英雄にもお隣さんはいます
住宅ローンが後十数年残っている我が家。
幾度も面倒事に巻き込まれボロボロになり、そのたびに政府の資金で改修されてきた我が家で俺は今料理を作っている。
卵の焼ける音とそのいい匂いを嗅ぎながら、塩コショウで味付けを行う。既にパンの準備は完了している。ブレックファースト…朝食ってやつだ。
俺は焼きあがった卵焼きをさらに乗せ、コーヒーをカップに入れ、優雅に香りを楽しむ。良い朝だ…実に平和だ。ハリウッド映画張りに家に勝手に入られて破壊の限りを作らされることも無いし、近所で銃撃戦や魔法戦が始まったりもしない…前回ぶち壊された時にガチ切れして防音防弾など多数の最新鋭の防御設備を政府に整えてもらったこの家は確かな満足を俺に与えてくれていた。
俺は優雅に新聞に目を通す。
「ほーう。魔王の勢力が暗躍ね…。この近所じゃん。超能力者との戦いが終わったお隣さんもこの件に派遣されるのかな?」
俺は新聞の記事に目を通し、そう呟く。魔王とか何?って思われるかもしれないがこの世界では普通に存在することなのだ。
…数十年前のある日、この世界は生まれ変わった。多数の別の次元がこの世界を基として融合したのだ。結果それぞれの世界で悪と呼ばれていたものがこの世界に入り込んだ。魔王だったり、侵略者の宇宙人だったり、世界を滅ぼそうとする超能力者みたいな奴らだ。そしてそれと時を同じくしてこの世界で英雄が生まれる。突然何かの力に目覚めるのだ。そして使命を託されたり私的な理由で悪に立ち向かっていく…俺のお隣さんの幼馴染もその口だ。ある日、勇者の力に目覚めたらしい。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだが」
俺はふと思ったことを口からこぼす。ご近所トラブル解決において何よりも重要なことは妥協と互いの隔離だ。耐え切れなくなり、喧嘩を吹っかけた時点で争いは止められなくなる。この住宅にはまだローンが沢山残っているのだ。出張の多い両親に変わってこの家を守るのは息子である俺の使命だ。例え怪獣に潰されようとも、どこかのスパイ組織に家を間違われ荒らされても、突然目の前で魔法戦が始まっても笑顔で対応して守り続けなければならないのだ。
そう、だからこそ学校にも行かずこうやって優雅に引きこもるのは悪いことではない。俺は面倒事を避けているだけなのだ、自己防衛だ。幼馴染は学校に行けと言ってくるが関係ない…こうやって最新鋭の設備で守られた家に居れば何かに巻き込まれることも…!?
俺が新聞紙を片付け目を上げるとそこには黒いローブを纏った金髪の少女が居た。そして同時に聞こえる轟音…お隣さんに壁をぶち壊された音だ。
「シュン君!!」
…器物破損に騒音トラブルだぞ、おら!っていうか今回は保険、利くかな…日常生活で壊された場合って政府払ってくれないんだよね…。っま、いざとなったらお隣さんに集るか、しょっちゅう電柱壊してそれを直すだけのお金は持っているみたいだし、いやほんと殴っただけでコンクリートがへこむってどれだけだよ、ハハハKARATE強すぎだろう。
現実逃避気味にそう考える俺の手が金髪の少女に捕まれる。廊下を走るのも面倒だったのか壁をぶち抜きながらこの部屋に現れた黒髪の少女…お隣さんが現れたのが見えた。こういう時、俺達モブは無力だ。出来ることと言ったら巻き込まれても大丈夫なように体の耐久力を上げるだけだ。
俺の視界が徐々に薄まっていく、二人の少女のやり取りが聞こえた。
「ハハハ、勇者よこの男は貰っていくぞ!助けたければ我が城までやってくることだな」
「そんな…シュン君は連れてかせない!!」
聖剣を振るって飛び散る調理器具、今日の昼御飯用ように用意していたお肉は千切れながら吹き飛んでいった。
「おお、マイホーム…」
俺がそう言った瞬間に視界がこの場所から移った。そして俺は理解したまたこのパターンかと…
☆☆☆
「ほうほうなるほど…先代魔王であるおじいさんがね…それで就任して早速実績作りのために勇者に宣戦布告と…まあいいんじゃないかな?でも俺を巻き込まないで欲しかったな俺ただのお隣さんだし。ご近所トラブルはもう間に合ってるんで」
ずずずっとお茶を啜りながら、同じように飲み物を飲んでいる金髪の少女…魔王さんに話しかける。ここは俺の監禁部屋だ入口付近には逃走を防ぐためか魔王さんを守るためかイケメンの魔族の青年が立っている。…そんなことできるわけないのにね
ゆったり寛いでいる俺を見て、魔王さんは呆れた顔をした。
「お主、危機感なさすぎじゃろう?」
「いえ、もう危機感抱いても遅いですし、何もできませんし」
「じゃが、それでももっと警戒するものじゃろう?まるで我が家のように寛いでるではないか」
「はあ…まあマイホームからして常に命がけの場所に立っていますからね~それに今回のような件は前にもありましたので」
「うむ?そうなのか?」
「ええ、同じ人に何度もさらわれたこともありましたね~ゲームとかでなんで毎回さらわれてるんだよ(笑)って昔は思ってましたけど、実際その立場になるとどうしようも無いですよね何の力も無いのにボス自らさらいに来るとかムリゲーでしょ。っていうかむしろ未然に防げない主人公にもの申したい。警備体制強化しろ」
せめて相手潰しておけよ中途半端にやってるからまた現れるんだよと拳を握る。まあそんなことしたらお話終わっちゃうけどさ。
「それに今回は比較的扱いもいいですしね。前々回は酷かったさらった男の人がホモで危うく掘られそうになりました。男同士ならひどい目にあることはないだろうって思ってたらとんだ自体でしたね。貞操の危機を感じて全力で逃げましたよ。…まあ大抵ヤバいってなったらちょうどいいタイミングでお隣さんがやってくるのでそんなに心配はしませんでしたが、あれですね。主人公補正ってやつですね。だから今回もそんなには気にしていません」
「ふん、たいそう勇者を信頼しておるのじゃな。魔王としてその信頼を崩したくなるのじゃ。お主の絶望に染まった顔を勇者に見せたいのじゃな」
その言葉を聞いた俺は鼻でそれを笑う
「信頼?ふっ、そんなものありませんよ。毎回さらわされてる時点で信頼度はゼロです。俺は平凡な日常を望んでるんですよ。毎回巻き込まれるんで迷惑してます、反対側のお隣さんをさらえばいいのに…なんで毎回俺なのか、さらわれヒロインポジに男は似合わんでしょう」
「ふむ…反対のお隣さんか…確か幼女だったな…さすがにそれをさらうのは悪役としての立場がないし…それにお主と勇者が恋仲だと思ったのじゃ」
「恋仲?んなわけないでしょ。ただのお隣さんですよ。隣に同年代の女の子が済んでたら幼馴染…ヒロイン…現実でそんなことって少ないですよ。むしろご近所トラブルで仲が険悪なこともざらですし、わりと話さない普通の他人ってパターンも多いですしね俺達の例もそのパターンですね。…それよりもちょっといいですか?」
「む、なんじゃ?」
魔王さんが怪訝な顔をする。俺はさっきから疑問に思ってたことをきっぱりと聞いた。
「さっきからのじゃのじゃって…なんですかその口癖?」
「な!それは俺達が常々気になっていたが言えなかったこと…捕虜風情が言っていいことと悪いことが…!!」
突然の出来事に思わず心の声を漏らしたイケメン護衛が赤い顔した魔王さんに睨まれる。彼は何事もなかったかのように無表情で元の護衛任務に戻り誤魔化した。
しばらくイケメン護衛を睨み付けていた魔王さんは諦めたのかこちらに顔を向ける。顔を赤くしながら小声で呟き始めた。
「…こ、これはその…」
「え?なんだって?」
普通に聞こえなかったので聞き返す
「む…むう。これはだな先代魔王をまねているのじゃ。風格というのかのう。そういったものを出さなければ魔王は務まらんじゃろう?先代は私に魔王としてのイロハを教える前に倒れてしまった。私は少しでも先代魔王のような立派な魔王にならなければならんのじゃ…」
俯く、魔王さん。なるほど魔王っていうのもいろいろ大変なんだな。だけどそんな事情一般人の俺が知ったことではないし、思ったことを口に出させてもらう。
「ふ~ん、真似をして一歩でも近づこうとすることは大切だと思うけど。結局別人だし、相手は男の老人の魔王でしょ?色々違いがあるんじゃないのかな?真似するのではなくもっと君自身を見せてゆったりしたほうが良いと思うけどね。まあ君がのじゃって言ってるのは見ててかわいいけど威厳っていうのは無いしな~」
「かわ…!?何を言っておる!!私は魔王だぞ!!」
「魔王様その姿もかわいいです!!」
イケメン護衛がガッツポーズをしながら小声で呟く、幸い興奮した魔王さんには聞こえなかったようだ。俺は平然と魔王さんの言葉を受け流す。
「いや、俺一般人ですし、魔王とか勇者とか…そういうのどうでもいいんで。俺にとっては魔王さんはただ一生懸命仕事を果たそうとする少女でしかありませんし」
「な…!…そんなことを言われたのは初めてじゃ…魔王になる前もなった後も魔王としてふさわしいかどうか常に見続けられ、他の候補に嫌がらせをされる日々じゃった。誰も私の努力も見ようともせぬ。やって当たり前と重圧の中で生きてきたのじゃ」
悔しそうに手を握る。魔王さん。
「へ~。お家騒動ってのも存外大変なものなんですね~。あ、このお菓子頂きます」
「そうじゃ、大変だったのじゃ…そしてそれを乗り越えて得た魔王という職でも私は満足することができなかった…空しいだけだったのじゃ。だからこそ人をさらって古代の魔王のように勇者と戦えば何かを掴めると…」
「むぐもぐ…ほれで?」
「なあ、お主。私はどうしたらいいと思う?どうしらいいのじゃ?」
口の中に入ったお菓子をお茶で流し込む。
「別に…好きにしたらいいんじゃないですか?魔王ってトップなんでしょ?もっとやりたいようにやればいいと思いますけど」
「そのやりたいことがわからないのじゃ!!」
「ふむ、そう言われても…」
もともと俺自身が流されるように生きているからな~
「うーん。まずはいろいろ試してみるってのはどうでしょうか。魔王さんはまだうちの国の文化とか知らないでしょ?いろいろ学んで知識を広げればやりたいこと見つかると思いますけど…あ、確か俺のズボンのポケットにゲームが入ってたはず…あれ、ありますかね?」
「これか?」
魔王さんはそう言ってゲームを取り出す、昨日レベル上げをしてそのままポケットに入れたままのゲームだ。俺は魔王さんの近くによった。
「のじゃ!?」
その言葉に反応したイケメン護衛が剣を取ろうとするが魔王さんはそれを目で止める。俺は魔王さんの後ろから抱きかかえるような形で魔王さんの両手にゲーム機を掴ませその上から自身の手を置く。
「百聞は一見にしかず…とりあえずやってみましょうか。手の置き方はこれでいやちょっと右かな失礼します」
「う、わ、わ」
魔王さんの手を掴んで話握り直させる。魔王さんの方辺りから覗き込むように顔を出して話しかける。
「じゅあ、始めましょうか」
「ひゃあ!」
「…何変な声出してるんですか?別に変なものじゃないですし、安全ですから大丈夫ですよ…じゃあ始めますよ。まずスタートの時はこのボタンを押して…」
魔王さんの手の上からボタンを押しゲームを進行させる。だんだん慣れて操作を覚えてきたところで俺は手を徐々に離していった。
「そう、そうです。飲み込み速いじゃないですか」
「そ、そうか。まあ当然じゃろう魔王じゃからな!」
「そうですね。っでどうですか魔王さん?面白いですか?」
「まあまあかのう…」
「色々種類があるから試してみるといいですよ。対戦ゲームとかなら俺が相手をしますし」
「付き合ってくれるのか?」
「ええ、まあ。もっともゲームこれしかないので家から持ってくるか買ってこないといけないんですけど」
俺がそう言うと魔王さんを胸を張った。
「任せておけ。魔王に不可能はないのじゃ!…色々話して少し楽になった。またここに来てもいいかのう?」
「(捕虜だし選択権ないしな~)ええ、構いませんよ」
「約束じゃからな!」
そう言って魔王さんはイケメンの護衛と共に外へと出ていった。そこで俺は気づく。
「あ、ゲーム持ってかれたままだ…暇つぶしどうしよう…」
☆☆☆
それから一日に一度は魔王さんがやってくるようになった。
「シュン!今日はレーシングで対戦するぞ。今日こそは負けないのじゃ!!」
魔王さんがどこかから持ってきた新しいゲームをいつも手にしてやってくる。他愛もない話をしながらゲームをやるのが最近の日々だ。
「しかしシュン。お主捕虜なのにこんなにエンジョイしてて良いのか?」
魔王さんが質問してくる。
「まあ、スー○○○オサン○ャインのピー○姫も温泉でぷかぷかして遊んでたし、いいんじゃないですか?待機型ヒロインの特権ってやつですよ。何よりこんなにエンジョイできるのは(ゲームを持ってきてくれる)あなたのおかげですよ」
「ふふふ、そう言われるとうれしいのう」
顔を綻ばせ、楽しそうにゲームをプレイする魔王さん。どうやらゲームがしっかりと趣味になったらしい。やりたいことが見つかって良かったねと思いつつも俺は画面に目を戻す。
そんな日々が続いた。だが、ゲームをやっている時はいつも笑顔でやっているが最近険しい顔することが増えてきた。
「魔王様!四天王最弱の風の人がやられました!!」
「なんと!?おのれ勇者め…体制を立て直すように言え、何としても時間を稼ぐのじゃ」
廊下から慌ただしい音が聞こえる。煩くて寝れやしない。仕方なく起きてゲームをセットしていると魔王さんがやってきた。
「む、シュン準備をしておいてくれたのか」
「ええ、まあ。もう少しでくると思いましたから」
「そんなに気にかけておってくれるのか」
「はあ」
どことなく嬉しそうな魔王さんに首を傾げながらいつも通り、ゲームを始める。魔王さんは俺の近くに腰かけた。魔王さんが最近どんどん近づいてくる。ゲームプレイの邪魔になって仕方ない。
「…そういえば、のじゃ言葉まだ続けてるんですね」
「そうじゃな。こ、こちらの方がかわいいんじゃろう?だからじゃ」
「威厳とか気にしなくなったんですか。まあ等身大で物事をこなすのが一番ですからね」
「…そうじゃな。こ、こちらからも聞きたいことがあるんじゃが良いか?」
魔王さんはそういうと姿勢を直し、こちらに向いた。服などを見た目を整え直している。どうやら真剣な話のようだ。
なんだろう。見せしめに処刑でも決まったのかな?それだとちょっと困るんだが。
「シュンとあの勇者は恋仲じゃないじゃよな?」
「?前に言った通りだけど?」
ぱぁと顔を綻ばせる魔王さん。
「そうか、じゃ、じゃあ今付き合っているものがおるのか?」
「うーん、引きこもってたからそう言う人はいないですね~」
いきなり、何を言い出すのだろうか。もしかしておとりとしての俺の価値を計っているのだろうか?お隣さんとの仲を疑っている?
「そうかそうか!じゃあお主の好みはどういうタイプなのじゃ?」
「そうですね~可憐で儚げで一歩引いたところから尽くしてくれる普通の(・・・)女の子ですかね」
別に嘘を言う意味も無いので思ったことを正直に言う。大概の男の理想像はこのような女性になるのだろう。俺も大差はない。
…だと言うのに、魔王さんは時が止まったように表情を硬ませる。そしてしばらくたったあと納得した様に言葉を発した。
「そうかそういうことか、今わかったのじゃ。お主は勇者のせいでさらわれていると言ったが恐らくそれは違う。つまりこういうことじゃったのじゃな…」
魔王さんはこちらをじっと見てくる。あれ?俺なんか選択肢ミスった?処刑ルート?なんかすごい見られてるんですけど…
「別の場所で他のものに取られるくらいなら、いっそ自身のもとで」
完全に処刑前の台詞じゃないですか~やだ~。他の人にこらさせるぐらいなら自分が慈悲として一撃で仕留めて挙げますよみたいなのりしてるよ。
俺は必殺現実逃避を発動させながら一歩足を引く。その瞬間轟音と共に壁に穴が開いた。俺は衝撃で吹っ飛ばされる。
「何者じゃ!!」
「や~っと見つけた~…シュン待っててね今私が救いだして…」
「勇者か!!させはせん!!」
魔王さんが雷撃の魔法を発動させる。お隣さんはそれを聖剣で払った。
「邪魔をす・る・な~!!!」
「邪魔者はお主じゃ!!!」
目の前で超絶バトルが繰り広げられる。モブの俺がやれることとはそれをただ見るということだけだ。白熱するバトル。ただそれをボーとして眺めていると肩をつつかれた。
俺が後ろを振り向くとそこには青髪の少女が居た。魔王さんの配下だろうか?俺が聞こうとするより速く。その子が口を開く。
「ふふふ、勇者ぁ~!!。此奴は頂いていく!!超能力者組織を潰したお前への復讐だ!!」
「「なに!?」」
魔王とお隣さんが動きを止める。そして俺はまた手を掴まれた。
「じゃあな。勇者!ざまーみろ!!」
「シュン君!!」
「勇者!!お前のせいじゃぞ!!」
様々な声が聞こえる中視界が薄れていく
「ああ、マイホーム…」
俺があの愛しの我が家に帰れるのはいつになるのか
英雄にもお隣さんはいます、だけど隣の俺はただのモブです。これからも厄介な日々が続きそうだ…
終わり