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犯された菫/Violette

作者: 坂里 詩規

 消えない傷の黒ずんだ染み  打ち萎れた菫の花びらに 

 純潔の血の飛沫が  蒼白く光る月明かりの下 

 薄紫に染まったあの日の記憶を  彼女に呼び起こす。

 虚空に伸ばす細長い腕を震わせて  その純白の肌を橙色に

 染め上げる暖炉に焼べられた  薪の立てる哀しい音色に 

 一つまた一つと頬伝う  悔恨の涙を絶やさずに。


 大地を激しく穿つ雨の柵に  知らぬ間に閉ざされ 

 世界を見失った彼女。  激しく吹きつのる風に翻弄され 

 背中を押され身を委ねた  男の野蛮で無骨な大きな胸の中

 赤らめた頬をうずめる彼女の  危険な誘惑の香りに屈した 

 疑う目を知らぬ心の微妙な揺れ。  瞬く間に消えてしまった 

 彼女を引き止めるはずなのに  羞恥、悔恨、罪悪の感情の手が。


 固く閉ざされた扉を  執拗に何度も激しく叩き 

 取り乱した叫び声を上げる  傷を負った女たちの風は

 彼女を引き離そうとする  純白の絹の褥の寝床から。

 男の酷薄な眼差しに射抜かれ  小刻みに震え戦いて 

 密かに引き上げるその絹の褥に  鮮やかに艶かしく 

 浮かび上がる  彼女の律動する純潔の裸身の輪郭が。


 誰にも止められない  砂時計のように無慈悲に無思考に

 ただ流れ落ちるだけの時間を。  重くのしかかる男の肉体 

 抗う術を知らない彼女は  悲しくも海に深く沈む。

 瑪瑙色に荒立つ獰猛な海は  軋む岩塊の乳白色の海藻の襞に 

 しがみつく波しぶきを  その潮が引いていくと 

 荒々しく握りしめた  凪いだ波に滴る汗を垂らしながら。


 盛り上がった乳房の尖端  心の哀しみに悶える乳首を 

 欲にまみれた乱暴さで吸いつく  下劣な男の醜い唇が 

 忽然  桃を頬張るように齧りついた  嫌な涎を垂らしながら。

 その時  沈痛な彼女の前に  悔恨の熱い波が大きく打ち寄せ

 傷跡の残った乳房を涙で洗い落とす。  打ち震える彼女の頬を

 やさしく撫でたのは  甘味な香りを放つ菫の花。


 彼女は過ちを犯した  何も知らない我が身の心の囁きに唆され。

 間違った男に魅せられた菫  その花びらが彼女に映し出す

 恥辱と憎悪に駆られ  菫の花瓶を振り下ろす青白い我が身の姿を。

 血の海となった褥の上  黒ずんだ血痕を頭部に残したまま 

 ぐったりと力なく倒れる  大きく見開いた男の目線の先にあるのは 

 細いなおやかな足元に横たわる  飛翔した血に汚された菫の花だけ。 


 傷を負った女たちの風は  いつの間にか鳴り止みそして深める 

 血塗られた菫の夜の静寂を。  その時轟いた  ラッパと太鼓が

 雲に覆われた夜空の彼方から  幾筋の光線の雨を降らしながら。

 痛手を負った菫を愛の歌で抱擁する  女たちの歓喜と笑いと踊りは

 血の香りに酔いしれて告げる  菫を犯した悪辣な男たちよ 

 待っているからな  我ら女たちの怨念の恐るべき復讐が。

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