#1 アホっ娘とおじいちゃん
さんさんと輝く太陽、澄んだ空、無邪気に戯れる鳥の群れ、風に揺られる咲きたての花、そのすべてがこの世界に春が訪れたことを告げていた。
「今日もアホみたいに平和ね」
アホみたいな言葉遣いの少女はそう呟いた。
少女の名前はリーシェ、アホだけど根っこは優しくて、金色の髪がチャームポイントのかわいい十五歳の女の子だ。
「ふんふんふふふーん」
リーシェは、お気に入りの花柄リュックを背負って家を出た。鼻歌を口ずさんで、なんだかちょっぴりご機嫌だ。
なんたって、今日は年に一度、ヴァン王都で『春のヴァン祭り』が催される日。彼女はアホなので、騒がしくてわちゃわちゃしたお祭り事が大好きなのだ。
リーシェの家は王都からちょっぴり離れているため、王都へ向かうには小さな森を抜けなければならなかった。
「何食べよっかな~、焼き林檎、竜肉ステーキ、魔法飴~♪」
アホは食欲旺盛らしい。
よだれを垂れ流しながら歩いているうちに、リーシェは森の入口に着いた。
目の前には、無数の魔法植物が広がっている。先は薄暗くてあまり見えない。
でもリーシェは怖がらずに進む、王都に行くときはいつも通っている道なので慣れているのだ。
道中、毒キノコを食べてしまったり、誰かに後をつけられている気配がしたが、無事森の中腹に辿り着いた。
そして切り株に座って一休みする。ここは気味こそ悪いが、魔法の力が満ち溢れているので、魔法使いのリーシェにはもってこいの休憩場所だった。
「へふぅ~~~~~~~~~~~~」
お年頃の女の子とは思えない声を捻り出してリーシェは立ち上がる。「さぁ再出発だ」とリーシェが一歩を踏み出すと、
リーシェの服が消し飛んだ。
もう一度言おう。
リーシェの服が消し飛んだ。
「ひょ?」
リーシェは自分がすっぽんぽんになっているのに気付く。
それとほぼ同時に、何者かに体を掴まれ押し倒され、のしかかられるの三連コンボ。
仰向けになったリーシェの上に覆いかぶさっていたのは、小太りのおっさんだった。
「金髪の全裸少女ゲットぉ……デュフフコポポォ…、これも『衣服のみを消し飛ばす魔法』のおかげですなぁ………ジュルルルル」
「ちょっ、なによあなた!? どいてよぅ!」
捕まってしまったリーシェは、猿のように叫び、じたばたもがくが、興奮状態の成人男性の力に敵うはずもない。徐々に抵抗する力も無くなり、おっさんの魔の手に落ちていく。
「うぅ…」
「おや?もう抵抗する力も無くなってしまったようだねぇ…デュフフッ。僕、女の子の絶望した表情を見ちゃうともっと興奮しちゃうんだよぉ…コポォッ」
そう言って、おっさんはにゅるりと舌を出してリーシェの頬を舐めようとする。
リーシェは目をゆっくり閉じた。
────あぁ、あたし、ここで終わっちゃうんだ。
──思えばアホみたいな人生だった。「かっこいいから」というだけの理由で魔法使いを目指したものの、アホすぎて初等魔法学校で二年間留年し、挙句の果てには退学、その後、独学で魔法をマスターしようとしたがめんどいし飽きた。両親には見捨てられ、なんとか野菜とか魚を売って生計を立てていたが、「あたし何の為に生きてんだろ」みたいな事をいつも三十秒に一回くらい感じていた。
もう終わりでいいや、どうせ生きててもいいことないし、こんな身体くれてやるよ──
その時である。
リーシェに乗っかっていたおっさんが吹き飛んだ。
吹き飛んだ、だけではない。余程強い衝撃を受けたのか、恐ろしい速度で真っ直ぐ飛ぶおっさんの身体は、空気との摩擦で燃え上がっていた。
おっさんロケットは、轟音を上げながら魔法の木を十本ほど貫通、地面を抉って頭から突き刺さった──そしてピクリとも動かない。
──リーシェは、さっきまで閉じていた目を丸く見開き、おっさんを吹き飛ばした者の姿を驚きの形相で見つめている。
「ちょいと強くしすぎたかの」
────そこに立っていたのは、禿頭のおじいちゃんだった。
「お嬢さん」
その声は温もりと優しさを帯び、それでいて、少女の不安を一気に拭い去るほど心強いものだった。
「怪我は、ないかな?」
「──────えっ、は、はい」
返答が遅れてしまったのは、見蕩れてしまっていたからだろうか。
「取り敢えず、これを着なさい。風邪をひいてしまう」
そう言って、纏っていた変な上着をかけてくれた。
────あったかい、それと、なんだか懐かしい香りがする。
「さてお嬢さん、おうちはどこかな?その格好では帰るのにも一苦労だ、儂が送ろう」
「えっ、はい、森の外側……、あっちの方です」
リーシェは森に入ってきた方角を指差す。
「ほぅかほぅか、じゃあ、しっかり掴まっておれ」
「え?掴まってって──」
次の瞬間、あたしは空高く飛んでいた、小さなおじいちゃんにお姫様抱っこされながら。
かなり高く飛んだのか、向こう側に王都が見えた。まだ空が明るいにも関わらず、花火がたくさん打ち上げられている。
「昼なのに花火が上がっておる。ここは変な世界じゃのぅ」
少女は、頬を赤く染めながらおじいちゃんを見上げる。
「あっ、あのっ、おじいちゃん、今日はお祭りの日なんですっ。もしよかったら、後で一緒に行きませんか…? そうだお礼!助け貰ったお礼がしたいので!!」
そう、今日は春祭りの日──それに、少女の初恋の日でもあった。