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k-70 大人子供と子供大人

 連休明け。校長室で、京子先生と教頭先生が対立していた。


「まさか、未成年の生徒と外泊なんて前代未聞ですよ! 京子先生! 校長! これは厳しく断罪しないと!」


「う〜ん……しかし、部活の顧問としては同行するのに問題が無いのでは? 他のスポーツ部の遠征なども顧問が同行しますからねぇ〜」


「遠征試合と一緒にされても困ります! 校長! 原付部のツーリングなんてものはただの趣味でしょ!」


「あぁ、なるほど。それも一理ありますねぇ。京子先生、生徒たちの親御さんの許可は得てるんですよね?」


 京子先生はヨンキュウ部の乙女たちの親の承諾書を校長の机に並べた。


 教頭先生が悔しそうに承諾書を睨みつけた。


「親御さんからの承諾書なんて当然ですが貰ってます。むしろ、部員の親御さんは原付に乗るようになってからの方が親子の関係性が良好になったと聞いてます!」


「良好になる?それが原付とどんな関係があるのかね!?」


「原付に乗ることで漠然とした生き方をしなくなるからです!」


「は? 何を言ってるのかね? 漠然と生きる? 意味がわからん!」


 京子先生は思わず笑ってしまった。


「何がおかしい!」


「ウフフ、すいません。でも、まさに教頭先生が漠然と生きてらっしゃったので、ついおかしくて……ウフフ」


 教頭先生が机をバーンと叩いた。


「なんですか! それは侮辱ですか!?」


「まさか! 侮辱な訳ないですよ! だって、私も四日前までは漠然と生きていた側の人間なんですもん!」


 校長が慌てて二人の間に入った。


「教頭先生も京子先生も少し頭を冷やしませんか? とにかく、親御さんの承諾書がある限り、今回の遠征に関しては全く問題は無かった訳ですし、今回は教頭先生もこれで納得してください」


 教頭先生は何も言えなくなり校長室を出ていった。


 二人きりになった校長室で、校長が京子先生に語りかけた。


「それにしても、漠然と生きてるなんて京子先生も教頭先生を煽るような事を言うのは感心しませんよ?」


「煽ってるつもりはないんですよ。私が三連休で経験した本音なんです」


「京子先生は三連休でとても良い経験をしてきたようですね」


「私なんてまだまだです。部員の少女達はもっと凄い経験を積んでいましたから……」


   *


 職員室内では徐々にヨンキュウ部への風当たりが強くなりつつあった。


 京子先生は真っ向勝負をする覚悟を決めていた。


 四日前までの自分なら、教頭先生にあそこまで噛みつくことなんてできなかったはずだ。


 なぎさドライブウェイの焚き火を囲んで、カッパとラーナと菊の話を聞いてから、京子先生は漠然と生きることを辞める決意をしていた。


 そんな明らかに別人となった京子先生を、校長が不思議そうな顔をして見ていた。


   *


 数日後の週末。


 アハロにヨンキュウ部の乙女たちと京子先生が集まっていた。


「「「乾杯ー!」」」


「皆、お疲れ様。私も凄く良い経験が出来たわ!」


「私も全日制から編入して良かったです。VOXに乗るようになったから、アハロにも通えるようになったし」


「ボーアは本当に毎日のように来てるもんね〜。もうアハロに住んじゃえば?」


「それ、良いかも……」


 乙女たちが笑っていた。


 京子先生も職員室での軋轢のことなどすっかり忘れて笑っていた。


 やがて夜が更けて、子供たちが屋根裏のハンモックスペースへと上がっていった。


 カフェスペースに残ったのは、京子先生と菊だけだった。


「先生、職員室で問題になってらんだべ? 大丈夫だべがぁ?」


 菊にズバリ言い当てられて、京子先生がドキッとした。


「え? 菊さん、どうしてそれを?」


「伊達に百年も生ぎでねぇはんでなぁ。そんな京子先生に、紹介してぇ人が居るんだぉ」


 菊がモト子に合図した。


「店長、呼んでおくれ」


 モト子が事務所からVタックを連れてきた。


「こんばんは。京子先生。私も元教員だったので、少しだけなら相談に乗れると思って来てみましたよ」


 アハロで大人だけの二次会が始まった。


   *


「まあ、大まかなことは菊さんから聞いてるんだけど、特許出願中なんだってねぇ〜。これが通るともう教頭先生も太刀打ちできなくなるから焦ってるんだろうねぇ〜」


「はい。特許出願中の事を報告してから、教頭先生からの軋轢が増したんだと思います……」


「京子先生は三ない運動についてどう感じた?」


「正直に言いますと、ヨンキュウ部の顧問をするまで全く考えたこともありませんでした……。でも、今は違います! 三ない運動は間違ってると思ってます!」


「でも、京子先生が声を上げたところで世の中は変わらないよ? この国から三ない運動が無くなることは絶対に無いよ?」


「やはり、そうですよね……。それもわかってます……」


「逆にこう考えたらどうかな? 三ない運動があるこの日本で、唯一、ヨンキュウ部のメンバーだけは、それを突破できたんだよ。三ない運動を突破できたから、ヨンキュウ部の部員たちは当然の報酬として自由の翼を手に入れることができたんじゃないかな?」


 京子先生は目からウロコが落ちる思いがした。


 そうだ。


 今いるヨンキュウ部の乙女たちは、大人の力など一切借りることなく、自らの力だけで三ない運動を難なく突破してきた。


 もしかしたら、乙女たちは三ない運動なんて言葉すら知らないのかもしれない。


 それでも、もう突破してしまっている。


 きっとこの先、教育委員会が圧力をかけてきても、乙女たちは難なく突破してしまうのだろう。


(私が心配してあげることは何もなかったのかもしれない)


 そう考えると、京子先生はとても晴れやかな気分になれた。


「Vタックさん! ありがとうございます! なんか煩わしいと思っていた事が全て無くなりました!」


 Vタックと菊がニカッと笑ってコーヒーを飲んでいた。


   *


 同じ時間、屋根裏部屋では四人の乙女がハンモックに揺られていた。


「本当にハンモックって気持ちいいよね〜」


「部室にも欲しいよね〜。洞爺湖のキャンプ場にもハンモック持ち込んでたキャンパーもいたよね〜。ところでラーナ部長! 十一月にも三連休がありますが如何しましょう!」


 全開でユラユラ揺れていたボーアが提案した。


「部長! 前回のツーリングでは飛騨高山が面白かったので、また飛騨高山に行きたいです! あの喫茶4の65のおばあちゃん達にも会いたいし」


「う〜ん……それも良いけど、同じ道を走ってもねぇ〜。でも、確かに4の65にはまた行きたいよね〜。飛騨高山も本当に綺麗な街だったもんね〜。キーコンは何処へ行きたい?」


「それなら! ゆるキャンの聖地巡礼をしてみたいです! 私、日本のアニメが大好きなんですよ!」


「ゆるキャンの聖地巡礼って何処なの? あれって実在してるの? カッパはゆるキャンって知ってる?」


「ゆるキャンは聞いたことないけど、ゆるキャラなら怖い思い出しかないよ……。ラーナは長万部の悪夢を忘れたの?」


 ラーナが顔を青ざめて震え出した。


「部長もカッパもどうしたの? ゆるキャラじゃなくてゆるキャンだよ?」


「キーコンも長万部を走ればわかるよ……。私もラーナも泣きながら長万部の街を駆け抜けたんだから……」


 キーコンとボーアが不思議そうな顔をして二人を見つめていた。


   *


 下のカフェスペースでは、大人三人が職員室の攻略法について真剣に話し合っていた。


 屋根裏では、四人のハンモックがユラユラと揺れていた。


 大人たちが三ない運動と戦っている同じ夜に、乙女たちは長万部のまんべくんに戦慄していた。


 四人にとっては、三ない運動よりも長万部のまんべくんの方が圧倒的に手強い宿敵だった。


 十一月の三連休の計画が結論を見ることはなかった。


 ただ、楽しい打ち上げの夜だった。


 アハロの屋根裏でハンモックが揺れ続けていた。


 大人たちはそれを知らなかったし、乙女たちも下の会話は全く聞こえていなかった。


 それで、ちょうど良かった。



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