『リゼット・ラングロワの神殿堂』へようこそ! Part 1
リゼットは村の一軒家を買い取り、『リゼット・ラングロワの神殿堂』を開業した。 扱う商品は、至高神エトゥワの加護を込めたアクセサリーとポーション。 エトゥワが寵愛する元聖女の手による特級品だから、効果は凄まじい。『神殿堂』は忽ち近隣の村々で評判になった。
『神殿堂』は女店主の美しさでも噂になった。 王都で聖女を務めていたリゼットの佇まいは、辺境の村人の目にはひどく垢抜けて映ったのだ。 長い歴史を誇るセザール王国の洗練された文化が、彼女の装いと所作に自然と表れていた。
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ある日の昼下がり。 『リゼット・ラングロワの神殿堂』は今日も、近隣の町や村から集まった客で賑わっている。 幸運・富・健康...... 色々なご利益を求めて『神殿堂』へ集まってくる。 客の応対に追われるリゼットの耳に、店のドアが開閉される音が引っ切り無しに届く。
またドアが開き、客が入ってきた。 大柄な40代の男性だ。 立派なマントを羽織り、平たく角張った帽子をかぶっている。 服の仕立ても良い。 身なりから察するに役人だ。
リゼットが立つ会計カウンターはドアの隣。 役人はすぐにリゼットに気づき、居丈高に尋ねる。
「お前か、噂の女店主は」
一介の平民ならば男の身なりと態度に萎縮する。 だがリゼットは動じない。 かつて王太子の婚約者だった彼女は、役人が相手でも畏れ入りはしない。
「噂のことは存じませんが、この店の店主は確かに私です」
リゼットの返答に金属音が重なる。 鎧兜を着込む男が2人店内に入ってきたのだ。 腰に長剣を帯びている。
役人は武装した兵を気にする様子もなく、リゼットの顔と体にイヤらしい視線を這わせる。 視線はリゼットの白い喉元から始まり、胸の膨らみ、腰の曲線へと下がってゆく。
「噂通り良い女だな。 まるで天女だ」
「......」
どう返答して良いか分からず、リゼットは2人の武装兵に目を向ける。 明らかに役人の護衛だ。 護衛を伴うなら、この男は相当な地位にある。 面倒な事になりそうだった。
役人は好色な笑みをリゼットに向ける。
「私はモランジュ侯爵の代官、イポリット・ルグロだ。 お前はこの店の営業許可を得ておらんな?」
指摘されてリゼットは気付いた。 お店の営業には領主の許可が必要であることに。
「わかりました。 では許可をお願い致します。 いくらお支払いすれば良いでしょう?」
「"いくら" だと? カネを払えば自動的に許可を貰えると思ってるんじゃないだろうな?」
「そうではありませんの? おカネ以外に何を――」
イポリットはリゼットの言葉を遮る。
「私の妾になれ。 そうすれば金貨5枚でお前に営業許可を与えてやろう。 こんな辺鄙な村ではなく都市でのな。 お前は私と暮らすのだ」
多数の客の存在を意に介さず、欲望剥き出しの要求を突きつけた。 イポリットの傍若無人の振る舞いに、店内はざわつく。
「あのお嬢ちゃんも災難だな。 代官に目をつけられるとは」
「オレのリゼットちゃんがイポリットの野郎の妾に? 許せねえ」
「どうすんだリゼットちゃん? お代官さまに逆らったらこの村にはいられねえぞ」
イポリットの下劣な要求に怒りに震えていたリゼットが、ようやく言葉を見つける。
「め、妾ですって!? ふざけないでっ! こともあろうに、セザール王妃となるはずだったこのわたくしを――」
うっかり過去の記憶に触れてしまい、リゼットの脳裏に苦い記憶がドッと溢れ出す。 粗末な囚人服を貫く冬の冷気、両手首を縛る荒縄の痛み、ギラリと光るギロチンの刃、そして、リゼットの処刑を見物しようとオペラグラスを構える公爵令嬢カミーユ・ヴィニエ......
言葉が途切れたリゼットに、イポリットは鋭い視線を送り込む。
「セザール王妃になるはずだった......? そうかっ、聞いたことがあるぞ! セザール王国の聖女が王太子の婚約者だと。 どんな訳があるのか知らんが、婚約を破棄されてこんな辺境に逃げてきたんだな?」
「......」
押し黙るリゼットを気に留めず、イポリットはいっそう下卑た顔になる。
「くっくっくっ、こいつはいい。 セザール王妃になるほどの女を妾にできるのだからな」
「あなたの妾になどなりませんっ!」
リゼットの怒りの声は、イポリットを怯ませるどころか喜ばせる。
「ふ~む、怒った顔も美しい。 凛とした声もいい。 いや、こいつは噂以上の上玉だ」
リゼットは怒りと動揺に震える声でイポリットを拒絶する。
「別の土地へ移動するわ。 あなたのように卑劣な人がいない所へ」
「移動できるものか。 無許可営業の罰として、お前の資産は全て没収だ。 おい!」
イポリットの合図で兵士の1人が店のドアを開け、兵士の集団を招き入れる。 代官が連れてきた兵は2人だけではなかった。 イポリットは『神殿堂』で稼いだおカネだけでなく、リゼットがセザール王国から持ってきた宝飾品も預金証書も全て没収するつもりだ。 よその土地へ移るための旅費どころの話ではない。 明日から暮らしていけない。
(そ、そんな。 そんなことって――)
追い詰められたリゼットの青ざめた顔を見てニヤリと笑い、イポリットは店内の客を追い出し始める。
「客は全員表に出ろ。 この店は今日で営業終了だ!」
鎧姿の兵士に混じって役人らしき平服の者も店に入ってきていた。 店舗の奥に見える階段に目をつけ、兵士に指示を出す。
「二階部分が自宅だな。 金目の物を差し押さえる! 何人か一緒に来なさい」
「やめて!」
後を追おうとするリゼットを、イポリットは背後から抱きすくめ動きを封じる。
「お前はここで大人しくしていろ。 兵士に小突かれて怪我をせんとも限らん」
二階から兵士の荒々しい足音と物を乱暴にひっくり返す音が聞こえてくる。
イポリットの腕の中でリゼットは絶望の声を漏らす。
「やめて、もうやめてよ......」
リゼットの顔はショックで真っ青。 抱きすくめるイポリットの腕の中から逃れる気力も失い、ただただ呆然としていた。




