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k-00 プロローグ

原付転生のスピンオフ作品です。皆で立ち上げたカフェ兼ライダーハウスの物語です。

まずは原付転生を読んで頂けると嬉しいです。

 旅人の朝は、早い。


 夜明け前から荷物をまとめて、エンジンをかけて、西之門の路地を出ていく。

 見送る側も、それに合わせて早起きする。

 これが、ライダーハウスを開いたということの意味だと、モト子はこの三日間で覚えた。


 最後の旅人がチェックアウトしたのは、七時を少し過ぎた頃だった。


「また名古屋港に来ることがあれば、寄らせてもらいます!」


 スーパーカブの荷台にはシートバッグが積まれている。

 どこから来て、どこへ向かうのか、モト子はまだ聞けていない。

 ライダーハウスとはそういうところで、深く聞くのも野暮というものだと、なんとなくわかっていた。


「いつでも来てください。ベッドは余ってますから」


 モト子が手を振ると、旅人もグローブをはめた手を上げた。

 エンジン音が、路地を走り抜けて、旧東海道の方へ遠ざかっていった。


 静かになった。


 ガレージの中は、もう空だ。

 昨夜は六台が並んでいたのに、今は一台もない。


 モト子は、しばらく路地の奥を見ていた。

 エンジン音は、もうどこにも残っていなかった。


   *


 二階の片付けを済ませると、八時を過ぎていた。


 モト子はこの三日間、ベッドメイクをするたびに思う。

 まさか自分がメイド服を着て宿の布団を整えることになるとは、キャノンボールランを完走した頃には想像もしていなかった。


 しかも、悪くない。


 クラシックタイプのロングスカートのメイド服は、動きやすい。

 しゃがんでも、腕を伸ばしても、裾が邪魔をしない。

 鈴菌が設計した油圧ダンパー式の上段ベッドのおかげで、シーツ交換は地上で完結する。

 これだから、機能性というものは見た目だけで判断してはいけないと、モト子は惚れ惚れしながら思う。


 五部屋、二十床。


 全部整えると、二階は静まりかえっていた。

 さっきまで旅人たちが荷物を広げ、語り合い、笑っていた空間が、白いシーツだけになっている。


 次の旅人が来るまで、この二十床は誰かを待っている。


   *


 一階に降りると、冬の朝の光が、カフェのホールに差し込んでいた。


 モト子は厨房に入って、コーヒーの支度をした。

 ドリッパーをセットして、お湯を細くゆっくりと注ぐ。

 豆の膨らむ匂いが、まだ誰もいない店に広がった。


 カップを持って、カウンターの端に座った。


 一口、飲んだ。


 旨い。


 誰かのためではなく、自分だけのために淹れたコーヒーというのは、なぜこんなに旨いのだろうとモト子は思う。

 営業時間中に飲むコーヒーとは、別の飲み物みたいだ。


 壁に目を向けると、幕末の浮世絵があった。

 花が幕末から持ち帰ったと言っていたあの絵だ。

 いまだに半分しか信じていないが、絵そのものは確かに美しくて、ライダースカフェの木の壁によく似合っている。


 モト子はカウンター越しに、引き戸の外の通りを眺めた。


 通勤のサラリーマンが歩いていく。

 小学生の集団が、黄色い帽子をかぶって横を通り過ぎる。

 自転車が一台、足早に走り去る。


 みんな、この店の前を通っていく。

 ここに、ライダースカフェがあることを、まだほとんどの人が知らない。


 でも、知ってくれる人は少しずつ来てくれている。

 サンタクロースツーリングがSNSでバズったおかげで、開業してまだ三日なのに、毎日数人の旅人がガレージに原付を入れてくれている。


 モト子はコーヒーをもう一口飲んだ。


 笠寺観音の鐘が、遠くで鳴った。


 誰もいない店で、朝日を浴びながら飲むコーヒー。

 これが今のモト子には、最高のご馳走だった。


   *


 九時になると、花が出勤してきた。


「店長、おはようございます!」


「あら? 花ちん、今日は早いのね」


「今日のランチはコロッケだから、早めに仕込んじゃおうかなって!」


「花のコロッケは絶品だもんね。私も楽しみよ!」


 花は更衣室に消えて、すぐにピンク色のコックコートに着替えて出てきた。

 厨房に入ると、リズミカルな包丁の音が始まった。


 モト子は、その音を聞きながら二杯目のコーヒーを淹れた。


 一人で飲む最初の一杯と、花が来てから淹れる二杯目は、また別の旨さがある。


 誰かがいる気配の中で飲むコーヒーは、温かい。


   *


 十時。


 モト子は外に出て、OPENの札をひっくり返した。


 冬の朝の空気が、頬に当たった。

 今日も晴れている。


 路地の向こうから、聞き覚えのあるエンジン音が近づいてきた。


 スーパーカブだ。


 三日連続で来てくれている、阿部さんだ。


「おはようございます!」


「おう、今日も頼むよ」


 阿部さんはメニューを見ない。

 最初から決まっている。


「コーヒーと、ホットドッグと、大根サラダですね」


「そう」


 阿部さんがカウンターに座った。

 モト子は厨房へオーダーを告げながら、コーヒーのドリップを始めた。


「店長もだいぶ慣れてきたね」


 阿部さんが、カウンター越しに呟いた。


「そうですか? そう言われると嬉しくなりますよ」


 モト子が振り返ると、阿部さんが柔らかい顔をしていた。


「阿部さんも三日連続で来てくれてありがとうございます! 今日も全品五十円引きですからね!」


「そこがこの店のいいところだよな。俺は普段から仕事でカブに乗らなくちゃならない。ってことは、必然的にこの店を選んじまう。よく考え込まれてるよ、店長は」


 モト子は、ドリッパーを手にしながら笑った。


 Vタックがここにカフェを建てたのは、ツーリングするのにちょうどいい距離だからだと言っていた。

 でも、カブで仕事をしている人がこの店を選んでくれる理由まで、誰も計算していなかった。


 原付というのは、旅のものだけじゃない。

 日常のものでもある。

 毎日乗っている人が、ふらっと立ち寄れる場所。


 それが『アハロ』なのかもしれない、とモト子は思った。


 三日目の営業が、今日も始まった。


   *


 十一時五十分。


 ランチタイムだ。


 笠寺には工場もオフィスビルもある。

 昼休みになると、それまでの静けさが嘘のように店が動き出す。


 モト子はホールを動き回りながら、伝票を書いて、料理を運んで、会計をこなした。

 花は厨房でコロッケを揚げ続けた。

 話す暇はない。

 確認するための短い声だけが、店の中を行き来した。


 でも、不思議と苦しくなかった。


 忙しければ忙しいほど、二人の呼吸が合ってくる。

 花がどのタイミングで皿を出すか、モト子はだんだんわかるようになってきた。

 モト子がどの順番でオーダーを入れるか、花もだんだん読めるようになってきた。


 言葉が少なくても、動きで伝わる。

 これが、一緒に店を作った人間の強さかもしれない、とモト子は走りながら思った。


   *


 十四時三十分。


 中休みだ。


 モト子は外に出て、CLOSEの札をひっくり返した。

 テーブル席に戻って、水を一息で飲み干した。


「疲れた〜」


 花が、厨房から賄いを運んできた。


 二人でテーブルに向かい合った。


「やっぱり、ランチタイムだけでもVタックさんに応援をお願いする?」


 花が、スプーンを持ちながら言った。


 モト子は少し考えた。


「いや、良いよ。まず一ヶ月分の収益がどれくらいあるかを確かめてからにしよう。人を雇うかどうかはそれからよ。Vタックさんに頼るのも、そのあとで考える」


「なるほど。今月の収益次第では人を雇うんですね?」


「そうだね。正直に言うとね、ホール係よりも今は宿泊部門に人手が欲しいんだよね。ホールって、混雑するのはランチタイムだけじゃない。人を雇っても十一時半から十四時半の三時間しか働いてもらえない。そんな都合のいい人材も見つからないでしょ?」


「言われてみれば、そうですね」


 花が、賄いを一口食べた。


「でも、オンシーズンになったら、夜の宿泊も増えるでしょうし……」


「そうなのよ。春になって旅人が増えたら、今の二人じゃ絶対に回らなくなる。だから、今のうちに仕組みだけは考えておかないと」


 二人は賄いを食べ終えて、コーヒーを飲みながら話し続けた。


 この中休みの時間が、今のモト子には一番好きな時間かもしれない、と思う。

 忙しい時間が終わって、次の忙しさが始まる前の、この短い間。

 花と向かい合って、店のことを話して、たまにどうでもいいことを話す。


 これを毎日続けていけるなら、この店をやって良かったと思える。


「そういえば、本田くんとアプリさんは今頃どこを走ってるのかしら」


 モト子が、コーヒーカップを両手で包みながら言った。


「たぶん小豆島あたりだと思います。名古屋の次は小豆島ってずっと前から言ってましたから」


「小豆島か〜。私はまだ行ったことないなぁ。店が落ち着いたら二人で行ってみる?」


「ぜひ!」


 花が、嬉しそうに答えた。


 モト子は笑った。


 それから、窓の外を見た。

 西之門の路地に、冬の午後の光が差し込んでいる。

 空いたガレージに、冬の風が通り抜けていく。


 今頃、本田とアプリは小豆島の海沿いを走っているのだろうか。


 あの工事の日、あの廃墟に集まったみんながそれぞれの道を走っている。

 その道の一本がここに繋がって、この店になっている。


 モト子はコーヒーを飲み干した。


「よし、夜の準備するか!」


   *


 夜の営業が始まると、カフェの客と宿泊の客が交互に来る。


 宿泊客をライダーハウスに案内するたびに、モト子はホールを花に任せた。

 花がホールに出るたびに、厨房の手が止まる。

 今はシーズンオフなのでなんとかなっているが、春になったら確実に追いつかなくなる。


 それでも今は、なんとかなっている。


 なんとかなっている今日を、ちゃんと積み重ねていこう。


 モト子は、そう思いながらホールを動いていた。


 そこへ、一人の旅人が入ってきた。


 ガレージを見ると、スーパーカブが停められていた。


「今夜からしばらく泊めてください」


 旅人は、少し疲れた顔をしていた。

 でも目は真剣で、何かを決めてここに来た顔だった。


「はい、空いてますよ。何泊くらい予定してますか?」


「まだはっきりしていなくて……。フェリー代を名古屋で稼いでから、フェリーで北海道を回ろうと思っていまして」


「なるほど。バイトしながらの旅なんですね」


 モト子は、少しだけ本田のことを思い出した。

 タイミーで稼ぎながら旅を続けていた、あの子のことを。


「わかりました。当分ベッドは余ってますから、好きなだけ滞在してください」


「ありがとうございます! それで、料金はおいくらですか?」


「あのカブは原付一種ですよね?」


「はい。四十九ccです」


「それなら一泊五百円です」


 旅人の目が、丸くなった。


「安いんですね! SNSでは二千円とか書かれてましたけど?」


「うちは排気量別なんですよ。五十ccまでが五百円。百二十五ccまでが千円。二百五十ccまでが千五百円。四百cc以上が二千円です。あと、カフェの料理も原付のお客さんに限り全品五十円引きなので、頼めば頼むほどお得ですよ!」


 旅人の顔が、ぱっと明るくなった。


「すごい面白いですね! 原付にリスペクトありすぎじゃないですか!」


 モト子は笑いながら、旅人をライダーハウスへ案内した。


 階段を上がりながら、モト子は思う。


 この仕組みを最初に考えた時、Vタックに「原付乗りが喜ぶ店にしたい」と言った。

 それだけで考えた料金体系が、こんなふうに旅人の顔を変える。


 悪くない。


 全然、悪くない。


   *


 二十二時三十分。


 モト子は店のシャッターを閉じた。


 静かな路地に、冬の夜の冷気が流れている。

 旧東海道の方から、遠い車の音が聞こえてくる。


 二階を見上げると、まだ灯りがついていた。

 旅人たちが語り合っているのだろう。

 声は聞こえない。

 でも、灯りだけで、そこに生きている人がいることがわかる。


 この灯りを守るために、今日も動いた。


 モト子はシャッターの前に立ったまま、少しだけその灯りを見ていた。


 朝、誰もいない店で飲んだコーヒーのことを思い出した。

 あの静けさと、このシャッターを閉めた後の静けさは、同じ静けさではない。


 朝の静けさは、始まる前の静けさだ。

 夜の静けさは、続いていく静けさだ。


 今日も、誰かがここに来てくれた。

 今日も、この店は動いた。


 明日もきっと、旅人の朝は早い。


 これが、

『Rider's★I have a low exhaust』、


通称『アハロ』の、


開業三日目の夜だった。











原付TCG:バイカーズ・レジェンド

『カード名:【鉄カブの守護神】スーパーカブ50

項目

設定値ステータス

タイプ

4ストローク / ビジネス / 燃費最強

HP (耐久力)

200 (エンジンが止まらないタフさ)

BP (バトルポイント)

50 (スピードよりも安定感)

コスト

1枚 (誰でも、どこでも召喚可能)


【技・スキル】

1. 技:ボトムレス・フューエル(無尽蔵の燃料)

消費エネルギー: 無し

効果: 自分の山札からエネルギーカードを1枚選び、このカードにつける。「ガソリンの代わりに天ぷら油でも走る」という都市伝説を彷彿とさせる圧倒的リソース確保術。

2. 技:ロータリー・シフト・アタック

ダメージ: 30+

効果: コインを1回投げ、表なら30ダメージを追加。さらに相手を「混乱」状態にする。独特の「ガチャン!」というシフト衝撃で相手を翻弄する。


【特殊能力:アビリティ】

「そば屋の出前」

このカードがバトル場にいる限り、自分のベンチにいる「ライダー」カードは、相手からの状態異常を受けない。どんなに道が険しくても、料理(と仲間)を崩さずに届けるカブの使命。


【フレーバーテキスト】

「世界で最も作られ、世界で最も愛されたビジネスバイク。たとえ文明が滅んでも、こいつのキック一発で朝が来る。」』


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