ナインイレブン もう一つの支店
俺の勤めるのは”ナインイレブン”というコンビニエンスストアだ、全国展開されているから認知度は高いと思うのだが。
いくら知名度が高いコンビニだからといって、全部の支店が繁盛しているわけじゃないし、平和な地域に建っている支店もあれば、ウチのような…ちょっとばかりキケンな場所に建ってる店もあるわけで。
「らっしゃいませー」
最初の”い”を抜かすのは最初に教育されたときからの風習だ、店長直々に指導があったのだから準じるしかあるまい……意味はわからないが、気分とかそんなもんだろう、深く聞いてくれるな。
「らっしゃいまっせー」
同僚の木村も、俺の声に少し遅れて棚の影から声をだす。
さて、ウチのコンビニの立地なのだがな、通称魔の三角地帯。
神社、寺、墓地を3つの頂点にもつ三角形の丁度中央に位置している、更に入り口は北向き。
そんなわけで、かわったお客様が多数お見えになる。
大抵は実体すら無いまま入店ベルを鳴らし、すぐに裏口から帰られるのだが。
時々店内を暫し物色した後、いつの間にか居なかったり。
中には常連さんもいるわけで。
「だからさぁ、盛り塩なんて、イマドキはやらないわけよ?」
しっかりはっきり見えてますが、隣町にある高校の制服を着た彼女はれっきとした幽霊です。
「申し訳ございません、お客様。 オーナーと店長のたっての希望で設置させていただいてますので、撤去はできないんですよー」
にこやかに応対している木村に拍手。
この時間帯のバイトのなり手は中々居ないのだが、あいつだけは長続きしてくれてる。
さすが、神社の息子はつええな。
店の隅に置かれた塩が気になるらしい彼女は、塩の前にしゃがみ込みまじまじと塩を観察しているが…お客様、パンツが見えてますよ。
それにしても、木村ん所の神主さんに拝んでもらった塩も駄目か。
拝んでくれた神主さんも「まぁ気休めにしかならないけど」とは言っていたけど、本当に気休めだったなぁ(主に、オーナーと店長の)。
「バイト君、鼻の下が伸びているよ」
スーツをびしっと着た青年が、俺の立つレジカウンターにひじを突いて軽く寄りかかりながら、少し不機嫌そうに小声で注意してきた。
いかんいかん、あの魅惑の黒チェックに気をとられてしまっていた。
「失礼致しました。 ところで、もうそろそろお帰りになられる時間かと思うのですが?」
そう常連である青年に告げると、青年は視線を転じて店内にある時計を見上げ、それから入り口のドアへと顔を向けた。
「まぁいいじゃないか、どうせ客は誰も居ないんだし」
「……そうですね、この時間帯は、皆様悪寒がするからといって、店に近づきもしませんから」
来るのはよっぽど霊感がないか、緊急事態な人間くらいだ。
青年は血の気の引いた薄めの唇を笑みの形に歪め、俺に視線を流してくる。
「そうだね、この時間ここに来るのは、よっぽど酔狂な客だ。 まず、地元の人間は来ないね」
そう言いながら俺に向けていた視線をすいっとドアに向ける。
なんだろう、やけにドアを気にしているようだ。
「僕らはね、この店が好きなんだよ」
視線をドアに向けたまま、青年は独り言のようにそう口にする。
いつのまにか、女子高生も立ち上がりドアを注視している。
木村が小走りに俺の居るカウンターまで近づいてきた、その表情は少し切迫しているように見え、手には店内に設置してあった2箇所分の盛り塩の小皿が載っている…なぜだ?
木村がカウンターに入った途端、突然ぶわっと店内の密度が増した気がした。
……いや、気のせいじゃなく、増した。
人口密度じゃなく、幽霊密度だが。
流石にこの量を見るのは初めてで、圧倒されて腰が抜けて座り込みかけてしまった。
「大丈夫ですか、チーフ」
塩の盛られた皿をカウンターに置いた木村に支えられ、なんとかみっともなくへたり込まずに済んだが。
「ど、いうことですか……」
俺は木村に支えられたまま、スーツ姿の青年幽霊に呻くように声をかけた。
青年はカウンターから身を起こし、いつに無く凛々しい立ち姿でドアを睨みつけている。
「バイト君達はそこに居なさい」
低い穏やかな声が有無を言わさない強さで俺達に命じた。
果たして、ドアを開けて入ってきたのは……。
「…山伏……」
ぼそり、と木村の呟く声が耳に入った。
確かに山伏だ、厳つい顔、厳つい体、手には錫杖と数珠、額にはあの黒くて小さい帽子(?)…とにかく、あの修験者といわれている山伏だ。
山伏はドアを開け、中にひしめく幽霊達に臆することなく、その一歩を踏みしめた。
手にした錫杖を力強く鳴らし、数珠を振るい、俺にはわからない謎の呪文を唱えている。
「くぁっ!」
ドアの近くに居た、ふよふよした霊(実体はないが、白いもやもやとして居る)が一声あげて、掻き消えてゆく。
「雑霊ちゃんが…っ!」
女子高生が悲しみに満ちた声をあげ、涙の滲んだ目でキッと山伏を睨みつける。
途端、山伏の額に大粒の汗が浮かび表情も苦しそうなものになるが、山伏はその何らかの力に対抗するように声を張り上げ、じり、じり、っとすり足で店内に入ってくる。
その迫力に押されてか、霊達もじりじりと後退している。
緊張感の高まった店内では、蛍光灯が破裂し、窓ガラスにはヒビが入る、動揺している雑霊(?)が商品を掴んで縦横無尽に飛び回り……ポルターガイストのオンパレードだ。
「オン・キリキリ--------」
山伏が汗まみれになりながら必死に呪文を唱えているが、店内に1メートル程入ったところから動けなくなっている。
「我等が憩いの場を乱すのはやめていただこう! 我等はただ、この場で過ごすひと時を愛しているだけなのだから」
今までじっと動かずに居た青年が、無造作に左手を山伏へとかざした。
「ぐほぉぉっ!!」
手を向けられた瞬間、山伏は何か巨大な力に押されたかのように店外まで吹っ飛んだ。
「あっちゃぁぁ、やっぱり駄目だったみたいだねぇ」
いつの間にか霊達も消えポルターガイストのせいで照明5割減の薄暗い店内、呆然としている俺達の耳に呑気な声が入る。
見れば、裏口から入ってきたオーナーが、散乱した商品をひょいひょいと避けながらカウンターまでやってくるところだった。
「…オ、オーナー?」
オーナーはぐるりと店内を見回し、あっはっはー、と乾いた笑いを零し、くるりと俺達の方を向くと。
「特別手当出すから、片付けよろしくね!」
むさ苦しいオッサンのウィンクなどいらないから……頼むからもう余計なことをしてくれるなと、俺と木村でつるし上げたのは、致し方のないことだと思う。
その後、翌々日には窓ガラスの張替えも終わり通常営業に戻った夜の店内には、やっぱりいつものように常連霊達が来て、生身の客が来ず暇を持て余す俺達を冷やかしていくのだった。
お読みいただきありがとうございました
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