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最低な彼氏と別れる方法/最愛の彼女と復縁する方法

作者: 緑ノ暇

前半の"最低な彼氏と別れる方法"は彼女視点、

後半の"最愛の彼女と復縁する方法"は彼氏視点です

彼女と彼氏で見え方が全く違う話を書いてみました


"""最低な彼氏と別れる方法"""



「ねえ。彼女の家に入り浸っておいてお金も払わず家事されるままってどう思う?」

「は?最低。実家のママか何かだと思ってるんじゃない?」

「私の彼氏よく来るけど、外食は奢ってくれるし洗い物とかもしてくれるよ」

「え、だよね!!家来る癖に何もしないとか最低」

「いっちゃんのところはどう?」

『え』


ど田舎から政令指定都市へ転職し、早2年。同僚の女性陣はランチのお供によく不満を言う。

東京に比べればかなり田舎なこの都市も、田舎者の私からすれば都会には違いなく。

昨日は部長の愚痴、一昨日は営業部の愚痴だったけれど、今日は彼氏の愚痴らしい。

いっちゃんこと倉林(くらばやし)一花(いちか)である私は、黙って聞いているだけだったが不意に話を聞かれて言葉に詰まる。

1年半ほど付き合っている彼氏は、まさに愚痴の内容そのものに当てはまっていたから。


『えーと…まあ、私の彼氏もあんまり家事とかしないです』

「なにそれ、大丈夫?いっちゃん良い子すぎて文句とか言わなさそう」

「いやガチそれ。今時さ、共働きでお互いがっつり仕事してんだからされるがままっておかしいからね」

「よく部長が不機嫌の時に怒られてるけど、あれもおかしいからね!ちゃんと抗議して良いんだよ?」

『うーん、まあ平気なので』

「本当に大丈夫?なんかあったら言ってね」


営業二課の営業事務兼経理事務の私の席は部長の隣にあるせいか、たまに不機嫌な時にどうでも良いことで呼び出されては怒られていた。

手頃に不機嫌を発散したいだけなのだろう。でもそういう相手には何を言っても火種になるため、ただすみませんと頭を下げて流している。それが社会人の処世術ってやつだろう。

でも違うチームとはいえ同じ部署の女性陣は優しい人ばかりで、いつも心配してくれているのがありがたい。


それにしても、もしかしていつも彼女の家に来るのに家事をしないのは普通じゃないんだろうか?

田舎ではそれが当たり前だったので、どうにも男性が家事をやる想像がつかない。







「いちかー、これ冷蔵庫に入れてくれる?」

『うん』


平日の2日間ほどと、土日の2日間、1週間で4日ほど彼氏である佐倉(さくら)史也(ふみや)は私の家に泊まる。

家に来るときは決まってコンビニやスーパーで割引されている、賞味期限の近いスイーツを買ってきていた。

どうせまた自分では1個食べるか食べないかなのに、どうして買ってくるんだろうか。食べないの?って聞いても、もういらないって言うし。

けれど私の食べられない生クリーム入りのスイーツは入っていないのでまあ良いかとも思う。


「今日晩ごはんて作った?」

「うん。味噌汁と野菜炒めくらいしかないけど」

「ん、ありがと」


史也は不機嫌になったり怒鳴ったり、理不尽なことも言わないから良い彼氏だと思う。けれど職場の女性陣的に考えればそれだけではきっと足りないんだろうな。

私としてはご飯を私が作り、家事を私がやり、後片付けを私がやるとしても、この関係に不満を持ったことはない。そういえば付き合いたての時には色々家事をしてくれようとした時もあったかな?

いつからしなくなったのかは、今はもう覚えていないけど。


「これ美味しい。ありがとう」

『ただの野菜炒めだよ…。あ、あと今日生理来たから』

「え?あ、あー…うん」


毎回家に来るたびに行為をするわけではないけれど、毎月これを言うたびに史也は少し微妙な顔をする。

行為できないのがきっと残念に思うんだろう。生理中は家にも来なくなるし。私としてはそのほうがありがたいから、全然良いんだけど。

テレビでは今日あった出来事のまとめや、明日の天気をアナウンサーが話している。

それを見ているときに視界に前髪が入ってくることに気づいた。ああ、また前髪切らないと。そうだ、後ろの髪も肩に触れるくらい長くなってきたし、また短くしたいな。


『髪、伸びてきたから短くしようと思うんだけど。良いかな』

「良いんじゃない?確かにちょっと伸びてきたよね」


さら、と私の髪を撫でる。ここのところ繁忙期で美容室に行っていなかったことを思い出した。

ドライヤーの時間が増えるのも嫌だし、史也も良いって言っているから今週末に予約して行こうかな。


「いちか」


夕食を食べ終わった史也が後ろから緩く抱きついてくる。

じんわりとした温かさで、生理痛が僅かに(にじ)んで消える。史也の香りはどこか安心した。


『生理中だから出来ないよ』

「分かってるよ」

『肩とか揉んでほしい?』

「別にいらない」


私が食べていても変わらず抱きついてくる。

史也は特別優しいわけではないけど、それでもこの交際に不満はない。良い彼氏だと思う。

食べ終わった二人分の食器を下げて洗い物を終わらせる。


"家来る癖に何もしないとか最低"


今日のお昼に聞いた言葉が、頭を通り過ぎた。


『ねえ、昨日買ったプリンって食べないの?』

「腹一杯だし、いらないかな」

『じゃあ私食べちゃうからね』

「うん」


史也はあまり甘いものを食べないのにどうして買ってくるんだろう。

ただ下っ端事務員の給料はあまり高くはなく、一人暮らしも節約してやっとなわけで。そんな中では賞味期限が当日のスイーツもありがたい。

それに昨日買っていたのは焼きプリン。普通のプリンより甘さが控えめですごく良い。

有名店監修らしい割引シールの貼られた蓋を開ける。綺麗な状態のプリンにスプーンが滑らかに入り、形が崩れる瞬間がちょっと好き。



***********


「生理中に彼氏が気遣いできなさすぎる」

「あー男兄弟とか一人っ子とかだと顕著な気がする」


今日のランチのテーマは<生理中の彼氏>らしい。

20代後半という年齢層なこともあり、結婚を考えているからか近頃はこの手の話題が多い。

ただ、彼女たちの理想の男性というのはかなり希少なのでは、と考えてしまう。

怒ることも不機嫌になることもなく女性の体を労り、家事を分担し、金銭的負担も渋ることなく払ってくれる…なんて、かなり都合の良い男性像なんじゃないかと思えてくる。

怒らず不機嫌にならないだけでもありがたい。…これを口に出すと心配されそうだから言わないけれど。


「うちの彼、姉持ちなので完璧ですよ。昨日来たんだよねって言うと毛布とホッカイロにハーブティー出してご飯作ってくれます」

「いいなーーーーー!やっぱり姉持ち男を狙うべき?」

「せめてさ、大丈夫?何かしてほしいことある?とか言ってほしいよね」

「それ。察して全部やれとは言わないから、そういうの言ってほしい」

「気遣ってくれてるんだって思えるだけでも違うよねえ」


気遣い、か…。昨日の史也はどうだったろう。

特にいつもと変わらなかった気がする。それに、他の人の彼氏はそんなに尽くしてくれるんだろうか?本当に?

不機嫌にならない以外で、彼女に優しくしてくれる男性がいるんだろうか?


「私の彼氏はさ、あんまりそういう気遣いはないけど好きなだけ出前させてくれるから良いかなって」

「それも良いよね。ご飯作るの面倒だし、特に後片付けとか」

「コーヒーのために外出るのだるい時とか助かるんだよね〜」

「あーーー、やっぱ私を大事にしてくれない人とはダメだ、別れる」

「良いじゃん良いじゃん、もっと良い男捕まえよ」

「そうしまーーす!マチアプでも入れようかな」


そんな軽い雰囲気で別れようと言う価値観に、少し驚く。そうか、自分から別れるという選択肢もあるのか、と。

ど田舎出身の私としては転職してからというもの、こういった価値観には驚いてばかりだった。

役職持ちの男性にも怯まず間違いを指摘したり、不公平な仕事には抗議したりと、前職とはまるで違う。これが都会の自立した女性というやつなんだろうか。


「いっちゃん?どうかした?」

『あ、いえ。決断力がすごいな、と』

「私らにしてみればいっちゃんの方がすごいけどね。なんでも受け流して淡々と仕事の成果だけ上げ続けて…次のボーナスの査定が楽しみだよね!」

「うん、半期のMVP表彰、実はいっちゃんに投票したんだよね」

『えっ…?』

「実は私も。ちゃんと頑張ってるんだからもう少し胸張っても良いんだよ。愚痴とか聞いたことないけど、なんかあったら聞くから!」

「そうそう」


仕事ぶりを褒められたのは初めてで、どう反応したら良いのか分からなかった。

ただ、自分がこの方が良いと思って進めた仕事のやり方を褒められたようで、気分が良い。嬉しい…んだろうか。

やったことといえば、営業資料の作成と見積書作成、その修正にAIを導入したこと。今までは人間が作っていた資料をテンプレ化し、提案先の企業の必要情報さえ入力すれば3分で作成できる仕組みを導入した。

これには流石にいつも嫌味を言う部長も褒めていたっけ。私としても、営業の人たちや営業事務の工数が格段と減ったことは嬉しかった。

部署全体で言えばざっと月100時間の工数削減につながったわけで。

他にも顧客からの問い合わせが来た際に、クッションメールをAIで自動に送付するように設定。問い合わせ対応が漏れていそうなものには自動でリマインドを送付する機能や、WEB商談の際にAIで自動文字起こしと商談内容の要約、先方からの要望や次回の対応方法をまとめる仕組みを導入した。

これもかなりの工数削減と業務効率化につながり、追加の事務人員の補充の必要性がなくなったので人件費がまるまる300万円は浮いている。

この半期での成果は人件費に換算するとざっと500万円ほどの経費を削減したことになる。


「絶対次のMVPはいっちゃんだから、明日の発表が楽しみ」

「ほーんと、何も言わないだけで超頑張ってるからね」

『う、うーん…』

「わ、照れてる。珍しい」


揶揄(からか)われながらも、好意によるものだったから嬉しく思う。

本当、職場の女性陣の人間関係には恵まれている。ど田舎から来た大してスキルもない私を受け入れ、助けてもらってばかりで。

もし表彰されたら、みんなより多くもらったボーナスでこの人たちのランチを奢りたいな。







けれどそうは言っても、現実は厳しいもので。



「上半期の部署MVPは、営業三課の三村だ!三村、おめでとう」

「……え?お、俺?あれ、倉林さんは?」

「三村、こっちに来てコメントを」


部署全員が集まった会議室が、ざわついている。MVPを獲得した人さえも私が選ばれると思っていたらしい。

部長曰く、三村さんは目標を達成した上で半期で200万円ほど余分に営業成績を上げたそう。それが受賞の要因だったようだ。


「えーと…なんで俺が受賞できたのか分からないんですけど。特に事務の倉林さんが導入してくれた商談の自動文字起こしと要約機能に助けられました。おかげで1日の商談回数を2倍にしても頭が混乱しなくなって。本当に助けていただきました。ありがとうございました」

「よくやってくれた。下半期も頑張れよ」

「は…はい」


売上を上げられたことの一つに、私の導入したAIが活躍したらしい。そんなコメントをもらっただけでも、ありがたいと思わないと。

そうやってどうにか自分を納得させてMVP表彰会の会議室から出た時、いつもランチをしている明美さんに腕を引かれた。


「ねえ、どう考えてもおかしい。三村さんは半期で瞬間的に200万売上を上げたけど、いっちゃんは今年度だけでも500万円以上の経費削減の上、恒久的に使えるAI機能を導入してる。部長に抗議しに行こう」

『いや、でも…』

「私も一緒に行く。部長が会議室に残ってる間に行こ」


反論の余地なく、腕を引かれまだ会議室に残る部長の元へと歩いていく。

心臓がバクバクと高鳴っていく。私は、十分ありがたいと思った。不満なんて持つべきじゃない。でもこの人たちは、私の成果を認めてくれた……。

部長に明美さんが食ってかかるように、なぜ受賞者が私じゃないのかと聞いた。返ってきた部長の言葉は端的だった。


「どれだけ投票数が多かろうが、たかが事務がMVPを受賞できるわけないだろう」


ただその一言だった。









生理が明けて、また史也が家に来た。


「いちか、久しぶり。これ買ってきたからさ、また冷蔵庫に…」

『もう割引のスイーツは買ってきて欲しくないの』

「あ、れ?そっか、じゃあ別なやつ…」

『別れよう』


"やっぱ私を大事にしてくれない人とはダメだ、別れる"

いつか聞いた言葉が頭をよぎる。


私のために怒ってくれた明美さんたちのために、私は私を大事にしようと思った。

だからもう、これまでの環境は全て捨てる。そのためにまず私は、彼氏を捨てた。






*----------------------------------------*


"""最愛の彼女と復縁する方法"""



違和感を覚えたのは、付き合って三度目のデートの時だった。

映画館を出て予約している飲食店へと歩いている道中、いちかがふらついて倒れそうになり慌てて引き寄せたことがある。


『だ、大丈夫だった!?どうかした?』

「あ、すみません…ちょっと寝不足が続いていたせいかもしれないです」

『え、具合悪かった?ごめん、今日は解散しようか。送っていくよ』

「でも予約してるんですよね」

『そんなの良いから、送るよ』

「大丈夫です。イタリアンですよね、行きますよ」

『でも、具合悪いんだよね』

「そうですけど、なぜ?」


キョトンとした顔で、そんな疑問をぶつけられた。

自分の具合が悪いから解散する、という意味がわかっていないようだった。

俺としてもどう反論して良いのか分からず、本人が言うなら、とそのままご飯を食べてから解散した。家まで送っていくというのも固辞されたから諦めた。


付き合って3ヶ月後、すっかりいちかの敬語も無くなり俺の家に遊びに来るようになったけど、来るたびにいちかは何かと掃除や洗濯等の家事をやるようになって。

残業明けで顔色が悪い中でもそれは変わらなかった。疲れているんだから家事しなくていい、俺がやるよ、と言えばまたあのキョトンとした顔で


「なぜ?」


と言う。その次の日、いちかは風邪を引いたので今日は行けそうにない、本当にごめん、と連絡を入れてきた。

無理をさせて申し訳ない気持ちがあり、お見舞いの品を持っていちかの家に行ったけれど俺が来た途端熱が出ているのもお構いなしに料理を作ろうとするから、止めた。そんなことしなくていい、寝ててほしい、そう言ってもいちかはずっと「なぜ?」と本当に不思議そうに聞いてきた。

それからいちかを自宅に呼ぶことや、具合が悪い時にいちかに会いに行くのはやめた。行けばいちかは俺のために体が辛くとも無理をしながら家事をやろうとするから。


元々彼女とは行為が伴わずとも抱き合うのが好きだったけど、抱きつくたびにいちかは服を脱ぐ。

もしかしたらそういうのが好きなのかな?と思い、最初は喜んで抱いていたが、途中から違うことに気がついた。

自分に触ってくる=行為がしたい、という認識なのだろう。たとえ自分がそういう気分ではなくとも、いちかは受け入れてしまう。

だからあまり抱きしめることも無くなった。

唯一いちかが何の対価も差し出すことなく抱きしめられてくれるのは、生理の初日だけ。おそらくいちかはとんでもなく尽くし癖があるんだろうな、と思っていた。すぐ尽くしてしまう所もかわいいな、とも。少しのわがままも言わないところはちょっと寂しかったけど。


いちかはあまり表情が豊かじゃないし、そんなに笑わない。でも彼女がいつも決まって少しだけ笑うのは、家の中で甘いものを食べている時だった。

けれど高いスイーツを買ってきても、コンビニのお菓子を買ってきても、俺が買ってきたものだと笑わないことに気がついた。

ある時買ってきた甘いものを食べるのを忘れて賞味期限が過ぎてしまい、いちかが俺に「賞味期限切れちゃったやつ、食べていい?」と聞いてきたことがある。良いけど代わりのやつ買ってくるよ、と言っても勿体無いと言うので、良いよと言った。

その賞味期限が切れた甘いものを食べた時、少しだけ笑ったんだ。それからは、わざと賞味期限が近いスイーツを買ってくるようになった。

毎日食べられるくらい買ってくれば、毎日1つそれを食べては少しだけいちかは笑った。その瞬間がすごく好きだった。


こんな日々がずっと続くんだと信じていた。いつか結婚しても、毎日こんな風に少しだけ笑ういちかを見られるんだと。

だから本当にあの日の発言は青天の霹靂としか言いようがない。



『いちか、久しぶり。これ買ってきたからさ、また冷蔵庫に…』

「もう割引のスイーツは買ってきて欲しくないの」

『あ、れ?そっか、じゃあ別なやつ…』

「別れよう」



なんで?俺が何かした?何かしたなら謝るから、そう言ってもいちかは首を振る。俺に不満を持ったことはないけど、別れてほしい、と。

どうしたらいいか分からなかった。やっぱり普通の彼女のように毎週出かけたり、何かプレゼントしたり、そういうことをして欲しかったんだろうか?

けどそういうのは本当に必要なさそうだったし、逆にいちかの気を遣わせ過ぎてしまうからやめていた。

その気の使い方もダメだったんだろうか?俺はどうしたら良かったんだ?


「じゃあそういうことだから…、ごめん。もう会いたくない」

『い、嫌だ。いちか、俺は』


いちかが好きなんだ。そう言い切る前に玄関の扉は閉じられた。

10分ほど扉の前に立っていただろうか。もう開く気配のない目の前のドアを認識し、一旦自宅へと帰った。

どう反省したら良いのかも分からない。いちかは俺に不満はないと言っていたから。

それとも自分で気付けないところがダメなんだろうか。


次の日から、連絡が取れなくなった。

電話は着信拒否、SNSはブロックされ、連絡手段がない。

本当は毎日いちかの家に行ってインターホンを鳴らしたかったけれど、ストーカーになるしいちかを怖がらせるだけだとなんとか自分を思いとどめた。


1週間、2週間、と日付を空けても、いちかからの連絡も既読もつかない。

毎日言いようのない焦燥感が募っていく。いちかに会いたい。会って話がしたい、せめて納得できる理由が……。

3週間目、どうしても我慢できなくなっていちかの家に行った。インターホンを鳴らして出てこなかったらそれで諦めよう、とも思いながら。

けれどアパートのエントランスのポストを見て愕然とする。

いちかの部屋のポストにはテープが貼られていた。それはつまり、既に家主は引っ越した後だということ。もういちかはこの家に住んでいない。

そんなに俺と話したくないんだろうか?これまで喧嘩もせず、うまくやってきたんじゃないのか?



本当は良くないが、いちかの会社とは取引先関係だ。出会った経緯も取引先として知り合いになったためで、同期にお願いしていちかの会社に行く役を代わってもらった。

ちょうど年末前の挨拶まわりと新商品のチラシを置くために訪問することになっていたため、相手方の営業部部長のアポイントは簡単に取れた。


「ほお、名刺管理サービスまで始めたのか」

『ええ。弊社の新システムのため、2ヶ月以内に契約いただければ3ヶ月間無料でお使いできますよ』

「3ヶ月か。ちょうど経費削減で色々うるさく言われていてね。ちょっと考えてみようか」

『ありがとうございます!本日中に見積書を送付させていただきますので、どうかご贔屓に』


商談は難なく進み、来客用会議室の前で部長とは別れた。

フロアにいるはずのいちかの姿を探すが、どうにも見当たらない。前から事務服の女性が歩いてきたため、口実を作って話しかける。


『ああ、すみません。営業事務の方でしょうか?先ほど部長の方にもお渡ししましたが、弊社の新商品のチラシをどうぞ』

「はあ、どうも」

『前に営業事務の倉林さんにお世話になりまして、ついでにご挨拶をしたいのですが』

「いっちゃん…、倉林さんですか?彼女は先月末で退職しました」

『え』

「まあ、あんなことがあったのなら良かったのかもしれませんが…」


彼女からいちかがパワハラを受けていたこと、仕事で莫大な成果を上げたものの一切評価されなかったこと、たかが事務の仕事と切り捨てられたこと、色々聞いた。

いちかは仕事の愚痴を一切言わなかった。言ってもしょうがないと思ったのかもしれない。それでも言ってほしいと思った。何もできないかもしれないけど、いちかの代わりに怒ることくらいは出来たかもしれない。

たかが事務の仕事、と言われた時、いちかはその場で"退職します"と宣言したらしい。

あのいちかが啖呵を切るとは思えない。本気で言った言葉だろう。

それに対して部長は怒り、来月末退職となるとボーナスを支払うことになるのでボーナスを払わなくて良いように今月末には辞めろと言ったようだ。

道理で既に会社にいちかの姿が見えないわけだ。

急に今月末で辞めろと言われたものの、いちかは必死に今の職員が困らないように引き継ぎをし、更に工数削減のためのサービス導入を進め、辞めていったらしい。

最後まで義理を通す姿勢は間違いなくいちかそのもので。事情を話してくれた彼女にお礼を言って、会社を後にした。


会社にも居ないのなら、もう最終手段しかない。

年末にいちかの実家に行ってみよう。いちかはあまり家族の話をしなかったけれど、県の名前と小学校の名前は覚えている。

小学校の校門の前になぜかどぎついピンク色の"交通安全"と書かれている看板があり、面白かったと言っていた。自分の実家はその小学校の裏だった、と。

年末には帰らないと言っていたけど、もしかしたら居るかもしれない。ストーカーでごめん、でもせめて最後に別れるきっかけくらいは知りたいんだ。

いちかに会いたい。その思いで年末の新幹線を予約する。





***********


『本当にあった…』


ピンク色の看板がある小学校の裏手、その一軒家には[倉林]という表札がポストの上に貼られている。

今時表札を出していない家もあるが、この地域はいちかの言っていたように田舎なためどの家も表札が置いてあった。

脈拍が速くなるのが分かる。どうかここに居てくれ、と思いながらインターホンを押した。


[はい、何か?]


ドアホンから聞こえてきたのはかなり年上の女性の声だ。いちかの母親だろうか。


『あの、僕はいちかの、……彼氏で佐倉史也という者なんですが。急な訪問で大変申し訳ございません。いちかさんはご在宅ですか』


他に言い訳も思いつかず、彼氏と名乗ってしまった。彼氏なら急に来るのもおかしいし連絡がつかなくなるのもおかしいので、不審者だと追い出されたらその時まで、と覚悟した。


[え、"いっか"の?あら、お待ちください]


実家では"いっか"と呼ばれていたんだろうか。愛称がちょっと可愛い。

玄関の扉が開けられ、そこには小柄な50代ほどの女性が顔を見せた。


「あらあらあら!いっかの彼氏さん!でもごめんなさいねえ、いっかったら社会人になってからうちに帰ってこないのよ」

『あ…そう、なんですか』

「でもほらせっかくだからお茶でもどうかしら。いっかの彼氏ねー、前にも彼氏を連れてきたことがあるんだけどその時の彼とは結構違うわね」

『すみません、お邪魔します。あ、こちら手土産です』

「まあまあご丁寧にどうもね!学生時代に付き合ってた彼は良い子だったわ。その時はいっかも女の子らしい服装で髪も伸ばしてたからね。別れた途端短くしちゃって、女らしくないったら…」

『そうだったんですね』


かなりおしゃべりな母親のようだ。けれど、連絡先くらいは教えてくれるかもしれない。そう思い家の中へと足を踏み入れる。

暖かいリビングに通されると、そこには若い男性がいた。


「え、誰?」

「いっかの彼氏さん」

「いっかの?へー、都会っぽい人」

「この子はいっかの弟の信幸(のぶゆき)

『初めまして』

「どーも。つってもいっかのやつ、帰ってこないけどな」

「ほんっと、親孝行くらいしてほしいわね」


いちかは社会人になってから一切帰ってきていないらしい。

けどいちかからは実家の話や小さい頃の話は聞いたことがないため、それだけでも少し知りたい。好きな人の幼少期はどんな感じだったんだろう。

平家ではあるが、リビングは広く部屋の数もあるようだった。食器棚には子供の写真が飾られており、実家っぽいなあ、俺の実家にもこういうのあるな、なんて思う。

小学校の裏手にあるので子供の頃はかなり通いやすかっただろうな。俺は学区が一番遠くて登校で歩くのが少し嫌だった。


「てか彼氏さん、いっかの名前の由来とか知ってる?」

『ああ、その愛称可愛いですよね。名前の由来は教えてもらったことがないな』

「生まれるまで医者からは男だって言われてたらしくて。生まれて女だって知った時に両親が名前考える時に、<まあ女だしどうでも"いっか">、って言ったのが由来!」

「そうなのよー、お医者さんからはずっと男の子って言われてたから男の子の名前しか考えてなくてね」

「めちゃめちゃ面白いよね、これ。俺いつもこれ聞いて笑ってるもん」

「まさか女の子とはねえ。漢字だって、役所に行ってから考えて出生届出したんだから」


あははは、と笑いだす二人を見て、思考が止まる。

ここは一体誰の実家だったか。


「あそうだ!アルバム見る?いっかの小さい頃の写真あるわよ、ほら」

「懐かし。これ俺の誕生日の写真だ」

「小さい頃の信幸、可愛かったわねー」


めくられていくアルバムには、満面の笑みでケーキの前にいる小さい男の子。写真の上にペンで"信幸の3歳の誕生日"と書いてある。

更にめくられた先には"いっかの4歳の誕生日"と書かれた写真があったが、どう見ても泣いているいちかの写真だった。


『あの、このいちかは何で泣いているんでしょうか』

「あら?なんでだったかしら…覚えてないわね。なんとなくじゃない?」

『でも誕生日に泣くって……、あれ。この写真に写っているのって生クリームのホールケーキですか?』

「うん、そうよ」


少し色褪せているが、泣いているいちかの横にはイチゴの乗っている白いホールケーキが置いてある。

けどおかしい。いちかは生クリームが嫌いで食べられないはずだ。食べると具合が悪くなる、とまで言っていた。

だからこれまでも、いちかに買うものは生クリームが入っていないか判断して買っていた。


『いちかって生クリーム食べられないですよね。これとは別にもう一つケーキを用意していたんですか?』

「まさか!このケーキしか買ってないわ。………ああ、思い出した。そういえばケーキが嫌いって泣いてたかもしれない」

「いっかってすげー面倒くさいよな、好き嫌い多くて」

『え……じゃあなぜ生クリームのケーキを買ってきたんですか、いちかが嫌いなのに』

「でも、信幸は喜んでいたし」


どうしてそんな質問をするのか分からない、という表情だった。

次にめくられたページの翌年のいちかも、翌々年のいちかも、イチゴのホールケーキの横で泣いていた。7歳以降は写真すらなかった。

その瞬間、身の毛がよだつ。いちかが実家に帰らない理由が、過去を話したがらない理由がようやく分かった。ここはいちかが居ていい場所じゃない。

実家は、年に一度か二度帰るたびに食べきれない量の料理を母親が作り、食べ終わってもすぐにお腹空いていない?って聞いてきたり、

社会人になって働いているのに父親がお年玉はいるか?って言ってきたり、小さい頃の失敗を思い出して一緒に笑ったり、

そういう場所が実家なんじゃなかったっけ。

お盆や正月のたびに実家には帰らないの?と聞く俺を見て、いちかは何て思っていたんだろう。

その度に傷ついていたのかな。


『いちかさんとは連絡は取ってますか』

「あの子ったら全然連絡取れないようにしてるの。可愛くない子よねえ」

「友達の姉ちゃんはお年玉とかくれるらしいのにさ」

『そうですか。……長居してしまってすみません。そろそろお暇します。ぜひ良いお年を』

「あら、ご飯くらい食べていったらいいのに……」


引き留めようとするいちかの母を丁重に断り、玄関を出た。

気分が悪い。今までの人生で、これほど悪意に満ちた………、いや。本人たちに悪意という自覚はきっとない。悪意のない悪行が、こんなにも(おぞ)ましく気分が悪いものであるのを、生まれて初めて知る。


もう、ダメだ。いちか、俺は今まで君を無意識に傷つけていたのかもしれない。だから別れようと言ったんだろう。

ごめん、今はもう直接謝ることすらできないけど。


その時、初めてのいちかの誕生日に欲しい物を聞いた時のことを思い出した。


「誕生日にほしいものはないから、いらない」

『でもプレゼントくらいさせてほしいんだけど…』

「…………"いちか"って呼んで」

『え?うん、いちかって呼んでるよね。今までと変わらないけどいいの?』

「うん。いちかって呼び続けてほしい。いちかがいい」


そう言って、嬉しそうに笑った。

"いちか"と呼ばれるたびに実家で受けてきた"どうでもいっか"という、どうでもいい存在ではない事を実感できていたのかもしれない。

どうしていちかが具合が悪いことを隠して俺に付き合ったり、俺の家に来るたび必ず家事をするのかが分かった。いちかは大切にされたことがないんだ。

だから大切にされる方法が分からないんだ。自分を大切にする方法も…。

必要とされる行為をしなければ、必要とはされないと思うのだろう。どんな時にでも相手に応えようとしてしまう。応えないと必要とはされないだろうから。

そんな見返りはいらなかったのに。俺にとっては隣に居てくれるだけで良かったのに。

付き合っているから好きだっていうのは伝わっていると思っていた。だからわざわざいちかを大切に思っていることや、どれだけいちかが好きなのかは言わなかった。どうして付き合っている時にそうやって言葉で伝えなかったんだろう。どれだけ大切にできていなかったんだろう。いちかは言われなきゃ自分の存在が大切であることすら分かっていなかったのに。


どうしようもない気持ちでただ、駅に向かって歩いた。


「……………あの!」


声をかけられたのは、その時だった。





















*----------------------------------------*





「あ、こっちこっち!」

『うわー、久しぶり!ごめんね遅れちゃって…仕事が押しちゃった』

「全然いいよ、むしろ平日の夕方にごめんね。大丈夫だった?」

『うん、フレックスの会社だから問題なし』

「すごいね…、東京来てどのくらいだっけ?」

『もう2年くらい経つかな』


営業事務だった頃ももう2年も前になる。衝動的に発した退職宣言はもちろん部長を激怒させてしまったけど、結果的に早く退職できて良かった。

あの時の業務成果を職務経歴書に記載し転職サイトに登録したところ、東京の会社からオファーが来た。それも、できれば翌月からすぐ働いてほしいと。

ベンチャー企業に入るのは初めてで不安もあったけど、ベンチャーなだけあってフレックスやリモート勤務が柔軟にできる環境だったため、毎日定時に出社していた身には革命が起きたようだった。

ノートパソコン一つで仕事ができる環境の素晴らしさを知れて良かった。


「まさか幼馴染がこんな、東京に来てバリキャリやってるなんて…」

『私もここまでガンガン働くつもりはなかったんだけど…。なんか仕事するのが性に合ってるみたい』

「うん、いちか物凄く顔色いいもんね」

『え、そうかな』

「やばい。表情明るすぎて。えぐい可愛くなってる」

『言い過ぎじゃない?』

「ほら!そんなふうに今まで笑ってなかったし」

『そうかなー』


唯一と言っていいほどの仲の良い幼馴染である千波(ちなみ)は、つい半年前に知り合い経由で偶然連絡を取った。

それからは思い出話に花が咲き、今学生時代以来初めて会って話をすることに。千波は東京観光もせっかくだからしたい、とわざわざ私のいるところまで来てくれた。

千波は今も地元におり結婚したらしい。夫の苗字を聞いて、あーなんとなく3歳くらい年上のそんな人もいたかも、と思い当たるので、改めてど田舎だなあと感じる。


「いちかは結婚とかは?」

『全っ然考えてない』

「えー、じゃあ彼氏は?」

『いないよ。今は仕事が恋人』

「ふうんー。社会人になってから彼氏できた?」

『……うん、居たことはある。私が急に振っちゃったけど』


2年ぶりに史也を思い出す。決して何か酷いことをされたわけじゃない。けれど、今までの自分を全部捨てたかった。誰かに迎合して何をされても受け入れるだけの環境を全て、壊したかった。

きっと史也は優しいから、もしかしたら性格が変わった私のことも受け入れてくれたのかもしれない。でも、性格が変わった私を見て別れようと言われるのが怖かった。

本当は怖かったのに、あの時は"史也も最低な彼氏なのかも"と勘違いして別れてしまった。

最低なのは自分の方だ。彼に何の言い訳もさせずに別れだけ告げていなくなったんだから。


「最低な彼氏だったの?」


千波がアイスコーヒーのストローを触りながら言う。

最低なんかじゃない。当時は気付けなかった彼の優しさを、今になって実感する。

具合が悪かろうが靴擦れしようが史也に合わせて歩き続ける私に気付くたび、自宅に送ろうとしたり。

体力のない私のためにデートは毎回映画館やプラネタリウムを選んでくれたり。

料理を作るたびにありがとう、美味しい、って言ったり。


『最低なのは私の方。…私には勿体無いくらい、優しい彼氏だったよ』


もう史也より良い彼氏なんて私にはできないんだろうな。

でも、一生彼氏が作れなくてもいいくらいの大切な思い出を史也からもらった。それに彼のことだから、私より素敵な女性と既に結ばれていることだろう。

女性が居なくとも仕事もできるし、幸せな人生には違いないだろうな。


千波はそれを聞いて、少し迷った表情を浮かべた。何かを言いたいけれど、言いづらそうなそんな顔だった。

今気づいたけど、目の前に置かれている千波のアイスコーヒーは一切手がつけられておらず、ただ中に入っている氷が溶けて小さくなっている。

もしかして千波は、私に会うためだけにここに来たんじゃないんだろうか。


「あのね。選ぶのはいちかだから、これは無理強いするものじゃないから少し聞いてほしい」

『多分…私に会うためだけにここに来たんじゃないんだよね』

「あは…人の顔色に鋭いところは相変わらずだね。……………これ」


差し出されたのは、携帯番号と(おぼ)しき数字の書かれたメモだ。

この電話番号は誰のものだろう。


「私、佐倉史也さんを知ってるの。それは佐倉さんの電話番号」

『…………史也?なんで…』


2年ぶりに聞いた元彼の名前に動揺する。

まさか地元の知り合いである千波からその名前を聞くとは思わなかった。地元と史也が働いている場所は、100km以上離れている。

たまたま二人が知り合うはずもない。だから知り合いなのだとしたら、それはどちらかが意図を持って会いに行くしかない。


「佐倉さん、いちかに振られてからいちかの実家に行ったんだよ。そこで色々知って……、最初はいちかに謝りたいって言ってた。でも、少ししてからは幸せになっててほしいって。復縁したいわけじゃない、幸せかどうか知りたいって」

『そう…だったんだ』

「だから昔の伝手(つて)を頼りまくっていちかに連絡取ろうと頑張ったんだけど、いちかったら地元の人たち全員と縁切ってるからなかなか難しくて……。前の職場の人も個人的なやりとりはなかったって言ってたんだけど、1年少し経ってからたまたま旦那の兄が東京本社に異動になってね、最近話題のベンチャーの営業に倉林って名前の人がいる気がする、って聞いて」

『ああー…営業になってから名刺は尋常じゃないくらいばら撒いてるからなあ…』

「超やり手の営業だって言ってたよ。旦那の兄、大手の会社なんだけど商談持ち込んで2ヶ月半で導入完了させたって」

『あはは…まあ、成績は上げてるかな…』

「佐倉さんからはね、幸せかどうかだけ見てきてほしいって言われた。だから電話番号を渡したのは私の勝手な判断だよ。…本当に、いちかの幸せだけ祈ってたよ。いい男だよね、旦那が居なかったら好きになりそうなくらい」

『そっか』


史也は今も優しいみたいだった。どうしようもないくらい、私のことを考えてくれている。

胸が暖かくなるのは烏滸(おこ)がましいんだろうか。その優しさで今も救われてしまっていいんだろうか。

きっと私はさぞ可愛くない彼女だったろう。史也の前で可愛く笑った記憶もない。無愛想でぶっきらぼうで、元彼に"愛想がなくて可愛くない"と言われた頃のまま変われなかったあの頃と同じで。

そんな私に唯一優しかった男性はこれまで史也だけだ。私の姿や言動や行動に、一切文句を言わず要望を言わず変われと言わずただありのまま私を受け止めてくれたのは史也だけだった。


「ぜひ佐倉さんに、今のいちかを直接見てほしいなって思った。誰よりもいちかのことをずっとずっと想い続けてるあの人に、いちかの可愛さを見せたくなっちゃった」


眉を下げて笑いながら、千波は初めてアイスコーヒーを一口飲んだ。

ようやく伝えられて安心したみたいに、少しだけ泣きそうな顔で笑いながら。


史也以外にもこんなに私を大切に想ってくれた人がいたのに、今まで気付けなかった。

それに気付けたのも史也のおかげで。

私はどれだけあの人に助けられてきたんだろう。


「だから、決心がついた時でいいから…電話してくれないかな」

『うん。今すぐは…多分できない。でも、そうなったら電話する』

「…………っさ!しんみりした話はこれでおしまい!今度は私の姑の愚痴を聞いてもらうからね。お酒飲みに行こう、お酒!」

『っはは!うん、ぜひ聞かせて。この近くだとよく行く居酒屋があってーーー』


史也のおかげでもう一度繋げられた縁を大事にしようと思う。














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4ヶ月後、春。







[……もしもし?東口ってとこにいるんだけど]

『知ってる?この駅の東口って東西南北あるんだよ』

[え!?いや東京えぐ…分からんて…]

『迎えに行くから東口のどの方角か教えて』

[えーっと、東口(北)かな…?]



スマホを耳に当て通話しながら、私は駅の中を歩いていく。

思い出よりも大人になった彼を目線で探す。

身長の高い彼のことだ、頭ひとつ他の人より抜けているから分かりやすいだろう。

そう思っていれば、予想通りの彼の姿が目に入る。

通行人と違い防寒具を着込みすぎなのは寒い地元から出てきたからだろう。


『ああ、いたいた。ほら後ろだよ』

[え、あ……!]



スマホを耳から離し、向かい合う。






『久しぶり』「久しぶり」







第一声が被ってしまい、思わずお互い笑い出した。

過去とは違う今の、ありのままの私を君に見せようと思う。

今なら一緒に笑いながら値引きされていないケーキをきっと食べられるから。

たとえそれが君に受け入れられなくても。

それが私というものだから。

愛ゆえのすれ違いが書きたくなって書きました

楽しんでもらえていたら幸いです

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