プロローグ・出会いと再会
この作品は初めて書いたものなので、未熟者ですが、主人公たちの心の成長を楽しんでいただけたらと思います。
~プロローグ~
ああ、またこの夢だ。
毎年、この季節が来る頃俺は同じ夢を見る。
何にも無い真っ白の空間に立つ俺は、その先に何があるのかわかっていながら静かに足を進める。
ただ真っ白の空間にポツンと見える陰にだんだんと近づいていく。
真っ白な空間を朱色に染めながら横たわる人影。
その中から小さな手が俺に向かって伸びてくる。
ああ、そうか。
またこの季節がきたのか。
夏がやってきたのだ。
1*出会いと再会
「いってきます…」
オレは気のない挨拶をして靴を履いた。
毎年のことだと分かっていても、何度見ても気持ちのいい夢ではない。
人は心が追い詰められていると、追われたり、殺されたりする夢を見るとよく聞くが…。
毎年この蒸し暑つく、だるい季節がやって来るたびに同じ夢を見るオレは一体何に追い詰められていると言うんだろうか?
いや…大体見当はついているのだが。
オレはいつもそこから目を背けていた。
第一、向き合った所で変わるものでもないからだ。
そんな毎年の恒例行事のようなことより、目先のことの方が大事だ。
来週からは期末テストだ。
それが終われば念願の夏休みだが、大学受験を控えたオレにとってはそれが待ち遠しいものかさえよく分からない。
「受験…か」
もう何年も変わらない通学路を歩きながら、オレはぼそっと呟いた。
何でオレはこんなクソ暑い中歩いて登校しようといているのだろうか?
将来?夢?
そんなもの考えてなんかいない。
分かりっこない。
どうせ保障のされていない未来なんだ。
クソ真面目に生きるより、適当に進学して、適当に就職して、適当に生きれればいい。
太陽の照り返しが暑くてクラクラとしてくる。
真っ黒のアスファルトが鬱陶しい。
学校もテストも受験も対人関係も。
今は全てが鬱陶しく、面倒くさく感じる。
アスファルトと雑草がガードレールわきに地道に咲いている、そんないつもと変わらないつまらない景色の中に見慣れないものがふと、視界に入った。
ガードレールに寄りかかり、何かを一生懸命覗き込んでいる…少女。
足がほとんど隠れるほど長い白いワンピースに、薄茶色の長い髪。
毛先だけ少しクルっとカールしている。
後姿からだけでは分からないが…歳もそんなに変わらないくらいだろうか。
…が、一体何をしているんだ?
ガードレールに身を乗り出して、何かを必至に見ようとしているのか、落し物でもしたのか。
ガードレールの向こう側は軽い坂になっている。
そんな身を乗り出してると落ちるぞ。
って、ガキじゃあるまいし、大丈夫だろう。
そう思って彼女の横を通りすがろうとした瞬間だった。
身を乗り出していた少女の体が、ガクンと落ちた。
「あ、危ねぇっ!」
オレはとっさに彼女の腕を引っ張り上げていた。
と、同時に彼女と目が合った。
クリっとした大きな目。
びっくりするくらい長いまつ毛。
そんな目を大きく見開いてこっちを見ていた。
後姿からでは分からなかったが、髪には大きな花のような形をした髪飾りをしていた。
髪飾りが彼女の警戒心を表してるようにキラッと太陽の光に照らされて光った。
そして何度も瞬きを繰り返して驚いた顔でオレの顔を見つめていた。
そりゃそうだ。
突然見知らぬ男に腕を掴まれれば、びっくりするどころか怪しいだろ…。
「あ、危ねぇだろ、そんな乗り出したら…」
とりあえず怪しい奴ではないぞ、と言う意味を込めてオレはなるべく穏やかに言った。
しかし少女の目線はオレから離れない。
じっとオレの顔を覗き込んで、目を見開いたまま少しだらしなく口を開けてぽかんとしている。
な、なんだ?
そんなに怪しかったか、オレ?
それとも顔に何か付いてるんだろうか?
正直そんな間近で凝視されると、落ち着かない。
「じ、じゃあ…気を付けて…」
とにかくこのよく分からない状況から抜け出そうと思い、オレは適当な言葉を残して去ろうとした時だった。
「なるせかずよし…?」
オレの名前を、それもフルネームで呼ばれ、オレは思わず振り返った。
「え?」
今までずっとぽかんと、目を見開いていた少女の表情が急にぱぁっと明るくなった。
そしてまたもオレの顔を覗き込みながら言った。
「成瀬和義!!」
なんだ?知り合いか?誰だ?
そんなオレの疑問符を完全に無視をして彼女は続けた。
「成瀬和義!北倉高校3年A組出席番号18番。誕生日は5月9日!好きな食べ物はカレーライス!!」
そしてオレのプロフィールを綺麗にまとめて言って見せた。
誰だ…こいつ?
「良かったぁ。このまま見つからなかったらどうしようと思ってたの」
いや、勝手に安心されても…。そもそも…、
「え…と、誰…ですか?」
オレは思わず敬語になっていた。
何度見ても見覚えはない。一度会ったらそう簡単には忘れられそうにない顔立ちなだけに、逆に相手のことが全く分からないのが失礼な気さえしてきた。
「愛沢莉子!」
「は?」
「だーかーらー。あ・い・ざ・わ・り・こ」
彼女はまるで子供に話しかけているかのように、わざわざゆっくり自分の名前を言ってみせた。
アイザワリコ?
オレは一生懸命脳内検索をしてみたが、記憶の中にそんな名前の人物は引っかからなかった。
「…ごめん、勘違いじゃないか…?君のことオレ知らないんだけど…。」
「勘違い?」
彼女は不思議そうな顔をして頭をかしげた。
「ああ。悪いけど、オレはあんたのこと全く覚えがないというか、知らないんだけど…」
「でも成瀬和義、でしょ?」
「そうだけど…」
初対面の人に呼び捨てされるのはなんか落ち着かない。
オレは彼女に全く覚えがないのに何故かオレの名前だけでなく、通っている高校名まで知っている。
わざわざ調べてまで会いに来る価値があるほどの人間じゃないぞ、オレは。
なんて一人突っ込みをしているとき大事なことに気が付いた。
「やっべ!学校!!遅刻する!」
「がっこう…?」
「あ、ああ。そういう訳だから、オレもう行くから。なんかよく分からねぇけど、じゃあ!」
遅刻しそうなのは事実なのだが、これは逃げる良いチャンスだと思いオレは軽く会釈してその場を去って行った。
「…がっこう…」
後ろで小さく彼女がそう言った気がしたが、オレは振り向くことなく学校へと向かった。
これが、オレ、いや『俺たち』の出会い、もとい、再会の『始まり』だった。
「ふう…」
何とかギリギリ学校に着きいつもと変わらない、つまらないホームルームを終えて、オレは思わずため息をついた。
今朝の、彼女はなんだったのだろうか?
同姓同名の人間と間違えている…わけないか。
この学校で成瀬和義はオレ一人だけのはずだ。
そして彼女はどうやらオレを探していたようだった。人に探されるようなことをしただろうか…?
まさか実は彼女は探偵とか?なんてそんなわけないか。
そう真面目に考え事をしているときに邪魔が入った。
「おっす、カズ!」
「…慶一郎」
オレの真面目モードをぶち壊して軽々がしく話しかけてきたこいつは、小野田慶一郎。幼稚園の頃からずっと同じ学校に通っている、幼馴染と言うやつだが、高校まで一緒になるともう腐れ縁とも言える。
「なんだよ~。昔みたいに『ケイ』って呼べよ~」
慶一郎は黙っていればそう悪くないだろう顔立ちをしているが、こういう軽い何を考えているのか、はたまた何も考えていなさそうな話し方で勿体ないことになっているように思える。
「嫌だね。…昔みたいにってなんだよ」
オレは朝のあの悪夢と突然の来訪者ではっきしと言って気分は最悪だった。
「へいへい~。とりあえず英語のノート貸してよ」
「はあ?何がとりあえず、だよ」
「いや~今日俺当たるんだけど、訳全然分かんなくてさ~」
「…分かったよ、ほら」
「サンキュー!!」
慶一郎にお目当てのノートを渡してやると大袈裟なくらいに喜んでみせた。
「おい、変な落書きとかすんじゃねーぞ」
「ちぇっ、ばれたか」
そう言って慶一郎はへらへらと笑った。
オレが毎年の”あの”夢を見るのを知っているのは、慶一郎だけだった。
その為か、この時期になればオレが朝から機嫌が悪いとそれを察してくれる。
この辺はありがたい、と思う。
さて、一時間目はなんだったか、時間割を確認しながら準備をしていると少し控えめの声で名前を呼ばれた。
「成瀬君、おはよう」
委員長の藤原だ。藤原は確か小・中学校と一緒だった気がするが今までほとんど話したことなんてない。
見るからにして大人しそうであるため接点などない。
「はよ…」
オレは機嫌は最悪ではあったが、委員長には関係のないことだ。一応返事をした。
「あ、あのね、化学のレポート用紙…提出今日までだから。せ、先生に成瀬君まだ出してないから貰ってくるように頼まれて…」
委員長は男子と話すのが苦手らしく、時々会話をしても、しどろもどろ話す。
「あ~…まだ書き終わってないから、書き終わったら自分で出しに行くからいいよ」
「そ、そっか。ごめん、よろしくね」
何で委員長の方が誤るのか分からないが、そう言って自分の席へと戻っていた。
化学のレポートか…面倒くさいな、なんて考えていたら急に頭を小突かれた。
「イッテェ!何すんだよ、慶一郎!」
あろうことが慶一郎がオレが貸してやったノートでオレの頭を小突きやがった。
「何だじゃねぇよ!何だよあの態度!!」
「は?何のことだよ…?」
オレは小突かれた所を軽くさすりながら、ノートを少し乱暴に奪い取った。
「藤原さんのことだよ!」
「?藤原がどうしたんだよ?」
「お前…ばかぁ?」
はぁ~と大きくため息をついて思いっきり見下すような態度で慶一郎は見てきた。
うん。これは腹が立つな。こいつだけには言われたくない。
そんなオレの不機嫌にもお構いなしに慶一郎は続けた。
「いいか。藤原さんがお前に気があるのなんて見え見えじゃないか。提出してないのなんてお前だけじゃねーよ。俺だってまだだもん!」
…んなこと、自信満々に言うなよ。
「なのに!わざわざお前の所だけに個人的に言いに来るとか、普通に考えておかしいだろう?」
確かに、言われてみればそうかもしれないが…。
「それなのに、お前ときたらあんな態度で!あ~あ藤原さん可哀想~」
慶一郎は頭を抱えてオーバーなリアクション付きで頭を振った。
こいつに正されるのもだが、このリアクションは若干イラッとするものがある。
「例え、本当にそうだったとしても…オレはそんな気全然ねぇよ」
これは本当だ。オレだってバカではない。うすうす委員長の態度には気がついてはいた。ただ考えないようにはしていた。委員長に限らず、オレはそんな浮ついた気分になれないのだ。
「…お前さ…」
慶一郎が急にさっきまでのテンションとは違い、声のトーンを下げて話し出した。
「いつになったら…自分を許せるんだよ。”アレ”はお前のせいじゃないだろう?」
「…っ!それは」
何かを言い返そうとして、フリーズしてしまったオレは何も言えずに動揺していたところにちょうどよく先生が入ってきて、会話が中断された。
「ま、いいや!」
そう言って慶一郎はオレのノートをひったくって、
「まだ写し終ってないんだわ」
といつもの調子でへらへら笑いながら、席に着いた。
いつになったら”あの日”の自分を許せる…か。
そんなことが分かっていればオレだってこんな悩まねぇし、毎年恒例の”あの”夢も見ないで済むだろう。
そんな方法があるのならオレが知りたいくらいだ。
冷房の入ってるはずの教室も窓際の席のオレには直射日光が当たって汗が止まらない。心なしかいつもより汗をかいている気がする。
その日は慶一郎のいらんおせっかいのおかげで授業の内容なんてほとんどが頭に入らなかった。
*
いつもに増して長く感じた授業が終わり、オレは早々に帰ろうとした。
しかし、またそこに邪魔が入った。
「なぁ、カズ今日これから空いてる?」
「空いてない」
オレは即答した。
「おい~即答はないだろ。せめて話くらい聞いてくれよ~」
慶一郎がだらしない声を出しながら腕にすがりついてきた。
こいつのこういうところは本当に鬱陶しいな。
「話も何も、来週から期末テストだぞ。ちゃんと卒業したきゃ大人しく勉強しろよ」
「いや、だからだよ~」
「は?」
思わずオレも間抜けな声を出してしまった。
「俺マジで数学ヤバいんだ!お前数学得意だろう?頼むから教えてくれ!」
そう言って慶一郎は両手を顔の前に合わせて頭を下げた。
「一生のお願いだからさ~」
出た。慶一郎の『一生のお願い』とやらだ。
こいつは昔から何かとすぐ『一生のお願いだから』と言っては、人に頼みごとをする。
一体何回目の人生のお願いだよ。
「っんなこと言われても、オレ教えんの得意じゃないんだよ」
「そこをなんとか!」
「オレなんかより、お前のお気に入りの委員長にでも聞けよ。どう考えてもあっちの方がオレより成績良いだろうし、教えんのも上手そうだろ」
オレは朝のお返しとばかりに、言ってやった。…が、
「そんな情けないこと出来るわけないだろう!」
なぜかこいつは偉そうに胸を張ってそう言った。
もうすでに十分情けないと思うが、何でこいつはカッコ悪いことを自信満々に言えるのだろうか。
「それに委員長…藤原さんはお前の事が…」
「ああ~もうその話はいい。関係ないだろう」
自分から出した名前だったが、なんとなくそれ以上言われるのが嫌でオレは慶一郎の言葉を遮った。
「…あぁ~もう。分かったよ教えればいいんだろ?」
「サンキュー!さすが親友、そうこなくっちゃ!」
「…本当調子のいい奴。と言うか親友になった覚えはないぞ」
「ちょっと、カズそりゃねぇだろ~。幼稚園からの付き合いじゃん」
オレは慶一郎の『幼稚園の時の遠足で~』とか勝手に語っている思い出話を無視しながら、どこで勉強をしようか考えながら校門へと向かった。
「それで、あん時さ~カズ確か…って。…どうしたんだよ?」
急に歩を止めたオレの顔を覗き込むように慶一郎が見た。
そしてオレが向けている目線を追って、真っ直ぐ見た。
校門の外には見覚えのある人物がいた。
白いワンピースに薄茶色の長い髪に、花のような形をした髪飾り。
相変わらず大きな目を、ぱちぱちさせながらきょろきょろ辺りを見渡している。
今朝出くわした『探偵少女』だ。
まさか、とは思うがオレを探しているのだろうか。
オレはなるべく関わりたくなくて、人影に隠れて出ようかと考えたが時すでに遅し。
「あれ?あの子誰だ?私服着てるけど…。お前の知り合い?」
慶一郎の目にはすでに入ってしまっていた。
「いや、ちがっ」
そう否定しようとした瞬間だった。
「あ!なるせかずよし君だ!」
『探偵少女』はオレに指を向けて叫んだ。
一瞬にして周りの目線がオレに向く。
え?え?と困惑している慶一郎。
不審な目で見るその他の生徒たち。
笑顔で走り寄ってくる最も不審な『探偵少女』。
そして、たぶんこの中で一番困惑して、不信感を抱いているオレ。
嗚呼、七月に入ったばかりだと言うのに今日はなんて暑いのだろうか。
頭がクラクラする。