二回戦 鈴蘭の香と雷少女
「誰ですのあなたっ!!!!!」
びっしーん
いかにも高級感の溢れる部屋にそぐわない音が響き、そこにいたエクランドやメイドさん達が呆然とした。
「………ってぇ………」
痛い――……、俺、月宮結輔は不思議な出会いから、五大国の一つ、ティアル王国に身を置くこととなった。
もともと、この国の学園に入学することになっていたんだけど、特待生扱いを受けることになって――
そして今、橙色の長くそしてゆるく巻かれた髪の毛にアクアマリン色の猫目少女に突如、何の前触れもなく―――
平手打ちされたんだ
あまりの痛さに頬をさする。
絶対少女の腕力じゃないってっ!!
危うく体が吹っ飛びそうだったからなっ!――
仲裁役のノエルとアリスは、上へ報告へ行っているため、場をおさめる人物がいないという窮地だ。
コンコン
ドアが開き、白に黒と紫の刺繍が見事にされた着物に身を包み、黒に限りなく近い紫色の長い髪の毛を垂らした女性――
凛とした花のごとく
第一印象はそういった女性だ。
「あらあら……、エクちゃん、こうなるってわかってたでしょう?」
エク……ちゃん?彼女の視線の先には、エクランドさんが、机に座りお腹を押さえて笑いを堪えているようだ。
にしても、まだ痛い、というかヒリヒリする。電気が流れたみたいだ。
「坊や、私に顔をよく見せて頂戴」
「えっ、あ、大丈夫でっ……」
顔をあげると言葉を失った。
間近で見ると本当に美しい人だ――赤面しながらも結輔の鼻がある香りに気が付いた。
「鈴蘭――?」
そう言うと彼女は、嬉しそうに頷く。
「いやっ、家の庭に咲いてたな――と思っただけで」
「それでも香りに気が付いてくれるなんて、嬉しいわ。ありがとう、そうね……お礼をしましょう」
ここの男たちは全然気づいてくれないのよ――と小さな不満をもらし、そして、結輔の頬に触れ呟く――
我、契約を結びし葉忌よ――彼のモノに癒しを――
ピリッ
また少し電流のような感覚を味わった。
すると、さっきまで痺れていた顔に違和感が全くない。
「えっ、何で!?」
ペタペタと自分の顔を触る姿が余程笑えたのか、エクランドさんが教えてくれる。
「彼女は毒のエキスパートであり、治癒の専門家なんだ。君と同じ日輪国出身でもあるし、馴染みやすいかなと思って招いてみたんだよ。」
「鈴鹿京凛よ、坊やは――」
「絆を結ぶの結に輔で、結輔。月宮結輔といいます、京――凛さん」
馴れ馴れしかったかと自分でも思ったが、呼ばれた本人はまたも嬉しそうな顔をしてくれたのに安心する。
「結輔ちゃんね――、ふふっ、学園の急な特待生の噂はもう広まっているわよ?」
「ちゃん……?って、な、何で……」
目立ちたくない性分の結輔はがっくりと肩を落とす。
「そんなの、エクランドが口の軽さは五大国でも指折りの学園長に言うからに決まってますわ、ばっかバカしいっ」
ふんっ……こんな効果音が似合う少女は他にいないだろうと思った。
「そ、そうなんだ……」
学園長がそんなんで大丈夫なのかと疑問を抱くが少女が続ける。
「そんなことで学校が潰れるだとかお思い?」
「あ、あぁ。確かにそうだね、教えてくれる?」
「いっ、良いですわよ――……」
少女の話によると、騎士育成学園、“フロックハート学園”の学園長は、口封じの魔獣と契約をしているため、重大な機密は世に出ないのだとか――
ということは――……
「俺の個人情報って、重要でもなんでもないってか――……」
またまた肩を落とす。
「そういうことですわっ」
「そういうことさ~」
「まぁ、気にやまないことね」
それぞれ、思い思いの返答をする。
エクランドにいたっては、クツクツと喉をならして微笑しているはめだ。
「じゃあ、私は行くわね、このあとは任務なの――」
そう言い残した京凛さんは儚い鈴蘭の香を置いて部屋をあとにした。
俺、この先生きていけるか心配のなってきたわ――……
あ、そうだ、まだ――
「俺、君の名前まだ知らないんだけど、教えてもらえる?」
見た目からして年下で、きっと頭が良い優等生なんだろうなと予想する。
む……と声を出した少女は勝ち誇ったような瞳で俺をみる――
「ヴェロニカですわ」
「そっか、ヴェロニカちゃん……改めて宜しくな」
手を差し出す結輔をキッと睨むヴェロニカは自分の領域に無断侵入されたことに怒る猫のそれだ。
「ほんっと、何なんですのっ!?今ので、わからないって本当にあなた、お猿か何かじゃありませんのっ!?」
羞恥を含んだような言葉を聞いても、結輔はただただ、困惑するだけだ。
「この子はまだ学生でもないし、わからないことがあっても良いんじゃないかな~」
口を挟まないでちょうだいとでも言いたげな瞳でエクランドさんを見る。
「もう、呆れるのにも程があありますわっ、良いですのっ?一語一句ありがたく拝聴なさいっ!!」
は、はいっ――何故年下の女の子に向かって背筋を伸ばしてその言葉を聞いてるのか――……、理解できる域を越えたようだ。
さて、話をまとめよう。
つまり、ヴェロニカちゃんは“魔剣”ということらしい。
人を遥かに越える脚力や腕力といった身体的な能力に加え自己再生能力や、本来魔族にしか使用不可能の詠唱破棄で魔法が使えるそうだ。
ただし自分の属性に限られる。
五大国を含めた世界でも、姓がないのは、特別な“証”であること。
それと同時に、ヒトならざるモノということを表すため危険な場では偽名を使うという豆知識まで。
それは、魔族に関しても同じことらしい。
あれ、それじゃあ、エクランドさんって――確か晶龍さんに魔族っていわれてた気が――
「あっ……」
目線があってしまった。
「ん~、私はちゃんとした魔族さ、ただ――……人間の家の――縁あって養子になったんだ~」
「そう―……なんですか」
言いたくないことを無理矢理言わせたみたいになってしまった。
ヴェロニカがふぅ……と一息つく。
「これで、よぉ~く、理解できたでしょう?今度私の機嫌を損ねたら丸焦げにして差し上げますから、心得てくださいな」
「丸焦げ……」
えげつないな……でもそういうことは――
「ヴェロニカちゃんは、火とか炎の魔剣ってこと――?」
ゴゴゴゴゴォ………っ
魔力が部屋に充満していくのを嫌でも感じる結輔―――…
クククッ………
またエクランドさんは笑っている
すると自分はまた、彼女の気に触ることをいったのかと反省するが、どうしようもないのが現状だ――
「わ、笑ってないで助けてく、くださいっ、ほら、メイドさん達も危ないですからっ!」
そうだ、このままでは自分だけでなく他の人も危ないのに―――……
「あぁ、彼女たちかい?確かに感電してしまうね~……」
パチンッ
指を鳴らす
サァ――――ッ
そんな音を静かにたて、メイドさん達は姿を消した。
なっ!?
「“霧の化身”さ、随分よくできてたでしょ~?」
今の俺はさぞ驚いた顔をしてるだろう――
国から出てきてからというもの、とんだ波乱ばかりだ――せっかくの説明だって耳に入らないし、危機的状況も回避できない。
あぁ、ヴェロニカちゃんの身体中に電気が視える……そうか電気――…雷か、悪いことをしたな――
やっぱ、俺には無理か――
諦めて目を閉じようとしたその時
バンッ
扉が勢いよく開いて、アリスさんが入ってくる。
「ヴェロニカ、お止め。」
そんなんでおさまるわけな――
「はい、アリス様の仰せのままに。」
ニコりと微笑みスカートの裾を掴んで挨拶をする姿はまさに天使だ。
っておさまった!!!
「おや、報告が済んだみたいだね~」
「えぇ、それと、よぉ~く、わかったわ、あなたとヴェロニカだけになると毎回騒ぎになること……少しは反省しなさい、結輔君の身がもたない」
ね?と同意を求められたので苦笑いでかえす。
救いの手とはこのことだと感動に浸る。
「あ、ノエル……さんは、一緒じゃないんですか?」
「ノエルなら、京凛と任務に向かったわ、ほんと、体力がありあまってるんだから」
ノエルさんは若いのにワンドの騎士だし――凄い人が世の中にはいるもんだな――
「ねぇ、アリス様、ヴェロニカ寂しかったですわ、学園がなかったら一緒に長期任務行けましたのに――……」
「学生は学ぶことが仕事って前にも言われてたでしょう?大きくなったら一緒に行きましょうね」
何故だろう――昨日のノエルさんにも同じような視線を投げ掛けていたことを思いだす。
「…………はぁい」
拗ねた表情もまた可愛らしいと思った。
「あぁ、思いだしたわ、結輔君?」
自分の方を見つめるアリスにドキリとする。
昨日あったばかりなはずなのに、懐かしく感じてしまう。
「君のことは、ヴェロニカに任せることになったの。学園の特待生というのも同じだし、知り合いなら尚更安心でしょう?学年は、結輔君がは違うけど……ね」
「嫌ですわ」
「ソフィアと今後について検討した結果なの。」
きっぱりと答えるヴェロニカにお願いと付け足す。
「仕方ありませんわ、アリス様には逆らえませんもの、一応、ですわよ……よろしく……ですわ」
少しだけ彼女の微笑みがみることができた。俺に向かってだ。
きっと、感情表現が苦手なのだろうということで、納得する。
「こっちこそ、よろしくな」
「いやいや~、若いって良いもんだね~、アリスちゃん?」
「アリスちゃんなんて年じゃないわ」
翌日、上の思いもよらぬ言葉にアリスは怒りを覚えながら、そしてささやかな希望を抱くのである――
こうして、俺は明日からフロックハート学園の生徒となる。目指すのは最強の騎士だ。
俺には叶えたい願いがあるから―――