お帰りなさい。
「アイシャドウ、濃くないかな?眉毛、途切れてないかな?」
怜羅は夕方のお迎えに備えて、朝から鏡とにらめっこ。笑顔の練習までしていた。出社前にこんなことをしていて良いのか…?
仕事中もソワソワとしていて、コピーしていても、パソコンに向かっていても上の空。やっと我に返ったのは、昼休みに理子から電話がかかってきた時。
「ああ、もう!やっとつながった!怜羅、さっきからLINEのメッセージ、スタンプばっかり送ってるでしょ!」
「え?」
画面を見ると、無意味にスタンプを送りまくっている。
「ごめん…。気づいてなかった。」
「…何か、あったの?」
「落ち込んでいるようには、見えないわね…。」
理子の第一声。
定時で上がって、理子とスタバで待ち合わせたのだ。
「で?どうしたの?」
「…迎えに、行くの。空港まで迎えに来て、って。」
「香港に行ってる、あの後輩くん?」
怜羅がうなずく。
「ちょっと!すごいじゃない!なるほどね~。どうりで気合い入ってるワケだ。」
「朝から、何も手につかないの。理子にスタンプ送りまくっていたのも、全然知らなくて…。」
「おめでとう。もう次の恋を見つけたんだね。」
「恋…?」
「そう。恋。…まさか、気づいてないんじゃ…。」
「これって、恋なの?」
「怜羅~。面白すぎ!」
理子にしこたま笑われて、やっと自覚したら、今度は次の心配が頭をもたげてきた。
「友達から進展しなかったらどうしよう…?」
「お願いだから、これ以上笑わせないで!デート前なのにメイクが崩れちゃう。」
理子はまだヒーヒー言っている。
「ちょっと!何がおかしいワケ?私は真剣よ!」
「“お友達”に迎えに来て、なんて言う男、いないわよ。大丈夫よ。」
理子の笑い涙に見送られて、約一時間後、怜羅は空港の到着ロビーにいた。案内ボードを見ていたら、智也の乗ったフライトが“ARRIVED”の表示に切り替わった。
…あと30分前後で、智也に会える!
思えば激動の2週間だった。この2週間の間に花冷えの季節が終わりを告げ、竜夫とも決着がついた。何より怜羅は、もうないと思っていた次のステップを踏もうとしている。
到着した人の流れに目を凝らす。急に人が増えた。智也の乗っていた便は満席だったのかもしれない。怜羅は、自分が先に見つけたいと、一生懸命だ。
「あ…!」
急に人の流れの中にサァーっと空間ができたように感じた。その先には、スーツ姿の智也がいた。智也はまっすぐに怜羅の方に歩いてくる。
…やっと会えた!
「お迎えありがとう。」
「お帰りなさい。」
怜羅は言ってから、ものすごく恥ずかしくなって、下を向いてしまった。
「道順、教えてね。」
助手席の智也に声をかける。
「まず、メシ行こう。何が食べたい?」
「パスタ、かなあ…。」
とりあえず答えてみるものの、智也といるだけでお腹いっぱいの怜羅としては、食べたいものなんて思いつかない。
智也が案内してくれたのは、庭園がオシャレな、メニューが豊富な店だった。
運ばれてきたパスタを頬張った時だった。智也が言った。
「俺と付き合ってくれって言ったら、どうする?」
怜羅は突然の言葉に絶句し、智也が心配そうに聞く。
「…イヤ?」
ぶんぶんと首を横にふる。口の中がいっぱいで声が出せないのだ。
「じゃあ、決まりね。」
今度はコクコクと縦にふる。怜羅はパスタを飲み込んだ後も、びっくりして言葉が出なくなってしまったのだ。
「良かった。やっと言えた。」
智也が微笑む。庭園にキラキラと光の粒がふわりと広がったように見えた。
この瞬間と、そこにあった風景を、二人はきっと忘れないだろう。




