バレンタインえすえす!
本日より、黒龍皇の日常の投稿を始めました。
このバレンタインえすえすは、記念すべき第一話! ……なのですが、如何せんバレンタインと無縁なものだから、ちょっとぐたぐたしちゃったり。
それでも、楽しんで読んで貰えたら嬉しいです。
幻世暦4999年2月14日。
この日の僕は、階下のキッチンから流れてくる甘い匂いで目を覚ました。
「ん……。何だろう、この匂い?」
僕――神刃 クローは、鼻を動かして何とかその匂いを嗅ぎ取ろうとするものの、いつもより一時間早く起きて寝ぼけているせいか、その匂いの正体が分からない。
「これじゃあ、龍人も形無しだね……」
などと、思ってもいないことを適当に呟いた僕は、一つ大きな欠伸をした後、チョーカーだけ首に巻いた後、黒いパジャマ姿のまで寝室を抜け出す。
「ふぁ……おはよう、アパ」
「あ、クロー様、あはようございます。今日は、早くに起きられたんですね」
「うん、まぁね」
寝室を抜けてすぐの廊下で、アルビノメイドに出会った僕は、口元を手で押さえながら挨拶をする。
この銀髪赤瞳のメイドは、白龍アパティオン。
僕のお目付け役にして、雄なのに女性の恰好をしている変た……変な龍だ。
「……クロー様、今とても失礼なことを考えていませんでしたか?」
「別にー。気のせいじやない?」
だって本当のことだし。
「………………」
「それよりそ、アパ。この匂いって、何か分かる?」
僕は、未だに睨みつけてくるアパを気にも止めずに、先程から気になっていたことを聞く。
その言葉を聞いたアパは、何とも言えない表情で僕を見た後、何故か恨めしげな声で呟いた。
「……キッチンに行ったら、すぐに分かると思いますよ」
「あ、そう」
その言葉を聞いた僕は、欠伸を噛み殺しながら、キッチンに行こうとする。
と、その時も何やらブツブツと呟いているアパの声が、耳に入ってきた。
「絶対に、変な龍だとか思われている……」
文句があるなら、そんな恰好をしないべきだね。
僕は心の中でアパにそう言いながら、ゆっくりと階段を下りていく。
すると、先程から漂っていた匂いが、より強く鼻孔をくすぐる。
この、少し苦みの混じった甘い匂いは……。
ようやく、この匂いの正体が分かってきた僕は、ゆっくりとキッチンがあるリビングの扉を開ける。
そこには――、
「やっぱり……チョコレートだ」
――想像通りの茶色いお菓子が、ボウルやヘラ等の調理器具を汚していた。。
それを見た僕は、ようやく今日が何の日か思い出す。
2月14日の今日は、約千年の前のこの日に黒龍皇ヴァレンが“守護”の儀を終えて、妻となる地龍ティーヌと結ばれたことから、ヴァレンティーヌ・デーと呼ばれている日だ。
この黒龍皇ヴァレンは、この国の第四十代国王として盛大な結婚式を挙げたことから、龍神信仰では恋愛の神とされ、この日に女性は好きな異性にティーヌの鱗を模したハート型のチョコレートをプレゼントすると、その想いが伝わるとされている。
勿論、絶対に両想いになるとは限らないが、今は宗教の壁を越えて“ファンタジア”全体規模のイベントになっているのだ。
しかし──、
「これ……、誰が作ったんだろう?」
僕は、顎に手を当てながら考え込む。
少なくとも、アパでないことだけは分かる。
アパはあんな恰好をしているくせに、料理全般が苦手なために、僕に料理当番をさせているくらいなのだ。
そんなアパが、チョコレートなどという高度な物が作れるワケがない。
そう思ったその時、僕の背後から声が掛けられた。
「え……? クロー、もう起きたの?」
「え?」
その声を聞いた僕は、後ろを振り向き──驚きで目を見開く。
そこには、長い黒髪の一房を蒼い花の髪留めでサイドテールにした僕の幼馴染──彩那・アリア・白鏡が立っていた。
え? ……何で、彩那が僕の家にいるの?
あまりの驚きで眠気が吹き飛んだのは良いが、身体は硬直している上に、思考もちゃんと纏まらない。
と、その時、洗濯籠を持ったアパが、二階から降りてきた。
それを見た彩那が、にっこりと微笑んでアパに言った。
「あ、アパさん! すいません、キッチン貸していただいて……」
「いえいえ、遠慮しないで下さい。チョコレートの匂いにつられて、クロー様も早く起きられたようですし」
……ちょっと、待って。
僕の記憶力が正しければ、彩那にキッチンを使わせてあげる許可をした覚えはないんだけど……。
「あ、そう言えば、クロー様に彩那様を家に招いたことを言うのわ、すっかり忘れてました」
「って、アパァァァアアッッッ!?」
このアルビノメイドは、なんてことをしてくれたんだ!
……どうしよう、本気で頭が痛くなってきた。
取り敢えず、このバカメイドは放っておいて、彩那から話を聞くことにする。
「……で、何で彩那は僕の家に居るワケ?」
「──ぅえ? ……き、今日はヴァレンティーヌ・デーでしょ? だ、だから、チョコを作ろうと思ったんだけど……寮のキッチンは他の子が先に予約取ってて……」
「あぁ……、成る程」
アマテラス首長国からの留学生である彩那は、エクシリオン魔導学園の学生街エリアにある女子寮に住んでいて、そこではキッチンやお風呂などを共同で使っているらしい。
だから、今日みたいなイベント時には、キッチンに予約を入れないと使えないこともあるそうだ。
「それは大変だね……。まぁ、今更だけど、キッチンは好きに使っていいから」
僕は、そう言うと、踵を返してリビングを出て行こうとする。
「あ、え、ク、クロー? 何処に行くの?」
「着替え。いつまでもパジャマのまんまじゃあんまりでしょう?」
「か、可愛いからいいんじゃない?」
「……絶対に着替える」
「ク、クロー!?」
もう、彩那ってば……、僕が可愛いって言われるの嫌いなこと知ってるくせに。
そう思いながら、部屋を出て行こうとしたその時──、
「ま、待って!」
──いきなり、パジャマの袖を掴まれた。
「ふぇ? ──まだ何か用があるの、彩那?」
「あ、あのね……」
彩那は顔を真っ赤に染めて俯いたまま、僕に両手を勢い良く突き出してきた。
「うわっ! ……って、え?」
咄嗟に後退をする僕だが、その手に握られた物に気付いて、少し間の抜けた声を出す。
それは、ピンクのリボンでラッピングされたハート型の赤い箱だった。
「彩那、これって……」
僕は、驚いて呆然と彩那に聞く。
「え、えーと……」
「ほらほら、彩那さん。今が正念場ですよ!」
「う、うん、アパさん。私、頑張る!」
どうやら、僕の幼馴染が言いたいことを、うちのアルビノメイドは知っているようだ。
しばらくその様子を見ていると、何やら深呼吸をしていたらしい彩那が、ようやく口を開いた。
「あ、あのね……。ど、どうせクローは一杯をチョコを貰うだろうけど……はいっ! これ……私から、クローにあげる!」
「え……、あ……」
彩那から箱を貰った僕は、しばしの間戸惑ってしまう。
が、彩那に視線で確認を取った後、失礼とは思いながらも、すぐにリボンを解いてすぐに箱を開ける。
そこには、丁寧にトッピングされたハート型のチョコレートが入っていた。
僕はそれをゆっくりと手に取ると、恐る恐る一口齧って見る。
そして──、
「──っごく、甘いっ!! すごく美味しいよ、彩那!」
「!!! ほ、本当っ!?」
「うん!」
ミルクチョコレート独特の甘さとまろやかさ、そしてほんのりとした苦さが口内を満たし、まさに天にも昇るような感覚。
……彩那って、こんなに料理が上手だったんだ。
僕は、ゆっくりとチョコレートを味わって食べ終わった後、素直に彩那にお礼を言う。
「彩那、ありがとう! すごく美味しかったよ!」
「そ、そう? なら、良かった……」
その言葉を聞いた彩那は、流石に恥ずかしかったのか、顔をほんのりと赤らめている。
それを見た僕はゆっくりとはにかみ、側にいるアパもニコニコと微笑んでいる。
この家では、珍しいくらい平和な朝だ。
いつもは、アパのボケを僕が突っ込んでいるからなぁ……。
そう思うと、本当──、
「──本当、ヴァレンティーヌ・デーは、義理でも嬉しいものだね!」
──ピシッ!!!
僕がそう言った瞬間、キッチンに満ちていた空気に亀裂が入った音が聞こえた。
……あ、あれ? アパも彩那も笑顔を一変させて、怖いくらいの無表情で僕を見てくる。
と言うか、彩那に至っては右手に魔法陣まで展開されていらっしゃる。
……もしかして、僕は何か間違えたかも。
背中から、冷や汗を滝のように流す僕を見たアパは、無表情のまま言った。
「……クロー様は一度、痛い目を見るべきだと思います」
「……え?」
僕が身の危険を感じた時には、時既に遅く。
体全体から怒りのオーラを昇らせた彩那が、右手の光属性魔法を僕に向けて発現させた。
『響き渡れ……“陽光穿矢”っ!!!』
「──ぎにゃぁぁぁあああああっっ!!」
……結局のこと、その日僕は一時間早く起きたものの、学校を遅刻するハメになったのだった。
めでたし、めでたし?
と、言うわけで、グダグダなバレンタインサイドストーリーでしたが、楽しんで頂けたでしょうか?
この作品では、皆さんのリクエストをどんどか取り込んでいきたいと思ってますので、こういう話が読みたいという話が読みたい等のご要望があったら、感想等でお知らせ下さい。
以上、現野 イビツでした。