四話 七海先生の異世界講座
「まずは、魔力を具現化させるところからだね。」
七海は手の平から何か微弱に光るスライムのようなものが現れた。
「えーっと・・・・・これがマナか?」
「うん、そうだよ? 」
へぇ・・・・と言いながら颯斗はそれをつついてみる。
ひんやりとしたスライム独特の癖になるような感覚が指に感じられた。
「見た目通りの感触なのか・・・」
「こんなことも出来るよ?」
七海が魔力を調整すると水晶玉サイズの球体に変わり今度は見た目通りの感触ではなくもふもふとした感触に変わった。
「凄いな・・・・・!」
その感触の違いに感嘆する颯斗。
余談だが、このマナの具現化の調整は上級者レベルの技術だったりする。
「さて、お手本はこれくらいにして颯斗にも魔力の具現化をやってもらうよ。イメージとしては自分の体の中にある力を手のひらに集中させる感じだね。」
「よっし!人生初めての初めての魔法?だな!」
颯斗は右の手のひらを上に向ける。
そして手首を左手で掴む。言われたイメージ通りに力を集中させる。
すると、微弱な光球が颯斗の右の手のひらから放出されていた。しかし、それは長くは続かず、数秒後には霧散していた。
「おぉ・・・・!初めてにしては上出来じゃないか!?」
(凄い・・・・私でも初めてで具現化させることすら出来なかったのに・・・)
「あれ、七海・・・?」
「あっ、ゴメン!少しぼーっとしてた・・・」
「えー、マジか!?」
「でもちゃんと見てたから大丈夫だよ。驚いたな、初めてで具現化させることが出来るなんて・・・」
「おっ、もしかしてセンスあるとか?」
思ったより上々だった結果に期待を込めて七海を見る。
「うん、魔力操作に関しては凄いセンスを持ってると思うよ。」
それに七海は微笑を浮かべながら異世界での颯斗の才能を告げる。
「おぉー!何気に順風満帆になりそうだな俺の異世界ライフ!」
「ふふ、そうかもね・・・」
でも、と七海は付け加えて
「ちゃんとした知識を学んでおかないと魔力の暴発で弾け飛ぶ事もあるからそうならない為にしっかり学ぶんだよ?」
先生の役にハマったのか無意識に年上っぽく注意する七海に
「おう、それは分かってるぜ。だからよろしく頼むな、七海。」
素直に笑顔で返す。
しかし・・・
「で、でも・・・・違和感が・・・ぷくく・・・」
肩を震わせて笑いを堪えながら・・・というより若干笑いながら颯斗は先程の七海の口調を指摘する。
「えっ・・?・・・・!・・・わ、笑わないでよっ!」
「い、いや、ごめ・・・・くく・・・」
颯斗の笑いの原因に気づいた七海は恥ずかしくなったのか頬を紅潮させ慌てて笑っている幼馴染みを止めようとする。しかし、颯斗はツボにハマったのか一向に笑いが収まる気配がない。それどころか今にも大声を上げて笑い出しそうだ。
「むぅ〜・・・・もう颯斗に魔法教えてあげないっ!」
「この度は誠に申し訳ございませんでしたァーーッ!?」
ずさぁ、と音がする程の勢いで最大級の謝罪である本日二回目のDOGEZAに形態を移す。
「え、ちょっ、そんなに謝らなくていいから!」
いきなりまた土下座までして謝ってきた幼馴染みに戸惑い頭を上げさせようとする・・・が
「・・・・よく考えたらいつもの事か。」
「いや俺いつも土下座してねえよ!?」
「じゃあ私が職員室で土下座していた黒髪で青目で逃げ足が速い生徒をしょっちゅう見かけたのと今日の朝に土下座してきた幼馴染みを見たのは気の所為?」
「どう見ても俺、立原颯斗です本当にありがとうございました!!」
因みに、土下座していたのは課題が溜まって怒られている時だったりする。
夏休み最終日に必死になる典型的なタイプだ。
「その様子だと変わってなさそうだね・・・それも。」
「うぐっ・・・・」
この反応からもう図星が確定したことに颯斗は気づいているのだろうか。
「全く颯斗は・・・はぁ・・・
まぁ、本題から逸れるからこの話はこれでお終いだね。」
不必要に颯斗の機嫌を損ねない為だろうか。取り敢えず追及から逃れた颯斗はほっ、と息を吐く。
「おう・・・あ、そういえば魔力量の方はどうなんだ?」
RPG風に言うならMP。魔法を使う為のバッテリーや動力源のようなものだ。MPが無いのはガソリンが入っていない自動車と同じと言える。
しかし、颯斗は自信を持っていた。
自身がこの世界から見て異世界から来た人間であるからだ。
魔力操作のセンスも良かったのだ。これならきっと魔力量も高くてチートで俺TUEEEEな異世界ライフが始まるんだ―――
そう、思っていた。
「えっと・・・・・言いにくいんだけど...」
言いにくい?あぁ、余りにも多すぎるから七海も驚いてるのか。
「颯斗の魔力量は―――」
俺の魔力量は?
「凡人以下・・・修練を積んでも中級者クラスの魔法量・・・だね」
「凡人以下か!よっし俺の順風満帆な約束された異世界ライフが―――え、凡人以下?」
「うん・・・・・」
たった二文字の肯定に颯斗の幻想は呆気なく打ち砕かれた。
「―――――」
驚きのあまり声も出せない颯斗。異世界に行けばチートな力を持てるのではないかと思っていた颯斗にそれは酷な現実だった。
そして追い打ちをかけるように
「後、スキルの発動にも魔力を使うから・・・・少し厳しい、かな・・・
あ!権能は大気のマナを使うから心配は要らないし、固有武器は魔力をそもそも使わないから・・・」
厳しい現実を告げるがそれでも励まそうと隼人の武器になる点を並べる七海。
その言葉の中に颯斗の中で少し希望の光が見えたがまだ落胆の方が多い。
しかし表面は立て直し、救済がないか模索する。
「おぉっ、その二つは心配ないのか!じゃあ魔力量を増やす訓練とかはないのか?」
若しくは魔力量の上限を上げるアイテム。しかし、そんな物があるかと言われれば可能性が低いと思ったので颯斗はそれについては聞かなかった。
「あるにはあるけど・・・・・今すぐには出来ないし辛いと思うよ?」
辛いのか・・・と思いリスクとメリットを天秤にかけた翔斗は―――
「そうなのか・・・・ん〜、少し考えさせてもらっていいか?」
――すぐに答えは出せないと考える時間を要求した。
「うん。いつでも手続きは出来るから大丈夫だよ。」
「手続き?」
「うん、手続き。取り寄せなきゃ行けないからね。」
「え、まさか・・・・それってアイテムなのか?」
「うん、そうだよ?マギオッカの実っていうんだけど・・・」
「効果は?」
「摂取すると1週間魔物を引き寄せまくって食べた人の力を制限する代わりに1週間生き延びれば魔力量の限界値を押し上げるというアイテムだよ。だから街中でやると大惨事になるから人里離れた場所で摂取するのが義務付けられてるんだけど・・・・」
「そうなると弱体化したまま1週間強制サバイバル生活か・・・いや、でもあれがあるから俺はほぼ無害で魔力量を押し上げられるんじゃないか・・・・!?」
効果を聞き自身の権能による裏技に頼ろうと画策するも...
「あれって・・・?あ、一応言っておくけど制限されるのは権能・技術系スキルの二つだよ。」
「俺の逃避手段消えた!?」
答えは制限下。現実は非情である。
少し挫けそうになるが一応さっきの話で出てきた未知のワードについて聞いてみる。
「そういえば技術系スキルって何だ?」
「技術系スキルはね・・・簡単に言えば魔法スキル以外のスキル、かな?」
「ホントに簡単だな・・・」
「まぁ、そうだね」
自分でも簡単過ぎたかと思い七海は苦笑いしながら応じる。
「あ、それで考えてみたんだけどな・・・」
「うん」
「取り敢えずやれるだけやってみるよ。あ、お金は出世払いでな?」
「出世払いって宛はあるの?
・・・まぁ、分かった。取り寄せとくねっ」
少し不安そうな顔をするが直ぐに嬉しそうな顔になる七海。
「何で嬉しそうなんだ・・・?」
いまいちその原因が分からずに困惑する颯斗。
「んー、内緒だよっ」
強いて言うなら努力を嫌う幼馴染みが成長したから、かな?と心の中で呟く。
最も、それを目の前の相手に言う事は多分ないと思うが。
「?・・・まぁ、良いか。」
疑問点はあるが内緒ならしょうがない、と詮索はやめておくことにした。
「あ、そういえばもう昼なのか。」
「あ、確かにそうだね。お昼ご飯にしよっか。」
「よっし、じゃあ昼は俺が作ろうかな〜」
「んー・・・・颯斗はこの世界の食材とか分からないだろうし・・・私が作るよ?」
「いや、それに依存してたら立派なヒモになりそうな気がするから俺も何か手伝いたいんだけど・・・・」
「それなら洗濯を干して欲しいかな。洗濯機にまだあるから〜」
「よっし、洗濯機な・・・ん?洗濯機?」
慣れていた為か聞き流しかけた颯斗の世界での科学文明の産物――家庭用電化製品、家電の一つである洗濯機、という単語に反応する。
「今、聞き間違いじゃなきゃ洗濯機って単語が聞こえたんだけど・・・」
「あ、説明してなかったね。この国・・・今私達が居るユークリア帝国は魔法が発達してて魔力を流せば作動する魔導器が盛んに開発されてるんだよ。」
「って言うと現代日本の科学がそのまんま魔法に置き換わった感じか?」
「端的に言えばそうだね。まぁ、社会の構造は違うから現代日本より発達していない点はあるけど・・・・・」
「いや、それでも洗濯機がある時点で少しは発達してると思うんだが」
「それはそうだけどね?でもパソコンとかは無いし・・・」
「逆に異世界に魔導式のパソコンがあったら驚いて声も出ないっての・・・・」
と颯斗は言いながら情報を整理する。まず自分達が居る国がユークリア帝国と呼ばれている国だということ。
あと魔導式の・・・いわゆる家庭用魔導化製品(略して家導)が一般家庭にも普及しているということがさっきの話で分かった。
「簡単に言えば魔導文明か?で、このユークリア帝国は魔導の先進国ってところか・・・」
「そうなるね。まぁ、隣のヴィエール王国には魔国とか呼ばれてるけど。」
「魔法の発達した国ってことでか?」
その呼び名をさっきの説明に当てはめて安直だな、と思いつつ言うと七海は首を横に振り
「そんな物じゃない。あの国の人達は魔人の住まう国と書いて魔国と呼んでるんだよ。」
「は―――?」
一瞬、言われたことの意味が分からなかった。
「何でそんな呼び名なんだ?」
「それは、魔王が統治するガサン大陸とこの帝国がヒューラン大陸の中で唯一国交を持っている国だからだね。」
「国交を?というか何で魔王と?」
「まぁ、イメージ的に偏見もあるけど...魔王は良い人だよ?」
魔王はいい人、と聞いて想像してみる颯斗。しかし全くイメージが湧かない。最も颯斗が想像しているビジュアルがRPGの魔王だからかもしれないが。
そしてさっきまでの情報から颯斗はこの世界の状況を考えてみる。
「魔王が良い人だと仮定すると・・・・最早人間の方が悪い奴に見えるんだが」
「ふふ、確かにそうかもね」
自分達の常識を反転したような解釈に七海は微笑みを浮かべた。
一方で颯斗は一番怖いのってやっぱり人間なんだな、と元の世界で誰かが言った言葉を思い出す。
そしてまた談笑している内に当初の話題である洗濯機のことを思い出し急いで二人は協力しながら洗濯物を干す。
少しだけドタバタしながらも颯斗にとっては得るものがあった一日。
少しだけドタバタしながらも七海にとっては久しぶりに幼馴染みと過ごした一日。
異世界で過ごした一日はこれ以上無いくらい平和に過ぎていった。