k-07 オッサンは誰のもの
こちらの元ネタは原付転生reverseの
【reverse 104 なかよし】と
【reverse 93 異世界レベル】と
【reverse 94 いつか終わる旅】です。こちらを読んで頂いたくと意味がわかりやすくなるはずですが、野球に全く知識のない方はユッタと小石先生のようなウンザリ回間違いなしなのでご遠慮下さい。
春休みに入ると、アハロの宿泊部門はプロ野球シーズンの開幕と重なって、ゴールデンウィークまでほぼ満室が続いていた。
そんな中、珍しく女子エリアの屋根裏に四名分の予約が入った。
「あら、女子四人組なんて珍しいわね。ツーリング? いや、またガイシホールで女子ウケするようなアイドルのコンサートかしら」
「もうそろそろ春ですからね。卒業旅行かもしれませんよ?」
「卒業旅行にライダーハウスってチープすぎない? もっと素敵なホテルに泊まりそうだけど……」
モト子と花は予約表を見ながら、勝手に想像を膨らませていた。
*
その頃。
山口県の角島大橋を、三台の原付が渡っていた。
先頭は阪神タイガース柄の虎模様のディオ。
続いて黒いジョグZR。
最後に白いヴェルデ。
青い海が両側に広がる橋の上を、三台が並んで走った。
トラ子、ユッタ、セイラ。
三人の春休みが、ここから始まった。
*
一日目は角島から山口市方面へ、国道二号をのんびり東へ進んだ。
二日目は広島県へ。
広島市内で本場のお好み焼きを食べて、夜は東広島で宿を取った。
三日目は尾道の海沿いを走って岡山へ。
瀬戸内の青い光の中を、三台が並んで走り続けた。
四日目の夕方、大阪府野田に着いた。
「うわ〜! 懐かしい〜!」
「せやろ? 全然変わらんよな!」
「今夜はうちでお泊まり会だね!」
久しぶりに三人は、ユッタの家でお泊まり会をした。
幼稚園から一緒だった三人が、また同じ屋根の下にいる。
夜中まで笑い合った。
五日目。
最終日は大阪から名古屋まで、国道一号線を東へ走り切った。
日が暮れる頃、西之門の路地に三台のエンジン音が響いた。
*
「毎度でーす! 予約してたトラ子とユッタとセイラっす。ここがアプリのオッサンが作ったライダーハウス? ……え、めっちゃええ感じやん! センス抜群っすね!
自分ら、女子四人で予約してた思うんすけど、あと一人はもう着いてます? 先に入ってたりします?」
宿泊部門担当のクレアおばさんが予約台帳を確認しながら答えた。
「お連れの方はまだ見えてないわね。お嬢さんたちは未成年かしら?」
セイラが不安げに顔を上げた。
「未成年じゃ泊まれないんですか?」
「ハハハ、まさか! ウチは未成年でもOKよ。私にも中学生の娘がいるから、お嬢さんたちが偉いなぁと思っただけなの。ごめんね、不安にさせて」
「……っちゅーか、そんなんええねんけど! オバチャンが店長さんなん? 自分ら、アプリのオッサンに教えてもらってここ来てん。ここって、あのオッサンが作ったんやろ? マジで? あいつ、意外とやるやん!」
クレアおばさんは、アプリの名前が出てきたことでモト子の知り合いだと判断して、ホールのモト子をロビーへ呼び出した。
「クレアおばさん、どうかした?」
「この子らがアプリさんからここを教えてもらったと言ったから、店長の知り合いかと思って」
「え? アプリさんから?」
そう言いながら顔を出したモト子を見て、トラ子とユッタが一瞬固まった。
三十代の、メガネをかけた綺麗な女性だった。
アプリと同世代だ。
「……え、マジ!? 店長さん、あのオッサンの嫁はん? あいつ、ホンマ何考えとんねん! ユッタっていう美少女をあんなに垂らしこんどいて、こんなベッピンの嫁さんおったんかいな!
クッソー、あのオッサン! やりよるなぁ……。あんなんで隅に置けんとか、マジで腹立つわ!」
「ちょっと待った! なんで私がアプリの奥さん認定されてんのよ! 私があんな風来坊を相手にするはずないでしょ?」
モト子が必死に否定すると、トラ子とユッタの顔が同時にほっとした。
「な〜んや! やっぱりそうやんな! あんなアプリのオッサンが、こんなベッピンの店長さんと一緒になれるわけないわ。天と地の差やん、マジで!
よかったなぁ、ユッタ! あのオッサン、フリーやぞ! チャンスやんけ、自分!」
その様子を冷静に眺めていたクレアおばさんが、静かに呟いた。
「お嬢さんたちはアプリさんって人が、本当に好きなのね」
一言で十分だった。
トラ子とユッタの顔が、耳の先まで真っ赤になった。
二人が揃って俯いた。
その様子を見ていたセイラが、本当に楽しそうに笑っていた。
*
クレアおばさんに案内されて三人が三階の屋根裏部屋へ上がると、その広さに驚いた。
元は町工場の倉庫として使われていただけあって、天井が高い。
ガランとした空間に、女性専用のトイレと洗面所が整備されていて、鈴菌特製の二段ベッドが一部屋に八台並んでいる。
向かい合わせに置かれたベッドの間には、ハンモックが吊るされていた。
トラ子が一直線に走ってハンモックに寝転んだ。
「うわ、めっちゃ凄いやん! ハンモックまであんの? ヤバッ!
自分、今夜は絶対ここで寝るわ! もう決まり! 誰にも譲らへんで、マジで!」
ユッタとセイラも次々とハンモックに倒れ込んだ。
三人が揺れながら天井を見上げた。
「ごゆっくりしてね」
クレアおばさんがニッコリ笑って、業務に戻っていった。
*
夕飯を一階のカフェで食べようと、三人がカフェスペースへ降りてきた。
そこで今度は、厨房の花を見てトラ子とユッタが引きつった。
「ちょお待て、ユッタ……。あのコックもめっちゃ可愛いやんけ! 自分、見た? あれマジでエグない!?
まさかあのオッサン、本命はあのコックの方ちゃうん!? もしそうやったら、これ相当ヤバいって! さっきの店長さんよりさらに上行くベッピンさんやんか……。
ど、どないすんの!? どないすんねんユッタ!!」
「うん……。あの子じゃ私らは勝てないかも……」
「そんなにアプリさんってカッコイイの? 二人がそんなに夢中になるなんて珍しいよね」
セイラが不思議そうに言った。
「ちょ、ちょお待て待て待て! ちゃうねん! ウチちゃう! ユッタ! ユッタやねんて!
あのアプリのオッサンにゾッコンなんは、このユッタなんよ! ホンマ、ウチは全然関係ないし! ユッタが好き好き言うてんねん! なぁ!? ユッタが好きなだけやろ!?」
トラ子が自分に言い聞かせるように早口で言った。
ユッタも慌てて頷いた。
二人がメニュー表で顔を隠した。
セイラが一人でメニューをのんびりと眺めた。
「何にしようかな〜。ドリアも美味しそうだしなぁ〜。二人はどれにするの? 私はこのホタテのドリアと……あ、小豆島ネーブル・サンライズにしようっと」
「え? 小豆島?」
「なんで小豆島やねん……しかもネーブルって……まさか、あの時の?」
トラ子とユッタが同時にメニュー表から顔を上げた。
「二人はこの小豆島ネーブル・サンライズに心当たりがあるの?」
「あるってもんちゃうで! これ、自分らが収穫したネーブルやんか!
……あぁ、そういうことか。アイツら、大量に余った規格外のやつ、ここに送りつけたんやな。納得やわ。
ほんなら自分もこれにするわ! 鶏辛丼と小豆島ネーブル・サンライズ! これしかないやろ!」
三人のオーダーが決まったところで、モト子がテーブルに来た。
「決まりましたか?」
ユッタが代表して答えた。
「まずは小豆島ネーブル・サンライズが三つとホタテのドリアとこの鶏辛丼と、私はハンバーグ&コロッケセットを。店長さん、もしかしてこの小豆島ネーブルってアプリさんから送られたものですか?」
「えぇ、よくわかったわね」
「はい! この時、私とこのトラ子も収穫のバイトをアプリさんに紹介されてたんです。だから、この小豆島ネーブル・サンライズをここで食べられるなんて本当に嬉しくて!」
「まあ、そうなのね。こちらとしても、実際に収穫していた人に直接会えるなんて嬉しいわ!」
モト子は伝票を書きながら、ふとユッタとトラ子の耳元に顔を寄せた。
「それじゃあさ、ちょっと聞きたいんだけど、ネーブルの後に謎のカードの入っていないプロ野球チップスが何箱も送られてきたんだけど、あれについて何か知ってる?」
ユッタの顔が青ざめた。
「もう……思い出したくありません……。あれは小豆島の悪夢です……。マルティネスが出なくて……出なくて……」
ユッタが小刻みに震え始めた。
モト子とセイラが不思議そうにユッタを見つめていた。
そんな中、なぜかトラ子だけがドヤ顔をしていた。
*
そこへ、ガレージの奥から甲高いツーストロークのエンジン音が炸裂した。
「来た! 行こう! ユッタ!」
トラ子とユッタがガレージへ飛び出した。
ガレージに停まったのは、YAMAHA SDR200だった。
ヘルメットを脱いだのは、小石先生だった。
「トラ子ちゃん! ユッタちゃん! 久しぶりね! 遅くなってごめんね! フェリーの時間をミスっちゃった!」
「小石先生!」
二人が同時に飛びついた。
小豆島の小石先生と、角島のセイラと、大阪府野田のトラ子とユッタ。
女子四人組が、名古屋・笠寺のアハロで揃った。
ガレージに、笑い声が響いた。
*
その夜、四人は一階のカフェで遅くまで食事をした。
小豆島ネーブル・サンライズが三つ、テーブルに並んだ。
ホタテのドリア、鶏辛丼、ハンバーグ&コロッケセット。
小石先生が小豆島ネーブルを一口飲んで、目を丸くした。
「あら! あの収穫した子たちのが、こんな形でここに……!」
「そうなんですよ先生! ほら、やっぱり世の中ってちゃんと繋がってるんですよ!」
「繋がってるって言うか、あのオッサンが全部仕組んどるだけやろ、たぶん」
「トラ子ちゃん、そういうところが素直じゃないのよ」
「……別に素直やし! ウチが一番素直やし!!」
笑い声が、アハロに溢れた。
モト子が厨房に向かって呟いた。
「……花ちん、この子たち、いいわね」
花が厨房から顔を出して、テーブルの四人を見た。
ハンモックの話をしているらしく、全員が笑っている。
セイラが何か言うたびに、トラ子が「ちゃうちゃうちゃう!」と身を乗り出している。
ユッタが照れながら小豆島ネーブルを飲んでいる。
小石先生がそれを温かく眺めている。
「はい」
花が静かに頷いた。
「春ですね、モト子さん」
西之門の路地の外では、春の夜風が吹いていた。
四人の春休みが、笠寺で始まったばかりだった。




