表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

k-02 寒ボラとライデルと、罪悪感のフライ

元ネタは原付転生の【reverse 91 大山か山川か今川か】を読んで貰えると意味がわかります。

 開業から一週間が経っていた。


 モト子も花もだいぶ板についてきていたが、それでも食材のロスは出る。

 客の流れを読んで仕込み量を決めるのは、一週間やそこらで完璧にできるものではない。


「モト子さん、そろそろこのカリフラワーも悪くなるので、お弁当用に使い切っちゃいますよ」


 花が冷蔵庫の奥を確認しながら言った。


「そうね、花ちんに任せるわ。在庫のことは私の許可を取らなくても、花ちんが好きにしていいからね」


 アハロでは、花の提案で店では使い切れない食材を旅人へのお弁当に変えている。

 チェックアウトする旅人に、走りながら食べられる弁当を渡す。

 余った食材が、旅立つ人の背中を押す形になる。


 この仕組みが近隣の業者の間にじわじわと広まっていた。

 在庫処分に優秀な店として、アハロはほんの少しずつ一目置かれるようになっていた。


   *


 そんなある日の朝、取引先の宮満鮮魚店がDAIHATSU ハイゼットトラックで路地に現れた。


 宮満鮮魚店は笠寺駅から少し北にある、地域に根ざした鮮魚店だ。

 新鮮な近海魚を扱う実力派で、アハロの魚介類はほとんどここから仕入れている。


「あら、宮満さん、今日は配達は無かったはずだけれど?」


「いやぁ、今日は相談なんだけどさぁ。店長は抜けボラって聞いたことある?」


「抜けボラ? なんですか、それ」


 宮満のご主人が、にやにやしながら続けた。


「カラスミってあるだろ? あの高級品、カラスミってボラの卵なんだよ。そのカラスミを取ったあとの本体のことを、卵を抜いたから抜けボラって言うんだよ。この季節になるとこの抜けボラが大量に市場に流れるんだけど、値がつかなくてね。ここならそんな抜けボラでも捌けるんじゃないかと思ってさ」


 話を聞いていた花が、厨房から顔を出した。


「ボラはさすがに調理したことがないですね……。でも、安いなら一度試してみたい気もしますね……」


「そうね……。それなら試しに一ロット仕入れてみる?」


「それなら一バット千五百円……いや、三バットで四千円で良いよ!」


 モト子が、少し間を置いた。


「は? そんなに安いんですか? それなら一万円分持ってきてください」


「さすが店長! そういうところが男前だねぇ!」


 宮満のご主人は嬉しそうにハイゼットトラックに乗り込んで、店まで戻っていった。


   *


 翌朝、約束通り宮満鮮魚店が一万円分の抜けボラをアハロに届けてきた。


 花は大量のボラを見て、まずまな板に一本乗せた。

 クンクンと匂いを嗅ぎ、指で身の弾力を確かめた。


「モト子さん、見てください。身がほんのりピンク色で、まるで上質な真鯛みたい……。世間のイメージと全然違います。まずはシンプルに、この魚の実力を確かめさせてください」


 花が選んだのは、煮付けでも塩焼きでもなかった。

 薄く塩を振り、余計な水分を拭き取って、フライパンに少しの油をひく。

 皮目からジュウッと焼き色をつけて、身の側はサッと火を通すだけ。

 皮をパリッと焼いて、身はレアに近い状態で仕上げる炙りポワレだ。


 花が一口サイズに切り分けて、モト子の前に差し出した。


「モト子さん、ボラだと思わないで食べてください。脂のノリがすごく上品です。身に独特の甘みがあって、噛むとじゅわっと旨味が広がります。全然臭くない……どころか、この脂の香ばしさは高級魚のそれですよ。煮付けにしちゃうとこの繊細な脂がタレに負けてしまう。皮と身の間に一番脂が乗っているから、この炙り方が一番実力を引き出せるんです」


 モト子が口に入れた瞬間、眉が上がった。


「うっそ、これ本当にあのボラ!? めちゃくちゃ美味しいじゃない! なにこれ、鯛より味が濃い気がするわ。この脂の甘み……。これはポワレでメニューに出せるレベルよ。ただ、ボラのポワレってメニューに書いてあっても誰も頼まないよね……」


 花が、静かに頷いた。


「確信しました。例のものを使っても良いですか?」


   *


 花が厨房の奥隅に積み上げられたダンボールを、コールドテーブルの上に引っ張り出してきた。

 蓋を開けると、中から大量のプロ野球チップスが現れた。


「その本田くんから送られてきた大量のプロ野球チップスをどう使うの? それにしてもこの量は一体……しかも全部カードを抜かれてるし!」


「アハハ! きっと欲しい選手のカードが見つからなくて大人買いしたんでしょうね!」


「うん! 絶対そう! アプリさんと本田くんが懸命にカードを開封してる光景が目に浮かぶわ。それと何故かライデル・マルティネスのキラカードだけ一枚入ってたのよ……これも何か意味ありげで怖いのよね……」


「きっとここが名古屋だから本田くんなりの気遣いなんですよ!」


「それなら良いんだけどさ……。とにかくこのたった一枚のライデルカードが怖すぎるから、ドラゴンズファンの方が来たらお渡ししましょ。そんなことはどうでもいいのよ! それよりそのポテチをどうするの?」


 花はプロ野球チップスの袋をガシガシと握って、中のポテチを粉々に砕きながら語り始めた。


「ボラは皮が美味しいので皮はついたまま、ポテチの衣で包みましょう。揚げた時に皮の脂が溶け出して、身を中から蒸し焼きにしてくれるはずです。この強烈な旨味があるなら、ポテトチップスの味にも絶対に負けません!」


「ポテチを衣にするってこと?」


「そうです。まあ、見ていてください!」


   *


 花の手が動き始めた。


 まず抜けボラを一口大のそぎ切りにして、ネーブルオレンジの果汁を少量振りかけて十分置く。

 先日、本田とアプリから送られてきたお裾分けの残りだ。

 ボラ特有のわずかなクセが消えて、身がさらにふっくらする。


 砕いたポテチを「粉状」と「粗い欠片」の二種類が混ざるように用意する。

 小麦粉と炭酸水を合わせたバッター液にボラをくぐらせて、砕いたポテチをギュッギュッと押し付けるようにまぶす。

 百八十度の油で短時間、表面がきつね色になるまで揚げる。


 付け合わせには、今まさに旬を迎えている名古屋産のカリフラワーのフリットと、赤カブのマリネを添えた。

 衣が重めになる分、カリフラワーの素揚げは軽い食感で受け止める。

 赤カブのマリネが口の中の油をリセットする。


 さらに花は、衣にするには細かすぎたポテチの粉を使って、もう一品を仕上げた。


 厚切り食パンにケチャップとマヨネーズを混ぜたソースを塗り、チリパウダーを振る。

 とろけるチーズ、ピーマン、玉ねぎ、ソーセージを重ねて、さらにチーズをたっぷり被せる。

 焼く直前に、粗く砕いたポテチをチーズの上にドサッと乗せて、袋の底に残った粉を振りかける。

 トースターで五分。

 チーズが溶けて、ポテチの縁が焦げて香ばしい匂いが立ち始めたら、追いマヨネーズを細くかけて完成だ。


   *


 揚げたてのフライを皿に盛り付けて、花がカウンターに出した。

 モト子が割り箸でその「ザクザク」を掴んだ。


「いくわよ……まずはソースなしで……」


 サクゥッ、という音ではなかった。

 バリバリ、ザクザクという、凶暴なまでの歯応えだった。


「……!! 何これ、音がすごい! パン粉のサクサクじゃない、ポテチのバリバリっていう迫力。中のボラが……ふわっふわじゃない。ネーブルの果汁で締めたおかげで、白身の甘みが引き立ってる。ポテチの味がソース代わりになって、このままでも十分美味しい。そしてこの付け合わせのカリフラワー! 芋じゃないのにホクホクしてて、揚げ物なのに全然重くない。これ、無限に食べられるやつだわ……!」


 モト子はさらに、守口漬入りタルタルソースをたっぷりつけて追い込んだ。


「……ははは! 笑っちゃうわね。これがバット一枚千円の魚と、本田くんがカードだけ抜いて送ってきたポテチで出来てるなんて!」


 続いて、ポテチのピザトーストを一口かじった。


「花ちん、これ……見た目からして深夜に食べちゃいけないやつね。食パンのフワフワと、焼けたチーズのトロトロ、そこにポテチのガリッとした食感が混ざって……まさにジャンクの三重奏! ポテチの味が熱で凝縮されてソースの一部になってるわ。このフィッシュアンドチップスの横にこれがあったら、ビール無しで帰るのは拷問ね」


 花が満足げに、空になったポテチの袋を丸めてゴミ箱へシュートした。


「このフィッシュアンドチップスにピザトーストをセット売りしましょうよ!」


「そうね、コーラ付きで千二百円かな。メニュー名は……『罪悪感のライデルフィッシュアンドチップス』ね!」


「完璧な名前ですね!」


   *


 その夜から、『罪悪感のライデルフィッシュアンドチップス』はメニューに加わった。


 夜の営業が始まると、カウンターに手書きで添えた新メニューのプレートに次々と目が止まった。

 一皿注文が入るたびに、厨房からポテチを砕く音と、油の弾ける音が響いた。


 大量に仕入れた抜けボラの在庫と、小豆島から届いた大量のプロ野球チップスは、あっという間に消えていった。


   *


 数日後、宮満鮮魚店が配達に来た時のことだ。


「そういえば、抜けボラ、売れたんだって?」


「えぇ。お陰様でこないだ仕入れた分は全部なくなりましたよ」


「また来年仕入れようか?」


 モト子は少し考えた。


「さあ? 来年もプロ野球チップスがあるかわかんないから、なんとも言えないわね」


 プロ野球チップスと聞いて、宮満のご主人がきょとんとした。


 モト子は笑顔のまま、それ以上は説明しなかった。


 近海の旬の魚と、小豆島から届いた謎のポテチと、一枚だけ入っていたライデルのキラカード。

 全部繋がって、一皿になる。


 アハロの食材は、無駄にならない。

 誰かの手から誰かの手へ渡ってきたものが、この厨房で必ず形になる。


 宮満のご主人が、ハイゼットトラックを走らせていった。


 モト子は今日も、取引業者との世間話を笑顔で楽しんでいた。








DAIHATSU ハイゼットトラック


型式 EBD-S510P

最高出力 53ps / 7,200rpm

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ