第8話 風詠の街アウルブリーズ
——風は語る。風は導く。風は、歌う者の魂を見抜く。
空舟が蒼穹を滑空し、大気を震わせながらアウルブリーズの空港へと近づいていた。
大聖堂から新たな使命を託されたエリナとマリアベルは、天恵祭への参加者としてこの地を訪れていた。
アウルブリーズ——風の神ゼフュロスを祀るこの都市は、巨大な丘陵地に築かれ、街全体が風の流れを意識して設計されていた。
中央の「風の聖域」からは巨大なエオリアン・ハープが空高く伸び、その旋律が風とともに街を包んでいる。
家々の屋根には風見鶏と風鈴が備えられ、道端の燈籠には風を受けて回転する羽根車が飾られていた。
「エリナぁ、見て見て! あの猫、風に吹かれて耳だけ動いてる! 何あれ可愛すぎじゃない!?」
「マリアベル……風で耳が動くのは普通じゃない……?」
「普通でも可愛いは正義!」
石畳の通りには、風紋模様が刻まれており、歩くたびに足元で風精霊がきらりと舞う。
子供たちは風精霊を追いかけながら凧を揚げ、老婦人は風詠みのカードで天気を占っている。
市場では風干しの果実や風の塩が売られ、風紡ぎの衣が棚に並ぶ。
街に降り立った瞬間、エリナとマリアベルを出迎えたのは風の唄だった。
「うわぁ……見てエリナ、空中に吊られた無数の風車がまるで踊ってる!」
「街全体が……音楽みたい。風が奏でてる」
透明な羽根を持った小さな風の精霊たちが、二人の周囲をくるくると旋回しながら笑い、優しく髪を撫でてくる。その仕草はまるで、「歓迎しているよ」と告げているかのようだった。
宿屋に到着した彼女たちを出迎えたのは神官見習いの青年・レセフ。
風を読む力に長け、都市の案内人を務める彼は、どこか憂いを帯びた瞳の持ち主だった。
「風詠の街にようこそ、旅の乙女たち。君たちの歌声が、この地にどんな風を起こすのか……とても楽しみだ」
彼の妹・シェイラもまた風神官候補生であり、風の精霊と直接会話できる「風交者」として注目されていた。
彼女は快活で、マリアベルに何かと絡みたがる年下の少女だった。
「ねぇねぇ!あんたたちホントに神の使いなの? へぇ〜……でも風に好かれるかは別問題だからね? 風って気まぐれだし、特に寝ぐせには超厳しいから!」
「寝ぐせ!? それ関係あるの!?」
街には他にも個性豊かな人物たちがいた。風の衣装職人ヴァルドは、風の流れを読むことで最適な舞衣を作る達人。
精霊の世話をする老婆ミルリィは、「風の精霊語」を紡ぎ続ける詩人でもあり、精霊から『風のばあば』と慕われていた。
三日後に行われる「風の儀」では、試練として《風の舞踏》《風詠ライブ》《風読神託》《精霊契約儀式》の四段階が課せられることに。これは近年稀に見る厳格な内容だった。
——風を受け、風を読み、風を誘い、風と結びつく者こそ、神意を体現するに相応しい。
試練《風練かざね》の第一段階、《風の舞踏》はまさに風と踊る儀式。
街の中心広場で、風に逆らわずに舞い続けることが要求される。
だがこの日、突如として吹いた「いたずら風」により、マリアベルのスカートが翻り、観客に一斉に風鈴のような笑いが広がった。
「ちょ、エリナ! この風、絶対狙ってきてるーッ!?」
「落ち着いてマリアベル。パンツの色は問題じゃない、今は風との対話よ!」
「いやいや問題しかないからぁぁぁぁっ!!」
第二段階
《風詠ライブ》では、風の流れを即座に読み取って即興で歌に変換する必要があった。ここでもまた、マリアベルの歌の途中で突風が吹き、彼女のマイクが空中を舞った。
「うわああ!? 待って、マイクー!? ……誰かー!マイクキャッチマン!」
幸い、風見鶏の着ぐるみを着た観客の少年がキャッチして拍手喝采。
「この試練、試練っていうより、風とのネタ合戦なんじゃ……?」
第三段階、
《風読神託》では風の塔で吹き抜ける風から神託を読み取るというもの。エリナが集中して風を読もうとしたそのとき、風が「フッ」と吹き抜け、彼女の額に貼られていたメモを飛ばす。
「……今の風、私のカンペを持ってった……?」
「エリナ、それ多分神のツッコミ」
「風って、意地悪だね……」
そして最終段階、《精霊契約儀式》。ここでついに、風の精霊長シルフィリアと対面。
厳粛な雰囲気の中で、エリナとマリアベルは真剣に自身の心と向き合う……はずだった。
が——
「あなたの心、風が震えてるわ」
「えっ!? なんで!? 何もやましいことしてないよ!? お風呂も入ったし、ちゃんと精霊に挨拶もしたしっ!」
「……あ。昨日寝る前にこっそりドーナツ食べたこと……?」
「それだーー!!!」
そんな軽妙なやりとりを経て、しかし二人の誠実な心は精霊に届き、契約は無事成功。
最終日、神殿の天空ステージに立った二人は、街の風と一体となったパフォーマンスで観客を魅了した。
「風よ、私たちの想いを——舞わせて!」
風鈴が鳴り、空が揺れ、光が舞う。風の神ゼフュロスの神像が微かに頷いた——
——風は、祝福した。彼女たちの魂を。
こうして、第一の都市アウルブリーズでの試練は笑いと歓喜と感動に包まれ、幕を閉じた。
次なる目的地は、炎の神を祀る灼熱の都市「バルミレッタ」。だがその旅路には、さらなる試練と陰謀、そしてアイドル衣装での灼熱地獄が待ち受けているのだった——!
【アフターエピソード:風宿る午後のカフェタイム】
試練を終え、全身から緊張が抜け落ちたエリナとマリアベルは、アウルブリーズの名所「風宿る葉音のカフェ」で束の間の休息を取っていた。
店内では常にそよ風が流れ、風鈴が静かに響く。注文したのは名物「風流ゼリー」と「ふわふわ風巻きパン」。風の精霊たちがテーブルの周囲をくるくると舞いながら、彼女たちの健闘を讃えるかのように歌を奏でていた。
「いやー……終わったねぇ。ふとももに風が当たるたびヒヤッとしたよ……いろんな意味で」
「私は何回突風にメイク飛ばされたかわからない……でも、楽しかったね」
と、そこへ現れたのは風の精霊長・シルフィリア。
「ごきげんよう。精霊契約後の余韻、楽しんでいるかしら?」
「シルフィリアさん!? こんなカフェにも来るんですか?」
「当然よ。私は風なのだから、どこへでも行けるの」
そう言ってウィンクをひとつ。精霊たちが小さな笑い声を上げる。
「あなたたち、風と踊り、風に歌い、風に心を開いた。その絆は、もう消えない」
エリナとマリアベルは視線を交わし、静かに頷く。
「また……来ます。きっと、もっと強くなって」
「そのときは私が直接、風のご加護を贈りましょう。あ、でもドーナツの隠し食いはナシよ?」
「うっ……やっぱバレてた……!」
笑いと風が通り抜けるカフェの午後。新たな旅路へ向かう前、二人はそのひとときを大切に味わっていた——
そして、空舟の汽笛が響く。
「さあ、次の目的地は——炎華の都バルミレッタ! 行こう、マリアベル!」
「待ってエリナ、風巻きパンあと3口!」
旅は続く。風とともに、歌と笑いを乗せて——!




