第23話 歌姫の正体、闇の契約者
王都セレスティアの祭典は、もはやカオスの坩堝だった。
朝から広場は屋台の匂いと人混みと、なぜか三メートル級の着ぐるみ(中身はたぶん役人)であふれかえり、観光客も市民も、ついでに野良犬まで踊っている。
「エリナ、なんで犬まで踊ってるんです?」
「知らん。けどあの犬、ビート刻んでるな……ドラム担当か?」
私とマリアベルは人混みをかき分け、メインステージへ向かっていた。
今日の目玉――黒き歌姫のライブが始まろうとしているのだ。
その姿は、まるで夜空から切り取ったような漆黒のドレス。肩から腰まで流れるような長髪は青黒く光り、瞳は冷たい月の輝き。
「うおおおおお! 歌姫さまーー!」
「俺の魂持ってってくれーー!」
「※持って行かれます」
観客のテンションは危険水域。いや、正直ちょっとヤバい。
歌姫がマイクを握り、一息ついて――歌声が響いた瞬間、空気が変わった。
それは美しい。けれど、美しすぎて逆に怖い。
音が肌を刺すようで、胸の奥をぎゅっと握りつぶすようで……そして、観客たちの瞳に淡い紫色の光が灯った。
「マリアベル、耳塞げ!」
「え、えっと……はいっ!」
彼女が差し出したのは、なぜか羊の毛で作ったふわふわ耳当て。
……防御力ゼロ。むしろ音がモコモコ響いて逆効果。
「これ、余計に音が丸くなって心地よくなるんだけど!」
「え、癒されません?」
「癒されてる場合じゃない!」
観客たちはゆらゆらと、歌姫の歌に合わせて身体を揺らし始める。
全員の表情は陶酔しきっていて、このままだと本当に魂まで持っていかれそうだ。
すると――歌姫の視線が私に突き刺さった。
その瞳の奥に、懐かしい何かを感じた瞬間、彼女は口元に冷たい笑みを浮かべる。
「……やっぱり、あなたの声、覚えてるわ」
「え?」
「昔、一緒に歌ったじゃない。あの音楽室で……」
……音楽室?
そんな記憶は――いや、ある。あるじゃないか。
私がまだ日本にいた頃、高校の合唱部。
いつもソプラノのパートリーダーとしてみんなを引っ張っていた、あの先輩。名前は――
「……響先輩?」
歌姫はゆっくりと頷き、そして不気味な低音を混ぜた旋律を響かせた。
背後に黒い霧が集まり、影が形を成す。
鋭い角を持つ精霊のようなシルエットが、彼女の背に寄り添っていた。
「そう。私は闇精霊と契約した。あなたと同じ異世界転生者よ。でも……選んだ道は違う」
「……洗脳ソングを武器にする道、ですか」
「武器じゃないわ。これは……世界を変える歌」
響先輩――いや、闇の歌姫は、次のフレーズに入ろうと息を吸い込んだ。
ステージのライトが一斉に紫に染まり、私の心臓がズキリと脈打つ。
これは……次の一音で、本格的にまずい。
私もマイクを握りしめる(なぜか屋台で借りたカラオケ用)。
全力で声を出そうと喉を開いた瞬間――
「待って、エリナさん! こっち向いて笑って!」
「今そんな場合じゃ――」
カメラ小僧と化したマリアベルが、何故かステージ脇で連写モード全開だった。
フラッシュが一瞬、歌姫の目をくらませ――私の声がマイクを通して広場に響く。
「南無阿弥陀仏アーメンどないやねんッ!!!」
その瞬間、観客の何割かが洗脳から解け、「え、何今の?」という顔になる。
歌姫は不敵に笑い、「面白いわ……本番はこれからよ」と呟き、黒い霧とともに姿を消した。
残されたのは興奮冷めやらぬ観客と、ステージ上で息切れする私、そして未だに連写してるマリアベル。
――嵐の前の静けさは、こんなにうるさいものだっただろうか。




