声が聞きたいから。
呼び出し音が鳴る。スマホの画面に、見慣れない、長い番号が表示される。国際電話だ。
…本当にかけてくれたんだ。
ドキドキしながら通話ボタンにタッチする。
「もしもし。山下です。」
やはり、前日から香港に行っている智也だった。
「あ。本当にかけてくれたんだ!」
「“本当に”って何?…何ですか?」
「電話代、バカにならないんじゃない?メールでいいよ。」
「メールじゃ声が聞こえないですから。」
…何?ソノ思わせぶりな言葉。期待しちゃダメダメ!山下は心配してくれてるだけよ!
「岡田さん、何か喋って。声を聞かせてください。」
「じゃあ、アイウエオ!」
電話の向こうで智也の笑い声が聞こえて、つられて笑う。
「…その後、彼はどうですか?」
智也は、竜夫と会ってしまったことは、怜羅に知らせるつもりはないが、心配しているのだ。
「もう、電話もないし、うろついてないみたい。」
「そう。良かった。です。」
「もう、敬語使わなくていいよ。同い年なんだし。」
「本当ですか?…本当に、いいの?」
「うん。いいよ。」
「じゃあ、もう一個、いい?」
「何?」
「“山下”じゃなくて他の呼び方して欲しいんだけど。」
「あ、あの。LINEがショートメッセージにしようよ。」
…照れくさいよ~。
「俺、智也って呼んで欲しいだけなんだけど…。」
「と、と・も・や…。」
…うあー、恥ずかしい…!
「怜羅ちゃんって呼んでいい?」
「怜羅でいいよ。」
顔が熱くなるのがわかる。
「じゃ、決まりね。」
「は、ハイ。」
…こういうのって久しぶりだな。ワクワクする。
怜羅は、理子と昨日、食事に行ったこと、今日は、定時まで仕事して、コンビニと本屋に寄ってから帰ってきたことを話した。
智也は、昨日の午前中に着いてから取引先に行ったこと。事務所の秘書とご対面したことなどを話してくれた。
気づいたら、もう30分近く話していた。
「あ。長くなっちゃった。ごめんね。またLINEして。じゃあ…。」
慌てて切ろうとすると、智也が言った。
「そうだ。もう一個お願いなんだけどいい?」
「何?」
「帰ったら、デートして。」
「い、いいよ。」
「約束な。おやすみ。」
「おやすみなさい…。」
「帰ったら、デートして。だって。」
怜羅は電話を切ってから、一人で呟いて、フフッと笑う。数日前には、そんなことを考える余裕もなかったのに。出張から帰ってきたら、また会えること、とても前向きな気持ちが出てきていることに怜羅自身が驚いていた。
「そうだ。ビール飲もっと。」
キッチンに行って、冷えたビールを取って部屋に戻ると、窓を開け、お気に入りのクッションに座った。冷たい夜風を頬に受けて、プシュッと缶を開ける。ゴクリと一口飲むと炭酸が心地よい。ホッとしたら、自然に口から言葉が出た。
「そろそろ、スッキリさせないと…。」
いよいよ竜夫との対峙を迎える時が来たようだ。花冷えのあの夜、岐路に立ったのだ。逃げて終わりにするのではなく、決着をつけておきたい。もう引き返すことはないと、竜夫に伝えたい。逃げるのではなく、ケジメをつけたいのだ。
月が放つ冷たい光が、夜の葉を冷たく光らせていた。それは、竜夫への同情を切り捨てた怜羅自身のようだった。