早歩きする赤服
クリスマスなので書いてみました
「……ごめん。おそらく聞き間違えたと思うから、もう一度だけ言ってくれない?」
私は声をひきつらせながら、幼馴染みであり変人の不動瞬に問いかけた。
瞬は、普段見せないようなキラキラした目と共に再度繰り返す。
「だから、今日これから三人でサンタクロースを捕まえに行こうっていったんだよ」
「そう……サンタクロースを捕まえに行くの……」
ああ、なんてことか。半ば分かりきったことではあったが聞き間違いじゃなかった。
せっかくのクリスマスイブ。世間では恋人や友人、家族と楽しい一時を送っているであろうこの日に、どうしてサンタクロースを捕まえになどいかねばならないのか。
私は大きくため息をつくと、本日12月24日『クリスマスイブ』にてこんな下らない話を聞くまでの経緯を思い起こした。
* * *
「ねえ二人とも、明日の夜って予定空いてる?」
授業が終わり、ほっと肩の力を抜いて帰り支度をしていると、唐突に瞬が喋りかけてきた。
普段は学校に来ることさえ珍しい瞬が、さらに珍しいことに話しかけてきたことに驚きつつ、私は首を縦にふった。
「まあ、特に用事とかはないわよ。家でケーキでも食べながらゴロゴロしようと思ってたくらいだし」
「僕も特にないかな。今年は母さんも仕事で帰って来ないから家に一人だしね」
私の隣で金髪変態こと神田眞も頷いている。
そんな私たちの返答に満足したのか、瞬は目を輝かせながら、
「じゃあ明日の夜7時に僕の家に集合ってことで。それじゃあまた明日ね!」
そう一方的に告げ走り去っていった。
私と眞はお互い顔を見合わせた後、こぞって首を傾けた。
* * *
と、早くも回想終わり。まあそういうわけで、瞬に言われた通り私も眞も瞬の家に集まり、彼の口から招集の理由を聞いているのが今この瞬間。で、その理由はサンタクロースを捕獲しようなんて言う下らない話だったわけだ。
元から何か期待していたわけではないというか、瞬の目が輝いていたことからろくな想像はしていなかった。とはいえ今日はクリスマスイブ。もしかしたら、という期待をしてしまうのは乙女として仕方の無いことだと思うし、がっかりしてしまうのは仕様のないことではないだろうか。
私は二人に聞こえないように小さくため息をこぼす。
当然そんな私の様子に気づかない二人は、こちらを気にすることなく着々と話を進めていた。
「サンタクロースを捕まえる、か。とっても面白そうだし僕は是非協力したいと思うよ。でも、どうして今年に限ってそんなことを思いついたんだい? 何かサンタクロースを捕まえないといけない事情でもできたのかな?」
「まあね。ただ、眞が思っていることとは少し違うな。確かにサンタクロースを捕まえる事情はできた。でも正確には捕まえるのはサンタクロースじゃない。サンタクロースの格好をした不審者を捕まえにいくんだ」
瞬の発言にピクリと私の肩が震える。これはあれか、また瞬の悪癖が出てしまったのか。
私の予想を裏付けるがごとく、瞬は子供のような無邪気な笑顔と共に今日の議題を発表した。
「実はここ数日、サンタクロースの格好をした白髭のおじさんが早歩きでこの住宅街を歩き回っていて……」
今日の議題は『住宅街のサンタクロース』。クリスマスっぽいと言えばぽいのかもしれないが、これから始まるのはいつもと変わらぬ馬鹿議論。
ああ、今日もまた私の青春の1ページが下らない議論に塗りつぶされてゆく……。
* * *
「普通にサンタの格好したただのおじさんだと思うんだけど、それじゃ駄目なの? クリスマス前だし別に不思議じゃないと思うんだけど」
私は投げやりに、瞬が詳細な説明をする前に解答を提示した。
「日本人って何やかんやクリスマスもサンタクロースも大好きだし、今はどこのお店でもこの時期になるとサンタのコスプレをしてるじゃない。まあ住宅街に出現するなんて変だと思うけど、浮かれた雰囲気に充てられたどっかの家のおじさんがサンタの格好で出歩いちゃっただけだと思うわよ」
常々思うことではあるがすっごくどうでもいい。住宅街にサンタの格好をした変質者がいようともそれが何だというのだ。まさか『IT』に出てくる殺人好きのピエロじゃあるまいし、放置しておいたからと言って何か危険があるとも思えない。それでも気になるというのなら警察にそれとなく通報しておくくらいで十分だろう。もし本当に危険な相手なら、それこそ私たち学生が出る場面ではない。
だからこの答えで満足してくれると嬉しいのだが――まさか瞬がそれで納得するわけもない。すぐさま反論の声が返ってきた。
「相変わらず朱音の意見は的確だね。その答えを聞けば十人に九人は納得してしまうと思うよ。だけど、その考えは間違ってる。以前にも似たような話をしたことがあったけど、今回もその時と一緒でね。問題なのは、サンタの格好をした男が住宅街を早歩きで移動していたことなんだ。もし朱音の言う通りそのおじさんがクリスマスの雰囲気に浮かれてサンタコスをしていただけなら、彼が早歩きする必要性は何もない。どっちかっていうとサンタの格好をしている自分を見せびらかすためにゆっくりと歩くか、もしくは大声を上げながらテンション高めに走り回っているはずだ。少なくとも早歩きなんて中途半端な速度で歩くことはないはずだよ」
理路整然としている、とまで言わなくとも大きく間違っているとは思えない返し。今回も例によって早歩きしているかどうかは瞬の主観的な見方でしかないけれど、そこに突っ込んでいては話が進まない。
私は大人しく両手を上げ、ギブアップの構えを示した。
「降参よ。瞬の言ってることは正しそうだし、今の意見は取り下げるわ。それよりサンタを捕まえに行こうなんて言い出したってことは、もう瞬の意見はまとまってるんでしょ。時間がもったいないから早く話してここから解放してくれると助かるんだけど」
「まあまあ朱音ちゃん。理由は何にしろ大好きな瞬君とクリスマスイブに一緒にいられるんだからもっと楽しまないと。でも、僕も瞬君がどんな推理をしてみせたのかは気になるな。ちょっと展開が早い気もするけど教えてくれるかい?」
眞の言葉を聞き、私は顔を真っ赤に染めながら文句を言おうと口を開く。が、私が言葉を発するより早く、瞬が自説を展開し始めた。
「そうだね。あんまり時間をかけているとどんどん夜が更けてくし、さっそく僕の推理を聞いてもらおうか。今回僕が考えた説、それは『サンタ=強盗説』だ」
* * *
「なんていうか、今回は普通の推理ね。サンタの格好をした不審者がクリスマスに乗じて強盗しようとしてるってのは、私でも想像できるレベルだけど」
「確かに、瞬君にしては比較的まともだね。何か他に面白い推理は思いつかなかったの?」
すぐさま私と眞からがっかり(?)した声が漏れる。
別に瞬が作り出すトンデモ話を期待していたわけではないが、ありきたりな推理が出てくるのは少し意外――というか瞬らしくない。話としても盛り上がりに欠けるし、わざわざそんな推理を聞かせるために呼び出したのだとしたら今すぐ帰宅したい所である。
私たち二人からまさかそれで終わりじゃないんだろ的な視線が瞬に向かう。ところが瞬は、いつもほど目を輝かせず、淡々と話を続けてきた。
「まあ、二人がそう思うのも仕方がないね。でもそんなありきたりな考えが今回僕が導き出した真実なんだ。
昼間からサンタの格好をして住宅街を歩く。一見不審な行動にも見えるし、もし強盗の下見をするのならサンタの格好なんて目立つ姿は避けるべきだと思うだろう。でも、これは犯人が考えた巧妙な罠だ。
朱音が言ってくれたようにクリスマス期になるとサンタの格好をした人はどこにでも現れる。だからサンタの格好をした人がいてもほとんどの人は気にも留めずに通り過ぎる。でも、ごく少数ではあるけどサンタの姿を目にしたら喜んで話しかけに行く人たちがいる。
それは、子供だ。
住宅街をサンタ服でぶらぶらと歩けば、今の時代そこまで多くはないとはいえ興味を持って話しかけてくる子供もいるだろう。何せ日本の大人たちは科学を妄信しているくせに子供には夢を与えようと、堂々と非現実的なことをあたかも現実にあるかのように話すからね。そう言えば朱音って、つい一年前までサンタがいるって信じて――ごめん、悪かったよ。だからそんなに叩かないで。
ごほん。少し話がそれたけど、日本の子供の中にはサンタが現実にいると思い込まされている人もまだ一定数いる。そんな彼らがサンタに話しかけ、もしプレゼントを渡しに行くために家の鍵を開けておいてほしいとか、君の部屋へ行くために家の構造を知りたいなどと質問されたら。きっと素直に頷き答えてしまう子もいるだろう。
そうしてクリスマスまでに忍び込むのに最適な家を作り出した犯人は、今日の深夜、ついに計画を実行させる。だから、何としても僕たちで彼が強盗に及ぶ前に捕まえなければならないんだよ」
* * *
普段瞬が話すとんでも推理よりはるかに現実味がありそうで、一瞬私は言葉に詰まった。
今回もいつもと同じく根拠なんて何もない。だから本当にそんなことを考えた犯罪者がいる可能性なんて決して高くないし、そんなのを信じるのは馬鹿だと思う。しかし、もしかしたら本当にそんなことを考えているヤバい奴がいるんじゃないかと、頭の隅で不安になってしまう。
実際に私達でそいつを捕まえに行くというのはナンセンスとしても、念のため警察に通報するくらいはしてもいいのではないか。私がそんな不安を感じ、瞬の言葉に反応できないでいると、不意に眞が口を開いた。
「うーん、悪いけど僕はその考えには共感できないな。瞬君の考えには、決定的におかしなところがあるから」
「へえ。僕としてはこの推理に結構自信があるんだけどな。だから普段と違ってそれを確かめるために実際に動こうと提案してるわけだし。それで、どこが間違ってるのか教えてくれないかな?」
瞬の挑戦的な瞳を受け、眞はゆっくりと頷く。そしてなぜか私の方に視線を向けると、穏やかな声で反論を開始した。
「これは瞬君が朱音ちゃんの意見を否定したのと同じことなんだけどさ。サンタの格好をしていた男が早歩きしていたというのが、今の君の考えを否定する根拠になるんだよ」
* * *
普段彼が推理するときのような変態性は一切なく、聞く者の心を穏やかにするような暖かな語り。私は自分の心が徐々に落ち着いていくのを感じながら、眞の話に耳を傾けた。
「もしそのサンタが早歩きすることなく、公園のベンチでただぼんやり佇んでいたのなら瞬君の話を信じても良かったんだ。でも瞬君の話では、そのサンタは早歩きをしていた。このことが何を意味しているかって言うと、それは誰かが話しかけづらい雰囲気をサンタは醸し出していたってことなんだ。
大人に全く物怖じせず、誰にでも気軽に話しかけられる子供は存在する。でも、ほとんどの子供は見知らぬ大人というだけでも話すのを委縮し、場合によっては泣いてしまうものなんだよ。そんな彼らが早歩きをして何やら忙しそうな大人に話しかけることなんてできると思うかい? 瞬君の考える強盗犯としても、わざわざ子供が話しかけづらい雰囲気を作る必要なんてないはずだろ。早歩きなんてしてる暇があったら、公園のベンチに風船でも持って座っている方がはるかにましだ。それにその強盗は、自分に喋りかけてきた子供の家を狙うつもりでいるんだから、わざわざ盗みに入る家の下見を行う必要性もないからね。
それから、万が一瞬君の考えているような強盗犯がいたとしても、そいつの計画はまず間違いなく失敗する。理由は二つで、一つはサンタと話したことを親に黙っていられる子供はほとんどいないだろうってこと。もう一つは、子供にクリスマスプレゼントを渡すために親も遅くまで起きてるはずだから、子供がサンタの言いつけ通り家の鍵を開けようとしてもすぐ親にばれるからだ。
そんなわけで瞬君の推理は間違ってるし、仮に事実だったとしても僕たちが動くまでもない。ね、だから心配しなくていいよ朱音ちゃん。僕たちは純粋にクリスマスを楽しんでいれば、それで幸せな明日がやってくるんだから」
* * *
ドキッ
童話の世界の王子様のような笑みを向けられ、私の心臓が張り裂けそうなくらい高鳴る。
常々眞が他に類を見ないほどのイケメンであることは分かっていたが、もう十分耐性がついていると思ったのに。やはり今日がクリスマスだからか。普段よりも数割増しでかっこよく見えてしまうものなのか。落ち着け私。あくまでも目の前にいるのはオカルト大好きな変態男だ。そう、見た目はいいけど中身は変態の……。
一人必死に心を落ち着けようと努力していると、いつの間にか早歩きするサンタの話は過ぎ去り、眞がサンタにまつわる怪談について変態的なポーズと共に話し出していた。
そんな彼の姿を見て一瞬にして平静を取り戻した私は、その後日付が変わるまで二人の馬鹿話に付き合わされることになった。
* * *
さて、『住宅街のサンタクロース』についての話が終わり、12月25日『クリスマス』がやってきた。
サラッと瞬に暴露されていたが、私はつい一年前まで本気でサンタクロースを信じていた。というのも、私の親と瞬の親が結託して、それはそれは巧みにサンタの存在を信じさせられていたからだ。なぜ瞬の親までもが私のサンタ事情に関与したかと言えば、それは瞬が三歳の時点ですでにサンタの正体を看破してしまっていたから。
サンタの振りをして子供を喜ばせるという夢を捨てられなかったらしい瞬の親は、その代わりとして幼馴染の私に目をつけ――まあつい一年前まで信じ込まされていたわけだ。因みに眞は早々に親からサンタの正体を明かされ、代わりにサンタにまつわる伝説をプレゼントされたらしい。
で、もはやサンタなど信じていない大人になった私は、朝起きたときに枕元に置いてあったプレゼントにも特に驚くことはなかった。まだうちの親はこんなくだらないことをやっているのかと、軽くため息をついただけだった。
だが、綺麗に包装された包みを丁寧にとり剥がし、プレゼントされたものを見た私は瞬時に硬直した。
入っていたのは、短い文章が書かれた二枚の手紙と、私の誕生石が装飾された綺麗なブレスレット。
それは全く想像していなかったもの。というか、想像していなかった相手からのプレゼント。
私は数分間硬直し続けた後、顔を真っ赤にしながら身支度を素早く済ませ、学校へと走っていた。
P.S.テレビでやっていたことだが、今年のクリスマスは各地でサンタの目撃情報があり、親が関与していないプレゼントを送られた子供が多数いたとか。まさか瞬が目撃したのが本物のサンタってことは――あるわけないよね?