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処刑台の露と消えるはずが、氷の王子の溺愛ルートに迷い込みました 〜前世の記憶で破滅フラグをへし折るごとに、殿下の執着が増していくのですが〜  作者: 蒼月 美海
第2章:加速する運命と執着

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8/12

第8話:仮面舞踏会の夜

 隣国視察団の接待から数日。

 王宮では視察の成功を祝し、伝統ある「マスカレード・ナイト(仮面舞踏会)」が開催されることになった。

 この舞踏会は、参加者全員が魔導が施された仮面と衣装を纏い、魔力特性すら偽装して参加するのが習わしだ。

 たとえ婚約者同士であっても、その夜だけは「名もなき男女」として振る舞うことが許される、束の間の解放区。

 リリアナにとって、これは絶好の機会だった。


(たしか物語では、殿下はエレーナを本能で見つけ出し、運命のダンスを踊るはずだわ。その隙に私は、他国の商人や魔導師たちと接触して、領地経営の販路を広げるコネを作っておこう)」


 リリアナはそう思いながら、目線をある少女の方に向ける。

 その少女は地味だが控えめな淡色のドレスを見に纏った蜂蜜色のふわふわした髪の少女、そう、エレーナだ。

 そこに仮面をつけて一見どこにでもいそうな令嬢ではあるが、リリアナはゲームの知識からエレーナの服装を知っていたため、すぐに見つけることができた。

 そんなリリアナも、燃えるような赤髪を魔導染料で艶やかな漆黒に変え、瞳の色も菫色から深い琥珀色へと偽装する。

 纏うのは、星屑を散りばめたような銀色のドレス。

 公爵令嬢としての威圧感を消し、どこか儚げな「異国の貴婦人」を演出して会場へと足を踏み入れていた。

 そして広間は、魔法の灯火が揺らめき、無数の仮面たちが優雅にステップを踏んでいる。

 リリアナは壁際に身を寄せ、ターゲットとなる商会の人間を探していた。

 しかし、会場の入り口がざわめいた瞬間、彼女の視線はある一点に吸い寄せられる。

 そこにいたのは、漆黒の仮面をつけ、夜の闇をそのまま形にしたような黒衣の青年だった。

 彼は貴族特有の華美な装飾をすべて排していたが、その立ち姿だけで周囲を平伏させるような、圧倒的な「個」の強さを放っている。


(……まさか、殿下? いえ、魔力気配が全然違う。あの人はもっと鋭い氷のような魔力のはずだけど、あの男性からは……凪いだ海のような、静かな威圧感を感じるわ)


 リリアナが不審に思いつつも目を逸らそうとしたその時、その「黒の青年」が迷いのない足取りでこちらへと歩いてきた。

 周囲の令嬢たちが期待に胸を膨らませて道を開ける中、彼はまっすぐにリリアナの前で立ち止まり、優雅に、だが有無を言わせぬ所作で右手を差し出す。


「一曲、願えるだろうか。星屑のお嬢さん」


 その声は殿下とは違い、美しくも低く、心の底に響くような声。

 リリアナは断ろうとしたが出来なかった。

 その瞳は、見ているだけで何か吸い込まられそうな瞳であり、魅了されそうだ。

 そして彼の指先がわずかに触れた瞬間、パチリと静電気のような、魂が弾けるような感覚を覚える。


「……光栄ですわ、黒い騎士様」


 リリアナがその手を取ると、オーケストラが荘厳なワルツを奏で始めた。

 踊り始めた瞬間、リリアナは驚愕する。

 彼のリードは完璧だった。

 まるで彼女の次の動きを、呼吸の乱れ一つから予測しているかのように。

 二人のステップは寸分違わず重なり、周囲の喧騒が遠のいていく。


「お上手ですね。これほどの方なら、社交界でも名が知れているはずですが」


「名などに意味はない。今夜、私は私であり、君は君だ。……そうだろう? リリ……いや、名もなき君」


 青年は一瞬、言いかけた名前を飲み込んだ。

 リリアナの心臓が激しく跳ねる。

 正体がバレたのか?

 しかし、彼の瞳、仮面の奥で燃えるような金色の瞳は、嘲笑ではなく、深い切望を湛えていた。


「君の踊り方は面白いな。伝統的な型を完璧にこなしながら、時折、見たこともない軽やかなステップを混ぜる。まるで……この世界の窮屈なルールを笑い飛ばしているようだ」


「……そう見えますか?」


「ああ。自由で、貪欲で、それでいてひどく孤独だ。……誰かに自分を証明しなければ、いつか消えてしまうと怯えているようにも見える」


 リリアナは息を呑んだ。

 前世の記憶を取り戻してから、彼女はずっと孤独だった。

 それは「悪役令嬢」という運命から逃げるために。

 処刑台の露と消えないために。

 誰にも言えない恐怖と戦い、計算と論理で自分を武装してきた。

 それを、たった今出会ったばかりのはずの男に、簡単に見透かされたのだ。


「貴方は……貴方は何者なの?」


「言ったはずだ。今夜はただの男だ。……リリアナ、君がそんな顔をするから、私は理性を保つのが難しい」


 すると、先ほどの声がみるみるうちに変わっていき、耳元で囁かれたのは、聞き慣れた、けれど今までで最も甘く、切実なアルフレッドの声だった。


「……殿下!?」


 驚きで足が止まりそうになるリリアナを、アルフレッドは強引に抱き寄せ、ダンスの渦の中へと戻した。


「なぜ……。魔力気配まで偽装していたはずなのに」


「魔力などという不安定なものは信じない。私が信じるのは、指先に残った君の体温と、その不敵な魂の形だけだ」


 アルフレッドは、仮面越しにリリアナの額に自分の額を合わせた。


「エレーナを見つけに行くと思ったか? あんな、誰からも愛されることが運命づけられた女など、私には眩しすぎる。……私が欲しいのは、泥を啜ってでも生き延びようとし、私を拒絶しながらも、私と同じ暗い目をして前を見据える……君だけだ」


 リリアナは、彼の腕の中で震えた。

 冷酷な王子、アルフレッド。

 彼もまた、孤独だったのだ。

 王位継承という血生臭いゲームの中で、誰一人信じられず、自分を「冷酷」という氷の鎧で包み込んで生きてきた。

 その彼にとって、突然「ゲームの駒」であることをやめ、一人の人間として足掻き始めたリリアナは、鏡に映った自分自身のように見えたのかもしれない。


「殿下、私は……私は貴方が思うような人間ではありません。私は、ただ死にたくないだけの、我儘で臆病な……」


「それでいい。その臆病さが、愛おしい」


 ワルツがクライマックスを迎え、二人は会場の隅、カーテンに隠されたバルコニーへと滑り込んだ。

 アルフレッドはリリアナを壁に押し当て、自らの仮面を外した。

 露わになった彼の顔は、月光に照らされて、痛々しいほどに美しく、そして脆かった。


「リリアナ。今夜だけは、婚約という契約も、公爵家というしがらみも忘れてくれ。……ただ、私を見てくれ」


 アルフレッドの手が、リリアナの漆黒に変えた髪を愛おしそうに撫でる。

 リリアナは、拒絶すべきだと思っていた。

 彼に深入りすれば、シナリオの「強制力」がどう動くかわからない。

 けれど、彼の瞳から流れる、言葉にならない寂しさに触れてしまった今、彼女の生存本能は、別の答えを導き出している。


(この人を、独りにしてはいけない……)


 リリアナは、震える手でアルフレッドの頬にそっと触れた。


「……アルフレッド様」


 初めて名前で呼ばれた王子の瞳に、熱い火が灯る。

 二人の距離がゼロになる寸前、会場内から大きな悲鳴が上がった。


「火事だ! 厨房から火が出たぞ!」


 現実に引き戻された二人は、瞬時に「王子」と「令嬢」の顔に戻った。

 アルフレッドはリリアナの肩を強く掴み、鋭い眼光を広間に向けた。


「……チッ、邪魔が入ったか。リリアナ、私の側にいろ。離れるな」


「殿下、これは普通の火事ではありません。魔力の波長が……」


 リリアナは独学で培った古代魔法の感知魔法が、不気味な悪意を捉えていた。

 それは、二人の間に芽生えかけた絆を焼き尽くそうとする、運命の逆襲の始まりである。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

よければ、評価、ブックマーク、感想、レビュー、リアクションをお待ちしております。


次回、第9話:氷の仮面が割れる時

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