第6話:予期せぬ救済
初夏の陽光が学園の中庭を眩しく照らす中、突如として鳴り響いた警鐘の音は、リリアナの心臓を不気味に揺さぶった。
「リリアナ・ヴァン・ベルシュタイン様。至急、学生総会室までお越しください」
呼び出しに応じ、リリアナが重厚な扉を開けると、そこには既に審問の準備が整えられていた。
円卓の中央には、涙に濡れたヒロイン・エレーナが、震えながら立っている。
その足元には、無残に砕け散った透明な水晶「光の証」とされる光の魔力増幅器が転がっていた。
「リリアナ様、どうして……。私はただ、あなたとお友達になりたかっただけなのに……」
エレーナの悲痛な叫びに、周囲に集まった野次馬の生徒たちから罵声が飛ぶ。
「やっぱり本性は変わっていなかったんだ!」
「図書室に引きこもっていたのも、呪いの儀式をするためだったんじゃないか?」
リリアナは冷めた目でその光景を眺めていた。
(……来たわね。シナリオBルート、第一の冤罪イベント)
ゲームでは、リリアナがエレーナを中庭に呼び出し、言葉巧みに誘導してこの水晶を壊させる。
そして「平民の分際で学園の物を壊すなんて」と嘲笑するのだ。
だが、今のリリアナは中庭にすら近寄っていない。
彼女はアリバイを証明しようと口を開きかけたが、それを遮るように一人の教師が突きつけた。
「リリアナ嬢。現場には、あなたの髪飾りの真珠が落ちていた。さらに、この水晶に残された魔力反応は、紛れもなく『火』の属性……。学園でこれほど強力な火の魔力を持つのは、あなたしかいない」
絶体絶命。
状況証拠は完璧だ。
周囲の憎悪が物理的な圧力となってリリアナを押し潰そうとする。
(……そう、これが『ゲームの強制力』ね。私が何もしていなくても、物語は私を『悪役』に仕立て上げるんだわ)
リリアナが処刑台の幻影を背後に感じ、覚悟を決めて唇を噛み締めたその時だった。
「……愚かな。その程度の偽証で、我が国の法を欺けると思っているのか」
広間の空気が一瞬で凍りついた。
人だかりを割って現れたのは、第一王子アルフレッド。
その足取りは優雅でありながら、踏みしめる石床を砕かんばかりの重圧を放っている。
「で、殿下! この悪女めが、特待生のエレーナ嬢を……」
教師が媚びるように駆け寄るが、アルフレッドはその男を見向きもせず、無造作に床に転がる水晶の破片を拾い上げた。
「属性が『火』だからリリアナの犯行だと? 笑わせるな。この残留魔力、確かに火の性質を持っているが、その波形は極めて不自然だ。リリアナ、前へ出ろ」
リリアナは困惑しながらも、王子の前に進み出た。
アルフレッドは彼女の細い手首を無造作に掴み、高く掲げる。
「いいか、よく見ろ。最近のリリアナは、図書室で古代魔導術の研鑽に明け暮れていた。彼女が練り上げている魔力は、今や高純度の『収束型』だ。一方、この水晶に付着しているのは、粗悪な魔石を強引に爆発させただけの『拡散型』の残り香。……これを作ったのは、リリアナのような熟練者ではない。魔力制御もままならない、三流の工作員だ」
アルフレッドの声は冷徹なメスのように、捏造された証拠を解体していく。
彼は次に、証拠品とされた真珠の髪飾りを指し示した。
「さらに、この真珠。ベルシュタイン公爵家の家紋が刻まれているが、明らかに粗悪な品。言うならば、三流、いや、それ以下の者が見様見真似に作った偽物だ」
「そ、そんな……」
教師の顔から血の気が引いていく。
アルフレッドの観察眼は、もはや人間離れしていた。
彼は一歩踏み出し、今度は泣きじゃくるエレーナの背後に控えていた、一人の女子生徒を凝視した。
「そこの貴様。右手の袖口を隠しているな。そこに、魔石を起爆させた際に生じた『魔法火傷』の痕があるはずだ。……出せ。それとも、私の騎士に腕ごと切り落とさせるか?」
「ひっ……!」
女子生徒が悲鳴を上げ、膝をつく。
リリアナは女子生徒に見覚えがあった。
彼女は王弟派の貴族の娘。
理由はわからないがリリアナを失脚させるためにエレーナを利用し、狂言誘拐ならぬ「狂言破壊」を仕組んだのだろう。
その場には沈黙が流れる。
そして次々と暴かれる真実に、周囲の生徒たちは手のひらを返したように静まり返った。
リリアナは、隣に立つ王子の横顔を盗み見る。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
なぜ、彼は私を助けたのか。
ゲームの彼は、この場面でエレーナを抱き寄せ、リリアナを冷たく糾弾したはずなのに。
「……一件落着だな」
アルフレッドは掴んでいたリリアナの手首を放した。
その瞬間、彼の瞳に宿っていた冷徹な理知が、昏い熱を孕んだ視線へと変わる。
「殿下……。ありがとうございました。その、お見事な推論でした」
「礼を言われる筋合いはない。私はただ、『私のもの』に勝手に泥を塗ろうとする三流の芝居が気に食わなかっただけだ」
「えっ……?」
リリアナが呆然とする間もなく、アルフレッドは彼女の耳元に顔を寄せた。
周囲には聞こえない、囁くような低い声。
「リリアナ。私は昨日、君が図書室で隠そうとしたあの術式を調べさせてもらった。……『物理衝撃吸収の結界』。あれは、高所からの転落や、断頭台のような重力落下物の干渉を防ぐためのものではないか?」
心臓が止まるかと思った。
彼の冷たいサンダルウッドの香りが、恐怖とともに肺に流れ込む。
「君は、何を知っている。何のために、あんな特殊な『処刑対策』とも取れる魔法を編み出しているんだ」
「それは……その……」
「答えなくていい。……だが、一つだけ覚えておけ。私という男は、謎があればあるほど、それを解き明かし、完全に支配したくなる。君が逃げようとすればするほど、私は君という深淵に踏み込みたくなるんだ」
王子の指先が、リリアナの首筋を薄い革手袋越しにゆっくりとなぞった。
かつて夢で感じた刃の冷たさとは違う、熱を帯びた、そして逃げ場を奪うような感触。
「君を救ったのは、正義のためではない。君という獲物を、他の誰にも汚させたくなかったからだ。……次会う時までに、もっと面白い言い訳を考えておけ。リリアナ」
アルフレッドはそれだけ告げると、跪く生徒たちを従えて、颯爽と去っていった。
一人残されたリリアナは、震える手で首元を押さえた。
冤罪は晴れた。
生存確率は上がったはずだ。
しかし、彼女の心はかつてないほどの危機感を告げていた。
(……間違いないわ。私、処刑エンドを回避しようとして……もっと恐ろしい『執着の泥沼』に足を踏み入れちゃったんだわ)
そしてエレーナはといえば、アルフレッドの冷たさに怯えるどころか、自分を救った王子の鮮やかな論理よりも、その王子を圧倒的な存在感で翻弄しているリリアナの横顔に、熱っぽい視線を送っていた。
しかし、リリアナの生存戦略は、氷の王子の心を溶かすのではなく、彼の底なしの支配欲に火をつけてしまっていた。
それでも季節は巡る。
運命は加速し、リリアナの現代知識が国を動かすことによって、王子の仮面が完全に剥がれ落ちる時が近づくのであった。
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次回、第7話:初めての共同作業




