第20話◎信用とぬいぐるみ
しばらくは沈黙が続いたが、夏木は話を切り出した。
夏木
「アゲハちゃん…辛いかもしれないけど…アゲハちゃんの過去…教えてくれたりしないかな?」
アゲハは持っていたぬいぐるみをギュッと抱き締め、黙り込んでしまった。
夏木はそんなアゲハを見て、無理にとは言わないと言って優しく微笑む。
アゲハはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
アゲハ
「お母さんとお父さん…。アゲハの目の前で殺された。青い服を着た集団に…」
青い服を着た集団…。きっとダッドウィンダー軍の事だろう。
ダッドウィンダー軍は邪魔になる者は容赦なく殺してしまう集団だ。当然そのようなことも、いとも簡単にしてしまうだろう。
ダッドウィンダー軍はわざとアゲハの目の前で両親を殺したのだろうか…?
アゲハ
「首を切られたの。闇のオーラを纏った剣で…。…アゲハのお母さん達の首は…アゲハの目の前に転がってきたの。」
なんて残酷な事だろう…。
アゲハの目の前に親の生首が転がり、目の前で首の無くなった親の体が血を吹き出している。
首を切られた両親は、白目を向き…苦痛に包まれた表情をしていたという…。
それを目の前で実際に…自分の目で見てしまったのだから…。アゲハが心を閉ざすのは当然のことだ。
アゲハ
「お父さんもお母さんも…いっぱいいっぱいアゲハを愛してくれてた…。何も悪くない。何も悪いことをしていないのにどうして殺されないといけなかったんだろう……」
アゲハは透明に光る涙を一滴…静かに流した。
夏木は話を聞いて、アゲハを咄嗟にギュッと強く抱いた。
夏木
「ごめんね。辛いこと話してもらって…。でもねアゲハちゃん…いつまでも辛い過去を持って生きないで、この世には悪い人もいるけど…それ以上に心が豊かで優しい人も存在するんだから…」
アゲハ
「なつ…き……」
夏木
「…あなたは私を信じて辛い過去も話してくれた。そんな風に…もっとたくさんの人を信じてほしい…喜怒哀楽の感情を持つ生命としてこの世に存在する限りは……」
ブラッド
「…ほら。アゲハ…お前も…こんな綺麗な涙を流せるんだぞ」
ブラッドはアゲハの涙を拭い…優しく微笑んだ。
アゲハはブラッドの目を見て、静かにうなずいた。
アゲハ
「なつき…ぶらっど…。ありがとう。アゲハは……もう大丈夫だよ」
アゲハはそう言うと……
初めて夏木に笑顔を見せた。無邪気だがどこかぎごちない笑顔だが…
アゲハの流す涙が、より一層光り…まるで……
メルトの言ってた、天使のような微笑みだった。
……………………
アゲハ
「メルトお姉ちゃぁん!」
アゲハは1階に降りて、真っ先にメルトに飛び付いた。
メルトは驚きながらも、涙を見せて喜んでいた。
メルト
「良かった…昔のアゲハに戻ってくれたんだね…心配したんだよ。」
アゲハ
「メルトお姉ちゃんごめんね!アゲハにいっぱいいっぱいしてくれたのに…」
二人は抱き合い、お互い涙を流して喜び合った。
その光景はまるで……再会した姉妹のようだった。
メルト
「夏木…ブラッド…アース…本当にありがとう。アゲハのこんな無邪気な笑顔を見ることが出来たのは初めてよ」
アース
「オイラは結局なんにもしてねぇや」
ブラッド
「夏木のことをかなり気にかけていたではないか」
アース
「えっ、オイラ別にっっ」
アースは顔を赤らめてそっぽを向く。
夏木はクスッと笑い、
夏木
「アース…ブラッド…あなた達は私にとって大切な大切な仲間よ。あなた達がいるだけで私はとても支えられるわ」
夏木は人間界では、ほとんど友達というものがいなかったのでアース達の存在が本当に嬉しいのだ。
三人も互いに見つめ合い、のどかな時間が過ぎていった。
するとアゲハはメルトから離れて夏木の方へと寄ってきた。
夏木の前でピタリと止まると、とびっきりの笑顔でこう言うのだった。
アゲハ
「なつきー!またなつきの作ったサンドイッチが食べたい」
アゲハは激しく足踏みをして、子供らしい声で夏木に頼んだ。
夏木
「ふふっもちろん!」
アゲハ
「わぁい!ハムも入れてね」
夏木
「あはは!はいはい」
アゲハには完全に子供としての心が戻っていた。
夏木はすぐに特製サンドイッチを作り、大きなハムを2枚挟んだ。
メルト
アース
ブラッド
夏木
そして…アゲハも加わった食卓で夏木の作ったサンドイッチを囲んだ。
メルト
「あら…美味しい!こんなの初めて食べたけど、アゲハが気に入る理由もわかるわ」
夏木
「ありがとうございます!妹達によく作っていたので」
アゲハ
「あぁ!アースが卵こぼしてるー!」
アース
「う、うるせぇ!お前こそ口にハムの欠片がついたままだぞっ」
アゲハ
「え?どこどこ?」
ブラッド
「ふっ、賑やかだな」
こんなに賑やかな食事は夏木も久々だった。
食事を終えて、話をするうちに日が落ちてしまった。
ブラッド
「さぁ…明日にはここを出て、また旅を続けなければならない」
夏木
「そうだね」
アース
「ここに3ヶ月以上居座っちゃったもんなぁ」
三人は明日に備えて早めに寝ることにした。
その夜…………
夏木達が寝ている部屋に、静かに入ってくる者がいた。
夏木はドアの開く音で目覚め、様子を見た。
するとそこにはアゲハがぬいぐるみを持って立っていた。
夏木
「どうしたの?」
夏木が聞くと、アゲハはもじもじしながら持っていたぬいぐるみを夏木に差し出した。
アゲハ
「これ、アゲハの宝物なの!なつきにあげるっ」
アゲハは照れくさそうに、ぬいぐるみを夏木に渡した。
アゲハは本当に信用した人にぬいぐるみを渡す
そうメルトが言っていたことを夏木は思い出した。
夏木は静かにぬいぐるみを受け取る
夏木
「ありがとう…。大事にするね!あっ、アゲハちゃん…一緒に寝る?」
アゲハ
「うん!」
アゲハは嬉しそうに夏木の布団に潜って、夏木に抱きついた。
夏木はアゲハの髪を撫で…再び眠りについた。
最近ストレスが溜まって
仕方がない紫苑です。
小説を書いてると
少し落ち着きますがね。
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