞だったはずだって言いたいわけだ」
清水はやや目を逸らしながらも、こくりと頷く。
質問攻めを行った瞬はというと、「朱音たちの教室は一階の端の方……。階段のすぐ近くではあるけど、非常用の出口もあるから単に逃げるなら――」とぶつくさ呟きつつ推理を始めたらしい。
さて、清水君の口封じという形での推理合戦防止に失敗した以上、ここからはいつも通り瞬たちが納得する推理を先に披露し、議論を止めなければならない。
今回の目標は眞に推理をさせないこと。
私はさっそく口を開いた。
* * *
「取り敢えず言わせてもらうけど、それって普通に先生だったんじゃないの? もしくは警備のおじさんとか。早歩きで逃げたように見えたっていうけど、単にその人の足が速かったからそう思えただけかもしれないし。あとそれが解答を盗みに来た生徒だったとしたら、最初から私たちの教室の近くじゃなくて二階にある職員室に向かうはずでしょ」
最後は清水をじとりと睨みながらの発言。瞬は全く気にしていないみたいだけど、私はまだ怒ってるんだからね!
私に睨まれ委縮する清水を見て、心がちょっとだけ落ち着く。それから今度は瞬に視線を送り、言った。
「あとその不審者が生徒でも先生でもない外部の人って線は限りなく低いと思うのよ。高校にお金なんて置いてる学生は普通いないだろうから、盗人が入ってきたりもまずしないでしょ。まあ女子高生の体操着を目当てにやってきた変態の可能性はあるかもしれないけど、そう言ったやばい犯罪者だったら早歩きじゃなくて走って逃げると思うし。もしくは襲い掛かって来るとか。だからそのどちらもしなかった時点で、犯罪者の可能性はないと思うのよね」
『犯罪者』の部分を強調して話を締める。
瞬の悪癖――ありとあらゆる出来事を犯罪と絡めて考える変人思考――をいち早く封殺し、話を終息に持っていく狙い。基本的に瞬がむやみに話を広げなければ、眞が推理をすることはない。是非ともここで食い止めたいところだ。
すると瞬は、顎に手を当て「一つ、確認しておかないといけないな」と呟いた。
「清水君。改めて確認させてもらいたいんだけど、その不審者は本当に早歩きをしていたのかい? 朱音が言うようにちょっと歩くのが早いだけじゃなく、走るほどではないものの急ぐ様子を見せていたと、そう解釈できる動きをしていたのかな」
自分から振った話題ながら、ただの説明係に落ち着き始めた清水君。瞬と眞の馬鹿話に人を巻き込むのは本意ではないが、こと今回は彼の責任も大きい。存分に働いてもらおう。
必死に記憶を掘り起こそうとしているのか、清水は戸惑った様子で視線を彷徨わせつつ、あたふたと答える。
「た、確かに早歩きで逃げていったんだ。単に歩くのが早かったわけじゃない。それに僕の方に顔を向けてから、慌てるように反対側に向かって行ったんだ。警備員や先生なんかじゃなかったと思う」
「ふむ、早歩きで逃げていったことは間違いない……そうすると朱音の考えはほとんど棄却されるね。とはいえ朱音の言う通り、走って逃げなかったことからただの犯罪者だとは思えない。なぜ走らずに早歩きで逃げたのか……」
今回は簡単には考えが思い浮かばないらしく、瞬は悩まし気に眉をひそめている。
これはもしや、もう一声犯罪者だとしたらおかしな点を挙げることができれば、瞬に推理させることなく話を終えられるかもしれない。
なんだかうまく事が進みそうな予感がして、私の心が晴れやかになる。しかしその直後、
「白衣の不審者……その正体は宇宙人に違いないよ!」
という変態の叫び声を聞き、晴れた心は一瞬で曇り陰ってしまった。
* * *
「僕は前から思っていたんだ! もし宇宙人が地球に偵察にやってきたとして、真っ先に確認する場所はどこか。それはまず間違いなく学校だと思うんだよ!」
英国貴族を想起させる秀麗な顔をポッと赤らめ、ピー(放送禁止用語)を握り締めたまま身をくねらせる変態。
甘いマスクだけでなく学力・運動と共にトップの成績で、しかも性格まで非常に紳士的であり非の打ち所がない。それが神田眞という男であり、学校には彼のファンクラブすら存在する。
しかし実態はこのようにオカルト話に性的な興奮を覚える変態。
普段とのあまりのギャップに、この姿の眞を見たファンたちがどうなるかと言えば――
「ああ、こうなってしまったか……」
周囲で私たちの騒動を見物していた女子学生の大半(あ、沙耶も倒れてる)と一部の男子が白目をむいて崩れ落ちていく。ぎりぎり意識を保っている者も何人かいるようだが、例外なく口を半開きにして絶句しているか、驚愕からか目を見開いて体をふらつかせていた。
騒ぎを聞きつけてやってきた女教師もまた、眞の姿を視界に捉えた瞬間、口を何度かぱくつかせ――白目をむいて気絶した。
もはや兵器と呼んでも過言ではないのでなかろうか?
眞の脅威過ぎる変貌具合に、私は背筋が寒くなるのを感じた。しかし当の本人及び瞬はそんな周りの様子など目に入っておらず、楽しい推理談議を開始していた。
「宇宙人が学校にやって来るね……その理由も気になるけど、僕としては眞が不審者を幽霊だと考えなかった理由を先に聞きたいね。学校で夜遅くに現れる白い服を着た何か。清水君も幽霊のようなと言っていたし、オカルト好きなら宇宙人じゃなく幽霊だと推理しそうなところだけど」
「瞬君。確かに白服の幽霊は定番だけど、現代においてそうした幽霊が現れたなんて話は皆無なんだよ。そもそも白服の幽霊がよくイメージされるのは、日本では死者に白装束を着せており、それゆえ死後の姿も最後に着ていたものだろうと人々が想起してしまったために過ぎない。他にもかつての有名な絵師が白装束の幽霊を描いたりとか、日本の有名なホラー映画の幽霊が白服だったからとか、もろもろの理由があったりするけど。いずれにしろ、これらは現代の幽霊には全く当てはまらない。今は必ずしも白装束じゃないし、そんな白服の幽霊の目撃情報は皆無。それがここに来て唐突に出現する理由はないからね」
「ふうん。眞が幽霊じゃないと考えた理由は分かったよ。じゃあ次は宇宙人なんて発想に至った理由だね。今の話を聞いたうえでも、やっぱり幽霊の方が宇宙人よりかは蓋然性があると思うんだけど」
「ふふふ。それじゃあいよいよ、僕の推理を聞いてもらいましょうか」
より一層顔を赤らめ、熱い吐息を漏らす変態。
周囲には累々と死体(気絶者)が築き上げられ、この場に立っているのは既に私たち四人だけ。さっきまで何とか意識を保っていた者も結局倒れたり、現実を受け入れられない様子でふらふらとどこかに行ってしまった。
この事態を招いた張本人である清水は、驚きと責任感が拮抗しているのか、周りの惨状に青ざめた顔をしながらもぎりぎり気絶はしていなかった。とはいえ、これからの二人の会話についてこれる理性は既になさそうだけど。
諦観からかどこか冷めた目で周囲を眺める私とは対照的に、眞が熱く語り始める。
「今回の件で僕が重要視した点は、不審者が逃げた方向なんだ」
* * *
「実はもう一つ、今回の不審者を僕が幽霊だと考えなかった理由がある。知っての通り幽霊は死者の魂であり、見た目生者と違いがなくとも肉体を持っているわけじゃない。そのため物をすり抜けて移動することだって容易のはずなんだ。しかし今回の不審者は清水君を見た途端、壁をすり抜けるでもなく姿を消すでもなく歩いて階段を上っていった。これは不審者の正体を霊だとした場合かなり違和感がある。最近この学校で人が死んだなんて話は聞かないから、死んだばかりで生きていた頃の癖が抜けていない幽霊と考えるのも難しい。よって幽霊だという考えはほとんど棄却される。しかし、階段を上って逃げたという点から、幽霊とは異なる新たな考えも浮かび上がる!」
眞は時折びくびくと体を震わせながら、推理を続ける。
周囲の気絶者とは違い耐性がついているものの、あくまで耐性がついただけでありダメージはしっかりと受けている。
そんなわけで私は徐々にひどくなる頭痛から逃れようと、一旦眞の姿を視界に捉えないよう視線をそらす。
図らずも眞の真の姿を拝むことになった清水は、脳が考えることを放棄したのかどこか呆けた顔つきになっている。
彼は推理合戦の終わりまで意識を保っていられるかどうか。
そんなどうでもいい考えで頭痛を和らげ、私は再度眞の推理に集中した。
「僕たちの教室のすぐ近くには、外に出るための非常口が存在する。もし不審者がただの人間犯罪者なら、当然そちらから走って逃げたはずだ。しかしこの不審者はそうはせず階段を使い、一見脱出がより難しそうな状況に自らを追いやった……。しかし、不審者の正体が宇宙人であり、UFOに乗って屋上からこの学校にやって来ていたとしたらどうだろうか! 当然逃げるために向かうのはUFOを停めてある屋上であり、階段を上って行くことへの不審さは消えてなくなる! 加えて早歩きで逃げていったという点! UFOを乗りこなし宇宙の彼方から地球にやって来れるような科学技術をも持った宇宙人は、大抵知能が優先され肉体は劣った姿で描かれる! そして今回の宇宙人もその例に漏れず身体能力は著しく低かった。そのため走って逃げてはいたものの、清水君の目からは早歩きしているようにしか見えなかったのだよ!」
* * *
ひと際高らかに叫び、体をビクンと振るわせる。
これはもしやピー(放送禁止用語)したのではなかろうか?
私の頭痛が勢いを増し、そしてついに清水が現実を受け入れられずその場で崩れ落ちた。
唯一そんな眞を一切気にかけない瞬だけが、活き活きとした笑みを浮かべ、眞の話についていく。
「成る程ね。階段を上って行った理由。早歩きをしていた理由。どちらも実に合理的に考えられている。しかしそうすると一つ疑問があるね。清水君が見た不審者は白服を着ていたという。僕のイメージとしては宇宙人が服を着ていたりはしないと思うのだけど、その辺はどう考えているのかな?」
疑問なら他にもっと大事なことがあるのではないか? そう思うも、早く議論を終わらせてほしいから何も言わない。
眞は笑みを深め、ピー(放送禁止用語)から手を離し指を三本立てた。
「それに関しては僕に三つ考えがある。一つは地球人に擬態するために、敢えて服を着ていたというもの。もう一つは宇宙人の肌が白色で、清水君は宇宙人の地肌を服と勘違いしたというもの。最後は宇宙人が白く発光しており、その光を服だと勘違いしたという考えだ。とはいえこれに関しては確かめる術がないから、議論を深めるのは難しいだろうね」
「そうだね。じゃあもう一つだけ。眞は最初に宇宙人は学校を訪れるものだって言ってたけど、その理由を教えて欲しいかな」
「これは難しい話じゃないんだけどね。宇宙から地球の偵察にやってきた宇宙人がいたとして、まずどこを見るのか。相手の科学技術が分からない以上、お偉いさんがいそうな場所や警備の人がいる場所には迂闊に近づけない。おおよその技術力は車や建物を見ていれば分かるだろうけど、それにしたってどこまで原理を理解して作っているのか、どんな物質を使っているのかはきっと分からない。となれば、子供たちの学び舎を調べるのはかなりいい手段だと思うんだよ。基礎的なことは全てここで学べるし、最終的に彼らの敵となり得るのは次代の子供たちだからね。偵察としては十二分の成果が得られると思うんだ。あと、少し別視点で言うなら屋上があることも学校を選ぶ要因になると思うんだ。宇宙船のサイズは分からないけど、偵察機ならかなり小型の可能性はある。とはいえそれを人様にばれずに止めておくとなると場所はかなり限られる」
「田舎ではあまり情報が得られないだろうから都会で。人目につかず宇宙船を置くこともでき、有益な情報も得られる場所。確かに学校はうってつけかもしれないね。つまり今回の事件の真相は、地球の調査に来た宇宙人が学校を調べている最中清水君に遭遇し、逃げ去ったという事件だというわけだ」
「その通り! 瞬君、朱音ちゃん、何か反論はあるかい!」
ようやく一通りの推理が終わった。
私が今考えていることは、純粋にこの議論を早く終わらせ、皆の目を覚まさせること。現在進行形の話として、この惨状を見て、そして眞の姿を見た人が次から次に倒れており、被害が拡大している。
いい加減誰かが警察や救急者を呼んでいても不思議ではない状況になっている。
だから個人的に今の話を聞いて思った、なぜその宇宙人がよりによってうちの学校にいたかとか、偶然とはいえあっさり見つかり過ぎじゃないのかとか、そもそも宇宙人なんているのかよ的な意見は胸の中にしまっておく。実際ここら辺は決着がつけられる話ではないし、議論を長引かすことにしか繋がらないだろうから。
なので後は、瞬がこの意見に満足して推理を止めてくれれば助かるのだけれど――
「うん、いつも通りユニークで面白い推理だとは思ったけど、やっぱり僕としては納得できないな。何せ、その推理よりも遥かに合理的な推理を思いついているからね」
やっぱり終わる気配はない。
変態のターンが終われば当然今度は変人のターンがやって来る。
瞬は目を輝かせて口を開いた。
「それでは僕の、『犯人=麻薬密売人説』を話させてもらおうか」
* * *
「実は僕も眞と同じ点に疑問を抱いた。それは、なぜ不審者は逃げる先として階段を選んだのかという点だ。清水君の話が正しければ不審者が逃げようとしていたことは間違いない。なのにすぐ外に出るのではなく学校内にとどまる道を選択した。朱音が言ったように、盗人だとか殺人鬼だとかって考えは無理がある。
なら犯罪者である可能性は皆無なのか? いや、僕はそうは思わない。不審者の目的がまだ完了しておらず、学校にいる必要があったのだとすれば。例えば人と待ち合わせをしており、今学校を出るわけにはいかなかったとすれば。外に逃げず学校内を逃げる可能性もあると思う。
そしてここで重要となるのは、やはり不審者が走るのではなく早歩きで逃げたことだ。もし夜の学校で、人に見つかったからとダッシュで逃げていく男がいたらどう思うか。多少は犯罪の香りを感じ取り、警備員や先生に報告の一つでもするだろう。しかし相手が早歩きで逃げていったら? さっきまで僕たちが推理していたように、そして清水君が事実見逃してしまったように、違和感を覚えどそこまでの危険を感じずスルーしてしまうだろう。
さて、そんな頭のよく、そして学校にとどまる必要性のある犯罪者とは一体何か。それは麻薬密売人だと考える。
学校というものはかなり特殊な場所だ。国に縛られない独自の考え方を持ち、基本的に警察含め外部との関係が非常に希薄。裏取引をするにはもってこいの場所だと言える。一応学校に監視カメラが取り付けられてはいるものの、これは問題が起きた時の確認用であり、二十四時間チェックされてはいない。深夜にこっそりと麻薬密売人を呼び、静かに取引を終えればばれることなどまずあり得ない」
「ちょ、ちょっと待って瞬! それってまさか、この学校の教師に麻薬を買ってる人がいるってこと! それはいくら何でも……」
諦めの念から黙って最後まで聞いているつもりだったが、話が変な方向に進んだためつい口を挟んでしまう。
相も変わらず瞬の推理は否定ができないだけの妄言推理。正直気にするほどのことではないと思うけれど、やはり身近な誰かが犯罪者かもしれないという考えは、ちょっと放ってはおけなくなる。
それに万が一にも瞬の話が事実であれば大問題だ。麻薬を買った教師から、今度は私たち学生が被害に遭う恐れもある。
しかし否定してほしいと思う私の気持ちとは裏腹に、瞬は自説の正しさを補強していく。
「必ずしも教師とは限らないが、教師が相手だとすれば麻薬密売人が二階に逃げたことにも頷ける。職員室は二階にあるのだから、匿ってもらおうとでも考えたんだろう。それにこの事件が起こった日にちも大事な要素の一つだ。学期末試験の前日というのは部活動が禁止されているし、そうでなくともテスト前日は多くの生徒が最後の詰めをするために早く帰る。裏取引をするには絶好の日にちということになる。ついでに、この日を選んだことからも、学校の関係者が取引相手だった可能性が高くなる」
「そ、そんなのって――」
「な、なんだこの惨状は! おい、誰か救急車を呼んでくれ!」
瞬の推理に反論しようとした直後、体育教師の叫び声が聞こえてきた。
私はとっさに声のする方に顔を向け、忘れかけていた状況のヤバさを思い出した。
死屍累々と気絶者を築き上げたその中央で、ふざけた推理合戦をしている三人組。もしこんなところを、(眞の変態姿を見ても気絶しない)教師にばれたらどうなるか。
私が慌てて「この状況どうしよう!」と二人を振り返る。だが既に、そこには二人の姿はなくなっていた。驚いて周囲を見回すと、脱兎のごとく校庭を走り去っていく二人の姿が。
――あの野郎ども、さんざん好きかってやった挙句私のことを置いて逃げやがった!
沸々と湧き上がる怒り。しかし彼らを追いかける前に先生に見つかり、「これは何事か!」とこってり絞られることになった。
* * *
我が校で後に伝説として語り継がれる『大量学生アブダクション事件』。テスト返却日に順位表の前に集まっていた学生が(一人を除いて)全員気絶しており、目を覚ましたのち気絶する直前の記憶をすべて失っていたことから、その名前が付けられた。
唯一その事件の真相を知る生徒、というか私は、勿論犯人である二人に制裁を加え(先生には話さなかった)、埋め合わせとして春休みにいろいろと約束を取り付けさせてもらった。
そんな事件から数日が経った、とある学校登校日。私は授業が終了すると同時に、ある生徒を校舎裏に呼び出していた。
「お待たせ。えと、それで何の用かな桐谷さん?」
どこかそわそわとした様子でやってきたのは、うちの学年トップスリーの一人である清水照馬。
私は笑顔で彼を迎えると、「この前の話に決着をつけておきたくて」と切り出した。
「この前の話……? えっと、僕達何か話してたっけ?」
「清水君、本当に覚えてない? 瞬と眞が不正行為をしたといちゃもんをつけて、挙句には試験前日に見た白服の不審者が二人のどっちかだって話したこと」
「え……」
清水は一瞬呆けたような顔をした後、徐々に当時の記憶を思い出したのか、顔を青ざめさせていった。
どうやら無事、当時の記憶を思い出してくれたらしい。
私は笑顔を引っ込めると、眉間に皺を寄せて彼に迫った。
「ほんと、あの日は余計なことしてくれたわよね。清水君のせいで瞬と眞が推理を始めちゃって、眞の姿を見た生徒がどんどん倒れて。最後まで現場に残ってた無実の私がこってり先生に絞られることに。ほんと、よくあんな作り話をしてくれたわね」
「つ、作り話って、なんのこと……」
「ああごめんなさい。半分作り話で、半分事実ってのが正しいかしらね」
「え、なんで……!」
顔を青ざめさせて清水は一歩後ろに下がる。
その態度を見て私の考えが間違いじゃなさそうなことを確信すると、私は二歩踏み込んで、堂々と彼の顔を指さした。
「だってあなたの話、怪しさ満載だったもの」
「ど、どこか……」
真っ青な表情で全身を震わせる清水に対し、「それはそうでしょう」と私はうそぶく。
「瞬や眞が色々と推理してたけど、そもそもの話よ。宇宙人にしろ外部の犯罪者にしろ、人に姿を見られたくない奴らが、どうして夜遅くの校舎に白い服なんて着てくるのよ。普通少しでも目立たなくなるよう暗い色の服を着てくるでしょ。白服を着ていたって時点でそいつが盗みや他の迷惑行為をしに来た犯罪者だなんて考えなかったわ。
でもその一方で、不審者が早歩きで逃げたと話したのが気にかかった。早歩きで逃げるなんてパッと思いつく作り話としては詳細過ぎ。きっとこの話は、事実を脚色して作ったものなんだろうなと想像できた」
ゴクリと喉を鳴らす清水を見て、自分の推理がより確固たるものになっていくのを感じる。
ここで私は敢えて、「そういえば今回のテストって不正行為を行った生徒が多かったらしいわね」と大きく話題を変えた。
「いつもは精々一人か二人のところ、今回は結局十二人も見つかったとか。まあ学期末試験だからいつもより焦っちゃった人が多くいたのかもしれないけど、それにしても正直多すぎると思う。だからちょっと見方を変えてみたの。今回はカンニングする人が多かったんじゃなくて、カンニングを見つけられるよういつもより対策が施されていたんじゃないかとね」
この学校のテストは難しい。そんなことはもうわかり切っていること。だからついつい誘惑に負け、カンニングを行ってしまう生徒はいる。
実際友人から聞いた話では、消しゴムにどうしても覚えられない英単語や漢字の、全部でなく一部だけを書いておき、試験開始と同時に答案に写し、その後文字の書いてある部分はこすって証拠隠滅、とか。ありがちだけど物を落として拾う際、ちらりと隣の答案用紙を覗き見る、とか。使用する筆箱に英単語や漢字が書かれている物を選び、テスト中の参考にする、とか。そんなちょっとしたカンニングを行ったことのある人が意外と大勢いるらしい。
それに事実かどうかは知らないけど、ネットを見ればさらに多くのカンニング方法が出てくる。
まあ何が言いたいかと言えば、これぐらいならばれないし問題ないだろうと思ってカンニングを行っていた者が、今回のテストでは一斉に見つかったんじゃないかと、私はそう考えたのだ。
そして、そんなことになった理由と言えば――
「カンニングを発見するために、隠しカメラや盗聴器なんかが仕掛けられたんじゃないかしら。勿論生徒には内緒で。そして清水君は、先生がそれらを取り付けている現場を目撃してしまった。教師が夜に学校にいることはおかしなことじゃない。だけどそういう理由で教室の出入りを行っており、そこを学生に見られたとしたら。当然ばつの悪い思いがして、向かってくるでもなく走って逃げるでもなく、早歩きで逃げるんじゃないかしら。
因みにこれを裏付ける要因としては、どうして清水君が今回に限って瞬と眞にかみついたのかって点もあるわよね。学期末試験だったからと言えなくもないけど、それ以上に監視カメラや盗聴器が仕掛けられていることに、その一件から清水君は気づいたんでしょう。だから今回、今まで異常な点数を叩きだしてきた二人の化けの皮が剥がれてるはずと期待して順位表を見に行った。
でも実際にはあの二人は教師に呼ばれることもなく、いつも通り高得点を叩きだした。これまでは二人がカンニングしているんじゃないかと考え、どこかで心を落ち着けてたけど、いよいよそのよりどころがなくなり、あの二人に食って掛かってしまった。そんな所でしょう?」
語りつかれて、私はふうっと息を吐き出す。
順位の低い人たちからすれば、常に上位に位置している人がどんな気持ちでいるかなんてわからないだろう。抜かされまいと思うプレッシャーと、どうしても勝てない相手への敗北感。ついつい歪んだ目で周りを見てしまう気持ちは、分からないことではない。
私の推理は見事当たっていたのか、清水は力なく地面に座り込む。それから悔しさをにじませた表情を浮かべ、誰にともなく呟きだした。
「だって、信じられなかったんだ。僕は幼少期から勉強漬けで、勉強ぐらいしか自信の持てることなんてなかった。勿論僕よりも頭のいい奴がいるだろうことは理解してたけど、きっとそいつらは僕よりもさらに勉強している奴らだと思ってた。なのにそれが……学校にも来ないで遊び歩いているような奴と、勉強だけじゃなくなんでもできるイケメンなんて、不平等すぎる……」
「あー……」
大切な友人に文句を吹っ掛けられ苛立ってはいたものの、その苛立ちが収まってくると、徐々に同情が強くなってきた。というよりも、彼の考え自体はいつも私が感じていること。神はなんて不平等なんだと、私だってことあるごとに突っ込んでいる。
しかしいくら不平不満を言ったところで、才能が降って湧いたりはしない。
凡人は凡人であることを認め、ただ自分を信じて努力を続けるほかないのだ。それに私たちに才能が宿らずとも、天才共の才能が尽きることはあるかもしれないのだし――これも歪んだ考えかな?
いずれにしろ、彼らに並び立つためには、地道に努力し続けるしかないのである。
私は少しはにかみつつも、座り込んだ清水に手を伸ばした。
「でもさ清水君。私、あの二人のことは尊敬しているけど、それ以上に清水君のことを目標にしてるんだよ。清水君が二人に負けないよう努力してるの知ってたから、私も諦めずに頑張ろうと思えてた。あの化け物二人にも、努力し続ければ清水君みたいにいつか並び立つことができるんじゃないかと、そう考えて、清水君を目標に私は勉強してるんだ。だからさ。妬みとか僻みとかそんなマイナスな感情じゃなくて、純粋に勝ちたいっていうプラスの気持ちでもうちょっと頑張ってくれないかな。そうすれば私も、もっと頑張れる気がするからさ」
心の中にしまっていた言葉を吐きだし、気恥ずかしさから若干顔が赤くなる。
清水は呆けた様子で私の顔を見つめた後、「うん」と小さく呟き、私の手を取った。
ps.和解した後、私は清水君も、瞬と眞と行く予定だった遊園地に誘ってみました。てっきり勉強するからと断られるかと思っていましたが、快く応じてくれました。今から春休みが楽しみです。